鼓動に乗って

各地をバイクで旅しながら出逢う縁。それがとても素敵に繋がる物語


最近、何故か同じ夢を見る。夢の中では、男女二人の幼児が、電動の幼児用バイク「ポルカ」に乗って遊んでいる。幼児の内一人は俺の様だ。二人は何やら話しては、笑いながらポルカで家中を走り回っている。夢の中に自意識を潜り込ませ、もう一人の女の子は、一体誰なのだろうと思い出そうとすると、いつもそこで夢から覚めてしまう。



 俺はヤマハのSR400と言う、一九七八年に発売され、四十年以上のロングセラーとなっている、レトロなバイクに乗っている。何十年もバイクに乗っているベテランではなく、七、八年前に二十代半ばにして、テレビ番組の、しかもバラエティー番組に影響され、バイクに乗ろうと決めた、バイク乗りの中では変わり種だ。

バイクに乗りたいと思った時、ちょうど三十五周年記念モデルが予約販売されていたので、即購入をした。その後教習所に通い始め、二月にはもう、バイク屋にSR400が納車されたが、免許を取得した時、季節は五月上旬になっていた。

馬鹿だなと思うかもしれないが、バイクの世界では、免許を取る前にバイクを買ってしまう人が沢山いる。俺が買ったバイク屋からも「そういう方、多いですよ」と言われていたので、まあ、車と違ってバイクはこれが普通なのかなと思った。


バイクと言う鉄のおもちゃを手に入れた俺は、お手軽に行ける風光明媚なコースを走る事にした。新潟市中央区の桜木インターから通称「新・新バイパス」に乗り、高山インターで下りて、内野の新川沿いを走ってから海沿いに出る。その後、西蒲区の間瀬漁港まで、西に向かってシーサイドラインを走り、漁港から峠越えをして海沿いから平野に下って、品ぞろえの豊富な山川酒店で、日本酒の四合瓶を購入して帰るという、ルーティーンを、週末になると楽しんでいた。

暫らくすると、このコースを走るだけでは満足しなくなり、県外にも足を延ばしたくなってきた。SRでも簡単に行く事が出来、下道走行を愉しめる道がある事を条件として、行先を決めた。マップとにらめっこした結果、隣県の山形県あつみ温泉や米沢、福島県の喜多方と会津若松をバイク旅の行先とし、日帰りや泊りがけで極力高速道路を使わずに、バイクで旅する事にした。

SRと言うバイクは、振動(以下、「鼓動」という。)が凄く、高速道路では時速八十キロメートルを出すのが限界だ。また、当時はバイクを一切カスタムしていないノーマル車だったので、鼓動がより強く、高速道路を利用した移動は、苦痛以外の何物でもなかった。

だが、下道を法定速度内で走ると、ヘルメットからの視界の良さもあり、様々な景色を楽しむ事が出来る。車だと車高が低く、車内にピラーがあり、視覚を遮られる事が多いが、バイクに乗っていると、高い目線で百八十度から、大きな景色が飛び込んでくる。

俺は、県外バイク旅の第一弾として、ラーメンを食べる為だけに、福島県の喜多方へ向かう事にした。


喜多方


新潟市中央区から喜多方市まで、下道で片道約四時間。それをバイクで移動するのだから、バイク乗りではない人は敬遠するかも知れない。だが、バイクとは移動手段ではなく、バイクに乗ること自体が遊びなのだ。四時間遊びながら目的地に着く事が出来るなんて、最高としか言いようがない。

喜多方への行き方は簡単だ。事前にネットを見て地図を確認していたので、脳内に道順がインプットされているから、ナビなどはいらない。自宅を出て、桜木インターから新・新バイパスに乗り、紫竹山の分岐点から国道四十九号バイパスに乗る。

バイクは小刻みな鼓動と共に、歯切れのよい排気音を奏でる。四十九号を走り、阿賀野川を渡る手前にある交差点を右折すると、堤防道路に出る事が出来て、阿賀野市の安田地区までショートカットする事が出来る。

以前、福島県境にある町、阿賀町に向かった時、曲がる交差点を間違え、暫く堤防の上に作られた車両乗り入れ禁止の、サイクリングロードを右往左往した事は秘密にしておきたい。

このショートカットの道は、常に空いており安心して走る事が出来て、綺麗な川を眺めながら走る事が出来るお勧めの道だ。約二十分走ると磐越道安田インターの傍に出るので、そこからまた四十九号に戻る。

この道を使ってショートカットすると、四十九号沿いにある、幾つかラーメン屋を通り過ぎてしまうので、道中ラーメンを食べたい人は注意が必要だ。暫く進むと、阿賀町に入り道の駅に到着する。

バイクを停め、売店でソフトクリームを買って外に出て来ると、若い女性が俺のバイクを眺めている。

「このバイク、どうかしましたか?」と聞く。

「あ、勝手に見ていてすみません。私もあのSRに乗っているんです」と、少し離れた所に置いてあるバイクを指した。

「あれは、ヤマハの四十周年記念モデルですね」

「そうなんです。こちらは三十五周年モデルですよね」

「そうですよ。お互いSR乗りなんですね。どちらまで行かれるんですか?」

「喜多方にラーメンでも食べに行こうと思って、下道でトコトコ向かっている最中です」

「偶然ですね!俺も今から喜多方に行くところなんですよ」

「え、そうなんですか!じゃあ、もしよろしかったら一緒に行きませんか?」と誘われた。

「いいですね。ちなみに喜多方のどのお店に行く予定ですか?」

「喜多方一番さんにしようと思っています。行った事がないし、バイク乗りが集まると聞くので」

「あはは、私も喜多方一番さんに行こうと思っていました。凄い偶然ですね。名乗るのを忘れていました、私の名前は小原譲と言います、よろしくお願いします」

「私は清水麻美子です、よろしくお願いします」

「ちょうどソフトクリームも食べ終わったんで、早速行きますか?」

「はい、先導してもらってもいいですか?」

「いいですよ。清水さん、インカムは付けていますか?」と聞く。インカムとは、ヘルメットに取り付け、ブルートゥース回線を使って、バイクに乗りながら会話をする為の通信機器の事だ。

「付けていますよ、ペアリングしましょう」清水さんは一旦戻って自分のバイクを持って来ると、お互いのインカムのペアリングを行った。ヘルメットを被り通話テストをし、問題がなかったのでエンジンをかけた。

「じゃあ、先導しますね。時々話しながら楽しく行きましょう」と言うと、

「ついて行きます」という返事が鮮明に聞こえた。


 道の駅を出てから暫く、蛇行する大河阿賀野川を見る事が出来る。清水さんは阿賀町に来るのが初めてとの事だったので、仕事も含め数十回この町を訪れている俺が、彼女に簡単な町案内を行った。

「『狐の嫁入り』って知っています?」

「知っていますよ。新郎新婦が狐のメイクをして、街を練り歩くイベントですよね」

「そうです。あと、この町には温泉が七つあるのを知っていますか?」

「え、七つもあるんですか?知らなかったです」

「私は、四十九号から山に入った所にある、御神楽温泉あしたば荘の露天風呂が好きですね。川の脇にお風呂があるんですよ」

「すごーい、詳しいですね。何度も来ているんですか?」

「仕事も含めて、この町には何度も来ています。蕎麦が美味しいですし、自然も豊かで良い所ですよ」

「そうなんですね。今度機会を見つけて来てみますね」簡単な案内を終えると、四十九号は峠越えに差し掛かった。

 車を運転している時は何とも思わないが、滑り止めの為に、道路に施されているグルービング(縦の溝)はバイクの敵だ。溝のせいでタイヤが滑る事がある。峠を下るまではこの溝との戦いが続く。その旨清水さんに説明し、峠を集中して通過した。

