昔の映画を笑うのは楽ですが。

 スターウォーズも宇宙からのメッセージも惑星大戦争もそれなりに好きだけど、あの時点でスペースオペラを理解して動けるスタッフが(若手ばかりとはいえ)大量に居たアメリカと、異星人からの侵略もの、もしくは「里見八犬伝」を下敷きにした時代劇にすることでしか「スタッフに通じなかった」日本の差は歴然としていたことだけは記しておきたい(何しろ宇宙暴走族にハンチングに腹巻きした宇宙チンピラなのだから!……いや、それはそれでいまやふた回りして好きなんですけれども)。

 アニメだけは国外に出しても文句のない高水準だったけど、その旗頭になった「宇宙戦艦ヤマト」を作った西崎プロデューサーが当時、「テレビ局の連中にスタートレックみたいな話です、といっても通じないんだよ(意訳)」とコボしていたとか。

 この実写におけるスタッフ(および多くの俳優さんたちを含む)間の理解度の差がある程度埋まるには、バブルの時代と「さよならジュピター」という偉大な失敗作を経てそして亡くなられた東宝の川北紘一監督が筋道をつけたあと、樋口監督たちがトップに出てくるまでの年月が必要だった。
(※金銭的な差は埋まっていないけどそこはまた別の問題なので今回は割愛)。

 でもそれは日本だけがそうだった、のではなくて、世界的にそうだった。

 映画産業華やかなりし50年代、60年代はともかく、70年代になると「SF映画(当時はこの言葉さえ滅多に使われなかったが)は子供のもの」という定義がいつの間にか出来ていた。

 そこに「と一部マニア(※今で言うオタク)」と付くのは一般的には80年代半ば以降からのことだったと思う。

 私の記憶が正しければ、当時マニアは勘定にさえ入ってなかった。

 それだけ映画興行の世界が広くて大きくて稼いでいたというのもある。
 何しろ90年代まで娯楽は本と映画とテレビしかなかったのだから。

 だからそれまで一般人が一番よく見た外国のSF映画は恐らく「猿の惑星」だったんじゃなかろうか(邦画だと『ゴジラ』なのは間違いないとして)。

 それで判断すると「惑星大戦争」も「宇宙からのメッセージ」も当時の世界水準で言えば平均値以上をいっていた。

 その証拠に、少なくともこの2本は海外に輸出され(宇宙からのメッセージはテレビ版の「銀河大戦」も含めて)それなりの人気を集めて今でもファンが居る。

 手を抜いた低予算映画ではなく、「本気でスターウォーズの人気を横からかっさらう」為に作られた映画だからこそ、だろう。

 第一、本家ハリウッドだって便乗企画で「宇宙空母ギャラクチカ」や「バックロジャース」を出していて、こちらはミニチュアのデザインとセットや衣装の豪華さを差し引くと、お話のセンスは同じ様なものだった。

 特撮場面も使い回しが多かったし。

(だからこそ「リ・イマジネーション」された「バトルスター・ギャラクティカ」の圧倒的なお話と特撮の完成度に腰を抜かしたのだけれど)

 つまりアメリカ、特にハリウッドと一部のテレビ業界が突出して進化していたのだ。

(イギリスやドイツを始め、同年代の国々にもそれなりの逸材はあり、日本にも円谷プロや宣広社があったりで頑張ってましたが金の流れ込み方、使い方はやっぱりこの当時アメリカには勝てなかった。…………なにしろ1ドル360円(固定相場)時代でもありましたし。

 そしてそれはアメリカがたまたま(?)ハリウッドを保有していたからではなく、その遙か前、少なくとも1930年代後半~40年代にかけて「パルプSF」と後に呼ばれるような大量生産のスペースオペラ小説のブームがあって(※それこそ玉石混淆、その中に『レンズマン』や私に取ってゆかりの深い『キャプテンフューチャー』も埋もれていました)、そこからせっせと下地がつくられていた背景がある。

 やがて映画で「フラッシュ・ゴードン(本家本元で『フレッシュ』でもない白黒のほう)」とか「ロケットマン(コマンドー・コディ)」、歌うカウボーイ、ジーン・オートリィ主演の「ファントムエンパイア(※カウボーイが地底人たちとと戦って自分の持っているラジオ番組の開始前までに帰ってくるという作品!)」等々の連続活劇映画(※シリアルとも呼ばれ、週1回の割合で劇場に掛かる短篇映画、テレビ普及前はこういう形態の映画が子供向けではその代わりを務めていた)があって、60年代には「アウターリミッツ」「スター・トレック」等々テレビで実験を繰り返し、そしてそれを見ていた少年達が青年になった時、スターウォーズで一気にブレイクスルーした、というのが正しいと思う。

 つまりスターウォーズの時点(※78年全米公開、日本では1年以上待たされた)で40年近い差が開いていたのだ。

 だから「惑星大戦争」や「宇宙からのメッセージ」がスターウォーズに匹敵する傑作だというつもりは無い。

 ただ、スターウォーズという作品はそれぐらいの革命的な作品であり、それまでの全てのSF映画の基準をリセットしてしまったのだ。

「惑星大戦争」も「宇宙からのメッセージ」も当時の世界基準で言えば「お金の掛かっているほうの特撮映画」だったのだ。

 問題なのは、当時スタッフ、および大抵のプロデューサーのセンスがSFを理解する方向になかったと言うこと。

 それでもSFを理解するセンスには欠けていても、そこは日本映画黄金期を支えていた人たちが「大作用」に作っている。

 画面を見ると、今の日本映画では撮れないぐらいの大規模なセット撮影だったり、構図だったり、端役の確かな演技だったり、ということに気づくはず。
 ミニチュア特撮もピアノ線による操演が主だが、それだって今では不可能なほど広大なセットで撮影されている。

 技術は確かだった。

 だが、スターウォーズにデザインや演出のセンスの面で完全に負けていた。

 技術を支える道具……当時日本に存在しなかった(SWで初登場したのだから当然なのだが)モーションコントロールカメラやビデオ合成技術があれば、という問題ではないことは後にそれらが投入された「さよならジュピター」で完全に露呈することになる。

 映画は娯楽だが、公開された時代や歴史と密接に繋がっている。

 そのことを忘れて古い映画を鑑賞してはいけない。

 そして、そのスターウォーズもその後「エピソード1」に始まる「新三部作」でかつてのファンを大失望させてしまうのだが……

……以上、ここまでがEP7を見るまでのお話。

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