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『錦繍~再会~』


                                  

◎登場人物
石田美奈子(53歳) 介護ヘルパー
石田正一郎(87歳) 美奈子の父
紅林慶太郎(55歳) 無色
紅林洋子(90歳) 慶太郎の母
吉行房子(86歳)

宅配業者
スポーツ実況
高校球児
応援団
美奈子同僚
キャスター
捜査員2名
ヘルパー(女)

〇石田家キッチン
   マンションの3DKのキッチンで、父、石田正一郎(87歳)に昼ご飯  
   を食べさせている石田美奈子(53歳)。玄関のチャイムが鳴る。

〇石田家玄関
   美奈子がドアを開けると、菓子折りを手にした紅林慶太郎(55歳)が 
   立っている。長身で端正な顔立ち、白髪交じりのボリュームのある
   髪、ミッドナイトブルーのウールのジャケットの紅林を見て、ハッと
   後ずさる美奈子。
紅林「隣に越してきた紅林と言います」
   菓子折りを美奈子に差し出す。
美奈子「あ、これはどうも… ご丁寧に…」
紅林「よろしくお願いいたします」
美奈子「…こちらこそ」
   菓子折りを受け取りながら、まじまじと紅林の顔を見る美奈子。

〇同キッチン
   美奈子、菓子折りを見ながら思いに浸る。
美奈子「誰だっけ? 見た事ある… 芸能人だっけ?」
   菓子折りののし紙には、ご挨拶の文字、その下に紅林の名。錦繍とい
   う文字と赤い紅葉のイラストが散りばめられた包装紙。
美奈子「紅林… (父に)あ、お父さん、あのね、お隣に今度、新しい人が引っ
越してきたんだって」
正一郎「…」
   無言でゆっくりご飯を噛む正一郎。スマホで紅林を検索する美奈子。
美奈子「オリックスバファローズ? 違う違う… 誰だっけあの人… 絶対
見たことある」
   チャイムがなり顔を上げる美奈子。

〇同玄関
   ドアを開ける美奈子。
宅配業者「あ、石田さん、お荷物ですけど、伝票、紅林慶太郎さんになってますけど…」
美奈子「あ、紅林さんて、お隣に引っ越してこられた方ですかね」
宅配業者「あ、部屋番号間違えたんだな。すみません」
   伝票の紅林慶太郎の文字を見る美奈子。
美奈子「あ! 紅林慶太郎って…」
宅配業者「え、どうしました?」
美奈子「あ、いえ…」

≪美奈子回想≫
   37年前のテロップ。甲子園のマウンドに立つ紅林(当時18歳)。満
   塁のランナーに視線を送る。三塁側のアルプススタンドからは「紅
   林。がんばれ!」の声援。祈る美奈子(当時16歳)。
実況「紅林、第6球を投げた! 打った~ 三遊間真っ二つ! サヨナラです!」
   マウンドにうずくまる紅林。スタンドで涙する美奈子。

〇同キッチン
美奈子「紅林先輩!?」

≪美奈子回想≫
   27年前のテロップ。四菱商事の看板。受付に座る美奈子(当時26歳)。受付を横切る紅林(当時28歳)。
紅林「(美奈子を横目で見て)お疲れ様で~す」   
美奈子「(深々とお辞儀して)お疲れ様です」
   エレベーターの前まで進んだ紅林、ふと足を止め、受付まで戻って来る。
紅林「君、秋田一高出身なんだって?」
美奈子「はい、先輩の事、甲子園でも応援してました」
紅林「そうだったんだ!? 今度ご飯でもいこう」
美奈子「あ、はい!」
××××
美奈子同僚「営業2課の紅林さん、専務のお嬢さんと結婚して、サウジアラビアの支店長になるんだって。完全に次期取締役コースよね」
美奈子「へえ~」
美奈子同僚「あれ、美奈子、この間ご飯誘われたって言ってなかった?」
美奈子「…いや、別に」

〇同キッチン
美奈子「紅林さん…」

≪美奈子回想≫
   10年前のテロップ。ご飯を食べながらテレビを見ている美奈子(当時 
   43歳)。
キャスター「区議会議員の紅林慶太郎容疑者を公職選挙法違反で逮捕しました」
美奈子「え、紅林慶太郎…」
   箸を止めテレビを凝視する美奈子。映像には捜査員に両脇を抱えら 
   れ、うなだれ連行される長身の男。
美奈子「え、まさか…」

〇同キッチン
美奈子「…」
   菓子折りを見つめる美奈子。錦繍の文字に目がいく。
美奈子「何て読むの? めん… あ、わたじゃない、にしき、か、きん… きん… 刺繍のしゅう? きんしゅう? きんしゅうなんて言葉ある?」
   スマホで錦繍を検索。美奈子の頭の中を、紅葉の山がよぎる。
美奈子「へえ~ 初めて知った」
   紅葉の山に重なる紅林の顔。包みをあけ、箱を開けると、紅い(あか 
   い)もみじの形をしたサブレがぎっしりと詰まっている。一つを取り、
   包装されたビニールから取り出し齧る。隣室を遮る壁を見つめる美奈
   子。