 峠の途中には福島県との境があり、新潟県阿賀町から福島県西会津町へと入る。この付近にある車峠という場所は十月の上旬でも肌寒い。

「清水さん、寒くないですか?」

「ちょっと寒いです」

「峠を抜ければ日が差しますから。気分転換にクイズを出していいですか?」俺はここで寒さを紛らわす為に、清水さんに問題を出す事にした。

「え、面白そう、良いですよ」

「今走っている道は昔、会津街道と呼ばれ、沢山の人が往来しました。次の中で、この道を通った偉人は誰でしょう?」

「なんですか?それ。私、絶対に分からないですよ」

「勘でも良いので、当ててみてください。一、十返舎一九 二、吉田松陰 三、山縣有朋、さあ誰?」

「えー、難しすぎますよ。うーん、二番の吉田松陰かな」

「ぶー。正解は、全員です」

「それじゃあクイズになっていませんよ。でも、本当なんですか?歴史の教科書に載っている方ばかりですね」

「そうですよ。イギリス人女性の紀行家の、イザベラ・バードも通行しています」

「小原さん凄い、詳しいですね」

「仕事で身につけた知識です」清水さんが業を煮やしたかのように言った。

「あの、小原さん。さっきから気になっていたんですが、私の事を『まみ』って呼んで下さい。清水さんと言われると、なんだか照れくさいので」と笑いながら言う。

「わかりました。じゃあ、ここからは『まみ』って呼びますね。まみは同じ様に、俺の事を『ゆずる』って呼んでください」

「はい、ゆずる」と笑いながら答えた。

 バイクで前後車列を組んで走っているだけで、こんなにも打ち解けるものかとびっくりした。それともまみがただ人懐っこいだけなのか。俺はいつもソロで走っているから、人と一緒に走るという事がどういうものか分からないのだ。少し走ると峠を下り終わり、長閑な山道を走っている間、ずっと日が差し込む様になって来た。

「聞いていなかったけど、まみはバイクに乗って何年?」

「私は三年だよ、ゆずるは?」

「俺は八年。八年前にこのSRに乗りたくて、免許を取ったの」と笑う

「そうなん、その割にはいろいろと詳しいね。尊敬する」

「何も出ないからね」と突き放すように言うと、

「バレたか」とまみが笑い、俺もつられて笑う。これまでは、一人で決まりきった道を走っていたが、二人で会話しながらバイクで走るのも、楽しいものだなと思った。


 山道から平野に出ると、会津坂下町に入った。平野と言っても会津盆地の一部である。このだだっ広い盆地から出ない限り、もう峠道を走行する必要はない。会津坂下インターの入口を過ぎると、阿賀野川に架かる大きな鉄橋を渡り、この橋を通過すると会津坂下で最も渋滞する箇所に差しかかる。

「ゆずる、ここら辺はこれまでと違って、車が全然動かないね」

「本当はこの渋滞が嫌で、さっきの橋を渡って直ぐに、ショートカットしようと思ったんだけどね」

「帰りはショートカットしようよ」

「そうしよっか」帰り道なら、多少複雑な道を通っても、まみもこなれているだろう。


 混みあっている四十九号を左折し、喜多方へ向かう。あと十五分もすれば到着だ。会津坂下から喜多方へと向かう道は真っ直ぐな道で、両側を田んぼに挟まれていて、十月上旬にも関わらず、未だ稲が刈られていない田んぼが多い。おそらく新潟市よりも気温が低い為、まだ十分に生育していないのだろう。

「まみ、あと十分ちょいで着くよ」

「はい、お店までお任せです」

「任された。お腹空いている?」

「うん、下道で二時間走ったから空いているよ」まみのお腹の減り具合を確認する。俺は大盛を食べても余裕があるな。磐越西線の踏切を渡り、細かい路地を走り、一方通行を少し行くと喜多方ラーメンの店、喜多方一番に到着した。


 店の前が空いていたので、俺とまみのSRを並べて停めた。到着時刻は午前十一時、席数が少ないので並ぶかと思ったが、運良く二人掛けのテーブル席が空いていた。

 俺はチャーシュー中華そば大盛、まみは中華そば大盛を頼んだ。

「ゆずる凄いね、このお店、場所が分かりにくいのに、一発で来た」

「脳にしっかり地図をインプットしたからね」

「うわー、有名人のサインがいっぱいある。喜多方ラーメンって醤油とも違うし、独特のあっさりラーメンだから、いつ食べても美味しいんだよね」

「うん、分かる」他の席に座っていたお客さんは、既に着丼済だったので、少し会話をしていると直ぐにラーメンが運ばれてきた。持って来た男性の店員さんに、

「(店の)前に泊める時は、センター(スタンド)で停める事をお願いしているんだけど」と言われ、何故その様な縛りがあるのか理解出来なかったが、

「分かりました。今から食べるので、次に来た時にそうします」と告げた。ラーメンが到着してから言わなくても良いのにと思った。

厨房で一生懸命ラーメンを作っている女将さんは人が良さそうなのに、息子と思われるおじさんの不必要な発言が食欲を削ぎ、俺はもうこの店には来なくて良いかなと思った。食べ終わり、まみの分も支払って外に出ると、まみが、

「さっきの言い方、感じ悪いよね。着席して直ぐに言ってくれれば良いのに」

「まみもそう思った?俺も同じ事を思っていたよ」

「もう来なくても良いかな」とまみは言った。

「この近くの河原に、東屋とベンチがあって休める所があるんだけど、行く?」と聞くとまみは、

「うん、行く」と言い、二人でバイクのキックペダルを勢いよく踏み下ろした。


 店から一方通行の道を真っ直ぐに走り、堤防の細い道に出て、二回ほど大通りを交差すると、小川に下りる小道が現れた。河川敷にバイクを停めると、

「あー、ここ気持ち良いね」とまみは太陽の日差しをたっぷり浴びながら笑った。

「ひっそりとしていて、良いでしょ」と俺が自慢げに言う。

「東屋もあるじゃん、良いね。小休憩するのにぴったり」と言い、東屋のベンチでまみは寝転がった。

「寝ちゃいそう」

「まみ、疲れた?」

「運転に緊張して疲れたよ。しっかり休めるのなら休みたい」

「しっかり休むかー・・・」と俺が暫く考えていると、

「ゆずる、ホテルに行こうよ」と、唐突にまみが提案して来た。

「ホテルって、ラブホテル?」

「そう、あそこなら昼寝が出来るでしょ」と微笑む。

「俺は良いけど、まみは大丈夫?」

「大丈夫、休んで帰る為の元気を回復するだけだから」と、もう行く気満々だ。

「わかったよ、スマホで近くのホテル探すね」と言い、バイクが二台停車出来る、つまり乗用車で入庫出来るホテルを探した。今居る河原から大通りに出て、東に行くと数件ある事が分かった。

「俺の好みで良いの?」と確認すると、

「逆に、ゆずるの好みが良い」と返って来た。二人ともバイクのエンジンをかけ、俺の先導でホテルに向かって走る。何でこんな展開になったのだ、まあ、ゆっくり昼寝させてあげればいいか。

 

ホテルのカーポートにバイク二台を入れ、シャッターを閉める。シャッタースイッチの脇にある扉を開け、階段を上って部屋に入ると、ネイビーブルーを基調とした、落ち着きのある大人向けの内装だった。まみは、ライディングジャケットを脱ぐと、直ぐにベッドに飛び込み、目を閉じて休んだ。

 俺もベージュのレザージャケットを脱ぎ、暫く椅子に座ってテレビを見ていたが、少し休んでおこうと、寝ているまみに背を向けて横になった。目を閉じて休もうとすると、寝ている筈のまみが後ろから抱きしめてきた。

