劇場版 健康警察 番外編


「吉野さんって…ケーキはどの種類が好きなんですか?」
「…は?」

昼休憩、健康警察の食堂は、沢山の人で溢れかえっていた。様々な方向から、様々な話題が聞こえてくる。
そんな中で、住岡が、向かいに座っている吉野に、突拍子も無い質問を投げかけた。
「な、なんだよ急に…。」
「ななな、何言ってんすか!?こ、こう言う話題っていつでも急なもんでしょ!!?」
「…まあ、確かにそうだけど。」
「そ、それで?どうなんすか??」
瞳の中を輝かせながら、ぐいぐいと迫ってくる。

そうか、もうそんな時期か。と自分が忘れていたその日を、彼の隠せていない言動で思い出した。

「いや俺、甘いもん嫌いだから。」

その言葉を聞いて、「あっ…そうっすか。」と、あからさまに目の輝きをなくし、顔を俯けてしまった。
わかりやすいやつだ。そんなことでこいつは、この先の捜査を、今後1人で上手くやっていけるのだろうか。
吉野は心配すると共に小さく息を吐き、食べ終えた食器を片付け始める。
「ほら、早くしねぇと。休憩もう終わるぞ。」
「は、はい!」
住岡も急いで食事を終え、食器を片付ける。

今日が、2月3日。
2月3日は、吉野の28回目の誕生日だ。


「健康警察だ、開けろ!」
今日も彼ら2人は板橋ハウスで、健康者である竹内の部屋で、家宅捜査を行なっていた。
「なんやねん…何回目やねん!!」
「何回目なんだはこっちのセリフなんだよ!」
毎回来るたび、こいつの部屋には新しい健康食品や美容器具が増えていっている。
それでも一切サボることなく健康警察は、今日もまた、地道に現場検証を行い、更生の余地があるか判断していく。

しかし今日は、いつもと部屋の様子が違っていた。
「…なんか、物が異様に増えてないか?」
美容器具や健康食品以前に、竹内の部屋に様々な物が、この前調査した時より物が明らかに増えているように見えた。
「ああ、この前いっぱい貰ったからな。」
「貰った?なんで?」
「いや俺この前、誕生日だったから…ファンの人がプレゼントをくれたん…」
「ぅあーーー!な、なんだこれは!?お前また見たことのない道具使ってるなあ!?」
誕生日という単語が出てきた途端、住岡が、あからさまに慌てて、その話を無理矢理遮る。
刑事をしていく上で、必須とも言える動揺を隠す技術。こいつには、俺がいるうちに、教えておかなければならないなと強く思った。

ようやく、全ての物品での現場検証を終えた。
「…今日はこんなところでいいだろ。住岡、行くぞ。」
「は、はい!」
「竹内、今日は俺の裁量でここまでにするが、あんまり増やしすぎるなよ。俺だって、来たくてお前のところに何回も来てるわけじゃねぇんだからな。」
「は?じゃあ来んなよ。呼んでねぇんだよ。」
「…来ておかねえと、いつ【あいつ】と遭遇しちまうか…」
竹内や住岡に、聞こえるか聞こえない声量でつぶやく。
しかし2人は聞き取れず、もう一度のチャンスに構えるが、その時は訪れず、健康警察の2人は竹内の部屋を出た。

外を出ると、空はもう真っ暗だった。
ポケットに入れておいたスマホで時間を確認すると、時刻は23:42。
もうそこまで誕生日に心躍らせるような年齢でもないし、吉野自身、そういう類の人間ではないため、自分の誕生日が仕事しかなく終わることに何も感じてはいない。
が、住岡は違っているらしい。
「よ、吉野さん!」
「…なんだよ。」
彼は下を向きながら、俺にしか聞こえないんじゃないのかというくらい小さな声で、申し訳なさそうに、祝いの言葉を贈る。
「お、お誕生日…おめでとうございます。」
「おう。」
「え…それだけですか?すいません…俺、今日何にも用意できなくて…。」
「良いんだよ、照れ臭いし。」
ライターとタバコを探すためにポケットを探るが、先程切らしてしまったのを思い出す。
「で、でも!吉野さんには配属されてからお世話になりっぱなしだし、兄のことも…だから俺、何かお礼としてやりたかったんですけど…。」
明らかに落ち込んでいる住岡。ほとんど歳は変わらないはずなのだが、下を向いている彼の様子は、まるで小さな甥っ子のように見えた。
吉野はしょうがないと大きくため息をついて、
「タバコ、メビウスの8ミリ。あとコーヒー。ブラック。」
「…え?」
「毎年その2つ、俺に奢れ。」
「そ、そんなんで良いんですか?なんかもっと…」
「嫌ならなしでもいいぞ。」
目を合わせず、耳を赤らめながら提案する吉野。
その提案に、住岡は食堂の時と同じ目の輝きをして、「はい!」と、元気よく返事をし、向かいのコンビニに向かった。
「ったく…。世話のかかる弟を置いていきやがって…。」
住岡にそっくりな彼のことを思い出し、思わず顔の筋肉が緩む。
「買ってきました!」
コンビニから急いで帰ってきた住岡は、タバコとコーヒーを渡し、自分の分の飲み物を開ける。
「じゃあ、改めまして吉野さん。お誕生日、おめでとうございます。」
「おう。」

都会の真夜中での、
いつものタバコとコーヒーは、
なんだかすこし、うまく感じた。


「…おい、何笑ってんだよ。」
「…あ?ああ、いや、気にすんな。」

住岡が【真•健康警察】に捕まり、途方に暮れながら、竹内に誘われて板橋ハウスに入る時に、マンション下の自販機に、自分がよく飲む缶コーヒーがあったことが、今日は何故か目に止まってしまい、思わず顔が緩んでしまった。

なあ住岡、俺にあの味を教えてくれたのは、お前だろ。
「まだ絶対に、【そっち】に行くんじゃねぇぞ。」

吉野が彼を救いに向かうまで、
あと、もう少し。

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