〇石田家玄関(朝)
   ヘルパーの車いすに正一郎を乗せる美奈子。
美奈子「じゃ、お願いします」
ヘルパー(女)「はい、(正一郎に)じゃあ行きましょうね」
   ヘルパー、美奈子に一礼して車いすを押しエレベーターへ向かう。隣
   の紅林家の扉をチラッと伺う美奈子。

〇石田家居間
   身支度を済ませ、カバンを持ち、居間の扉を開け、隣室を隔てる壁を
   見る美奈子。思い直し再びテーブルに座る。テーブルの上の鏡で顔を
   見る。化粧ポーチの中の口紅を手に取る。

〇石田家玄関外
   家の鍵をかけながら、紅林家のドアをチラチラ見る美奈子。紅林家の
   前を横目で見ながら通り過ぎ、エレベーターの前へ。エレベーターの
   ボタンの押し、待ちながら紅林家を見る美奈子。

〇介護施設個室
   部屋の拭き掃除をしている美奈子。それをじっと見ている吉行房子(8
   6歳)。
房子「石田さん、何かいいことあった?」
美奈子「え、どうしてですか?」
房子「これ」
   房子、自分の唇を指さす。
美奈子「え、(笑) 別に」
房子「そんな紅い(あかい)の初めてじゃない?」
美奈子「あ、今日はたまたま(笑)」

〇マンション1階(夕方)
   エレベーターを待っている美奈子。入口の自動ドアが開き、車いすを
   押した紅林が入って来る。車いすには紅林の母、洋子(90歳)が乗っ
   ている。
美奈子「あ、こんにちは」
紅林「あ…」
美奈子「私、隣の…」
紅林「ああ! どうも。(車いすを見て)母です。(洋子に)あ、お隣さん」
洋子「ああ、お世話になります」
美奈子「こちらこそ」
   エレベーターが来てドアが開く。美奈子が乗り、13階のボタンを押
   し、「開」を押す。車いすを押した紅林が入る。
紅林「どうもすみません」

〇エレベーター
   エレベーターが動き出す。甲子園のマウンドの紅林、四菱商事の受付
   を横切る紅林、ニュース映像の捜査員に両脇を抱えられた紅林が、美
   奈子の脳裏を駆け巡る。
紅林「富士山もスカイツリーも見えますね」
   美奈子、ドキッとして振りかえる。
美奈子「え?」
紅林「あ、べランダから富士山もスカイツリーもバッチリ見えますね」
美奈子「ええ、13階ですから。この時期から空気が澄んで冬の間は特に」
洋子「秋田から出てきたの。千葉なんて、と思ってたら案外いいところです 
   ね」
美奈子「あ、秋田なんですか… 私…」
紅林「都会はいやだいやだって、ようやく連れてきました(笑)」
   エレベーターが13階に着き、ドアが開く。
美奈子「…どうぞ」
   「開」のボタンを押し、紅林を促す美奈子。
紅林「あ、すみません」
洋子「ありがとうございます」

〇マンション13階外廊下
   車椅子を押す紅林、その後ろを歩く美奈子。家の前まで来て止まり、 
   振り返る紅林。
紅林「では失礼します」
美奈子「はい」
洋子「おやすみなさい」
   美奈子、お辞儀していこうとする。
紅林「あ、すみません。もしかして…」
   美奈子、ハッとして立ち止まる。四菱商事の受付での紅林の姿がよぎ
   る。「お疲れ様で~す」「お疲れ様です」「君、秋田一高出身なんだ
   って」「はい、先輩の事、甲子園でも応援してました」「そうだった
   んだ!? 今度ご飯でもいこう」
紅林「ゴミ置き場って4号棟と5号棟一緒ですか?」
美奈子「…あ、ゴミ… はい、あの4号棟のところに出せば」
紅林「あ、ありがとうございます」
洋子「お隣さん、いい人で本当によかったわ」
   美奈子に笑顔を向ける紅林と洋子。
美奈子「あ… 実は…」
紅林「え? 何か」
   美奈子を見つめる紅林。
美奈子「あの… あ、お菓子! 昨日いただいたあのお菓子、美味しかったです、ありがとうございます」
洋子「あれね、秋田の、横手ってとこの有名なお店でね」
紅林「つまらないものですみません、では」
   紅林、ドアを開け、洋子の乗った車いすを押しながら自宅に入る。紅
   林のドアを見つめる美奈子。
美奈子「横手…」

〇石田家ベランダ
   洗濯ものを取り込もうとベランダに出る美奈子。隣のベランダから声
   が聞こえる。(洋子「今日もキレイね、見てあの富士山」紅林「ホント 
   だ、夕陽で真っ赤だな」)ベランダの仕切り板を見つめる美奈子。玄関
   のチャイムが鳴る。

〇石田家玄関
   美奈子がドアを開けると、ヘルパー(女)と車いすに乗った正一郎。

〇石田家居間
   正一郎にお菓子を見せる。
美奈子「お父さん、このお菓子、横手のだって」
正一郎「…」
美奈子「お父さん、横手だよね、このお菓子知ってる?」
正一郎「…」
美奈子「錦繍か」
   隣室を隔てる壁を見て、紅林と洋子を想う美奈子。車いすの正一郎を
   窓際に連れていく。
美奈子「今日もキレイでしょう」
正一郎「…」
美奈子「来年はいいことあるのかな」
正一郎「…」
   夕陽で真っ赤に染まる富士山を見つめる美奈子と正一郎。
                                     【完】


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