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雨伽詩音

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かもめ主宰・雨伽詩音の作品まとめ
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ピコにゃん

非実在の猫について語るとき、与えられた名前を呼ぶとき、ただその瞬間だけこの危険な領域から飛べるのだと知っているから、失われてゆく記憶の中から名前を呼び起こして、ピコにゃんと呼ぶ。お天気ロボット・ピコにゃん、故障中。老婆の家の片隅に追いやられて、出てくる言葉は「今日は晴れるでしょう」という言葉のみで、雨の日も雷鳴が轟く日にも予報を誤り、お腹の液晶には呑気な太陽のマークが明滅して、降水確率は10%のまま動きそうにない。ピコにゃんがやってきた日、ケーキで迎えられたのも遥か30年前に

涙の器

器というものを仮定して、そこに水を入れるのだか、遠いところから運ばれてきた宝石を入れるのだかわからないけれど、満たしていくうちに、だんだんとこぼれ出てくるものを涙と名づけておきたい。涙の色もさまざまあって、標本博物館には七万人の涙を採取して綴じたものが展示されていると聞くけれど、そこから三百五十八番目の名前がきみのものであることを知っているのは学芸員だけで、つまるところ僕の兄ということになる。兄が二十七歳の若さで早世してからというものの、涙たちは潤いを取り戻し、七色の光を放っ