「抱いて欲しい」

「え、今日出逢ったばかりだよ?本当に言っているの?」

「うん、ゆずるとしたい。SRに乗っていると鼓動で感じちゃうの」

「した後、ちゃんと家まで帰れる?」

「自信はない」と可愛い笑顔を見せた。

 俺は躊躇いもなく、振り向くとまみを抱き締めキスをした。舌が絡まり互いの唾液が糸を引く。まみはライディングジャケットの下に、薄いニットを着ていて、その大きな胸のふくらみに目が行ってしまった。

「まみ、カップはいくつ?」

「Eカップだよ」

「大きいね。ライジャケからは分からなかったよ」

「私のライジャケは、タイトじゃないからね」ニットの上からまみの乳房を揉み、直ぐに乳首を優しく触る。「アッ」とまみの甘い吐息が漏れる。そのまま両方の乳房を揉みながら、乳首に刺激を加えると、まみの声がだんだん大きくなり途切れる。デニムパンツを脱がし、下を触ると既に温かく濡れている。指を陰核に当て、優しく小刻みに動かすと、一分もせずにまみは果てた。

 今度は中に指を二本入れ、特定部位を刺激する。まみは直ぐに潮を沢山吹いて、ホテルの照明スイッチや俺の顔に飛んできた。まみの後頭部を押さえつけ、俺がその汁を舌で舐め回している様子を、しっかりと目に焼き付けさせると、

「ゆずるのマフラーを舐めたい」と言って来た。まみの口に陰茎を入れて、頭を押さえながら腰を振る。俺のものが十分に大きくなると、

「下の口にも欲しい」と、まみがおねだりして来たが、無視して上の口にズボズボ入れ続ける。

「お願い、キーを鍵穴に挿れてください」と懇願されたので、ようやく上の口を開放し、下の鍵穴に俺のキーをあてがう。直ぐには挿れない、亀頭で陰核を十分に刺激し、我慢出来なくなったまみが、自分で俺のものを招き入れるまで待つ。

陰核を刺激し続けると、ベッドのシーツがまみの愛液でおねしょの様に染み、まみは二度目の絶頂を迎えた。手で俺のものをしごきながら、

「私が挿れるね」といい、まみは自分の中に俺のをゆっくりと入れた。

 俺は中に入ると、激しく腰を動かしてはゆっくりぐりぐりとまみの奥を突き上げ、その後二回奥を上下に突くとまみは三回目の昇天を迎えた。三回イケば十分だろうと、俺は激しく上下に回すように腰を振り、そのまま、まみの中に熱いエンジンオイルを出した。俺はまみを優しく抱きしめながら、

「まみ、帰り道もちゃんと運転できそう?」と息を弾ませながら聞いた。

「私のエンジン、もうかからないかも」とまみはハアハア言いながら答える。

「俺のセンタースタンドも、もうかからないかな」

「ゆずるのセンタースタンド、凄かった」

「そう?黒塗りの鉄製だよ」

「黒塗りのステンレスかと思った。いくら使っても錆びなそう」と笑う。

「この会話、なかなかえぐいね」と言うと、

「分かる人しかわからない隠語だね」とまみは頬を赤く染めながら言った。


 俺もまみも疲れからウトウトし、はっとして起きると一時間経過していた。まみを起こすと一緒にシャワーを浴び、浴室でまみがもう一回欲しいとねだって来たが、行為をしたら疲れて彼女が帰れなくなると思い、優しく宥めてから服に着替えた。部屋から出る前に、

「帰りは高速を使うけど、大丈夫?」と確認した。

「大丈夫。お任せします」とまみが笑顔で言った。

「まみは結構疲れたと思うから、帰りは高速で時速八十キロメートルをキープして帰るよ。ついて来られる」

「時速八十キロメートルって鼓動凄い?」

「八十までなら大丈夫だけど、それ以上出すと鼓動が煩くなるよ」

「分かった。先導して下さい」帰り道の確認をすると肝心な事をまだ聞いていない事に気付いた。

「まみは、どこに住んでいるの?」

「新潟市秋葉区だよ」

「なら、まみは高速を新津インターで降りた方が良いかな。俺は新潟中央インターまで行くけど」

「私も中央まで一緒に行くよ」

「分かった。じゃあ、出発しようか」階段を降りガレージのシャッターを開け、キックレバーを蹴ってエンジンをかけ出発した。

 喜多方市から四十九号に向かって来た道をそのまま帰るが、途中で十字路を右折し農道を走る。そのまま行くと集落内に入り、集落のメインストリートを出ると四十九号に合流する。なかなかマニアックな道だ。

「ゆずる凄い、こんな道知っているんだね」

「凄いも何も、ガーグル先生が教えてくれたんだよ」

「それでもこんな細い道、よく間違えなかったね」

「俺、方向感覚には自信があるんだ」と自慢げに言うと、

「あっちも、バッチリだったよ」とまみが恥ずかしそうに笑いながら言った。

「そう言ってもらえて、良かったよ」

「私、初めてなの。バイクで出かけて一緒になった人とこういう事したの」

「俺もだよ。いつもは一人で乗っているから」

「そうなんだー、へー」と全く信用していない口調で返された。

「本当だってば」ムキになって答えると、

「冗談。ゆずるって可愛いね」とクスクス笑う。


 四十九号に出て阿賀野川にかかる鉄橋を渡り、幅のある大きな道に出ると、直ぐに会津坂下インターがある。表示にしたがい右折し高速道路に乗る。磐越道は基本片側一車線で、所々が追い越しの為二車線になっている。時速八十キロメートルで走ると、後続車には申し訳ない気分になるのだが、バイクの性能上仕方がない。二台のゆっくり走るバイクが一車線しかない高速を占拠しながら走る。

 バイクは風や匂いを感じながら走る事が出来る。良い面もあるが、当然悪い面もある。我々の後ろをトラックが走っていたのだが、二車線になった瞬間に追い抜いて行った。それは全く問題なく、むしろ抜いてください、といった感じなのだが、そのトラックに追い抜かれて初めて分かった、そのトラックは豚の輸送車で、トラックの後ろに「越後もち豚 ETP」と書いてあった。それを確認した瞬間、豚さんの猛烈な匂いが俺達を襲った。

「まみ、ETPにやられていない?」

「やられている。ちょっと運転やばいかも」

「クラっとするよね」

「でも、遠く離れれば大丈夫じゃない?」

「まあ、そうだね」とお気楽に考えていたが、ETPの攻撃力はまだまだ凄まじかった。

 トラックが追い越していき、匂いもしなくなってきた時、トンネルに差し掛かった。トンネル入口の表示を見ると、二キロメートル程の長さだ。そのまま何気なしにトンネルに突入すると、またもやETPの匂いが激しく襲って来た。トンネルは換気が難しく匂いが籠る為、ETPが走り去った後の残り香で充満していた。

「ゆずる、これって不意打ちじゃない?」

「俺も、まさかここでETPに虐められると思っていなかった」

「このトンネル、二キロメートルもあるよね」

「我慢して切り抜ければ、明るい青空が待っている」

「匂いのない青空がね」とまみが笑った。

悪臭に二キロメートル耐え抜き、無臭の青空を進むと、阿賀野川サービスエリアがあったので、休憩する事にした。このサービスエリアは、バイク専用の駐輪スペースがあり、そこに停めてヘルメットを脱いだ。

