見出し画像

寒椿


                                   

〇人物表

影野民江(70歳) マンション住人

 

福浦莉々(4歳) マンション住人・福浦家長女

福浦雄三(35歳) マンション住人・福浦家父

福浦香苗(32歳) マンション住人・福浦家母

 

影野孝彦(35歳) 民江の長男

影野由美(30歳) 孝彦の妻 

 

引越し業者

 

〇駐車場

   マンションの敷地内。マンションに隣接された野外駐車場。車に乗り 
   込む福浦家の父・雄三(35歳)、母・香苗(32歳)、娘・莉々(4歳)。
   運転席に座り、エンジンをかけ、シートベルトをして、ナビを設定し
   ている雄三。

雄三「…(ナビの画面をタッチしながら)レ・イ・ク・タ・ウ・ン…と」

   助手席の香苗、目の前のマンションを囲む生垣を見つめ、

香苗「椿が見事ね、(後部座席を振り返り)ねえ、莉々ちゃん、キレイでしょ」

   莉々、前に身を乗り出して

莉々「ああ、キレイ! あのお花、何てお花?」

香苗「椿っていうの。あ、写真撮ろうか、せっかくだから」

雄三「おお、そうだな」

   車を降りる三人。生垣の椿をバックに写真を撮る。

 

〇ショッピングモール

   雑貨店の店先。ハイビスカスのレイを見てはしゃぐ莉々。

莉々「ねえ、このお花、さっきの!」

香苗「これはね、ハイビスカスっていって、さっきの椿とは違うけど似てるね」

雄三「あ、これかけてあそこでまた写真撮るか」

莉々「うん、撮る!」

 

〇同駐車場

   車を停めて、前の生垣を見て驚く雄三と香苗。

雄三「あれ…」

香苗「どうして…」

莉々「写真撮ろう!」

   レイをかけて、車を降り、生垣の前にいき、立ちすくむ莉々。

莉々「あれ~ お花は?」

   莉々の肩に手をかける雄三と香苗。赤い花弁が一つも無くなった生垣 
   を見つめる三人。その三人を4階のベランダから見つめる影野民江(7
   0歳)。福浦家の三人を無表情で眺めている。

≪民江モノローグ≫

私の不幸な人生を共に見続けてきたものがある。

椿の花。

あの品のない真っ赤な花弁はいつも私のそばにいた。冬の乾いた寒い日に、場違いなまでに鮮やかな花弁をボテリと身につけて、その存在をひそかに主張しているお前が嫌いだ。

民江「うっとうしいんだよ」

親に捨てられ、親戚をたらいまわしにされた小さい頃。目立たないように暮らした。でも言われた。

民江「うっとうしいんだよ」

住み込みで働いた工場で、目立たないように働いた。でも工場長の妾になり、同僚たちから面と向かって言われたっけ。

民江「うっとうしいんだよ」

子供が出来て、生みたいといってもダメだ、お願い一人で育てるから、いやダメだ、お願い迷惑かけないから… いやダメだ、お願い、目立たないように二人で生きるから… フッと大きなため息つかれ、ポツリと

民江「うっとうしいんだよ…」

親戚の軒先にも、工場の裏手にも、寮の近くの公園にも、いつも椿が咲いていた。その真っ赤な花弁がいつも腹立たしかった。私の心は真っ暗なのに、どれだけ無神経なのこの花は! 私は花弁をもぎ取り投げ捨てた。

民江「うっとうしいんだよ」

思い返すと私の人生、ずっと冬。いつも椿が咲いていた。

   燃えるゴミのゴミ袋一杯に入った椿の花弁を見つめ、握りつぶす民 
   江。

 

〇エレベーター(朝)

   13階からエレベーターに乗る雄三と莉々。出勤の前に莉々を幼稚園
   に送るため、莉々の手を引く雄三。片手には燃えるゴミのゴミ袋。
   莉々の首にはハイビスカスのレイ。4階に停まり、民江が乗って来
   る。片手にはゴミ袋。

雄三「おはようございます」

   民江、チラッと雄三の顔を見て、ハッとして

民江「…(ボソッと)おはようございます」

   莉々、民江の顔を見て、

莉々「(元気に)おはようございます!」

   民江、ハッとして

民江「ああ… おはようございます… えらいわねえ」

   民江、莉々の首のレイを見て

民江「かわいいねえ、お花」

莉々「うん、昨日レイクタウンで買ってもらった」

民江「ああ、そう」

   民江、自分の持っている半透明のゴミ袋から椿の赤い花弁が透けて見
   えるのに気づき、身体の陰に隠す。エレベーターが1階に着く。雄三
   が開くのボタンを押し、民江を促す。

雄三「どうぞ」

   民江、ああどうも、と言いながら出ようとする。

莉々「どうぞ!」

   雄三の真似をする莉々。振りかえり莉々を見つめる民江。

民江「ああ、ありがとう」

   雄三と莉々の後ろ姿を見送る民江。振りかえって民江に手を振る
   莉々。民江、手を振り返す。

 

