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『青春酒場 三年B組』


                                 
◎人物表

颯佐健太郎(55歳) 会社員

青葉隆司(55歳) 会社員

春山伸晃(56歳) 会社員

新芽啓二(55歳) 会社員

ゆきの(58歳) 居酒屋店員

ひろみ(65歳) 居酒屋店員

あかね(55歳) 居酒屋店員

こずえ先輩(年齢不詳) 居酒屋店員

 

〇病室

   ベッドに寝ている新芽啓二(しんめけいじ55歳)を囲んで談笑してい 
   る颯佐健太郎(さっさけんたろう55歳)、青葉隆司(あおばたかし55
   歳)、春山伸晃(はるやまのぶてる56歳)。

颯佐「前立腺てじいさんの病気かと思ったけどな」

新芽「最近は50代も増えてるらしいよ」

春山「元箱根ランナーの名が泣くぞ」

新芽「30年以上前だもん、もう別人だよ。お前らも気を付けろよ」

青葉「オレは全然大丈夫だけどな」

春山「お前が一番心配だよ」

   春山、青葉の出っ張った腹をポンポン叩く。

春山「元箱根ランナーの面影ゼロだな」

   一同笑う。

颯佐「(新芽に)まあ大したことなくてよかったよ」

 

〇街なか(夕方)

   繁華街を歩いている颯佐、青葉、春山。颯佐が路地の奥を見て歩きを 
   止める。

春山「どうした?」

颯佐「生ビール150円だって!」

春山「え?」

   春山、颯佐の見ている路地をのぞき込む。

春山「生ビール150円!!??」

   青葉も二人の後ろから路地を見る。

青葉「生ビール150円!!」

   三人、顔を見合わせる。

 

〇店の前

   看板には『青春酒場3年B組』の店名。そのバックには海岸に夕陽が
   沈んでいくイラスト。その夕陽に向かって叫んでいる制服姿の学生。
   叫んでいる吹き出しは「バカヤロー!」。入口の引き戸の横に学生服
   を着たバンカラ応援団長風のマネキン。「生ビール150円」の旗を
   応援団旗のように持っている。頭には「熱血営業中」のハチマキが巻
   かれている。

颯佐「ほら!」

春山「ホントだ!」

青葉「生ビール150円!?」

   看板を見上げている颯佐が

颯佐「青春酒場3年B組…」

青葉・春山「キンパチセンセーー!!」

   顔を見合わせてニヤリとする3人。店の前に腰の高さの台があり、そ 
   の上にメニューが置いてある。メニューを見る颯佐。

颯佐「やっぱ生ビール1杯150円だって」

春山「安すぎるだろ」

青葉「学生価格??」

颯佐「店長の汗と涙のハイボール120円?」

春山「ハイボール120円??」

青葉「店長の汗と涙は勘弁してくれよ(笑)」

   メニューをパラパラとめくる颯佐。

颯佐「太陽がくれた季節の野菜サラダ200円?」

春山「サラダ200円??」

青葉「食べ物も激安!!」

颯佐「太陽がくれた季節の野菜サラダ… ああ、太陽がくれた季節って、ほら、♪君は何を今って… あの昔の青春ドラマの歌だよな。それと季節の野菜サラダとかけてるのか… なんか面倒くせえ店だな」

春山「ま、安きゃいいよ」

青葉「おお、入ろうぜ」

   青葉、引き戸開けようとするが、開かない。

青葉「あれ? やってねえのかな」

春山「いや。ほら」

   春山、団長のマネキンが頭に巻いている「熱血営業中」のハチマキを
   指さす。メニューを見ていた颯佐が

颯佐「入店資格? 50歳? あ、50以上はダメなんだ… 学生向けの安い居酒屋か」

春山「だよな、青春酒場だもんな。オレたちはもう太陽が暮れちゃってるよ」

青葉「でもさ、50歳以上がダメなら、じゃあ30代と40代は青春てこと?」

   メニューを見ていた颯佐が

颯佐「ごめん、間違えた。50歳… 未満が入店不可」

春山「え!?」

青葉「どういこうこ?」

   3人メニューを囲む。

颯佐「入店資格、50歳以上であること。ハツラツとしていること。汗が似合うこと。燃えていること。恋をしていること。夢中であること。ときめいていること。団長があなたの青春オーラを測定して、入店の可否を決めます。ドアの前に立ってください… だって」

