THE ART of the SPRINT : For Coach Tom Tellez and the Santa Monica Track Club Speed Demons, the Point Is Not Just Winning the Race, but Perfecting the Run. 訳②
どうもアクセルトラッククラブの草野です。前回に続き、敬称は記事に合わせて略させて頂きます、ご容赦ください。
原文は以下から↓
5月のテキサスはトレーニングが全てだった。彼らは6週間後のニューオーリンズではなく、オリンピックで最高の状態を迎える必要があることを理解していた。しかし、誰一人として全米選手権を通過せずにバルセロナへの切符を掴むことはできない。
彼らは全員25歳以上で、全盛期に入っていた。彼らにとってもう全盛期で迎えるオリンピックはないかもしれなかった。だから彼らは全米選手権で資格を得なくてはならなかった。バルセロナへ行かなければならなかった。スペインのスタジアム内を旋回する明るい投光照明付きのトラックは、彼らの才能とテレツの理論の融合を世界に示すのに最適な場所だった。完璧なレースの純粋さを再度世界に証明する為の絶好の機会だった。
ウォームアップが終わり、リロイ・バレルとマイク・マーシュが最初にレースに出た。バレルは鼻から頬へと伸ばした特徴的な口ひげを生やしていた。彼はまるでアメリカンフットボール選手ような厚い筋肉で覆われた体を持っていたが、彼自身はそうしたスポーツに興味はないようだった。一方、マーシュは滑らかさの象徴だった。頭部の髪は剃られていて、腕と脚の筋肉は、皮膚の下ではち切れるような膨らみではなく、皮膚の下で滑らかに存在していた。
バレルとマーシュは高校時代からライバルとしてレースで戦ってきた。高校時代の彼らにとってカール・ルイスは『憧れの存在』であったが、90年代に入ってからバレルとマーシュはプロアスリートとしてルイスと勝負するようになった。過去2年間でバレルは100mのランキングで世界一とルイスと互角だったが、今年はマーシュが登場し100mと200mの両種目でアメリカ最速タイムを叩き出していた。
ピストルの音が鳴り響き、バレルとマーシュが飛び出していく。
『Keep turning over, keep turning over』
テレツは吠えるように彼らに声援を送った。これは彼が言うには片方の足をもう一方の足の前にできるだけ速く動かし続けていくことを意味するらしい。これはスプリントの世界には古くから存在する概念なので、世界クラスのアスリートにとってそれは難しいことではないはずだった。
しかし、テレツがあなたのコーチである場合、このランニングの最も基本的な要素は新しい意味を持ち出す。
『Swing through, swing through!』(注1)
と彼は彼らに叫んでいた。彼は叫びながらも私につぶやいた。
『彼らの膝は高すぎる。膝が高すぎるんだよ。スイングスルーするんだ。』
そして彼は薬用吸入器を嗅ぐために一旦言葉を止めた。前の土曜日のニューヨークでのレースで、彼は気温が4時間で4度まで下がった時に風邪をひいてしまっていた。
『前方に走る時、』
と、彼はデモンストレーションをつけながら話し出した。
『前進運動は足で行う回転に基づいていて、回転するたびに足を地面に接地しなければならない。膝が高ければ高いほど、足は地面から遠くなる』
バレルとマーシュがスタート地点まで戻ってくると、彼は睨みながら続けた。
『実際にはそれだけではなく、膝が高すぎると腰が下がり推進力が失われる』
スプリントのレースは「オンユアマーク」「セット」そして死に物狂いで走っているように見えるが、実際にはそうではない。多くの意識をしなければならない事が多くある。全ての動きは、ニュートンの法則とバイオメカニクスの原理に基づいて、果てしなく練習され、ダンスの振り付けの如く身に染み込まされている。他のコーチ達は選手に威圧感を持たせたり、より高い集中を持たせたりする事ではテレツを上回るかもしれないが、科学においてテレツを上回る存在は居なかった。フィラデルフィアの天才と謳われていた当時高校生のルイスは、後にNFLでスーパーボウルを制覇するジャンボ・エリオットのように、いくつかの大物のアスリートと同じく王室のような扱いを受けられるのに、彼は大学のコーチがテレツであるという理由でヒューストン大を選び人々を驚かせた。しかしルイスの心の中では、この決定は僅差ではなかった。テレツが他の誰とも違っていたのは、ルイスが将来偉大なアスリートになることを確信しながらも、自分のスタイルを完成させなければ偉大になるチャンスはないと、このヒョロヒョロで長っ細い子供に言い聞かせていたからだ。そしてその後の数年間は知って通りスポーツの歴史に刻まれるものとなった。
テレツは当時を振り返りながら話した。
『カールは当時、膝を上げる癖があって、それがファンやスポーツライターには素晴らしく映り、カールはそれを誇りに思っていました。私は彼に、過剰な膝上げはエネルギーと動きの無駄だと伝えなければならなかった』
そう語るテレツの表情に変化はなく、今の彼は13年前と同じように真剣だった。
『カールはその話に耳を傾け、すぐグラウンドに向かい、膝の高さを下げ始めた。彼は本能的な学習者で、学んだ事を自分の体で完全に同調させられる。何を教えても2分後にはグラウンドに出て実践できていた』
完璧の模倣、そしてその完璧に向かうエンジンを手にしたルイスは数え切れないほどの賞を獲得し続けてきた。
最初から、二人の関係は双方向性のものだった。ルイスの驚異的な天性のスキルによって、ルイスはテレツにとって指導の対象となっていた。彼は『スプリント』を定義しうるスプリンターであり、競技を更に上のステージに押し上げるチャンピオンであり、テレツが研究してきた幾何学、数学、物理学の全ての理論を具現化する存在であった。
パート③に続く
(注1)・・離地した後、膝を畳みながら前方へ動かす動作。
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