見出し画像

初めての就職と退職

最近、鉄拳7をはじめました(パチンコじゃなく、ゲームだよ)カモメです。
前回の記事を読んで頂いた方、スキしていただいた方々ありがとうございました。

大学在学中にパチスロにハマってしまい危うく留年しそうになりましたが、なんとか留年せずに卒業することができましたが就職先が決まらないままの卒業でした。
以上が前回までのあらすじです。

今回はギャンブル依存性成分は皆無です。
それ以上に初めて就職した会社がすごいところだったので書いてみました。


初めての正社員

就職先が決まらないまま卒業した私は2か月ほどバイトとパチスロを毎日繰り返して生活していました。
いわゆるフリーター状態でしたが実家暮らしの為、食事や寝るところに困る事なく暮らしていましたが、両親からは早く就職するようにとせっつかされていました。
私自身もこのままの状態は良くないとは感じていましたが、行動基準がパチスロ優先になってしまい遅々として就職活動は進みませんでした。

そんなある日、当時働いていたアルバイト先から正社員にならないか、と声をかけてもらいました。
バイト先の業種は外食産業のファミリーレストランで、全国展開している割と大きな会社でした。

まだまだ出店拡大を続けていくので即戦力が欲しい、是非入社して欲しいと言われ私は何も考えずに2つ返事で入社を決めました。

無事就職先が決まり、私は家に帰り次第、両親にその旨を報告しました。
私はもちろん喜んでくれるだろうと思っていましたが、実際の両親の反応は微妙な感じでした。

仮にも四年生の大学を出て、就職した先がウェイターやウェイトレスみたいな仕事なの?という反応でした。
私の両親が言うには『水商売』だそうで、大学を卒業した人間のやる仕事ではないそうです(この両親の発言には思うところがあり、また別に投稿つくります)

レストランの仕事は断って『まともな企業』に就職するか、公務員試験を受けろと両親から言われた私は反発して押し問答の結果、私は家を出て生まれて初めての1人暮らしをする事になりました。

父親は最後まで納得はしませんでしたが、母親に引っ越し先のアパートを借りてもらったり、生活に必要な物を揃えてくれたりと色んな手助けをしてもらい、いよいよ新生活が始まりました。

建前だけの採用試験と面接を受けて、正社員として配属された先は自宅からバスや電車で通勤可能な店舗だと聞いていましたが、実際働き始めると終電や終バスには絶対間に合わない労働環境でした。

まず労働時間の長さが開店してから閉店までの16時間拘束(午前10時から夜中2時)
月末には品物の棚卸しという作業があり酷いときには20時間拘束された時もありました。

次に自家用車の所持を半ば強制された事。
この会社には社用車というものが一切なく、店舗間同士の食材の貸し借りは社員が自分の車を使って行っていました。車を持ってないと上司に遠回しに嫌味をいわれましたし、閉店後に家に帰るのに始発電車を待つくらいならと思い、150万円のローンを組んで車を買いました。

車を買ってしまったら、どんどん上司にコキ使われるだけで酷い時には休みの日にまで頻繁に呼び出されることもありました(断れば良いと思うかもしれませんが、自分だけでなく周りも皆そうだった為、それがあたりまえだと思っていました)

上記のような労働環境のなかで最も私が嫌だったのは
月一で行われる懇親会という名の社長や会社を社員が褒め称える自己満足会合でした。

社長の訓示から始まり、社員一同で社訓や会社理念を叫び終わるとゲーム大会(経営者の誕生日や幹部クラスの趣味趣向当て、など。答えられないと腹筋や腕立て伏せ)

社長の訓示を聞いて感激する人、ゲーム大会で正解して喜んぶ人、感じかたや考えかたは人それぞれで結構なことですが、あからさまに自分の考え方を押し付けてくるやり方に私はウンザリしていました。

それでもなんとか一年間は勤務していましたが周りの社員や上司との軋轢、接客業である以上仕方ない事ですが、多種多様なお客様への対応など精神的にも肉体的にも無理だと感じた為、辞表をだしました。

私が辞表を出した事が周辺の店長クラスの人に伝わったある日、深夜2時の営業後に10人の店長が私の店に集まり、必死の説得?が始まりました。

私が思うに相手を説得するには、まず相手の話を聞かなければ説得のしようも無いと思うのですが、その人達は私の話を聞くのではなく何を思ったか自分達の過去の大変だった話を延々とされ、会社の理念を聞かされて、最後には会社を信じて頑張っていれば俺達みたいに幸せになれる(とても幸せにはみえない)から、一緒に会社を盛り上げていこうと言われて解放されました。
私を説得?していた方々はとても爽やかに帰っていきました。


私は翌日、改めて退職の意思を上司に伝えました。

次回に続きます。
今回の記事は当時の私の視点からみた一方的な書き方になってしまいましたが、当時の私がもっと広い視野で物事を見て、客観的に物事を考えられていたら会社の違う面を捉えられていたのかもしれません。
今となっては会社がありませんのでわかりようが無いですが、良い社会勉強ができたと感謝はしています。              

                    かもめ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?