劇場版 健康警察 ①


「…暇やな。」

都内某所、板橋ハウスの1人である竹内智也は、
趣味であるゲームに勤しんでいた。
今現在この家には、竹内しかいない為、住岡の部屋に遊びに行くことも、吉野の住んでいるリビングに寄ることもせず、ひたすらゲームをしている。自分の部屋にただ、コントローラーを操作する音が響いた。

「…にしても遅いな。2人とも今日ライブやったっけ?」

部屋の壁に取り付けている湿度計で時間を確認すると、時刻は23:10。
ライブがあったとしても、そろそろ帰ってきてもおかしくない時間帯だ。
LINEを起動してみるが、2人からの連絡はきていない。
便りがないのはいい知らせなんてどこかの誰かが言っているが、竹内はその言葉とは裏腹に、少しの不安と2人への心配が芽生えた。

念のために2人へ、「何時に帰る?」とだけ連絡をしておいて、そういえばあれコンビニにあったっけ?と無理矢理用事を作って、彼は自宅の扉を開け、外に出る。

季節は冬、さらに深夜ということもあり、外の気温は体感で氷点下に感じられた。
裸足にスリッパで外出してしまったことを少し後悔する。
「さっさと用事済まして帰ろ。」

目的地のコンビニに向かって歩いていると、
竹内は、わずかな違和感を覚えた。
「この時間…こんなに人、多かったっけ?」
いつもなら深夜は閑散としている道のりなのだが、今日はなぜか、近所でお祭りでもあったのかというくらいに人がいた。

しかも、その半数が警官の制服を着用しているのだ。

何か事件でもあったのかな、と不安に思いながらもコンビニに向かって足を進める。
すると、遠くから聞いたことのある単語が聞こえた。

「【健康警察】だ!道を開けろ!!」

その単語をまさか外で聞くなんて夢にも思ってなかった為、もしかして、あの2人がふざけて何かやっているのかと、急いで声が聞こえた方へ向かう。

「は、離せよ!俺は不健康なんかじゃない!!」
「こんな夜中に、大量の不健康な食品を買い漁ってる奴が何を言っている!署で詳しく聞かせてもらうぞ。」
「きょ、今日はたまたま、そう!たまたまなんだよ!信じてくれ!!」
「連れて行け!」

人混みから少し顔を出して見物していると、1人の男が複数の警官に取り押さえられているのが見えた。

この時点でボーッとしていた頭を無理やり回転させてなんとなく察しがついたのは、
2人がふざけているのではないということ。


そして、今自分がいるこの世界では、
【健康警察】が当たり前に存在していることを目の当たりにした。


しかし、竹内が記憶にある健康警察とは違っているもののようだった。
彼が出会った健康警察は、健康を悪とするもの。今目撃した健康警察は、不健康を悪とするもの。
「え、なにこれ?どういうこと?」

訳もわからずただ頭が混乱している。
すると、背後から誰かが話しかけてきた。

「すみません、【健康警察】です。少しお話よろしいですか?」
その言葉に思わず構えてしまったが、振り返るとそこにいるのは、物腰柔らかそうな雰囲気を纏っている、真っ青なスーツを着こなした、眼鏡をかけている男性だった。

「先程は騒がしかったですよね、失礼しました。
大丈夫ですよ、そんなに身構えなくても。」
2、3質問にお答えしてほしいだけですので。
と、にっこり微笑みながら彼は質問を始めた。

「お家はこの辺りですか?」
「あ、はい。そうですね。」
「こんな時間にどちらへ?」
「えっと…コンビニに…歯磨き粉が家になかったので。」
「なるほど。ちなみに、普段から健康に気遣われたりしますかね?」
「ま、まあそうっすね。」
「具体的には?」
優しい口調で質問されればされるほど、竹内の心臓はどんどん脈を早めていく。
とにかく、自分が普段している健康の為の行動を連ねて説明した。
「なるほどなるほど!いいですね。お若いのにきちんと健康に気を遣われている!すみませんね、お時間取らせてしまって。ご協力ありがとうございました。」
笑顔で軽く会釈をすると、彼は自分の部下であろう人間の元に帰っていった。
「…はぁぁ〜!緊張したぁ…!!」
生きた心地がしないまま、彼と目を合わせて話している時間は、いつもより時間がゆっくり進んでいる気がした。

「なんだよこれ…一体どうなってんだよ…」



健康警察署の取り調べ室。
そこにいるのは、住岡刑事と、もう1人。
「その体型からして、お前が健康でないことは明白だ。観念して、更生をする事を認めたらどうなんだ!!」
「健康警察だと謳っておきながら、自分達はこんな深夜まで取り調べか…ここで健康になるのは大変そうですねぇ…」
「…っ!なんだと…もう一度言ってみろ!!!」
「俺は更生なんかしない。何があってもだ。」
「くっ…貴様…!!!」
「ほら、健康者はもう寝る時間じゃないんですか?まあ、俺はまだまだいけますけどね?」

「遅くなりました。」
そう言って取調室の扉が開かれると、先ほどの刑事が急いで立ち上がり、その人に向かって敬礼をする。
「!お疲れ様です!!」
「彼はどうですか?」
「ダメです…何を言っても、更生はしないの一点張りで…。」
「ふむ…変わりなさい。私がやりましょう。」
その人はスーツを脱ぎ、ネクタイを少し緩めて、刑事が座っていた椅子に前屈み気味に座る。
「そんな!警部自らやられなくても…!」
「君はもう帰りなさい。また君の奥さんが心配するでしょう。私はほら、独身だから。」
「…お気遣いありがとうございます。では…、あとはよろしくお願いします!」
「はい、気をつけて。」
その刑事が部屋を出て、住岡と、その男と調書を取る人間だけの空間となった。
「では、先ほどの彼に変わりまして、今度は私が担当させていただきます。」
「ふん、人がどんだけ変わろうと、俺は更生する気はないけどね。」
「まぁまぁそう焦らずに。」
彼は、先程竹内に向けた笑顔と、同じ表情を浮かべた。

「ゆっくり、私とお話ししましょう。」


吉野は今、脳みそを回らせ続けながら、目的地もなくただ歩いていた。
住岡が不健康犯逮捕されてしまった今、自分だけでもあいつを助けに行きたい。しかし、住岡が健康警察に顔が割れている以上、おそらく自分も顔が割れている。闇雲に敵地に突入しても、あっさり捕まって、2人とも更生施設に連行されるのがオチだ。
「くそっ…急がねえと!【奴】に遭遇してしまったら住岡はもう…」
焦燥感や苛立ちだけ膨らんでいくが、彼を助ける方法は何一つ浮かび上がってこない。

「こんな時に、あの人がいてくれたら…。」

そうして歩いていると、見覚えのある道に辿り着いていた。
「ここ、ついこの前も来たような…。」
薄い記憶を辿りながら歩みを進めていくと、
そこには、何度も来たことのある一棟のマンションが見えた。
「ここは確か…板橋ハウス…」
「うお!なんであんたがここにいるんだよ!?
もう来るの何回目なんだよ!!」
声が聞こえた方向に顔を向けると、健康犯として何度も逮捕した、竹内の姿が。
その瞬間に、先程の苛立ちや焦燥感がどこかへ飛んでいき、嫌味ったらしい笑顔でいつものように彼に悪態をつく。


「相も変わらず間抜けヅラしてやがんなぁ。」

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