〇ゴミ置き場

   ゴミの置き場に燃えるゴミを出す民江。ゴミ置き場の隣の、花がなく
   なった椿の生垣をさみしそうに見ている莉々。車から雄三が声をかけ
   る。

雄三「莉々! 行くぞ」

   振り返り、車に向かう莉々。ゴミ置き場の民江の存在に気が付き、手
   を振る。手を振り返す民江。

民江「リリちゃん…か…」

   車、駐車場を出発する。車を見送ると、椿の入ったゴミ袋を見つめる
   民江。

 

〇4階エレベーターホール(朝)

   エレベーターが13階に停まるのを待っている民江。13階にランプ
   が点灯し、そこに停まったのを確認して、エレベーターのボタンを押 
   す民江。4階に停まり、ドアが開く。雄三と目が合い、

民江「おはようございます」

雄三「おはようございます」

莉々「おばちゃん、おはよう!」

   莉々の胸にはレイがかかっている。

民江「ああ、おはよう。今日もお花がかわいいねえ」

莉々「うん」

 

 〇ゴミ置き場

   ゴミを出しながら莉々を見つめる民江。椿の生垣をさみしそうに見て
   いる莉々。民江の方を向き、

莉々「あのね、ここにお花が咲いてたの。でも、急になくなっちゃったの。また咲くかなあ」

民江「…うん、また咲くよ」

雄三「莉々! 行くぞ」

   民江に手を振り、車に向かう莉々。手を振り返す民江。車を見送り、
   生垣を見つめる。

 

〇ベランダ(朝・春)

   4階ベランダから桜が満開の駐車場を見ている民江。椿の生垣を見て 
   いる莉々。4階ベランダの民江の存在に気が付き手を振る。

 

〇駐車場(朝・夏)

   ギラギラの太陽が照り付け、セミの鳴き声が響く駐車場。椿の生垣を
   見ている半袖、スカート姿の莉々。4階のベランダには民江。

 

〇ベランダ(朝・秋)

   4階のベランダから枯葉が敷き詰められた駐車場を見ている民江。椿
   の生垣を見ている莉々。

 

〇4階エレベーターホール

   13階にランプが停まり、そのランプが降りてくるのを待っている民
   江。13階に停まったままのランプ。

民江「なかなか降りてこないわね」

   エレベーターの下降が始まり、4階に停まり、扉が開く。

 

〇エレベーター

   養生されたエレベーター内。タンスや段ボールがぎゅうぎゅうに詰ま
   ったエレベーター。

引越し業者「すみません、狭くて」

民江「あら、お引越し?」

引越し業者「ええ」

   半透明の衣装ケースの中にハイビスカスのレイを見つけ、ハッとする
   民江。

 

〇駐車場

   福浦家の車の前の椿の生垣を見ながら福浦家を待つ民江。福浦家、三
   人、姿をみせる。

莉々「あ、おばちゃん!」

民江「あら…」

雄三「あ、うち、引っ越すことになりまして、お世話になりました」

   隣で頭を下げる香苗。

莉々「おばちゃん、さようなら」

民江「ああ…」

   車に向かおうとして振り返る莉々。

莉々「結局、咲かなかったね、このお花」

民江「もうちょっとしたら咲くかもしれないけどね」

雄三「莉々、行くぞ!」

   車を見送る民江。

 

〇ベランダ(朝・冬)

   4階ベランダから雪のちらつく駐車場を見ている民江。車が停まって
   いない福浦家の駐車スペースにうっすら雪が積もっている。莉々のい
   ない生垣の前の芝生にもうっすら雪が積もっている。

 

〇駐車場

   生垣の椿に花が咲いている。

民江「もうちょっとだったのにね」

   莉々を想い、生垣の椿の花を見つめる民江。

 

〇居間

   窓から外を見ている民江。電話が鳴る。

民江「はい」

孝彦「あ、オレだけど」

民江「ああ、どうした」

孝彦「来年一月から2か月、中国の工場みなきゃいけなくてさ、で、由美だけどおふくろのとこで面倒見てもらっていい? ほら、もう安定期だけどなんかあったらいけないからさ」

民江「ああ、いいよ」

孝彦「ああ、ありがと、よかった」

民江「それで由美さん、順調なの?」

孝彦「ああ、元気。女の子みたい」

民江「女の子… それはよかったじゃない」

   生垣の前の莉々を思い浮かべる民江。

民江「名前だけどさ、リリちゃんてどう?」

孝彦「え、リリ? なんで?」

民江「いいじゃない、かわいくて」

孝彦「いいよ、こっちで適当に決めるから」

民江「適当じゃダメよ」

孝彦「まだ、生まれる頃でいいって」

民江「ちゃんと今のうちから考えてないと」

孝彦「もう、うっとうしいって」

≪民江モノローグ≫

やっぱり私、うっとうしいのかな。椿みたいに。目立たないように、でも私咲いてるよって… それってやっぱり、うっとうしいわね。

   生垣の椿の花弁にヒラヒラ雪が舞う。

                                      【完】

 

   

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?