青葉「元箱根ランナーのオレたちは余裕だろ」

春山「お前に箱根ランナーの面影ゼロだって」

   春山、青葉の大きく出た腹をポンポン叩く。
   青葉、ドアの前に立つが開かない。

××××   

   春山、ドアの前に立つ。団長のマネキンの目に炎がともり

団長「いらっしゃい!」

   ドアが開く。

青葉・颯佐「おお!!」

   春山、振り返り、二人に向かって勝ち誇ったように

春山「お先に~」

   春山が店に入ると再びドアが閉まる。

青葉「アイツ、フルマラソンのために毎朝10キロ走ってるって言ってたからな」

颯佐「まだ走ってるんだ。さすが元キャプテンだな」

青葉「さあ、元エースのお前はどうかな?」

   颯佐、恐る恐るドアの前に立つ。ドアは開かない。

颯佐「え!?」

青葉「へいへい~ 元エース~」

   青葉、ホッとしたように微笑み、颯佐を見る。

   ××××

   メニューを見ている二人。

颯佐「ドアの前に立ってもドアが開かない場合は、団長の耳元であなたが今一番ときめくことをささやいてください… だって」

青葉「ときめくこと、ねえ…」

   青葉、団長の耳元で

青葉「25歳の女子社員の部下とLINEのやりとりしている時、まあ、ときめくっていうか…へっへっへっへ」

   団長の目に炎がともり

団長「いらっしゃい!」

   ドアが開く。青葉、颯佐を見て勝ち誇ったように

青葉「お先~! 春山と飲んでるから早く来いよ~ 元エース~」

   青葉、店に入る。ドアが閉まる。

颯佐「ときめくこと… ないなあ… あ!」

   颯佐、団長の耳元で

颯佐「この間、会社のゴルフコンペでパー4のラウンドで初めてツーオンした時にちょっとときめきました」

   ドア、開かない。

颯佐「来年、部長補佐に昇進しそうです。同期の中ではわりと早い方です」

   ドア、開かない。

颯佐「娘が第一志望の大学に合格しました」

   ドア、開かない。LINEの着信。青葉からのLINE。

青葉『まだ~? 飲んでるぞ~』

   再びメニューを見る颯佐。

颯佐「それでも開かない時は、思いっきり叫んでください… って何を… 開けてくださ~い!」

   ドア、開かない。

颯佐「お願いしま~す!」

   ドア、開かない。

颯佐「あ、この店の名前? 三年B組!」

   ドア、開かない。

颯佐「キンパチセンセー!!」

   ドア、開かない。フッとため息を吐き、天を見上げる。その時、店の
   看板が目に入る。夕陽に向かって叫んでいる学生のイラストを見
   る。

颯佐「あ、もしかして… バカヤロー!」

   団長の目に炎が灯りドアが開く。

団長「いらっしゃい!」

 

〇店内

   「いらっしゃいませ!」「はい、ビール三つね!」「お待たせしまし
   た! 太陽がくれた季節の野菜サラダです」活気のある店内。学校の
   勉強机のような机とイス。給食を食べる時のように、グループ毎に四
   つずつ机がくっつけられて一卓。店内は十卓あり、そのうち七卓は、
   50代以上であろう客で埋まっている。壁には習字の書初め。『愚痴 
   一言罰金千円』『からみ酒即退場』『泣き上戸には泣き虫先生の鉄拳
   制裁』。