「休憩しながら、ソフトクリームでも食べない?」と提案すると、

「うん、私もソフトクリーム大好きなの。今朝出逢った時も、ゆずるは食べていたよね」

「俺、各地のソフトクリームを食べ歩きしているから」と笑った。

「ここのは美味しいの?」

「俺は好きだよ」と言い、券売機でチケットを買うと窓口に出し、ソフトクリームを二つ受け取った。

近くの椅子に座り、外を見ながら舐める。

「濃厚だね」とまみが一口舐めた感想を言う。

「俺は薄いのよりも濃い方が好きだな。あと、変わり種じゃない、普通のクリームの方が好き」

「あー、分かるかも」美味しそうに、まみは大きな下でソフトクリームを舐め、ぺろりと食べ終わった。俺が暫くパーキングに往来する車を眺めていると、

「ゆずるの連絡先を教えてもらってもいい?」とまみが聞いてきた。

「いいよ」と、お互い携帯の電話番号と、ラインを交換した。

「また今度、どこかに行きたいんだけど、一緒に行ってくれる?」

「いいよ。SRで行ける範囲でね」と笑った。

「うん、近県か県内かな」

「これからは寒くなるし、天候が良くないから厳しいね。来春五月あたりかな」

「わかった。楽しみにしているね」そう話すと、休憩を終え、トイレで用を済ませるとバイクに跨った。


 サービスエリアを出て暫く進むと、慣れ親しんだ新潟平野に出る。道路の両脇に田んぼが広がるが、喜多方周辺と違い、もうすでに稲刈りが終わっている。周りの景色を見ながら走ると、直ぐに新潟中央インターに着いた。高速を降りて直ぐ左手にあるコンビニでバイクを停める。

「まみ、何か飲みたいものある?」

「コーヒー飲もうかな」

「ヤンキー座りでもいい?」と揶揄うと、

「嫌だよ。バイクにもたれて飲もうよ」と言って来た。

「じゃあ、買って来るから待っていて。ブラックでいいよね?」

「お願いします」コンビニに入って、ホットのブラックコーヒーを買い、バイクに戻る。

「コンビニのコーヒーも、意外と美味しいよね」とまみ。

「うん、便利になったよね」と俺が返すと、まみが聞いてきた。

「ゆずるの家ってどこら辺にあるの?」

「中央区の鳥屋野十字路って知っている?あの辺り」

「農協とファミレスがある交差点?」

「そう、そこから徒歩三分ぐらいのアパート」

「へー、都会に住んでいるのね」と笑った。

「まみは秋葉区のどこ?」

「私は荻川だよ」

「ラーメン屋さんなら知っているよ」と言うと、

「そこの近くだよ」と笑った。

 だんだんと夕闇が下りて来たので、ここで解散する事とした。まみが先に出発し、手を振り見送る。無事にバイクとヘルメットが遠くに消えて行くと、俺もペダルをキックしてエンジンをかけた。


あつみ温泉


 新潟県の県北には、夏は海水浴客で賑わう笹川流れと言う景勝地がある。俺にとって笹川流れは、ひと夏に何回も浴ぎに行く、非常に馴染み深い場所だ。しかし、JRの駅で言うと、早川駅から北には行った事が殆どない。なぜなら、そこら辺を過ぎてしまうと、海水浴に適した場所がなくなってしまい、風光明媚な景観もなくなってしまうからだ。

俺はずいぶん前から、笹川流れより北に行ってみたいと思っており、バイクで山形県鶴岡市のあつみ温泉まで、ゆっくりと一泊二日で出かける事にした。


九月下旬、つまり夏用のメッシュジャケットを着ていても、辛うじて寒くない時期を選び、新潟を出発した。新・新バイパスに桜木インターから乗り、蓮潟インターで下りると、県道113号を進む。海が見えたり数本の川を渡ったり、怪しげな仏像が立って居たり、風力発電のプロペラがあったりと、この道はいつ走っても飽きない不思議な道だ。

 昔は、日東道と言う高速道路がなかった為、よくこの下道を利用して、笹川流れまで通ったものだ。当時、この県道沿いにあり、海水浴客で繁盛していたコンビニも、今は潰れてしまっている。

栄枯盛衰かと思いながら、道を進み旧神林村を通過すると、右手にコンビニが見えた。このコンビニのある交差点を右折すると、高速に乗る事が出来る、逆に言うと帰りは、ここから高速に乗って、早く快適に帰る事が出来る為、帰路に高速を利用する事も稀にある。

しかも、この日東道は未だ全線が開通していない為か、荒川胎内インターから暫く無料区間が続き、高速に乗ったとしても、直ぐ新発田インターで下りて新・新バイパスで新潟まで戻れば、高速料金も殆どかからない。だが、俺のSRは、高速でも時速八十キロメートルを出すのがやっとなので、後続車に煽られる事もしばしばあり、積極的に活用はしない。

コンビニを過ぎると、左手に曲がる道がある。この道を曲がって行くと岩船漁港があり、その手前には、粟島へのカーフェリー乗り場がある。因みに、漁港近くにある寿司屋のラーメンが美味しく、昼食の時間に通りかかるといつも食べるのだが、今日は山形県の一大漁港である、鼠ヶ関で海鮮丼を食べる予定にしているので、躊躇いもなく通過する。

漁港を通過すると、左手に夏場海水浴客で賑わう浜が現れる。海水浴に、と言うよりも素潜りに煩い俺は、この様な浜では泳がない。都市部に近く、まだまだ水質が綺麗ではないのだ。せっかくここまで来たのなら、笹川流れまで足を延ばして、桑川、今川駅周辺で泳ぐのがベスト。水質が段違いに良くなるからだ。もう人影すらない浜を見ながら、過ぎた夏を振り返る。


今年の夏は、実家のある佐渡が島に帰省し、会社を辞めて、漁業を祖父から引き継いだ、親父の実子という事で、貝類の捕獲を許可された。綺麗な透き通る海で、アワビやサザエを、家族が食べる分だけ採り、夜は親戚一同会して、アワビの刺身とステーキ、サザエの刺身とガーリックバター炒めをアテに、酒宴をして大いに盛り上がった。

我が家は、普段からの親戚付き合いが丁寧な方ではなく、先方も同じスタンスだが、食べ物や酒が目的となると、親戚間の団結力がアホみたいに強まるという、変な家だ。

佐渡が島の海は、笹川流れと同じかそれ以上に綺麗なので、素潜りをしていると、時間を忘れる。海に浸かる時はゆっくりと、少しずつ海水に体を馴染ませていく。ほんの少し体が馴染んだら、ゆっくり泳ぎ始める。俺はいきなり飛び込み、泳ぎ始める様な真似は絶対にしない、海が約四十五分かけて、俺をしっかりと受け入れてくれるのを待つ。

海が受け入れてくれた途端、魚にでもなったかの様に、水中での体のこなしが楽になり、軽くなる。先程までは潜れなかった深さまで潜れる様になり、底を這う様にして泳ぐ事が出来る時間も長くなる。当然、そうなってくると息が続くので、岩に張り付いたアワビを収穫し易くなる。

俺は、ジャック・マイヨールのファンだったから、彼の本に書いてあるこれらの事を実践し、海が受け入れてくれた時の効果と言うか、変化を体感している。海と言うものは、受け入れてもらうまでの間が、一番危ない。


そんな事を思いながらバイクを走らせると、交差点で止まった。左手には、かつては海水浴客で繁盛したコンビニ跡があった。高速が延伸していくと、こうも変わるものかと思うと共に、かつてはこのコンビニのヘビーユーザーだった俺は、物寂しい気持ちにもなった。

その物悲しい気持ちを引きずりながら走ると、右手に岩船海鮮市場が現れ、瀬波温泉街に入る。この温泉には一度泊まった事がある。バブル期に親父の勤務していた会社が、この温泉地にあるマンションを改築した保養所を所有していて、そこに格安で宿泊したのだ。

その保養所は、マンションを改築しているので、1LDKの部屋にキッチンやトイレと風呂、畳の八畳間があるだけで、風情と言うものは微塵もなかった。後付けで温泉を引いた為か、浴場は一階で、瀬波の海や夕日など、綺麗な景観を楽しむ事も出来ず、個人的には不満の多い宿だったので、一度は有名な旅館で、素敵な人と一緒にゆっくりしてみたいと思っている。

