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母と父と娘の話し3

「袋二つで大阪へ」

何もない、空っぽな自分が

ふと降りてきたこの言葉で


大阪へいった

残ったのは借金だけ

大切なモノも
大事なおもいでも
家族も

全てをおいて、家を出た

大阪にいって最初に
家を探さないと

後は仕事だ。

そう思って入った賃貸住宅サービス
道頓堀店w

そこで、福田さんに出会う
福田さんにいままでの経緯を話し

大阪で友達になってください!

そういったw

そして、家探しと仕事探しを
手伝ってもらった

あまりに何もない私をみて

福田さんが
ある場所に連れていってくれた

大国町にある
コーヒー屋さん

難波八坂神社のすぐそばだった
(今はもうない)

自分がやることを
ここから決めるのに

連れていってくれたコーヒー屋さんの
おばちゃんがチャネリングと
統計学の占いをする人だった

これから?何したいの?
できることは?と聴かれ

水商売
大阪なら北新地がいい


そうおもったので
そういったw

どんどん占いは続いて
向いているので行きなさいと言われた

どうやっていったら
そうなるのかまでw丁寧に教えられて

準備も行動も行き方も指示があって

素直な私は言われたままに実行した

まず

やらない理由は無かったからw

その行動だけで3件スカウトされ

でも
ピンと来なかったのでお店は全て断り

何となく福田さんに連絡をした

その結果、福田さんのお友達が
本通りのミニクラブの店長で

実は黒服時代のお友達だと

かに道楽の前で待っていたら

迎えに来てくれてそこのお店に行った

面接はスムーズに行き
働くことになった

源氏名はしづ

私はそのお店の雰囲気がとても好きだった

奈良にいたころお世話になった
社長さんに連絡をした

その社長さんに助けられて
住む家と家具と揃えてもらった

大阪で頼ると良いよと

まっさんと言うミナミの韓国クラブの
店主を紹介して連れていってくれた

そこのお店で出会った、淡路島のまっさん

不思議な60代半ばで初めてあった日に
苺のタワーをくれた

2回目は、ご飯にいって
プリティーウーマンやろうって言うて

服、鞄、靴、アクセサリー
全てを揃えてくれた

北新地デビューの日に
私のお客さんとして淡路島から来てくれた

それから月1ずっと通ってくれた人

お父さんのように思いなさい
ずっと見守っていくからねと

手もださずにずっと甘えさせてくれた

心を閉ざしていた私にとって
初めての頼れる人だった

子どものように面倒をみてくれた

世話好きなまっさん。
懐かしいなw

今も元気にいてるといいな…

お父さんのようなまっさんは
私に初めて安心感をくれた人

いつまでも見守っているよと
何があってもいってくれていた人

そんな、暖かい見守りがあって
冷たくなっていた私の心は徐々に温かくなり

癒されていったのだった…

そして、北新地の時代へと話しは

つづく。

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