颯佐「(ボソッと)うわッ。なんだこの店」

   店員も50代以上とみられる男女が、制服やセーラー服、ジャージ、 
   ブルマ姿でハキハキと店を駆け回っている。あっけにとられる颯佐。

颯佐「キツイなあ、このコスプレ」

   セーラー服姿の店員が颯佐に声をかける。胸元に『ゆきの58歳』と 
   いう名札がついている。

ゆきの「いらっしゃい! お一人ですか?」

颯佐「いえ」

   颯佐が青葉、春山のテーブルを見つけ足早に席に着く。

颯佐「わりぃわりぃ」

青葉「遅せえよ~」

颯佐「すげえ店だな(笑)」

   春山、テニスのスコート姿でビールジョッキを運ぶ店員を見て、

春山「あの店員、ひろみちゃんだって。65歳。強烈(笑)」

青葉「65にしちゃ足キレイだよな。あの、あかねちゃん、55だって。オレたちと一緒か。若いよな」

春山「化粧アツすぎないか?」

   青葉、ビールジョッキをグビグビ。

青葉「まあ趣味悪いコスプレだけ我慢すりゃ、安いんだからさ。(颯佐に)お前もビール?」

颯佐「ああ」

××××

   店員ゆきの、ハイボールを運んでくる。

ゆきの「お待たせしました! 店長の汗と涙のハイボールです」

ハイボールを恐る恐る飲む青葉。

青葉「ああ、ただのジンジャーのハイボール(笑)」

   苦笑いの三人。

   ××××

   店員ひろみ、料理を運んでくる。

ひろみ「お待たせしました! 三年B組カンパチ先生の刺身です」

   刺身をつまむ三人。

青葉「ただのカンパチの刺身じゃん(笑)」

   苦笑いする三人。

   ××××

   店員あかね、鍋を運んでくる。

あかね「お待たせしました! 店長の第二ボタン鍋です」

   鍋をつつく三人。

青葉「ただのボタン鍋じゃねえか」

春山「いちいち青春にこじつけるなあ、この店」

青葉「まあ、安いから大目に見てやれよ。この鍋300円だろ」

   教室前の黒板にぎっしり書かれたメニューを見ていた颯佐が

颯佐「あれ何だろう? すみませ~ん」

   店員ゆきのが来る。

ゆきの「お待たせしました」

颯佐「あの、スペシャルサービス『こずえ先輩への告白』ってなんですか?」

ゆきの「はい、こずえ先輩に告白するとその内容によってはお会計で割引になったりします」

   三人、顔を見合わせる。

 

〇保健室

   店内、トイレの隣に保健室と書かれた個室。ベッドに腰かけているこ 
   ずえ先輩。白いジャージのシャツ、ブルマ姿、黄色いリボンでポニー 
   テールにしている。その前に立っている青葉にこずえ先輩が尋ねる。

こずえ先輩「あなた、今恋してる?」

青葉「ああ、恋じゃないんですけど、会社の25歳の部下がなんか可愛くて、LINEとかくるとドキドキしたりして…」

   ××××

こずえ先輩「あなた、今夢中になってること教えて」

春山「来月フルマラソンがあってそこで3時間切りたいから、毎朝10キロ走ってます」

   ××××

こずえ先輩「あなたが最近ときめいたことは?」

颯佐「ゴルフでパー4のラウンド、ツーオンしました… あ、来年、部長補佐になるかもしれません、同期では結構早い方だと思います… あ、娘が第一志望の大学に合格しました…」

 

〇店内・席

   会計伝票を見ている三人。

青葉「え! 会計9250円!?」

春山「あれ? そんなに飲んだ? 飲み物も食べ物も激安なのに」

颯佐「あ、スペシャルサービス代! 青葉は200円割り引きで春山は1000円割り引きで、オレは…」

青葉「お前の告白、割り引きじゃなくて+5000円てどういうことだよ」

春山「颯佐、お前、なんて言ったの?」

颯佐「いや別に… ゴメン!! オレ多く払うから」

青葉「いいよ、一人3000円だろ」

春山「普通の飲み代と変わらねえからな」

青葉「なんだよ、そういうからくりか」

春山「まあ、ビール150円とか、そんなうまい話あるわけねえだろう」

颯佐「…」

 

〇公園(朝)

   ジョギングをしている颯佐。頭の中にはこずえ先輩の横顔が浮かんで 
   は消える。

 

〇林道

   ジョギングをしている颯佐。こずえ先輩の「あなたが最近ときめいた 
   ことは」のセリフが頭の中でリフレインしている。

 

〇浜(夕方)

   ジョギングをしている颯佐。
   春山の「お先に~」青葉の「へいへい~ 元エース~」の表情が脳裏 
   に浮かんでは消える。水平線に沈みかけた夕陽に向かって叫ぶ。

颯佐「バカヤロー!!」

 

〇街なか・二か月後(夕方)

   二カ月後のテロップ。街を歩いている颯佐、青葉、春山、新芽。

春山「(新芽に)ホントもう大丈夫なのか?」

新芽「ああ、もう平気」

青葉「よし、新芽の快気祝いだ。パッといこうぜ!」

新芽「アレ、颯佐、だいぶ痩せた?」

颯佐「ああ、二か月で10キロ落ちた」

新芽「なんだよ、今度はお前が病気かよ」

颯佐「いや、オレもまたマラソンやろうかと思ってさ」

新芽「あれ、どうしたの?」

春山「ふふッ。今日の店に行きゃわかるよ」

青葉「(颯佐に)こずえ先輩にやられちまったのか(笑) オレはあかねちゃんだけどな」

春山「だったらこれどうにかしろよ」

   春山、青葉の腹をポンポンたたく。店に向かって繁華街を歩く四人。 
   ビルとビルの間に大きな夕陽が沈んでいく。

                                     【完】  

   

   

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