その有名旅館の手前を過ぎると、グルービングされたカーブがあり、バイクの免許取りたての頃、ここでタイヤが滑り、非常に怖い思いをさせられ、一時期グルービングがトラウマになった場所にさしかかった。あれから数万キロを走破しているのだ。さすがに、もうグルービング如きでは動じず、カーブをいなして進み、右手を見ると元祖瀬波饅頭で有名なお店が見えた。

この先少し行くと、細い農道に入る。そのT字路にも昔コンビニがあったが、今は廃墟と化している。俺は思うのだが、一時期、立地条件や集客の見通しをきちんと精査せずに、あちこちにコンビニを建て過ぎたのではないかと。瀬波温泉の集客力の減少も、少なからず影響を与えているだろうが。

T字路を進むと、左手に瀬波病院を見てワインディングに差し掛かる。攻めても良いが、すぐに直線になるのを知っているので、まったりと走行する。看板に従い道を進むと、県道345号の交差点に出て、標識に「笹川流れ」という表示が見える。このまま県道を道なりに行くと笹川流れだ。


県道に入ると、鮭の漁獲で有名な三面川を渡る。綺麗な川なので、通る度に泳いでみたいと思ってしまう。川を渡るとグルービングのある峠道を上り、左手に陽を浴びてキラキラ輝く海を眺め、右に曲がり下ると海沿いに出る。

右手には羽越本線の線路が見え、運が良いと数時間に一本しか走らない電車に、遭遇する事が出来る。村上以北の羽越本線の電車の本数は、極めて少ない。高校当時、笹川流れにクラスの皆で遊びに行く時や、部活で山形の鶴岡市に遠征した時にも利用したが、乗り遅れると、次の電車まで三時間も待たなくてはならない。流石に部活で乗り遅れる事は無かったが、海水浴で行った時は乗り遅れ、仕方なく再度海に入って、遊んでから帰った事がある。

思い出も風景も含め、笹川流れは俺にとって特別な場所だ。ここでは数十キロの海岸線を走行する事になるのだが、通過する時は極力ゆっくり走る様にしている。間島駅から今川駅までの間は、海と巨岩、松が織成す景色が綺麗で、海の碧さにはため息がでる。

ゆっくり走るもう一つの理由は、途中のトンネルにグルービングがなされていて、油断出来ない事もある。トンネル内で鋭角に曲がり、グルービングがある場所は、バイクにとってかなり危険な場所である。

景色を堪能し、岩がなくなり、砂浜が広がって来ると早川だ。この先は少しずつ趣の無い普通の岩場へと景色が変わって行く為、スロットルに力を入れる。早川から国道七号に出るまで、前を走る「白いパイロン」こと、軽トラックに軽快な走行を邪魔される。

軽トラに乗っているのは高齢者が多く、かなりトリッキーな運転をされる。右折のウインカーを出しているのに左折したり、内輪差がないのに左折時に、センターラインを越えるまで車を膨らまし、曲がったりする。俺が車を運転している時は、左折しても曲がった後、対向車線に飛び出す様な事は無いが、彼らは往々にして左折後に、対向車線に飛び出したがる。膨らんで大回りした意味が全くないのだ。

一番タチが悪いのは、あちらこちらどこでも構わず、停車や駐車をする事だ。一度、山道の左に曲がるブラインドカーブを走行していたら、目の前に駐車しているパイロンが現れた。俺はセンターライン寄りを走っていたので、何も起きずに済んだが、もし、キープレフトで走っていたら、ブレーキも間に合わず避けきれずに、クラッシュしていただろう。「ここがどういう場所なのか」そういった事を彼らは全く考えない。

そんな前方を走るパイロンが、左にウインカーを出したので、速度を緩めると案の定、ウインカーの逆方向である右に折れた。ここで追い抜きにかかっていたら、車体に巻き込まれて轢かれていた。左は海沿いの小道なので漁師かなと思ったが、右手にある総合病院に入る為、右折したようだ。「この野郎」と思いながらも、まあいつもの事なので、慣れてしまっている俺がいる。


七号と交わる交差点を左折し、旧山北町を鼠ヶ関に向けて走行、久しぶりに大きく幅のある道路に出て安心する。途中「日本山」という看板を見かけ気になるが、後日ネットで調べる事にして先を急ぐ。スマホを見るとちょうど一時前、お腹も空いてきたので、七号から鼠ヶ関へのショートカットの道に入り、鼠ヶ関マリーナの直ぐ傍にある、寿司屋の道沿いにバイクを停める。

ここの寿司屋は今回で二回目、大盛が無料だが、それ以前に海鮮の盛りが良い。握りも食べてみたいのだが、毎回大盛無料に惹かれ、今日も海鮮丼の「中」を頼む。運ばれて来るまで、マリンパーク鼠ヶ関と灯台を眺め、夏の海に再度思いを馳せる。ここは透明度が高いのか、どれぐらい人が来るのか、岩場があるのか等など、未開の海を想うのは楽しい。

想いを遮るかの様にどんぶりが来た。カニの味噌汁付きで、どんぶりの上には、たっぷりの魚介類がお休みしている。わさびを醤油で溶き、海鮮の上に回しながらかけ、好みの刺身から食べる。活きが良く、酢飯の加減もちょうど良い為、どんどん箸が進み気付いたら十分で完食していた。ここ鼠ヶ関は、山形三大漁港の一つと言うだけあって、ネタの種類が充実している。この寿司屋は、色々なバイク乗りにお勧めしたい。

 

昼食を食べると、徒歩でマリンパークまで足を延ばし、ベンチで横になり休む。まだ夏のなごりが微かに残る日差しを浴び、砂浜を見ると、子どもたちが棒倒しをして遊んでいた。懐かしいな、俺も子どもの頃はよくやった。

棒倒しとは、知っている方も多いと思うが、砂で山を作り、山のてっぺんに棒を差して、山の砂を取って行き、棒を先に倒した方が負けという、シンプルなゲームだ。

この遊びのコツは、いきなり大量の砂を取るのではなく、かする様に微量ずつ取って行き、相手が倒すのを待つ。このセコイ戦法で俺は子どもの頃、連戦連勝を重ねてきたものだ。兄弟と思われる子どもたちの小さい方が、何度も負けて悔しがっているのを見て、可愛らしいなと思う。

子どもほど純粋で、無垢な存在はいないと思う。物心つく頃には我も芽生え、自分の立ち位置を考えて行動する様になってくるが、それはそれで、成長している事を実感でき喜ばしい。

起き上がり、バイクに戻る。腕時計を見ると二時半、おそらくここからあつみ温泉までは、一時間もかからないだろう。早くチェックイン出来るといいが。

 

バイクに跨り出発すると、直ぐに国道七号に合流し、暫く道なりに進む。途中駅らしきものを右手に見て、慌てて引き返す。あの駅はあつみ温泉駅に違いない。道路の看板を見過ごしたため為、右折する交差点を通り越したようだ。Uターンし、駅を過ぎて直ぐのT字路に、小さく「あつみ温泉」と書いてある縦の看板を見つけた。

安心して左折し、緩い勾配の山道を進んで行く。交差点から十分弱であつみ温泉街に到着し、今日の宿である「おおぎや」という、江戸時代から続く老舗旅館にバイクを停める。俺がバイクを停めようとした旅館入口脇には、カワサキのバイク、ニンジャ400が停まっていた。腕時計を確認すると三時前だった。チェックイン出来るかもしれないと思い、荷物を持って旅館に入り、暖簾をくぐりながら、

