劇場版 健康警察 最終回

なぜ何度言われても所持するのか。

美容器具、機能性食品。

あらゆる健康を犯す、男の自宅を家宅捜査。

今宵も健康警察は、ブツッ

吉野が映像を見ていると、後ろの青いスーツにメガネをかけた男が、再生停止ボタンを押した。


「何回もみんなよ、恥ずかしいから。」
「悪い悪い、お前にしては固くならずにちゃんと出来てるから面白くて。」
「固いのいじんなや。」

先程の映像と同じ声を持つこの男は、吉野と5年前からタッグを組んでおり、健康警察の一員として日夜活動していた。
しかし、最近吉野は、住岡という新しい人間と現場に行くことが増えたため、彼はそれを支える別の部署に配属されることとなった。

「やれんのかな…俺、編集作業とかナレーションとかしたことないんやけど。」
「まあ、なんとかなるだろ。」
「他人事かよ。」
「ちげーよ、信用してんだよ。」
「お前が今度組む、住岡ってやつ、どんななんだろうな。」
「まあ、使えそうなやつだったらなんでも良いけどな、俺は。」

そんな他愛もない話をしていると、吉野が時間を確認して、テレビの電源を切った。

「そろそろ時間だから行くわ。そっちでも頑張れよ。」
「おう、お前もな。」


「そうして僕は、住岡…君のお兄さんと代わって、別の部署で活動をしていたんです。」
「そうだったんですね、吉野さんのお父さんの…そういえば、少しだけ兄から聞いたかも…。」
留置所の鍵をゴソゴソといじる彼の話を、住岡は聞いていた。
「でも…あの時にもっと僕がちゃんとしていたら、吉野をこんな事にしなくて済んだのにって思って…よし!。」
カチャリと、錠前から音が鳴り、彼のいたところの扉が開く。そうして、住岡の扉も難なく開けた。
「じゃあ、行こうか。こっちだよ、着いてきて。」
「は、はい!あの…今更なんですけど…あなたのこと、なんでお呼びしたら…?」
「あ、そういえば名乗ってなかったね。僕の名前か…うーん。」
完全に本名を教える気がない間で、その人は立ち止まって考える。
あ!と閃いて、少し笑いながらこう名乗った。
「編集者Xとでも呼んでくれ。」


「なあ、親父。」

光の入っていない、黒目がちな瞳。
高い鼻、少し太い眉。
似ているところは沢山あるのに、2人の雰囲気は他人と思ってもおかしくないほどに、異なっていた。
「久し…ぶりだな。」
「今更、父親ぶってんじゃねえよ。住岡まで巻き込みやがって。」
「ふっ…お前の方が、住岡君を巻き込んでるの間違いだろ?」
「…あ?何言ってんだ。」
竹内には、この2人の間に入ることができず、ただ黙って見守ってることしかできない。
ここに来れば、自分の中の答えがわかると思っていたが、事態はそんな小さなことを解決する場を設けてくれていなかったようだ。
「住岡が死んだのは、今お前がいる健康警察の存在のせいだろ?なんで気づかない?なんでお前はまだそこにいる?そこにいても、住岡は帰ってこない。たとえ住岡君が同じ道で歩んできたとしても同じことだ。」
先程まで笑顔で物腰柔らかく話していた人物とは思えないくらい、取り乱しながら長ったらしく話し出した。
「そうだ…健康警察がある限り、不健康が正しいとされてしまう。そんなわけがない!!何人死んだ?何人が辛い思いをした?その人間の家族や大切な人がどういう思いでいた?」
せっかく整えたのであろうセンター分けされた髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしりながら。
「俺は、【あいつ】も住岡も…失わせた健康警察を絶対に許さない。健康が大切だ、健康が正義だ。健康が正しいんだ!!」
そう言い切って、吉野は後ろを振り向き、竹内の両肩を強く握った。

