劇場版 健康警察 ⑤
「なあ、竹内。あれを見たお前でも、
健康…いや、【真•健康警察】が正義だって…
言えんのか?」
「そ、それは…。」
竹内は、健康になりたかった。それは今も変わらない。
なんだったら、自分の周りにいる人間も健康になってほしい。1日でも長く生きてほしい。
でも、そんな自分だって不健康なものや行為を、後先考えず、食べたりサボったりする時だってある。
だからこそ、今日彼らの取り締まりの光景を目の当たりにした時、自分が今どの立場にいるのか、分からなくなった。
健康は正義か?
それとも、健康は悪なのか?
先程竹内は、吉野から、彼の様々な過去の話を聞いていた。
その時から、ずっと疑問に思っていたことがある。それを、本人に投げかけた。
「なあ吉野。なんでお前は…まだ健康警察に居続けてるんだ?」
「…あ?」
「だってそうだろ…?ずっと追い続けていたお前の親父さんも行方不明になって、尊敬していた上司も…なのになんで、まだこんな事続けられるんだよ?なんで、【真•健康警察】と闘うんだよ。」
その言葉への答えに、なかなか良いものが思い浮かばず、吉野は胸ポケットのタバコに手をかける。
しかし、先程吸ったもので最後だったらしく、箱の中は空っぽだ。
「…なんだろうな…俺だってさ、別に健康は悪いことじゃないっていう気持ちは持ってんだよ。でもな、あいつらのやってる事は、健康にする事が目的じゃない気がする。それに…。」
空の箱を握りつぶして、ゴミ箱に捨てる。
「ただ俺は、あの場所の…住岡達との居場所を、無くしたくないってだけなのかもな。」
なあ竹内、と、吉野が後ろにいる竹内に呼びかける。
「確かにこれからこういう事が普通になっていけば、体は健康になるかもしれない。でもな、心はどうなんだよ?健康でない物1つ買えない世の中で、俺らは楽しく生きられるのか?」
「心…楽しく…。」
「その答えは、ちゃんとお前自身で決めろよ。」
そう言って、部屋から出ようとする。
「おい!どこ行くんだよ!!」
「…住岡を助けに行くに決まってんだろ。」
「お前1人で行って、どうにかなるのかよ…。」
「さあな。でも、立ち止まったって何にも変わんねえことぐらい俺みたいなやつにも分かるんだよ。」
じゃあな。と一言言って、吉野は立ち去ろうとする。
その手を、竹内が掴んだ。
「そんなこと言っておいて、手…震えてんじゃねーか。」
「うるせえな…ただの武者震いだよ。」
いいから離せと振り払おうとするが、竹内は掴んだ手をより強く、でも少し震えながら握る。
「俺も、連れて行け。」
吉野の目を真っ直ぐ見ながら、竹内は思わずその言葉を吐いた。吉野も驚きを隠せていない。
「なっ…お前がいても足手まといになるだけだ!」
「お前はどうせ向こうに顔が割れてんだろ?だったら俺みたいな奴が行った方がいいだろ。」
「…っ、けどな。」
「幸い俺は、あちらさんからは健康者として認識されてるだろうし。」
竹内は、先ほどから合わせていた目を吉野から逸らし、今ある自分の思いを言葉にした。
「…さっきの答え、まだちゃんと出せないけどさ。俺だって、今は立ち止まりたくないんだよ。それに…。」
そこで言葉が詰まり、吉野が聞き返す。
「それに、なんだよ?」
「…うるせえ、時間ないんだろ、さっさと行くぞ。」
吉野を置いて、部屋を出ようとする竹内。
「あ、先にタバコか…コンビニ行くか?」
振り返り、ニヤつきながら吉野に訊ねる。しかし、吉野は胸ポケットを探り、ふっといつものように悪く笑い返し、部屋を出る。
「住岡…あいつが帰ってきた時に、買わせにいくさ。」
「ねえ住岡刑事。あれを見た貴方でも、
不健康…いえ、【健康警察】が正義だと、
言えますか?」
「そ、それは…」
住岡は、見た目の通り不健康な生活を送っていた。好きな時に寝起きし、好きなものを食べ、後先のことなんか考えずに生きてきた。
でも、あの日。
不健康であることに囚われて、壊れていった兄の姿を見た時、今までになかった不安、いや。
恐怖感が芽生えてしまった。
健康は悪か?
それとも、健康は正義なのか?