「こんにちは、予約した小原です」と言うと、

「はい、少々お待ちください」と言う声が、玄関左手にある受付から聞こえてくる。顔を上げると、俺の前には先に受付をしている、ヘルメットを持った女性がいた。

彼女は俺が入ってきた事に気付くと、一瞬ハッとした顔をして、

「すみません、お待たせして」と言って来たので、

「私の先客ですから、ゆっくり手続きをしてください」と言った。

「彼女は、ありがとうございます」と言い、ヘルメットを別の手に持ち替えた。俺は、表に停めてあるバイクの持ち主が分かり、

「ニンジャで来られたんですね」と聞いた。

「あ、ヘルメットで分かりましたか。でも、よく車種が分かりましたね」と彼女は言った。

「手続きが終わったら、外に出てみてください」と俺が笑いながら答えた。

彼女はチェックインを終えると、一旦外に出た。その間に俺もチェックインを済ませると、彼女はヘルメットの他に荷物も持って来て、

「SRに乗っていらっしゃるんですね」と言った。

「はい、ナンバーの通り新潟から来ました」

「奇遇ですね、私は秋田から来ました、名前は山田と言います」

「私は」

「小原さんでしょ。さっき入って来た時に聞いたから」と笑った。

「山田さん、このままお部屋に行きますか?」

「ええ、荷物が重たいので。部屋は三階の十四号室です」俺は鍵の番号を見た。

「私、隣です。よろしくお願いします」

「偶然が重なりますね」と話しながら、彼女の荷物を持ち、趣のある古い建物を部屋へと進む。お互い部屋に入り、荷物を下ろし一服つく。

俺は旅で宿に着くと、必ず部屋でジョッキの生ビールを飲む事にしている。いつもの様に受付に電話し、ビールを頼んだ。すると直ぐにドアを叩く音がしたので、

「はい」と答えると、恐る恐る答えたのは館主ではなく、山田さんだった。

「鍵が空いていますけど、中に入っても大丈夫ですか?」

「良いですよ、客はまだ私と山田さんしかいなみたいので、鍵を開けていました」と答えると、

「不用心ですよ」と注意されるが、

「バイク乗りに、盗みを働く奴なんていませんよ」と答えると、

「そうですね。信頼してくれてありがとうございます」と言いながら、山田さんは部屋に入って来た。

 山田さんが入って来て、暫くしてからビールが届いた。

「小原さん、こんな時間からもう飲むんですか?」と驚いて聞く。

「旅の恒例なんですよ。宿に着いたら直ぐに生ビールを飲むっていうのが」と笑いながら教えると、山田さんが、

「私も真似しようかな」と言ったので、山田さんの分も注文した。俺は早く飲みたくて仕方なかったが、きちんと乾杯するのが礼儀なので、山田さんのビールを待つ事にした。待っている間に山田さんが教えてくれた。

「実は私、ニンジャに乗り換える前は、SRに乗っていたんですよ」

「え、そうだったんですか。奇遇ですね」

「だから、さっき外に出て小原さんのSRを見た時に、凄い偶然だなって思いました」

「そうですね。この旅館にバイクで来る客も珍しいと思いますよ」と言うと、

「失礼します」と、ちょうど館主がビールを持って入って来て、

「申し訳ありません、今ほどの会話が耳に入りました。おっしゃる通り、この旅館にバイクで来られるお客様は少ないです」と、申し訳なさそうに教えてくれた。

「いえいえ、じゃあ一日にバイクの客が二人いるという事は?」

「滅多にありません。これも何かの縁でしょうね」と言うと、部屋から去って行った。

「小原さんとここに居るのも何かの縁かー」と、山田さんが微笑む。

「乾杯しませんか」と俺が我慢できずに言うと、

「素敵な縁に乾杯」と山田さんが言った。俺は、

「楽しいバイク旅に乾杯」と続いた。

一気にビールを飲み干すと、俺は山田さんに提案した。

「さっき受付でおはじきを貰ったじゃないですか、もしよかったら、この後着替えて、一緒に温泉街巡りませんか?」

「あ、それ良いですね。行きましょう」と山田さんは快諾してくれた。

 このおはじきと言うのは、あつみ温泉の商店と旅館が協同でやっているアトラクションで、旅館に宿泊すると、受付でおはじきが三つ入ったおはじき袋をもらえる。そのおはじきを各商店で一個ずつ渡すと、コーヒーが飲めたり、日本酒を試飲出来たり、パンの試食が出来たりするシステムで、どの店で何をしても自由。最後に三つ目のおはじきを渡した店がおはじき袋を回収する。ただし、このおはじきが出来るのは、各旅館が共通で準備している作務衣に着替えている事が条件となっている。なので、宿泊者に成りすまして、このおはじきをする事は不可能という訳だ。


 俺は受付で、おはじきの説明を聞いた時、二か所の酒屋で日本酒の試飲をしたいと思っていたので、山田さんに、

「早速、酒屋で試飲をしたいんですけど、良いですか?」と確認したら、

「私ものんべえなので、山形のお酒をお土産に買って帰りたくて、試飲するつもりだったの」と笑いながら答えた。山田さんがビールの最後の一滴を飲み干すと、

「じゃあ、部屋に戻って着替えたら、またノックするね」と言い、自分の部屋へと戻って行った。

 俺はクローゼットを開くと、目の前に蓬色の作務衣がかけてあったので、取り出し直ぐ着てみた。サイズはちょうどいい。テーブルに置いたおはじき袋を持ち、テーブルにある空いたジョッキを茶道具入れの上に片付けた。

 ドアをノックする音が聞こえ、

「小原さん、準備オッケーですか?行きましょう」と山田さんが声を掛けてくれた。部屋を出ると、山田さんはピンクの作務衣を着ていて、背中まである髪を結び、ポニーテールにしていた。その山田さんの美しさに一瞬ハッとした。玄関で初めて見た時から綺麗な人だと思ってはいたが、やはり女性は髪を上げて、うなじが露わになると、美にあらゆる相乗効果がかかる。俺は素直に、

「山田さんって綺麗ですよね」と言った。その声は古いこの旅館の三階廊下に響き渡った。

「小原さん、からかわないの」と、少し照れながらはにかむ山田さんを見て、可愛いなと思う。

「行きましょうか」

「うん、どこから行く?」階段を下りながら相談する。

「俺はぶっちゃけ、この二つの酒屋で試飲できればいいです」と、受付でもらったおはじき地図を指さしながら笑って言うと、

「私は、そこにカフェも追加したいけどいい?」

「いいですよ、じゃあカフェでコーヒー飲んでから、試飲して帰りますか」

「いいね、そうしよう」行先が決まった時には玄関に着いていた。

 玄関を出て温泉街を歩く。旅館の前がメインストリートとなっていて、この通り沿いに幾つかの商店があり、カフェも駅の方に少し戻った所にあった。店に入り、カウンターでおはじきを渡すと、

