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自己紹介。失恋、そして多分私は自死を選ぶだろう。そうならないように頑張っているけど、結果としてそうなるだろう、という話

初めまして、カモノスと申します。
これから自分の内省や心象と言いますか、思っている事、感じていることを書き連ねてみようと思います。
誤字脱字、稚拙かつ構造が滅茶苦茶かもしれませんがご容赦を。

いつまで続くかはわかりません。途中で飽きてしまうかもしれません。
又は途中で書くことが出来なくなってしまうかもしれません。
あるいは私にとって遺書になるかもしれません。
でも少しでも書きなぐる事で何か自分のプラスになる事があればと思って始めてみます。
同じ気持ちを持っている人の目に留まって共感が出来ればとも思います。

まず私についての自己認識を綴ります。
私は2024年8月25日で36歳を迎えます。
アラフォーと言える年齢ですね。
慎重派170ジャスト、体重は現在70㎏ちょいと言った中肉中背。
東京で2年ほど仕事をしていましたが、昨年の8月に地元北海道の実家に帰ってきており、地元で配達の仕事を始めました。
契約社員であり、正社員ではありません。それは自分なりの戦略があっての事なので納得の上です。
最近は職場、居住、お金の自由を目指し、Web系で仕事、副収入ができないか勉強を始めました。それと同時に英語が喋れるようになったらカッコイイな、と思い、英語の勉強もそこそこに始めました。
体型を気にしてジムに通い結構ガチ目な筋トレとダイエットもしています。
食事もPFCバランスやカロリーを気にして、プロテインなどで積極的にタンパク質を取ったり、過食、間食にも気を付けています。
顔は下の上位かと。
自己評価ですが、正面から見たら比較的まともに見えますが、斜めから、横から見たらEラインもない所謂ブサメンです。
飽きっぽく、何かが長く続くこともありません。

私は自分にも他人に興味はありません。
ですが、たまに女性が好きになる事はあります。その場合は全部一目惚れ。
その人だけがレッドカーペットを歩け、他の人は眼中になくなります。
私が誰かを好きになる場合は大体、他にも仲の良い女性が居ました。
ですが、私は1番の女性以外には興味がなく、異性としては全く見れないタイプでした。

恋人はいたことがありません、今ではそう感じています。
多分あれは夢だったのか、何かの間違いだったのだとしか思えません。

私には今でもとても好きな人がいます。いました。どちらが正しいかわかりません。
最初、彼女に会うことを目的に、勇気を出してバーを訪れました。そして何故かその日の内にカウンターの内側に立つことになりました。
勇気を出して連絡先を聞き、食事に誘い、沢山遊びました。
関係が壊れる事がとても怖いと思うくらいで、告白をするまでに2年かかりました。
暫く時間をおいて「よろしくお願いします」と返事を貰えました。
初めて私の気持ちに答えてくれた人でした。

とても嬉しかったです。
ただ上手くは行きませんでした。
(ここから先は全部私の汚い言い訳である事は理解しています。)
その後すぐにコロナが蔓延しました。
どこに行くのも無理な状況になっていました。
仕事も人間関係で上手くいかず、メンタルをすり減らしていた時期で、心の余裕もありませんでした。
初めての彼女で、どうしていいのか分からず、常に遊びに行くのも私から誘う状態で、何を考えているか分からず。
男女の関係になった事もありません。
手をつなぐくらい。

私は何度も好きだという気持ちを伝えました。
でも私は一度も好きだという言葉も気持ちも聞いたことがありませんでした。

彼女が何を思っているのかどんどんわからなくなっていきました。
直接聞けば良かったのかもしれません。
でもそれをすると私は本心を聞いたと思えなくなる性質なのです。
気持ちと言うのは、心からそう思うのであれば自分から発信するものだと思います。だからこそ、私は自分から気持ちを伝えてきました。
だから聞く事が出来ませんでした。相談も出来ないタイプです。あくまで、自分の気持ちだけに焦点を当てる事しかできないタイプで、他者の気持ちが絡んだ時は発信が難しくなります。
そしてまた、彼女は自分の気持ちを喋らないタイプでした。
悪い所がとてもそっくりなんだと思います。
話し合う時間を設けることなく、お互いが滅入っていく形になっていました。
日に日に関係が悪化していくのを肌で感じ、それがまた私の心を蝕んでいきました。

