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猫は化ける動物である1

1.「猫は化ける」

「猫は化ける」
これは、動物の看護師さんから聞いた、ある獣医師さんの言葉です。
もう助からないだろうと思った仔がもちこたえる。この数値でどうして平然としていられるのだろうという不思議が他の動物にくらべてまま起こる。
獣医学の常識ではまだまだ説明のつかない奇跡をおこす。いまだ未知なる力を秘めた動物なんですよ、猫は。
だから、この仔の力を信じましょう、と。

2.うちの猫も化け猫?

今日、久しぶりに猫を病院へ連れて行きました。
私の猫は、11歳数か月の雌猫、ミックスです。
昨年7月に、二度目の腎不全の診断がくだりました。
二度目というからには、一度目があります。
2015年4月の時点でほぼ処置なしだった仔が、今なお私のそばにいてくれていることについて、書いてみようと思います。

3.2015年4月診断

5年前のことなので、少し記憶違いがあるかもしれない。
診察でおなか触った先生が、この仔はお腹が痛いんだと思う。血液検査をしたい、と言われた。
血液検査のあとにエコーをすることになったのか、もともと同時にオーダーしたのかは覚えていない。

「腎不全です」
すでに別の猫の腎不全で輸液のために通院中だった。
「よく来るんで先生の髪型が変わったのもわかっちゃいます」と日ごろ冗談を交わしていた先生の目に、同情の色が見て取れる。
エコー画像を示しながら、説明は続く。
片方の腎臓が水腎です。
もう一方の腎臓と尿管にも、結石があります、と。
尿管を塞ぐように大きな結石があるのが、素人目でもはっきり見てとれる。

おとなしくて、食べない。ちょっとおかしい。
念のためのつもりで病院へ連れてきたのに、私は天を見あげた。
腎不全がどんなにやっかいな病気なのかということを、私は現在進行形で思い知らされているところだった。
「この数値で吐かずにいたんですか。我慢強い仔ですね」

うつろな思いでフリーズしそうになるが、そんな場合ではないと思いなおして話に集中しようとする。開いたキャリーの中で存在を隠そうとしているかのように体を小さく固まらせている猫の、すべすべとなめらかな毛並みを撫でて確認する。大丈夫。私は自分に言い聞かせた。

要は、一方の腎臓は水腎であるから正常に機能していることは期待できない(水腎の原因はわからないが結石が因子であることが多い)。もう片方の腎臓は、尿管の大きな結石によってこれもまたどこまで機能しているかわからない。尿管結石は手術して取り除くこともあるが、この(血液検査の)数値では麻酔すら危険。輸液、できれば入院して静脈点滴を行い、どこまで改善されるかだ。
もしも持ちこたえたとしても、腎臓の機能がどこまで期待できるかわからないし、水腎でない方の腎臓は尿管結石以外に腎臓内にも結石があるので、これが尿管に降りてくるようなことがあったら・・・(処理なしである)。

言葉だけでなく、その表情からも、とても難しい局面にいることを思い知らされる。
ちょっと待って。これは万が一・・・いや万が一よりもっと高確率で危ないということ?なのか。

4.入院

そのまま入院し、静脈点滴を行うことにした。
猫に、入院してもらうことになっちゃったけど、必ず明日来るから頑張って。恥ずかしがらず、ガマンせず、オシッコをいっぱいしてね。大丈夫だから。と話しながら撫でる。
先生には、怖がりなのでシャーはいうと思いますが、結局何もできず固まります、おとなしい仔です(丁寧に扱ってあげてほしい)と伝えた。

とても賢くデリケートな仔。ストレスに負けず、どうかがんばってほしい。
私にできることは精一杯させてもらうから、お願いだ、がんばってほしい。

入院手続きを終えると、通院にタクシーを使っていることを知っている受付の人が、タクシーを呼びましょうか?と声をかけてくれた。
ありがとうございます。大丈夫です。ひとりの時は歩きます。
空のキャリーを抱えて私は病院を後ろにした。

まず、切り替えなくてはならない。私は自分に言い聞かせる。
腎不全は、生きている限り、輸液をしなくてはならない、とてもお金のかかる病気だ。
2猫になったからといって、途中で治療をあきらめるようなことがないよう、生活から無駄をなくさなければならない。歩いて帰るのは、五百円ちょっとのことだけれど、金額ではない、覚悟しなくてはならない。

空のキャリーはやたら軽くてさみしかった。
私は、泣きながら帰った。
節約のためではあったが、一人になれたことにほっとしていた。
家にはもう1猫が待っている。
猫はとても感じやすい動物だ、もう1猫いないことを隠すことはできないが、家では泣かない。泣くのは今の間だけ。そのかわり今存分に泣かせてもらおう。他人目なんてかまわない。わんわん、おいおい泣きながら私は歩いた。

道すがら咲き始めの桜が何か所もあった。
昼間は薄ピンクで清楚、やわらかなイメージの桜花が、夜気のなかで潜めていた力をあらわにし、生気を吸って勢いづき、妖気を発しながら今まさに咲かんとしていた。