「おはじき一個で、本日のコーヒー一杯になりますがよろしいですか?」と聞かれたので、お願いした。道路側の席に座り、往来する車を眺めながら会話をする。

「山田さんは、秋田のどちらから来ましたか?俺、秋田に二回行った事があるんです」と言うと、山田さんは驚き、

「二回も来た事があるんですか、嬉しい。私は角館です」

「角館ですか。俺、武屋敷を見に行きましたよ」

「本当に?私の家は武家屋敷の近くなの、四月になると、しだれ桜も綺麗ですよ」

「どこかですれ違っていたかもしれませんね」

「本当にね。私も新潟に行った事ありますよ」

「どちらに行かれました?」

「笹川流れっていう、綺麗な海岸沿いを走って、長岡の蓬平温泉に泊まったの」

「俺、蓬平温泉の日帰り入浴の常連ですよ」と笑う。

「すごい、偶然が重なるものだねー」

「そうですね。秋田は主に八幡平に連れていかれましたよ、親父に」

「田沢湖とかには、行った事ある?」

「行きました。近くの乳頭温泉郷の蟹場温泉ってところにも泊まりました。湯の花が凄くて」

「えー、凄い。蟹場温泉の露天風呂に入った?」

「入りましたよ。玄関から外に出て、少し歩いた所にある露天風呂ですよね。沢の傍にあり蟹が出るから、蟹場温泉って名前になったとかで」

「すごいすごい。ねえねえもうさ、お互い名前で呼ぼうよ、ここまで沢山の共通点があるんだし」

「良いですよ、俺はゆずるです」山田さんは、ハッとした顔をしたが素に戻って、

「私はようこ、よろしくね」

「ようこは、なぜSRからニンジャに乗り換えたの?」

「最初は近場だけ走られれば良いかなと思ったんだけど、そのうち遠くまで出かけたくなって」

「SRは高速走行が苦手だからね」

「そうなの、それで高速でも安定して走れる、振動の無いニンジャ400にしたの」

「ようこ、振動じゃなく鼓動だよ」

「あははは、そうね。鼓動」

 話に花が咲く。気が合うと言うのは、こういう事を言うのだろう、何時まで経っても話が付きなそうだったので、

「そろそろ行かない?酒屋に行く途中で、足湯に浸かりたいんだよね」

「あ、いいね。行こうよ」ようこが明るく答え、店を出た。

旅館の方向に少し戻り温海川に出ると、川辺の数か所に足湯がある。早速足湯に浸かり、流れは早いが小さな川を眺める。

「角館にね、桧木内川っていう川が、家から直ぐの所にあって、高校生の頃、ボケっと風景を眺めによく行ったの」

「俺は、親の転勤で新発田って町に、中学高校と六年間住んでいて、川で遊んだのはその時だけだな」

「何して遊んだの?」

「加治川っていう川まで、自転車で三十分かけて行って、ヤスでカジカを突いていた」

「綺麗な川なんだね」

「今は、もういないかもカジカ」

「桧木内川は鮎釣りで有名だけど、カジカもいるみたい」

「綺麗な川が近くにある生活っていいね」

「そう言ってもらえると嬉しい」首筋に薄っすら汗をかいたようこが照れると、やけに艶っぽく感じた。彼女が汗をかいてきたので、

「そろそろ出ようか、汗ダクになっちゃうよ」と言うと、

「私、もう上がらないとやばい」と温浴効果も相まって頬を赤らめる。足湯の直ぐ傍に一件目の酒屋があり、早速入る事にした。

「おはじきで、試飲をお願いしたいんですけど」と伝えると、

「何が良いですか?」と試飲用の冷蔵棚を指して聞いてきた。ようこが、

「お勧めはどれですか?」と聞いた。酒屋の女将さんは、

「この摩耶川姫というお酒は温海限定で、酒米じゃなく食用米のひとめぼれで醸造しているから、珍しくて美味しいよ」と勧めてくれた。ようこと一緒に試飲してみる。米の豊潤な甘みと味わいが口いっぱいに広がり、すっきりと消えて行く。試飲の一口目だけで、十分にその美味しさが伝わった。

「ようこ。俺、これ買う」と、一杯飲んだだけで決めると彼女も、

「このお酒好き。私も買う」と、一件目でそれぞれ四合瓶を一本購入した。

酒屋を出ると、旅館の斜向かいにある酒屋へと向かう。道中、道路の真ん中に作られた足湯があり、ようこに、

「入って行く?」と聞くと、

「このお酒を早く冷蔵庫で冷やしたいから、次の店に行こう」と言われ、

「ようこ、日本酒大好きでしょ?」と聞くと、

「大好き」と答えた。そうだろう。大好きじゃなきゃ保存状態に拘らない。

 以前、九州の親戚から生貯蔵酒が、お中元に送られてきた事があった。生貯蔵酒なら普通冷蔵保存するのだが、日本酒に無頓着な親戚は、クール便ではなく通常の宅急便で送って来た。届いて、どんな酒かラベルを見て確認した時に、がっかりした記憶がある。

 足湯をスルーして、二軒目の酒屋に着いた。また、先程と同じ様におはじきの旨を伝え、オススメを聞いた。

「摩耶川姫は買ったみたいだから、摩耶男山はどう?」と勧められ飲んだが、俺の口には合わなかった。地元鶴岡市の酒で、他にお勧めはないかと聞くと、亀の口酒造の「口説き上手だね」を勧められた。もう、試飲は出来ないので、酒屋の親父さんのお勧めを購入する事にした。ようこは、予め調べてきた、竹の内酒造の金露数珠を試飲し、そのまま納得して購入した。二人とも両手が日本酒の四合瓶でふさがり、そのまま宿に戻った。玄関を上がると、受付から館主が出てきて、

「ありがとうございます」と言った。このさりげない気遣いが心地良かった。この旅館が江戸時代から続いている理由も分かる気がした。


 部屋に戻り、少し休もうとすると、ようこが部屋をノックした。

「どうぞ」と言うと、右手にさっき買った金露数珠を持っている。

「ゆずる、一緒に飲まない?」

「え、買ったばかりだし、しかも純米大吟醸でしょ、いいの?」

「一人で飲むより、二人で飲んだ方が楽しいもん」

「じゃあ、お言葉に甘えるね。ありがとう」彼女が瓶の栓を開けようとした瞬間に思いついた。

「ようこ、もしよかったら、夕ご飯をこの部屋で一緒に食べない?その時に、そのお酒飲もうよ」

「え、いいの」

「ようこさえ良ければ。一緒に食べて飲んだ方が楽しいよ」

「やった。実はね、私もゆずるに聞いてみようと思っていたの」

「じゃあ、館主に電話するね。食事の時間六時半でいい?」

「いいよ。お願いします」早速俺は受付に電話した。館主は特に詮索する事もなく、快く申し出を受けてくれた。寧ろバイクで泊まるもの同士が、この旅館を縁に仲良くなった事を、喜ばしく思っている様だった。

「大丈夫だよ、問題ないって」と彼女に伝えると、

「じゃあ、このお酒は冷蔵庫に入れて、夕ご飯の前に温泉に入ってこようかな」と言った。

「俺もそうするよ」と言うとようこは、

「隣の部屋に戻るから、お風呂の用意が出来たら、声をかけてもらっていい」と言い、部屋に戻って行った。


俺は、クローゼットからタオル等を取り出し、カバンから着替えを出して片手に持った。俺の風呂支度は直ぐに終わったが、ようこは時間がかかるだろうと思い、一呼吸おいてから部屋を出て、隣の部屋をノックした。ちょうどようこの準備が終わった様で、直ぐに出てきた。二人で並んで浴場に向かう。男湯と女湯が並列で分かれているので、手前の男湯に入る俺が、

「上がったら玄関のソファーで待っているね」と言い、暖簾をくぐった。

 脱衣所は広く、青竹踏みがあったので、入浴前だが踏んでみると、疲れからか足の裏の各所が痛んだ。ゆっくり温泉に浸かって疲れを癒そうと浴室に入る。露天風呂はないが、小奇麗な内湯で、まだ入浴している客がおらず、貸し切り状態だったので、ゆっくりのんびり湯に浸かる。

 ようこか。俺が大学時代に短期間付き合っていた彼女も洋子だったな。良い感じでデートを重ねていて、俺が横浜の山下公園で付き合ってほしいと言ってから、何故か関係がぎくしゃくし、そのまま別れてしまった女性だ。

今日出逢ったようこは、彼女と真逆で、素直で優しく、一緒に居ると心地よく、今は秋だがまるで春風に包まれているかの様な感覚になる。この様にして旅先で出会い、仲良くなって行動を共にするのは非常に楽しく、夕方の晩御飯が楽しみになって来た。


