ある選手の印象の話。
どうしようもない状態からのデビューだった。
絶望
2023年7月22日 J2リーグ 第27節
僕らが応援するV・ファーレン長崎は当時7位。上位追撃を目論みながらも直近2試合は勝ちがなく、今度こそ上位浮上を目論みアウェーへと乗り込んだ。
モンテディオ山形は手強い相手だ。
注目選手としては出場停止明けのストライカー、今季リーグ得点王を取ることになるフアンマはもちろん、前節2得点に絡む活躍を見せたスーパーサブのジョップ・セリンサリウ。
また新加入として長崎でのデビュー戦となるマルコス・ギリェルメや、第2の故郷とも言える長崎へと帰ってきた中村慶太も注目だった。
しかしベンチメンバーには1人見慣れない名前の選手がいる。
松澤海斗。シーズン途中に加入していたことは知っていた、どこかよくわからないテンションの若者だ。
なんなんだよそのテンションは。
しかしベンチに入っているのならちょっと見れたらな…とは思っていた。
しかし何よりまずは試合に勝つことだ。長崎の活躍を楽しみにしてDAZNの向こうでの試合に目を向ける。現地の応援は気合い充分だ。
だけれども嫌な形で試合は進んでいく。
試合が始まり、開始早々に失点。山形のアグレッシブかつ的確な守備により誘発されたミスを突かれての失点だ。終わったことはしょうがない。取り返そうぜ。
長崎の攻撃は得点こそ決まらなかったものの、今までに見たことがないフィールドを広く使うような形で山形を押し込んでいく。なんかすごい気がする。あとはゴールだけだ。
飲水タイム直前にコーナーキックからまたも失点するが、中村慶太の視野の広さとテクニック、マルコス・ギリェルメの一瞬のスピードと強度は長崎に活気を与えるものだった。これはいずれ逆転できるんじゃないかという期待をもたせる迫力がある攻撃だった。いける、絶対いけるぞ!
相手GKの後藤のナイスセーブと山形の新加入の高江麗央の中盤での脅威がなければ試合の流れは完全に取り戻せていたかもしれない。
…現実は非情だった。
後半開始早々、山形のフリーキックはこの試合で活躍を見せていた中村慶太にあたりオウンゴールとなってしまう。少し心が折れた気がした。
山形としては前に出るしかない長崎にカウンターを仕掛けることは容易だった。62分には追加点。
78分に米田の正確なクロスからスーパーサブ、ジョップがヘディングで一点を返すも流石に1-4をひっくり返すには時間が足りないしパワーも残っていない。試合内容的にも前半の勢いはもうない。
山形まで駆けつけたサポーター(中には長崎から車で駆けつけた強者もいた)の半ばムキになったような応援が悲しく響く。
そんな中でV・ファーレン長崎のヒーローとも言える澤田崇が途中交代。
そう言えばベンチ入りしてたな。
このタイミングのデビューはかわいそうすぎるだろ。
今さら変わらないって。
せめてあと一点でも…!
そんなサポーターの心情を知ってか知らずか…松澤海斗は投入された。
希望
松澤にボールが渡る。ドリブラーである彼は自らが持ち運び打開を試みるも、山形の寄せが早くあっという間に囲まれてしまう。
この日のモンテディオ山形は守備がよかった。
前に大分トリニータを5-0で圧倒した時のサッカーだ。
本来やりたかったはずのボール保持スタイルをある程度割り切って、いい守備でボールを奪い、持ち前の技術で手早く正確に攻撃をつなげ得点も奪うスタイルだ。
松澤のドリブルでの侵攻が阻まれる。また奪われてカウンターから失点してしまうぞ、早めにパスで回避だ。
あーこれ何人に囲まれてんだよ。ほら見ろ、ボールを奪われ…ない…?
粘る、粘る。奪われない!
何だこの選手。めちゃくちゃすごくね!?
