劇場版 健康警察 ②


「相も変わらず間抜けヅラしてやがんなぁ。」

いつものように、竹内に対して悪態をつく吉野。
先程見た健康警察への緊張が竹内から自然と消え去り、こちらも負けじと悪態をつく。

「今日もまたいちゃもんつけに来たのか?勝手にしろよ…もうここまで来ると慣れたわ。」
「そもそもお前が俺たちが頻繁に取り締まらないといけないくらい、健康食品や美容器具持ってんのがおかしいんだよ。」
「それは俺の勝手だろ!…ってあれ?そういえばもう1人の刑事は?」
いつも取り締まられる際、もう1人撮影係である住岡がいない事に、竹内は気づいた。

「あいつは今日、一緒じゃないんだな。」
「あ、あいつは…。」
竹内からの質問にどう返せばいいのか分からず、
ただ下を向き、拳を握りしめてプルプル震わせた。
いつもの吉野の様子と違うことに竹内は気づいたが、それと同時に、自分達が周りからジロジロと注目を集めていることにも気づいてしまった。
「ま、まあどっちにしろ俺らの家に来る予定だったんだろ?入れよ。」


家の鍵を開け、竹内の部屋のドアを開ける。
この様子だと、あの2人はいまだに帰ってきていないみたいだ。
「あいつら…今日は帰ってこないんか?」
独り言とも会話とも取れる声量で話してしまったことに、今更恥ずかしさを覚え後ろを振り返るが、吉野は相変わらず、ダンマリを決め込んでいる。
「なあ、どうしたんだよ一体?」
吉野は答えようとせず、部屋には気まずい空気が纏い始めた。
着ていた上着を脱ぎながら、なんとかこの空気を断ち切ろうと、竹内は先ほどの出来事を話す。

「そ、そういえば!さっきあんたらと同じ健康警察がいたぞ。なんだか、やってる事は真反対だったけど。そうだよな、普通はあっちの健康警察の方が正しいもんなぁ。」
その言葉に、静かだった吉野が異常な反応を示した。
「おい!そいつら、どこで見たんだ!?いつ!?身なりは!?」
「さ、さっきだよ、コンビニ行く途中で。お前に会う前に…。えっと、俺に質問とかしてきた人は、青いスーツ着たメガネかけた男の人だったけど…。」
それがどうしたのか、と聞こうと吉野の顔を見てみると、まるで先程の身なりの男に、憎しみしか持ち合わせていないような顔つきになっていた。
「あいつ…もうこんなところまで来てやがったのか…。」
くそっ!とその場で音を立てて床を蹴る。
「やっぱり、なんかあったんだよな?今ここに住岡がいないことも関係してたりするのか…?」
その質問に対しての答えを悩んだ末、悔しそうな表情を浮かべて話し始めた。

「住岡…あいつは今、奴ら【真•健康警察】に捕まっている。」
「え!?捕まってるって…ん?【真•健康警察】?あんたら健康警察とは別組織ってことか?」
「…お前も、奴らと会話したのなら気づいていると思うが、俺達健康警察は、必要以上の健康を許さない、そういった人間を取り締まるための組織だ。けど、奴ら【真•健康警察】はその真逆。不健康を許さず、健康を正義とする組織だ。規模も桁違いに俺たちより大きい。」
普段から健康を意識している竹内にとって、それが吉野がそこまで恨むような理由に思えなかった。
「いや、そりゃそうだし向こうの言う通りだろ。前からずっと俺が言ってんだろ。健康に気をつけろって。」
「…違うそうじゃない。お前はあいつらの恐ろしさを分かっていない。【真•健康警察】はそんな生優しいもんじゃないんだ。」
「は?それって…」
「さっき奴らの取り締まり方を見たり、捜査協力をしたお前なら、ちょっとは気づいているんじゃないのか?」
その言葉に、思わず竹内は健康警察への賛成の言葉を詰まらせてしまう。
不健康な物を買うことを一切許されない空気。
厳しすぎる取り締まり。
そして、先程の男の、目の奥に何が潜んでいるかわからない笑み。

「なあ、竹内。あれを見たお前でも、
健康…いや、【真•健康警察】が正義だって…
言えんのか?」

「そ、それは…。」


「ゆっくり、私とお話しましょう。」

そう言う彼の笑顔に、住岡は、先程とはうって変わって緊張感を設ける。本能が、こいつは真正面から関わってはいけないと、警報を鳴らしていた。

「そんなに警戒しないで。大丈夫、私は決して貴方に危害を加えようなんて、思っていないのですから。」
「…一切信用出来ませんねぇ。」
「ふむ…では少し思い出話でもしましょう。そうですね、君のお兄さん、住岡警部のお話でも。」
「…!なんであんたが兄ちゃ…兄のことを…!」
「昨日のことのように覚えていますよ、住岡警部。あの人は本当に健康警察の鏡だった。健康者とのバランスを保つために、愛おしい家族と離れる事を決め、健康者を取り締まり、彼らを更生させ、自分自身も不健康に献身的に取り組んでいた。」
「あ、あんた一体…」
「しかし、彼は死んでしまった、呆気なく。それは何故だか分かりますか?何が原因かわかりますか?」
椅子から立ち上がり、住岡の横に顔を並べる。

「そう、彼はただ、いきすぎた不健康な生活が原因で、死んでしまいました。」



兄の住岡警部は、健康警察としてその日も健康者を取り締まっていた。
その時、現場検証としてとある器具を、自らが使用しなくてはならなかった。
「そ、それを使ったら…住岡さん健康になっちゃいますよ…!」
まだ新人であった吉野刑事が、カメラ越しに心配そうな表情を向ける。
その顔を見て、恐怖を押し殺し、より一層彼は覚悟を決めた。
「止めるな!俺は健康になってでも、この悪を裁いてみせる。」
「でも!住岡さんには家族が…いるんじゃないんですか?」
住岡警部には、離れて暮らしてはいるが、不健康な彼を健気に支えてくれた奥さんと、まだ小さな1人娘がいた。
「俺の不健康を願う家族には、申し訳ないが…」
そう言って、腹筋ローラーに手をかける。
その場はなんとか、奥さんが作っておいてくれた食事のおかげで耐え抜くことができ、所持していた男も、無事健康犯逮捕できた。

一件落着に思えた、その時までは。

「しかしそこから、住岡警部は腹筋ローラーの虜と化してしまい、健康者とのバランスを保てない自分を必要に責め立てた。」


「兄ちゃん、最近無理しすぎじゃない?」
「大丈夫だ、俺がいないと、俺がいないと、この組織が終わってしまう…。だから…」
「で、でももしそれで…兄ちゃんに何かあったら…」
「大丈夫だって言ってるだろ!!!!お前には関係ないんだ!!ほっといてくれ!!!!」
今まで聞いたことのない兄の怒りと焦りの声に対し、まだ学生である住岡刑事は、ごめんと言って、その場を離れることしかできなかった。


「そうして必要以上の不健康な生活を送った結果…殉職。あぁ、なんと悲しい結末なんでしょう。」
出てない涙を拭く仕草をしながら、下を向いている住岡刑事の両肩に、優しく手をかけ、1つの疑問を問う。

「ねえ住岡刑事。あれを見た貴方でも、
不健康…いえ、【健康警察】が正義だと、
言えますか?」
「そ、それは…」

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