「彼氏としては違うのかな、って」
そう言われ、お別れをしました。

別れてからもずっと彼女は私の心にいました。
また今までとは違い、会おうと思えば会えてしまう形でした。
紆余曲折は端折りますが、勇気を出して手紙を送り、また告白しました。その時に彼女に言われた言葉が今でも深く胸に突き刺さっています。
酷く傷ついて、深く悲しくて、それでも好きで仕方なかった。
そのときからずっとトラウマと化してしまいました。

半年ずっと毎日が苦しくて、忘れることが出来ず、逃げるようになのか、チャレンジなのか、私は東京に移住することにしました。
そこで生活をしているうちに、私の傷も少しは癒えてはきたのだと思います。忘れる事は一度もありませんでしたが。

1年。

1年間を置きました。
また友達にでも戻れればと思って。
またバーを訪れました。

また食事にさそって。二人で話をしました。
私の知らないところで彼女はうつ病を患っていました。

今となっては対処方法が違ったのかなとも思いますが、私は彼女が悲しんでいるのが辛くて長期休みのたびに地元に帰っては誘い、一緒に時を過ごしました。私は、楽しかったのだと思います。また彼女と話ができることが。私の話で笑ってくれるのが。
でも、別れ際に言われた言葉の骨はずっと心に残っていました。
言い訳です。女々しかったです。
でも、それ位に鋭くて、痛くて、悲しくて、そんな言葉がずっと頭でリフレインするのです。
「俺は君の味方だよ」「君に幸せになって欲しいんだ」
そこまでが伝えられる限界でした。

「○○と話しているときが一番明るくなれる」
東京に帰ってから、そうメッセージが来ました。
そんな感情を伝わるように貰ったのは正直初めてで、私は面食らいました。
でも私は嬉しくて、その返事を返そうと思っているうちに次のメッセージが来ました。
「○○も幸せになってね!」
私はまたも面食らいました。
これは、どういう意味だろう?
距離が近づいたと思ったら遠ざかったような感じでした。
どうしていいかわからず、無難にメッセージが続くように返しました。
その時、電話をして何かを伝えていれば、まだ私はここまでグチャグチャな心を持たずに済んだのかもしれません。

それでもある程度メッセージが続きましたが、途中から頻度は減っていきました。
それでも長期休みは実家に帰り、その人に会い続けました。
私も仕事の事でメンタルが病み、心が壊死していく中での出来事でした。

東京での仕事でお客様トラブルにより、私のメンタルがとてつもなく不調になっていきました。
扱うモノの金額も相まって、このまま続けることはできないと判断し、仕事を辞めました。
このまま東京に居続けるか、地元に戻るか。迷いました。
が、地元に戻る事にしました。
なんとなく。ってことはありません。
やっぱり彼女の影を追いかけてしまいました。

帰ったのは8月でした。
仕事を辞めた暫くバツの悪さもあり、暫く店に顔を出すことも出来ませんでした。勇気を出して顔を出したのは9月。
後から分かったのですが、8月から彼女には新しく彼氏ができたとのことでした。

別の人に取られて、再度苦しい思いを思い出しました。
しあわせになって欲しいなんて、嘘でした。
どうしてあの時、二人きりで話したとき。
自分が幸せにしたいと言えなかったのか。
負け犬の遠吠えだったんだなって思いました。
ここでトラウマがより一層強くなりました。
更にここでコンプレックスも手に入れました。
好き過ぎてどうしていいかわからなかった、男女の関係にもなれなかったのに、別の人にとってはそれはいともたやすく行われているのだと思った時、自分の情けなさや、男としての質の低さ、劣等感、焦燥感、悔しさ、すべてを一気に手に入れました。

その日の夜、眠れませんでした。
なのでPCの前に座って感情や思いを書きなぐりました。
そして考えました。
歯を食いしばってでも心が壊れてでも好きを貫くか、やはり物理的に離れるか。
私は心が壊れてでも好きを貫くを選びました。
そして今、心を壊していると思います。

