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妓楼 梅島

 梅島のお供え餅を乗せたような手摺が付いた階段を上がると、中庭に

面したコの字型の廊下が続いており、小さな部屋が幾つも連なっています。

 階下へ通じる廊下もあり、もう一方の突き当りは、手洗い場となっていま

した。その手前の8畳間が、二人が寝泊まりする部屋へと当てられました。

 ガランとした室内の障子の向こうは隣家と目と鼻の先になっており昼でも

薄暗く、畳も擦り切れ湿っぽく、押し入れは無く、部屋の隅に布団が積み上

げられています。

 部屋へと案内をしてくれたのは、絹代という少女でした。君代たちより半

年前に来た絹代は、北見紋別というオホーツク海に面した小さな港町の出身

で、まだ14、5とあどけなさの残る面持ちでした。

「旦那さんや女将さんからは、齢を聞かれたら19歳って言うようにって、

うるさいほど言われています……。」

 彼女もまた、自分は酌婦として働くものとして釧路へと来たようでした

が、半年間過ごす中で、姐さんたちがお客さんと布団を一緒にしており、

どの様な事をしているのかが薄々理解できていた様子でした。

 その後、二人は絹代の案内で店の中を見て回りました。

一階と二階に便所があり、クレゾールの匂いが鼻を突きます。

畳10畳ほどもある台所には、コンクリートで出来た竈があり、お鍋を三つ

ほど乗せています。柩のような米櫃に酒樽、漬物樽などが所狭しと置かれて

おり、井戸ポンプの口元には、水を張った桶がおいてありました。

 窓越しに見える中庭には、中央に縦筋の入った小山のような岩が置かれ、

枝ぶりの良い松が二本、岩と対比を成しています。カスべ型をした池に水は

無く、荒れています。

 コの字型の廊下は、どこにいても全体が見渡せる構造となっており死角が

出来ません。これは、娼妓の足抜き(逃げ出す事)や、客の無銭飲食を防ぐ

ことが目的となており、階段の位置が表面と裏面の二カ所にあるのも監視が

し易い為、妓楼造りの特徴となっていた様です。

 部屋に戻ると、絹代が女将さんから預かって来たと、柳行李を抱えて戻っ

てきました。

中には揃いの柄の着物と帯、浴衣にカスリ、襦袢、腰巻、足袋に前掛け、

手拭いと他に日用品一式が揃えてありました。
 
 真新しい品々が前借金に加算されている事などは、その時点では気付かず

にいた二人の戸惑いは、その後も続きます。

 姐さんたちの入り終わった後なら風呂に入る事もでき、夕食は自由に食べ

る事が出来ました。調理場に行くと人数分のおかずが用意されており、大き

なお櫃から好きなだけ茶碗に白米をよそう事ができ、温かな味噌汁に煮魚

と、糠漬けとらっきょう、梅干しもあります。

 今まで口にしたことが無い白米を好きなだけ食べられる事が嬉しく、君代

はゆっくりと噛みしめながら、夢見心地となりました。けれども、故郷の母

や弟、妹の顔が脳裏に浮かび、自分だけがこんな美味しい物を食べて……と

思うと、胸が熱くなりご飯が喉を通らななくなり……。梅島で迎えた初めて

の夕飯は、感極まるご飯の味だったそうです。


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