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凍てつく廊下

三寒四温。
寒さが皮膚に突き刺さる程に身に沁みると思いきや
襟元を少し緩めて外を歩いても丁度良いくらいだったり……。
お正月を過ぎると、そんな日を繰り返しながら
ゆっくりと季節は春へと向かっていきます。

そうは言っても、やはり1月の雪国の寒さを
侮ってはいけません。

時として寒さは、人から生きる気力まで
奪ってしまうことがあります。

遊郭に限らず、かつての木造建築は、
今みたいな断熱材が入っていなかったので
綿布団も冷たく冷えていて、
自分の吐く息で口元に掛かる布団が凍ってしまう程に
兎にも角にも寒いのです。

それでも家族と一緒に暮らしていれば、
一つの布団に身を寄せ合い、
互いの身体を温め合う事が出来きるのです。

さて、妓楼ではといいますと、
客間の暖はお客持ちで、火を入れると
時間遊び代に相応するくらいの薪代が掛かったそうです。

客の付かない遊女たちは、顔見世の格子部屋で
じっと寒さに耐えるのです。

在る冬の寒い日に、一人の遊女が
凍える板張りの廊下で、静かに息を引き取りました。

生前の彼女は、男性のようにがっしりとした骨格で
浅黒い肌は、白塗りの化粧を施しても垢抜けることはなく、
客が付かないので、年季を返すには程遠く。
いつも女郎上がりの女将に、
「お前のようなごく潰し!」と悪態をつかれ、
また、口では云えぬほどの酷い折檻を受けていたのです。

その日、それを知ってか知らずか、
妓楼に売り飛ばした父親がのこのこと現れました。
もう少し金を貸して欲しいと無心したのです。

事情を知った姐さん遊女が、父親に
「娘がどれほどの酷い仕打ちを受けているのか
そこの蒲団部屋で朝まで見ていられるか。
それでも、可哀想だと思わずに傍らに座っていられたら、
自分がもう10円出してやる。」と、啖呵を切ったのでした。

それを聞いた父親は、
「そうさせて貰います。
この子は、親孝行な子ですから。」
と、そう言ったそうです。

下履きが廊下の板にへばりつくような寒さの中
今夜も客の取れない遊女は、半裸にされ折檻を受け、
倒れ込んでいたのです。

別の姐さん遊女が通りかかり
驚いて助けようとすると、彼女は
「姐さん、お願い」と聞こえるか聞こえぬほどの声で
囁き、そのままそっとしておいて欲しいと
哀願したのでした。

次に遊女が彼女の姿を見た時、
彼女の身体は冷たく凍えていました。
年にも似合わない痩せて垂れた乳房だけは、
柔らかく、生きていると錯覚を覚えたのでした。

父親はというと、彼もまた丸く身を縮こませ
安酒の匂いを微かに放ちながら息を引き取っていたそうです。
 
寒い日に酒を入れると、簡単に死を招きます。
彼に酒を勧めたのは、誰だったのでしょうか。

ススキ

※明日より研究取材の為、次回の投稿は1月26日以降となります。


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