紆余曲折は省略しますが、結局二人はお別れしたようです。
ですので、私は食事に誘ったり、遊びに誘ったりしました。ですが、用事がある、別にいいかな。一度も誘いを受けてくれることはありませんでした。他の人とは遊びに行くけど、私とは一度も行く事はありませんでした。友達以下でした。赤の他人レベルでした。
私は、仲良くなれて嬉しくて、別れることになって悲しくて、また時間をあけて仲良しに戻れてとても嬉しくて、今は友達ですらないレベルの扱いを受けて。理由は全く分かりませんでした。ただ避けられてました。
心が壊れそうでした。いや、多分壊していたと思います。心を粉々にされるたびにテープで形作って補強して。それの繰り返し。

最後に遊びに誘って、やっぱり断られました。
なんでこんなに嫌われてるか聞きました。
「なんで勝手に嫌われているってことになってるの?」
ときました。
ここで私が好意を持っているからと言うのを隠すのはフェアではないと思ったので、そのことも含めて考えていることを伝えました。
答えはノーでした。
理由を聞くと、「そうやって聞いてくることかな」と言われました。
何も聞けなかったから後悔することになったから。だから、聞きました。
なのに聞いてくることがダメと言われました。
じゃあ何を考えているかも知る事すら許されない。聞かなきゃわからないのに、聞いてくることがダメ。それをなんで勝手に嫌われていると思っているのと言うのか。嫌ってなきゃ言えないだろう。
文章には嫌ってなきゃ出来ないであろうことがふんだんにちりばめられていました。少なくとも私にはそう感じられました。
(多少改変というか、全文ままではないので、多少のニュアンスの違いがあります)
結局、平行線のまま話は終わりました。
色々聞きました。でも結局、聞きたい事に対してはまっすぐと答えず、どっちにもつかない答えで、何一つわかりませんでした。

それでも、今でも心から好きです。
彼女と一緒にいて、人生で一番楽しかった、幸せを感じる事があったからです。
でも同じくらい、それ以上にきっと憎悪もあるのかもしれません。
彼女と一緒にいて、人生で一番辛く苦しい、悲しみの期間があまりにも長いからです。
昨日も今日も彼女へのトラウマとコンプレックスが日に日に増していくのを感じます。
どうしようもないことなのだけど、それを受け入れる事が出来ず、ちょっとした日常の事で彼女の事を思い出され悲しみと辛さに涙が出ます。
心が乱れ、ネガティブな感情に支配されます。
勇気をくれたのも、楽しい時間をくれたのも、それ以上に苦しい時間をくれたのも、心に一生忘れる事の出来ない深い傷をつけたのも彼女でした。
一生懸命笑顔を作ると、ほんの少しだけマシになります。
気持ちは顔の表情に引っ張られると思います。

なんだかんだ、私はうつ病にはならないタイプだと自負していました。
ネガティブな人間ではありますが、ネガティブ思考で死にたくなるときもありますが、ネガティブな事は私のモチベーションの火付けになる事が多く、私の頑張る力になる事実があるからです。メンタル弱者なのに、メンタルが強い、と言うより変に耐性があるというか。
ですが、一般的にみれば私はもしかするといわゆるうつ病に該当するのかもしれません。
以前東京の精神内科で診断してもらったときはうつとは言えないが、傾向があり、経過観察が必要と言われました。ようはいったん様子見、と。
鬱の診断は基本的には自己診断(ペーパーによる調査)なので正直自分が鬱なのかと言われると疑問がありました。
うつ病アドバイザーという取る意味があるのか分からない資格を勉強していますが、「うつ病の人=頑張りたくても頑張るエネルギーが切れてしまった人」と書いてあり、実際その通りだと思います。
その点で言うと自分は、どんなに心が苦しくても、死にたいと思っても、頑張ろうと思ったことは気力でやれるタイプの人間だと自負しています。
(もしかしたらそれは無理やり体力だけ振り絞ってるだけで、実際にはエネルギー切れを起こしてるのかもしれませんが)

実際、今は英語が話せるようになりたいと思い、英語の勉強を頑張っていますし、少しでも見た目が良くなるように筋トレして体を鍛えダイエットを本格的にやっています。継続もしています。
ただ、メンタルだけが付いてこないです。このメンタルの章を書き始めた瞬間、たった今です、涙が零れました。
これを書いている私は今泣いています。喉が詰まり、感情があふれ、孤独に耐え、勇気を振り絞って、それでも良くなりたいと思い続けています。