「住岡刑事…大丈夫ですよ、本当のことを言ってしまっても。」
「…どういうことですか?」
目の前にいる男は椅子から立ち上がり、住岡の方へと向かってくる。
「お兄さんを1番近くで見ていた貴方には、不健康の怖さがずっと纏わりついていたんじゃないんですか?」
「そ、それは…」
「こちらに来ましょうよ。あなたの恐怖心を、ここでなら取り除くことが出来ますよ。」
住岡の背後から、肩に手を置き、同じ目線で彼に語りかける。
「お、俺は。俺は…。」
真•健康警察署の前。
吉野と竹内は、大きなビルを睨み付ける。
「さてと…来てみたは良いものの…こっからどうすりゃ良いんだ?」
「ったく…だから足手まといって言ったんだよ。」
吉野が竹内に聞こえるように、わざと大きくため息をつく。その態度に腹が立ち、竹内は吉野に挑発的な態度をとる。
「なんだよ、自分にはまるで策があるような言い方しやがって。」
「は?そうに決まってんだろ。俺はお前と違うんだよ。」
そう言って、吉野は1人で作戦の為の準備を進める。ただただ困っている様子の竹内を見て、吉野はニヤリと笑う。
「だせえな、早速立ち止まってるじゃねーか。」
その言葉にカッとなる竹内。
「マ、マジで言ってろよ!いいよ、そしたら行ってやるよ、堂々と!!」
そう言って、本当に入り口から堂々と入っていった。あいつまじかと、吉野は小さく呟いた。
竹内は、内心心臓が飛び出そうになりながらも、その素振りを見せない態度で、入り口に向かっていった。すると、そこにいた警備員に話しかけられる。
「ご用件はなんですか?」
本当に何も作戦などを考えていなかったので、うまく潜入する為の言葉が思いつかない。
「え、ええっと…あの、ですね。」
接続詞ばかりを繋げていってしまい、警備員も、竹内に疑いの目を向けはじめた。
吉野の方に目を向けてみるが、彼の姿はもう見えない。どうやら彼は彼のやり方で潜入してしまったようだ。
あっさり裏切られた竹内は、吉野に若干の殺意を抱きながら、目の前の警備員を潜り抜けるアイデアを沸かせようと必死に頭を回す。
すると、
「あれ?あなたは先ほどの…。」
そう言っているその人は、先ほど竹内に質問をしていった人だった。
「あ!さっきはどうも…。」
彼は、先ほどと同じようににっこりと笑顔を竹内に向けた。
「もしかして、情報提供などですか?それでしたら、私がお話しお伺いしますよ。」
竹内は、動揺をなんとか隠しながら、彼と話をしていると、向こうから潜入する為の案を提供してくれたではないか。
もちろん全力で乗っかっていく。
「そ、そうですそうです!ちょっとさっきお話ししてから思い出したことがあったので!いやあ、良かった知ってる人がいて!」
じゃあ、ご案内しますね。と言って中に入るように促される。
そうして、竹内は住岡を助けるのは勿論のこと、自分の中の答えを探す為に、【真•健康警察】の中に入っていった。
【真•健康警察】の取り調べをひとまず終えた住岡は、地下の留置所に、入れられていた。
いつもの威勢の良さは消え、小さく座り込んでいる。
先ほどの男の言葉が頭から離れず、今は脱出するというところまで、頭が上手くまわせない。
「…吉野さん、俺は一体どうしたら…」
すると、隣から男の声が聞こえてきた。
「その声は…住岡?」
自分の名前を知っている。しかし、聞き覚えのない声に、住岡は質問で反応する。
「すみません…一体どなたですか?」
住岡のその言葉によって、その人は、自分の知っている人間ではないことに気づいたようだ。
「ああ…すみません。どうも知り合いと似ていたもので…。」
知り合いという言葉に、住岡はもしかしてと思い、先ほどの声の主に聞いてみる。
「知り合いって、…兄をご存知なんですか?」
声の主は、え、と一度驚いて、すぐ冷静になり、
「そうか…君が住岡の…。」
と、1人で小さく納得してしまい、住岡の問いには答えてくれなかった。代わりに、今度は向こうから質問を投げかけられる。
「しかし、なぜ君のような健康警察がここにいるんだい?一体外では何が起こっている?」
住岡は、戸惑いながらもここに来た経緯や、自分の思いをその人に話した。
「なるほど…もうそんなことになってしまっているのか…。」
「すみません、会ったばかりなのにこんな事を話してしまって…。でも、俺1人ではもう、どうして良いかわからなくて…。」
「いや、むしろ話が聞けて良かった。住岡君、少し僕に協力してくれないか?」
「え?一体どういう…。」
男は立ち上がって、住岡のいる方向に話し掛ける。
「そうしたら、君の中のもやも、少しは晴らしてあげられるかもしれないね。」
吉野は、【作戦】のおかげで、難なく潜入することが出来ており、地下の留置所への道を探していた。
「くそっ…どこにあるんだよ。」
心当たりのある場所を探してみるが、中々正解に辿り着かず、焦りばかりが膨らんでしまう。
「早くしないと、住岡が…!」
「何をそんなに焦ってるんですか?」
背後から聞こえたその声に、吉野の体がガチッと固まった。
「まあ、竹内君が来た時点で、いるとは思っていましたよ。」
「…っ吉野!」
「せっかくだから案内しますよ、彼…住岡刑事のところまで。」
吉野は、体が動かなくなった。
振り向くことが出来ない。
声も出すことが出来ない。
でも、ここに入っていってしまったからには、
振り向かなくちゃいけない。
声に出さなくちゃいけない。
だって、そうしなかったから。
あの日、あの時に。
何もしなかったから、何も気づかなかったから。
「気持ち悪りぃんだよ、敬語なんか普段使ってなかったくせに。」
竹内は最初、その人と話した時には、暗くて気づくことが出来なかった。
けれども、先ほど対面した時、気づいてしまい、驚きと動揺が隠せなかった。
光がほとんど入っていない、黒目がちの瞳を。
その人以外に、自分は知っていたから。
「親子なんだかさ、そういうのはもう、無しにしようや。」
「…確かに。随分久しぶりだな、俺があの家を出ていって以来だから…何年振りだ?」
ニヤリと笑うあいつと、にっこり笑うこの人が、
今、全く同じ服を身に纏っているから。
「思い出話は、これが全部終わってからだ。」
その2人が今、対面している。
「なあ、親父。」
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