劇場版 健康警察 ④
「時に新入り、お前…現場は初めてか?」
その言葉はきっと、住岡も吉野の父親に最初に言われたのだろう。
「初めてです。」
そう、初めて。
現場検証を行うのも、
そもそも健康警察としての仕事も。
そして、住岡とこうして直接会うのも。
「お前は…帰れ。お前にも、大切な人は…いるんだろう?」
ああ、この男が口に出すことの全てに、
自分を捨てた、あの優しかった父親の顔がチラついていく。
きっと、親父もこうやって、家族のことも気にかけて、部下に接していたんだな。
決して悪いことではないはずなのに、吉野の眉間には、ずっと縦の皺がついてしまっている。
「俺は…仕事ばっかやってるから、嫁さんと子供にも逃げられちまってよ。」
逃げたのはそっちだろ。
何も言わないで、何も気づかせないで。
「お前は…俺みたいになるな。」
なんだよそれ。
親父は、
こいつみたいになって欲しいって思ってて、
あんたは、俺みたいになるなって言って。
俺は、親父みたいになりたいって思ってたのに。
だけど、自分が結婚を決めた人は、自分の母親と真逆の人を選んだ。
こんな俺だとわかってても、親父が消えて、それでも健康警察に入ると決めた俺でも、
「大丈夫、ちゃんと待ってるから。」
と、俺の目を見て、力強く、誓ってくれた人を。
「いや、気持ちは嬉しいです。そうやって思ってくれる気持ちは。」
じゃあ、俺自身は何になりたいんだ?
一体いつから、一体いつまで、
俺は、誰かの背中を追い続けるんだ?
もう、そんな小さく居て、誰がの後ろに隠れて、守られる立場じゃないだろ。
「でも、僕だってあの頃の僕じゃないんです!いつまでも、半人前扱いしないでください。」
会ったばかりの上司に、思わず啖呵を喫してしまった。自分が、勝手に半人前にいただけなのに。
住岡警部は、吉野の話を、自分で遮ることなく受け止める。
「嫁は、僕がこの仕事に就いた時に、僕が帰ってこないのも覚悟を決めてる、強い女性です。」
そうだ、彼女だって俺の後ろに隠れず、
俺を信じて、隣を歩いてくれている。
その言葉を聞いた時、住岡は、吉野の姿を自分のかつての上司に重ね合わせてしまった。
吉野警部が昔、こっそり教えてくれた。
「俺の嫁さんはな、強い人なんだよ。俺にこの先何があっても着いてきてくれる。今俺が、【こんなこと】になってるにも関わらずだ。お前のところもそうだろ?」
住岡も当時、付き合っていた彼女と結婚を決めたばかり。しかも彼女のお腹には、新しい命が宿っていた。
「だがな、今の俺じゃあいつをきっと幸せにする事は出来ねぇ。子供もそうだ。今は俺みたいになりたいなんて言ってるが…。だから、俺と別れてくれって頼んだんだよ。これはお前のためだって。そしたらな、めちゃくちゃ叱られてよ、大の大人が。」
「え?」
「『私は、まだ守られてるだけの女ですか?
…馬鹿にしないで!いつまでも半人前扱いしないでください!あなたとの結婚を決めた時に、こうなることくらい、きちんと覚悟しています。』って。」
「…すごいっすね。奥さんも、吉野さんも。」
「まあ結局、俺が頼み込んで、籍はそのままで、離れることにしたよ。覚悟が出来てなかったのは、どうやら俺の方だったらしい。」
「お子さんは…やっぱり奥さんの方に…?」
「…あいつは、俺と今も暮らしてる。ああいう覚悟の強さは、嫁さんからしっかり受け継がれてたみたいだ。」
その頃の話を思い出してしまい、父と同じ悪を追い、母と同じ覚悟を持ったその子と自分は今、同じ立場にいるんだと思うと、自然と顔が綻んだ。しかし、急にニヤけたと変な目で見られたくなく、住岡は、顔を上げ、天井に目を向けた。
「ったく、誰に似たんだか…じゃあ、早速行くぞ。」
「はい!」
「実はな、お前のお父さん…吉野警部にはすごいお世話になったんだよ。」
「…親父から聞いてました。優秀な部下がいるって。」
無事に容疑者を健康犯逮捕することができ、2人は近くの公園のベンチに座っている。
優秀だという単語が自分に振ってきた瞬間、住岡警部は驚いた顔をしていた。
「ええ、俺が?ないないない!むしろ足を引っ張ってたし!」
「え?でも…」
「それでもお前のお父さんは優しかったよ。俺の家族のことを気にかけてくれたり、なるべく健康器具を使わせないように自分より前には行かせないようにしたり。」
「ああ、まあそうでしょうね。あの人なら。」
どこに行ってもそういう話はよく聞いていた。
けれど、久しぶりにそう言った話を聞いたからか、なんだかホッとしてしまう。家では変わってしまったと思ったけど、仕事の場では、あの頃と変わらない親父の姿があったようだ。
それを知った瞬間に、今までずっと纏っていたモヤのようなものが、少し晴れた気がした。
「住岡警部。」
「ん?どうした?」
「自分は、親父の…父のような健康警察になるにはまだまだ未熟です。なので…これからもご指導よろしくお願いします!」
改めて深く頭を下げた吉野に、住岡は同じ目線に立ち、言葉を送る。
「別に親父さんのようにならなくていいんだよ、
お前はお前なんだから。」
吉野の頭を少し強めに撫で、ニヤリと笑う。
「ほら、吉野。行くぞ。」
住岡の背中を見て、吉野もついて行く。
「はい!」
タバコを吸い終え、吉野は重い腰を上げる。
「長く話しすぎちまったな。まあ、忘れてくれ。」
「いえ…兄は、仕事のことはあまり話してくれなかったので…ありがとうございます。お父様もきっとまだ…」
「いいんだよ、俺もわかってるから。」
親父も、住岡警部も、今自分の隣にいない。
「それでも俺は、信じるって決めたんだ。」
住岡の方を向き、目線の高さを合わせる。
あの頃のあの人と、同じように。
「だからお前も、俺のこと信じて欲しい。何があっても。」
頼む。と目を逸らさず、訴えかける。
すると住岡は、昔の自分と同じ言葉を投げてきた。
「僕は、兄ちゃん…兄のような健康警察になるには、まだまだ未熟です。だから…これからもご指導よろしくお願いします!」
あの頃と同じように深く頭を下げる彼の姿を見て、あの人もこういう気持ちだったんだなと、なんだか顔がにやけてしまう。
それをかき消すように、住岡の頭を強めに撫でた。
「別に、あの人みたいになる必要はねえんだよ。お前はお前なんだから…ほら、次行くぞ!」
「…はい!」
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