たった今、Amazonで自殺用のロープを買いました。
自殺用とはいっても2.7mのフィットネス用のロープです。
承継は25mm、黒くて、端にはロープカバーが付いている物です。
絞首刑用のロープは30mmの太さであることをご存じでしょうか?
かなり太いと思いますが、これは人間が落下する衝撃に耐える事が必要なためです。
以前今よりもっと絶望し、死にたいと思っていた時に「自殺 方法」と検索したりしていました。楽な死に方は無いか、一生懸命探した時期がありました。
硫化水素は2次被害がある恐れがあったり匂いが物にこびり付くそうです。飛び降りは人と衝突する危険があるし、運転での事故は相手がいます。峠の頂上で降り、橋の上に立った時は恐怖で慄きました。

自殺用のロープは25mmの物を選びました。知っていますか?それぐらいのロープが2,000円前後する事を。
私はこれを見て(う~ん、高いなぁ…)と思いました。これから死のうと思う人が、たかだか2,000円のロープを高いと思うでしょうか?普通だったら思わない、ですが、案外思うのかもしれません。
私の場合は、どうせ使わないから、という思いがあります。だから無駄に思える、だから高く感じているのだと思います。
でも今回は買いました。死ぬ気で頑張りたいと思いながら怠けてしまう自分への脅しに。
正直、今死にたいという気持ちと死にたくないという気持ちがゴチャゴチャです。死にたいと思うくらいなら死ぬ覚悟で頑張る、これが正解だと頭ではわかっているのですが。

死ぬ気は毛頭ありません。が、死にたいという気持ちと、死ぬ気で頑張りたいという気持ちが、どうしても死について考える余地になってしまっているのも現状です。
なのにもかかわらず、死ぬ気で、と言いながら今もこうしてここに書き連ねる余計なことをしたり、休憩だなんだとサボったり、成長や目標に最短ではない勉強をしています。
自己規律が無く、口ばかりの、自己嫌悪に陥るようなことばかりしています。
その背景に、頑張ったところで結果が出ないだろうという予測があるからでもあると思います。

なので自殺用のロープを買いました。
いつでも死ねる、その準備、逃げ道と言うか、死ぬ気で頑張る覚悟を目に見える形にしたかったのだと思います。
ただし、多分、頑張ったとして報われる可能性は、断言します。0%です。
英語が喋れるようになるかもしれません。
鍛えて引き締まり、見た目が良くなるかもしれません。
お金を稼いで自由になるかもしれません。
でも、報われる可能性は0%です。
まったくもって意味がない行為であるという自覚があります。そういう問題では無いからです。結果は出るでしょう。多少はマシになるでしょう。
でも決して望む結果は出ないと確信しています。
でも私にはこれしか頑張る術を知りません。
グチャグチャの心とメンタルとトラウマとコンプレックスを抱えて、その荷を下ろすことが出来ない。諦められないから。
だから多分、私は近い未来に自死を選ぶのではないかと思います。
その時に、出来る限り頑張ったと納得できるように。
そして6/18に届くロープが、いつか私を殺すのだ。
(今この文を書いているのが6/18なのですが、届きました。長さ足りるのか???)

そう思いながら、今日も今日とてジムへ行き、トレーニングに勤しみ、英語の勉強をし、プログラミングの勉強をします。
後悔は毎日しているので、自己規律に関して自己啓発を学び、これからもっと後悔しないように頑張らなきゃと思います。(まわりくど)
どこまで続くのだろうか、分からないけれど。
諦めきれずに頑張れば、未来は良くなると信じたいのです。
これはポジティブではなく、現実を直視できない脳内お花畑というニュアンスの方が近いと思いますが。
とりあえず残り目標を70日後に設定しているので、なんとか最低限そこまでは頑張ります。

色々なところで加筆してるため、文章ぐちゃぐちゃだ。

今日読んだ本「1日1つ、なしとげる!」
著者:ウィリアム・H・マクレイヴンから
「人生には悲しみにくれる瞬間が必ずある。愛する人を失わないまでも、心が折れ、将来を悲観してしまうような出来事はきっとある。悲しみのどん底に突き落とされたときには、自分の心の奥深くにしっかりと向き合い、最良の自分を失わないことだ。」

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