結果的に突破はできずバックパスで回避したものの圧倒的なキープ力と「俺がなんとかしてやる!!」という意思を感じたワンシーンだった。彼はこの試合終始そういうスタンスだった。
漠然と、でも確実にチームにほしかったものだった。
この試合での松澤のプレーはハイライトどころかV・ファーレン長崎公式ホームページのフォトギャラリーにも残っていない。アシストもゴールもチャンスメイクもできていないからそれは当然ではある。あるのだけども。(後日、公式よりまとめられた松澤海斗プレー集に載りました)
最終的に1-5と大敗した中で、こんなんじゃ昇格できないよ…こんな試合見たくて山形まで来たんじゃないよ…とサポーターが嘆く中で、それでも彼のインパクトは確かに残った。
心を掴む
大敗の後のプレッシャーの中で難しい試合になると思っていた第28節 ホームでのvs熊本戦。バトル・オブ・九州だ。お互い調子が上がらない中で、この試合を勢いをつけるための1試合にしようという気概もあり、両サポーターの熱の入り方はものすごかった。
試合は、長崎が誇るハートフルドラマティックマッスルスピードスター、増山朝陽の強烈なミドルシュートによるゴールで幕を開ける。ゴラッソだ。
「この試合はなりふり構わず何としても勝たなければならない」という気持ちを乗せた、前から襲いかかるような守備は、熊本の自分たちのスタイル…繋ぐサッカーへのこだわりをゴールという形で粉砕していく。
もちろん熊本だって防戦一方というわけではなかったけれども、チームが全体的に不調というのも相まって、やや怖さに欠けるサッカーの内容。持ち前のアグレッシブさとスムーズなパス回しが発揮できないのは、この日体調不良のDF櫛引に代わってディフェンスリーダーに入った今津の強気な最終ラインのコントロールや、同じく体調不良ということで欠場したキャプテン米田に代わり、増山が左サイドバックに、そして体格とスピードがある岡野が右に入ったことで熊本としては予想外だったこともあったのかもしれない。
後半の半ばには3-0というスコアで、それこそ前節の大敗を取り戻すように長崎は躍動していた。
そして71分。松澤海斗の投入だ。気持ちは違うがやることは変わらない。ホームのサポーターに自分のプレーを存分にアピールする時だ。
とかいって本当にそれをやりきってしまえるのは心底ビックリした。
名倉とのワンツーで抜け出して、最後の相手DFの逆をとってシュート。相手選手たちが前がかりになっていたとはいえ、見事な1発だ。
最後に1点を返されるも最終的には4-1で試合終了。
たった2試合、そしてどちらも途中出場。しかも試合の趨勢が決まってからの得点だというのに、松澤は長崎の光となった。
続く三試合、またしても勝てない時期の中でもやはり松澤は気を吐いていた。空回りするシーンも少なくないけれども、相手へと仕掛け続けるその姿勢は長崎サポーターのハートを掴んだ。
苦しかったアウェー水戸戦でもゴールを決める。
恐らくこの得点は多くのサッカーファンなら目にしたことがあるであろう、現ブライトン(イングリッシュプレミアリーグ)所属の日本代表選手、三笘薫のプレーを彷彿とさせるもので、度肝を抜かれた方も少なくないはずだ。
3戦勝ちがなかった後の大宮戦、町田相手の大敗後の藤枝戦ではアシストも記録。
もちろんいいばかりではない。
初スタメンとなったアウェイ磐田戦では不慣れなポジションというのもあったし、気負うあまりに無茶な仕掛けが目立つこともあった。
アウェイ甲府戦での最終局面での超決定機を決められなかったりもしたし、守備のポジショニングや対応のマズさを見せてしまったこともあった。
左サイドバックのキャプテン米田は元が「自分が仕掛けたい選手」ということもあり、ちょっと息が合わないことも。
それでも彼は長崎サポーターの中で…いや、対戦相手からすらも評価を高めていった。
失敗しても、守備でやらかしても、懲りずに(もちろんパスも交えながらであって、そこまで独りよがりな選手ではないのだけど)突破を仕掛け続ける彼のスタイルは僕も大好きだった。
試合外
大先輩となる玉田氏とものすごく真剣な表情で話す姿が印象的だ。特に動画の前半の対面での会話と後半のオンラインでの会話の、彼の表情の違いが大きな成長を伺わせるものだった。
ベテラン奥井と盟友ジョップを交えての鼎談企画。契約満了になった奥井の姿勢…ストイックさというか魂みたいなものが2人に受け継がれていればいいなと思う。
お茶目な一面も。結構ツッコミが激しいキャラである。
僕の個人的な評価
ここまで書いた通りでわかると思うが、個人的に松澤への評価はとても高い。
何がいいかというと、ドリブルの技術やスピードはもちろんだが、散々書いたと思うけど、「自分がチームを勝たせる」という意欲が伝わるプレーぶりは素晴らしい。応援する側としてはたまらない。
その意欲が推進力、プレーの向きや矢印の大きさというか強引にでも相手を抜いて行きたい方向へ向かうという強さを生み出している気がしてる。意外とフィジカルも強いように見える。
先にあげた三笘のようなスマートさはないかもしれないけど、むしろ2022~2023シーズンにセリエAでナポリの優勝の原動力となったクヴァラツヘリアに近い感じがする。
ちなみにそのナポリにはオシムヘンというこれまたすごいストライカーがいて、彼とのコンビがナポリの原動力になっていて、
