シリーズ「霊の中に生きる」 No.17人のからだ(6)

シリーズ「霊の中に生きる」 No.17
人のからだ(6)

あなたがたのからだは聖霊の宮である。

●聖書の最高の教えは『霊の中に生きる』ことです。

シリーズ「霊の中に生きる」の第17回目です。
今回は「人のからだ」についての第6回目です。

人のからだ - 牧師の書斎

【新改訳2017】
Ⅱコリント人への手紙11章21~27節
21

言うのも恥ずかしいことですが、私たちは弱かったのです。

何であれ、だれかがあえて誇るのなら、私は愚かになって言いますが、私もあえて誇りましょう。


22

彼らはヘブル人ですか。私もそうです。彼らはイスラエル人ですか。私もそうです。彼らはアブラハムの子孫ですか。私もそうです。


23

彼らはキリストのしもべですか。

私は狂気したように言いますが、私は彼ら以上にそうです。

労苦したことはずっと多く、牢に入れられたこともずっと多く、むち打たれたことははるかに多く、死に直面したこともたびたびありました。


24

ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、


25

ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、一昼夜、海上を漂ったこともあります。


26

何度も旅をし、川の難、盗賊の難、同胞から受ける難、異邦人から受ける難、町での難、荒野での難、海上の難、偽兄弟による難にあい、


27

労し苦しみ、たびたび眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さの中に裸でいたこともありました。

パウロの宣教の働きにおける労苦のカタログをここに見ることができます。

彼が多くの苦難に遭い、死に直面しながらも、神の助けといやしを受けてその働きを続けることができたのは、

自らのからだを神への生きたささげ物としていたからです。

献げたことによって与えられた特権的な恵みなのです。

パウロは「からだ」について、以下のように考えていました。 

①【新改訳2017】
Ⅰコリント人への手紙 6章19~20 節


19

あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。


20

あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。

ここで重要なことは、「からだ」は自分自身のものではないということ。

事実、代価を払って買い取られたものということです。何のために神が代価を払って買い取ったのかといえば、人のからだを聖霊の住む宮とするためです。

からだの所有者は自分ではなく、代価を払って買い取ってくださった神であるという意識です。

払われた代価とは、御子のいのちすなわち十字架の血潮です。

それゆえ、私たちのからだの権利は私たちにはないのです。

むしろ、自分のからだを神のものとして管理しつつ、そのからだをもって神の栄光を現すことが求められているのです。

わたしたちのからだは聖霊の宮である。

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