「竹内君も、こちらの人間だろ?健康が正しいんだって、君も思うよね!?」

普段だったら、健康の方がいいと即答できるのに、なぜかこの人の問いには、すぐに答えることができない。

「あ、あの…」

「吉野、もういいだろ。」

竹内が振り向くと、住岡ともう1人、眼鏡をかけた男性がいた。その人が、吉野警部の方へ歩んでいく。

「それ、俺のスーツじゃん。何してんだよお前。」
「お、お前。どうやってあそこから…。」
「なあ吉野、もう終わりにしよう。」

「住岡!大丈夫だったか!?」
吉野が、住岡に駆け寄る。
「吉野さん!すみません、ご迷惑おかけして。」
「ったく…とにかく無事でよかった。」
「はい!あの人、Xさんが助けてくれて…。」
「X?」
「吉野さんのお父さんと、昔タッグを組んでたみたいです。」

「なあ、お前がやりたかったことはこれなのか?違うだろ?自分のためじゃないよな?この組織って。」
「…違う、俺は…健康が正義だって…。」
「じゃあ、お前が今まで取り締まった不健康は、本当に全て、悪だったか?」
「…どういうことだよ?」
その人に睨みつける吉野に怯むことなく、その人は言葉を続けた。

「不健康になるための行為は、確かに後先考えないものも多い。でもな、何も考えてないわけじゃないと思うんだよ。」
「…。」
「その場が楽しい時をもっと盛り上げようとするとか、辛いことがあった時に、自分にご褒美とか。」
吉野より少し背の高いその人は、吉野目線に合わせて、訴えかけた。

「端から見た不健康は、その人にとっては大事な健康だったりするんだよ。」

吉野に届くように。
あの頃に、戻ってほしいと。

「でも…俺はお前をあの時に救えなかった…」

吉野が住岡とタッグを組むことになって、
彼は別部署で働いていた。初めは慣れない編集やナレーションに苦労しながらも、なんとか自分なりに仕事をこなしていた。
しかし、ある日上司からこんなことを言われた。
「健康者と不健康者の均衡を保つために協力してほしい。」
業務内容はとある飲み物を飲んでいく。これだけだった。
制限はなく、むしろ飲めば飲むほど評価をあげていってくれるとのことだった。
業務と堅苦しく言われたから、よっぽど美味しくない飲み物なのかなと思い、口に入れると、案外そんなことはなく、平気で缶一本飲むことができた。

しかし、そうして飲み続けていると、体に少し違和感を覚え始めた。
なかなか眠れなくなる。かと言って起きている時間は、体がだるくなっていったり。
だが彼は、飲むのをやめなかった。
これぐらいしか、今の自分にできることはないと思っていたから。その日もその缶を躊躇なく開け、躊躇いもなく飲み干した。

夏の暑い日、久しぶりに吉野に会うと、吉野は驚いた顔をこちらに向けている。
「お前…ちゃんと寝てんのか?」
「え?なんで?」
「顔、真っ青だぞ。気分は?」
「そういえば、だるいかも…」
その言葉を最後に、この暑い中、汗ひとつかいていない彼は、気を失って倒れた。
上の人間には、「この事は内密にするように」と言われ、地下の療養所付きの留置所に移送された。

そしてそのあとすぐ、住岡も同じ事を上の人間に勧められたらしい。
「住岡、やめておけ!」
「え、なんでですか?」
内密にと言われてる以上、簡単に理由を明かせない吉野。
「でも、役立たずの自分には…こんなことしかできないんで、頑張ってみますね!」
そう言って、住岡はどんどん体調を崩していき、
そして、彼の人生は、最悪の結末を迎えてしまった。

「大事なもの…人の命奪ってまで、保たなきゃいけない均衡ってなんだよ?お前らみたいな優しいやつ利用して…不健康が良いわけがないだろ…!」
吉野はその場で崩れ落ち、床に何滴かの滴が溢れる。Xも、共に膝を崩し、彼に寄り添うことしかできない。
住岡も竹内も、2人の空間になんで声をかければ良いかわからず、立ち尽くすことしかできない。

「俺らでどうにかできるだろ。」

そんな空気を断ち切る言葉が、建物に響き渡った。

「吉野さん…。」

それでも、吉野は足元に強い根を張り、仁王の様に力強く立っている。

「ずっと思ってたことなんだ、健康と不健康ってそんなに敵対しなくちゃいけないものなのかって。」

「吉野…。」

「上の人間のやっている事は間違っている。でも、親父だって今やってる事は、ほとんど変わらないんじゃないのか?」
「おい、どういう…。」
「健康に目がいきすぎて、失っちゃいけないものに気づけていないだろ、母さんだって…。」
「…。」
「もう、終わりにしよう。【真•健康警察】も、
そして俺たち【健康警察】も。」

