見出し画像

淡い期待

 君代が梅島に来て、あと一月で一年を迎えようとしていた頃、

実家の母親から、またお金を無心する手紙が届きました。

 弟が食べ盛りで、妹には修学旅行に行かせたいが、

年老いた自分の、出面取の給与では足りないとの内容でした。

 こうした手紙は、月に一度の割合で君代の元へ届きます。

身を削り、必死に働いている君代でしたが、五万円の前借金は、

七万五千円となっており、これ以上纏まったお金を必要とするならば、

親方から更に借金をして、店を鞍替えする他ないでしょう。

 手紙を読んでいる時、千代吉姐さんが部屋に入って来て

君代を気遣ってくれました。

 少し前に千代吉姐さんが、お客さんから売春防止法の話を聞いており、

もうすぐ、この商売が終わるという事を、君代は教えて貰っていました。

けれども商売が出来なくなると、どうやって借金を

返していったらよいのだろうかと案じてると、

姐さんが、借金は棒引きにしてくれるだろうし、

もう少しの辛抱だから母親の事ばかり心配せず、

少しは自分の事を考えるようにと、なだめてくれたのでした。

 そういう千代吉姐さんも、娼婦となる前から奔放な暮らしを

送っていたそうで今更帰る場所もなく、売春防止法が施行され、

この商売が出来なくなると、自分の生活はどうなるのかと、

自身の身を案じているのは一緒のことでした。

ただ、姐さんは親方が商売を変えても、

梅島についていこうと考えているようでした。

 君代は?というと、この商売が終わるのが、後少しであることと、

借金が棒引きになる可能性がある事は、何よりも喜ばしいことです。

そして思わず、「あたしは郷里へ帰るつもりはないんです。慶ちゃんと一緒

に知らない街にでも行こうかな。」と、いった言葉を口にしたのでした。

 故郷へ帰る気持ちなどは、とうに消え失せていたのです。

そして、慶子の気持ちを確かめた訳ではないのですが、

一緒に来てくれるものだと思い込んでいたのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?