フアンマやジョップとそういう関係になってくれることを期待するばかりだ。
ただ一方で守備の部分は本人も言っていた通り…特に相手がこちらを押し込んでいる場合の守備はまだ少し不安が残る。
相手のボールホルダーに対してはかなりハードな守備を見せるようになったが、つくべき相手にマークにつかなかったり、予測が甘かったり。
それとスタメンで出るには同僚のブラジル人MFマルコス・ギリェルメを超えないといけない。アンダー世代のブラジル代表経験者だ。
彼と比べても松澤の推進力は全く見劣りしないし、マルコスは今季無得点に終わっているので得点力は松澤が数字としては上なのかもしれないけど、実力でもそうだと決めてしまうのは早計かとも思う。
周りを活かす技術…特に左サイドバックに入る米田や逆サイドに入る増山、澤田などをより効果的に活かすのはマルコスに軍杯が上がる。
運動量や危機察知能力、チャンスメイクの能力という意味でもマルコスは(味方に使うのも変な表現だが)手強いので、同じだけのものを身に付けるか、彼を別のポジションに移してでも松澤を使いたいと思わせるだけの選手になってほしいところだ。
ただ、その強気なプレーが生む試合への影響はマルコスにも、いや、他の誰にも出せないものなのではないかと思ったりもする。
単純なスピードならどっちが速いのか非常に興味があるのはここだけの話。
ラスト2試合
さて、2023年シーズン第41節、仙台戦ではそのマルコスの体調不良により急遽松澤がスタメンとなった。
この時のスタメン発表で彼の名が呼ばれた際のサポーターの歓声は全メンバーの中で1番大きかった。
松澤のユニフォームを着ている人も少なくなかった。若いお姉さんが松澤応援グッズで完全武装してたりもした。
ゴール裏右側=長崎の左サイドの攻撃がしっかり見れる席は想像以上に埋まっていた。気まぐれに応援したり試合に見入ったりしたいなと思ってた僕の計算は狂ってしまった。こんなん応援しまくるしかないじゃないか。
正直びっくりした。
仙台戦でも彼はやってくれた。先に書いた通りのまたなんとも強引かつ意思が伝わるドリブル。その意思がボールに伝わりフアンマの足元へ転がる。
その気持ちを無駄にする男じゃないんだ、フアンマは。最高の先制点だ。
実は失点に絡むプレーもしてしまったけども、気合いが入ったプレーは見てるみんなに伝わっていたと思う。
最終節の千葉戦。先制点を献上しながらも澤田崇のゴールで同点へ。
迎えた後半、押し込まれる状態を打開するべく、そして警告2枚で退場の危険が非常に大きかったカイオと鍬先を出し続けるリスクを避ける形で途中出場した松澤はここでも逆転へと繋がるプレーを見せる。
同じく途中出場の中村慶太と連動して、相手ゴール付近でのアグレッシブなボール奪取で一気にチャンス。得意のドリブルで仕掛けファウルをもらいPKへと繋がった。蹴り直しもあったPKをフアンマが決める。逆転だ!
この試合において、攻守にがむしゃらな松澤の姿は他の選手にもサポーターにもきっと伝わっていたに違いない。相手の堅守に阻まれはしたが、ミドルシュートを放つ場面もあった。
試合はこの後、マッスルハートフルドラマティックファンタジック諦めないスピードスターの増山の執念のゴールもあり3-1で勝利。
プレーオフ進出の奇跡は起こらなかったが、サポーターの胸にV・ファーレン長崎の、そして松澤の勇姿が焼き付いた試合となったと思ってる。
終わってみれば、絶望の中に光を微かに灯したあのデビュー戦以降、途中出場ばかりだけども全試合に出場している。
16試合(スタメン2 途中出場14)出場時間368分 2ゴール2アシスト。
本人的には物足りないかもしれないが、記録には残らない記憶を僕たちサポーターに残してくれた。
叶うのならば
2023年12月7日。松澤海斗の2024年シーズンの契約更新が発表された。
ぼぼぼぼ、僕としては当然長崎に残ると思ってたけど!
いや、実は本当に思ってた。左サイドのドリブラーは割と多く、実力の差はそれぞれあれどどのチームも保有しているため声がかかりにくいかなとおもっていたのもあるし、
何より彼はマン・オブ・ザ・マッチに輝いた藤枝戦の後に約束してくれた。
「俺が長崎をJ1に連れていく」と。だから残るはずだって思ってた。
SNSではサポーターは大いに盛り上がっていた。
昇格は2024年への持ち越しとなったけど、今度こそいけると信じてるし、俺たちだって応援のパワーでしか力になれないけど、長崎をJ1へ連れていきたいと思ってるよ。
けどあまり気負わずやってほしいとも思う。昇格への重圧は僕らの想像より大きいものだと思うし、変に失敗を恐れて「らしくない」プレーへと変貌してしまう選手なんて山ほど見てきた。
また、いつか長崎サポーターは彼の移籍のお知らせを見ることになるんだとは思う。より高みを見据えているのは本人が話していた通りだ。
だけど叶うならば、J1に上がった長崎で、大活躍を日本中に見せてから彼の目標である海外クラブへと移籍を果たしてほしいし、海外で大活躍したその後また長崎へ戻ってきてくれたりなんかしたら最高の気分なんだろうな。
だから今度こそJ1に上がろうな。
ご覧いただきありがとうございました。
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