親子2人が目を合わせ、息子がこの組織の終わりを提案する。
しかし父は、どうすれば良いのか分からず、また下を向いてしまう。
「しかし、誰かが取り締まらないと…また不健康で…。」
「だとしても、俺たちじゃなくても良いんじゃないか?それこそ、お互いに大事に思える人がいれば。」
下を向いた父の肩を息子が強く叩く。
「一人一人が、ちゃんと自分を大切にすれば、誰かを大事に思えれば、体も心も健康になっていくんだよ!」
下を向いた父を、息子が強く見つめる。
「なあ、父さん。」
「…ああ、そうだな。」

そうしてしばらくして、
【健康警察】も、【真•健康警察】も、
組織解体の動きがはじまっていった。


「吉野さん!買ってきました!タバコとコーヒー。」
「おう。」
「あれ、誕生日の時だけだと思ってたのに…」
「うるせえ、迷惑料だよ。」
「はいはい。…でも、あの時、本当に助かりました。」
「…いや出てけよ!」
あれからしばらくしたある日、竹内の部屋に、吉野と住岡がなぜか居座っていた。
「なんでお前らがここにいんだよ。もう健康警察無いんじゃないのかよ!」
「今の、はな?」
「は?どういう事?」
吉野が、竹内にこれからの健康警察の体制について話し出した。
「もっと考えて、やっぱり過度な健康や逆に過度な不健康を救う組織にしていこうっていう話になってるんだよ。その為に、教材用の動画も撮っていこうってなってて…。」
そこで話を途切れさせ、吉野と住岡は姿勢を正し、竹内に体を向ける。
「な、なんだよ。」
「申し訳ないんだけど…その動画に出てもらえませんかね?」
「…はあ!?」
「いやー、人手が足りないし、本物の健康者がやった方がリアルじゃないかって!」
「でもな…」
「つーか、断る権利ないから。ほら、早速やるぞ!」
「はい!動画回す準備しますね!」
「いやいやいや…。」


「なんでだよ!!!」
「うわっ、何急に!?」
「びっくりしたー。」
ふと目の前を見ると、そこは竹内の部屋ではなくリビングで、スーツを着た健康警察の吉野と住岡ではなく、いつものラフな格好をした吉野と住岡がいた。
「なに?なんかあった?」
「あれ?健康警察は?」
「は?何言ってるん?この前撮ったばっかやろ。」
先ほどまでの出来事が全てまやかしだったかのように、いつも通りの生活がそこにはあった。
「もうさっき頼んだマック来るから、それ食べて動画撮ろうや。」
「あ、ああ。」

そうして、来たものをそれぞれ分けて食べようとする。
「あ!てか今の時間からマック食うんか…。」
「え?今更遅くない?」
そんな事を言いながら、ハンバーガーに口をつける2人に対して、竹内は、ポテトから食べ始めた。
「あれ?今日ハンバーガーから食べんの?」
「ベジファースト。」
「いや、絶対間違ってるって!」

そういえば、健康が正しいのかって答え。
あの時にちゃんと出せなかったなと、ふと思い出す。

「それ、健康っていうんか?」

なんであの時、今みたいに簡単に出なかったんだろう。

「俺が健康だと思えば健康なの!」

健康なんて、誰かの尺で測れるもんじゃない。

「あん時も、本当は歯磨き粉じゃなかったし。」
「ん?なんの話?」
「なんでもない。」

そう、初めて吉野警部にあったあの日のコンビニで買おうとしてたものは、歯磨き粉じゃなくて、スナック菓子だったし。

「健康なんて、人それぞれやから。」
「なにそれ。」
「無茶苦茶やん。」

「そう、お前はそれで良いんだよ。」

壁であるはずの後ろから声が聞こえたが、
やっぱり誰もいない。
でも、不思議ともう怖い気持ちはなかった。


なぜ何度言われても所持するのか。

美容器具、機能性食品。

あらゆる健康を犯す、男の自宅を家宅捜査。

今宵も健康警察は、健康の闇に迫っていく。

実録!健康警察。

                   了

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