 いつも一人旅をする時は、丁寧に自分の陰茎を洗わない。当然だ、洗う必要がないからだ。だが、今日は「ひょっとしたら」という下心もあり、いつもはレベル十を最高値とすると、二、三レベルしか洗わないのに、今回は気合を入れて、九レベルまで洗った。この数値はなかなか出ない、余程抱けるという自信がないと、ここまでのレベルで洗わない。俺は期待を込めて、九レベルの丁寧な陰茎ウォッシュを隅から隅まで行った。

 湯船に浸かり、湯あたりする手前で上がり、また青竹踏みをやったら、痛みが殆ど取れていた。温泉って凄いなと思いながら、作務衣に着替え、ソファーでようこを待った。女性だから、まあ十、二十分は待つだろうと思い、スマホで動画を見ていると、直ぐにようこも上がって来た。

「早いね」と驚いて言うと、

「私ね、長湯が出来ないの。だから体洗ってちょっと浸かったら、直ぐに上がっちゃうの」と笑いながら言った。ようこは乾かした髪を上手にまとめ、先程のポニーテールより首筋が映え、色っぽかった。

「じゃあ、行こうか」とようこを促し階段を上る。

「ちょっと荷物片づけたら、そっちに行ってもいい」

「いつでもいいよ」

「ありがとう。湯上りにまた生ビール頼む?」

「それ、俺も言おうと思っていたの」と笑う。

「私達、本当に気が合うわね」とようこも笑う。何度も笑顔を見ていると、ようこに対して好意を抱かずにはいられない。これはどの男性でも同じだと思う。それ程彼女の笑顔はチャーミングだ。そんな事を考えていると、ようこが、

「今、何を考えていたの」と聞いてきた。俺は少し躊躇ったが、彼女になら正直に話しても問題ないだろうと、

「ようこの笑顔って、可愛いなって思っていた」と伝えた。

「もう、恥ずかしい」と、恥じらうようこも可愛かった。


 お互いの部屋に着き、俺は着替えをしまったり、タオルをハンガーに掛けたりした。そして片づけが終わると受付に電話し、生ビールを二杯を注文した。テレビを付け、土曜夕方に放送している「人生の楽園」を見た。偶々今回は、東京から鶴岡市にIターンして、カフェを経営している夫婦を紹介していて、またもや偶然だと思いテレビに見入っていると、すぐ隣にようこがいた。

「はっ、びっくりした」と驚いて言うと、

「だってノックしても返事がないから、心配して入って来た」

「ごめん、このテレビ、鶴岡の人を紹介しているんだよ」と言うと、彼女もテレビを見始める。

「座って。さっき、ビール頼んだから」と言うと、俺の隣に座り、

「ありがとう、喉がめちゃくちゃ乾いた」と、ビールを欲しそうな顔をする。ようこが言い終わるか終わらないかのタイミングで、夕ご飯とビールが運ばれてきた。お昼と同じ、鼠ヶ関漁港で上がった魚の刺身が踊っていた。

「うわ、しまった」

「どうしたの?」

「俺、夕食の事考えないで、昼食に鼠ヶ関で、海鮮丼食べてきたんだよね」

「仕方ないよ。あつみ温泉で刺身が出るかどうかは、予め分からないよ」と宥めてくれた。

「まあ、刺身好きだからいいけどね」

「私もお刺身大好き」

「日本酒に合わせようよ」と言い、ようこが右手に持っている金露数珠を開ける。

「さっきまで冷やしていたから、飲み頃だよ」と言いながら、俺に注いでくれる。彼女が注ぎ終わると、俺がようこに注ぐ。

「乾杯しようか」と言うと、彼女は俺がしてと言うので、満を持して言った、

「この出逢いに乾杯」

「この素敵な出逢いにね」とようこが付け足した。先ずはビールで乾杯し、温泉で乾いた喉を潤してから日本酒を運ぶ。ガラスの御猪口に入った冷酒を半分飲み干し、ようこの感想を聞く。

「ようこ、どう?このお酒?」

「うん、新潟の端麗辛口みたいな感じかな。旨味とさわやかさと程よい辛口が口に広がる」

「俺も新潟の酒に似ているって言おうと思った。ようこは日本酒に詳しいね」

「実は、利き酒師の資格持っているの」

「え、凄い」俺は純粋に驚いた。バイク乗りで、綺麗な女性が利き酒師でもあるとは、俺は凄い人と旅先で出会ったなと思った。

 彼女が買った酒が半分なくなる頃には、料理を食べ終え、ひとめぼれの釜炊きごはんが提供された。俺は、出て来る料理を次々と食べ尽くし、後で出て来るご飯の為に、料理を残す事が出来ない。残った漬物でご飯を食べようとすると、ようこがメインで出てきた米沢牛のステーキを半分くれた。

「いいよ、折角だからようこが食べなよ」と言うと、

「もうね、お腹一杯で。ご飯食べたいから牛肉をあげる」と言ってくれたので、ありがたく貰いご飯を食べきった。

「あーもう、お腹一杯」と言うと、

「私も。でもお酒は入るよ、別腹だから」と笑った。

「俺は少し休んでから飲むね」といい、億劫なので座ったまま窓を開け、網戸にして夜風を浴びた。

「気持ちいいね」とようこが窓辺に立つ。俺はこれまで立った状態で彼女を見ていたが、隣に座りながらようこを見上げると、すらりとスリムだが、胸のふくらみはしっかりと在る、スタイルの良さに気付いた。

「ようこって、スタイル良いよね」と言うと、

「そんな事ないって」と謙遜しながら照れる。

「実際に、もてるでしょ」と俺が突っ込んで聞く。

「もてない事は無いけど、本物の男ってなかなかいないの」と寂しげに言う。

「本物の男と出会うのって、なかなか厳しいよね」と俺が素直な感想を言うと、外に向けてようこは小声で何か呟いた。

 再び座り、残りの金露数珠を飲み干す。二人ともまだ飲み足りないので、俺が買った口説き上手だねの栓を開ける。お互いに注ぎ、ようこの批評を聞く。

「甘口でフルーティで、香りが豊かだよ」と言う。俺も飲むと、

「さっきと違うテイストで良いね」と偶々予備知識なしで買ったのだが、ようこが辛口、俺が甘口を引き当てた事が、お互いの相性の良さを示している様で嬉しかった。いきなりようこが、

「ゆずるは口説き上手なの?」と聞いてきた。

「口説きたいと思った人に対しては、上手かもね」と笑うと、

「私を口説きたくないの?」と返事に困る質問をしてきた。

「口説いていいなら口説くよ」と言うと、

「そんな、仕方ないから口説くみたいな言い方は嫌」とすねる。

「ごめんね。口説きたい女性だから口説いていい?」と聞きなおす。

「言葉じゃなくて、もうゆずるに惹かれています」と彼女が言い、唇を重ねてきた。一旦唇を離し、

「ようこ、まだ八時だよ」と俺が言うと、

「私、声を出さないから大丈夫」と言い、また唇が重なった。俺も我慢できず、テレビと電気をつけたまま、ようこの作務衣を脱がし、その大きな膨らみを荒々しく揉んだ。

「優しくして」と彼女は言ったが、俺は無視して強引に、荒々しくようこを求めた。彼女も観念し、快楽に身を委ねた。乳首を強く吸いながら臀部を触る。激しくしているにも関わらず、彼女はもう洪水を起こしていた。中に指を三本入れると、

「私のシリンダーが壊れちゃう」と言い、よがったが、構わずそのまま奥まで入れ、中の壁を刺激すると、直ぐに彼女は果てた。俺はようこを起き上がらせると、彼女の口の前に肉棒を与えた。ようこは嬉しそうに肉棒にしゃぶりつき、時々上目遣いで俺を眺める。その官能的な表情に、射精したくなるが我慢し、そのまま二人横になり彼女の臀部を舐めた。

 ようこの陰核は大きく、数回下から上に押し上げただけで、大量の愛液を出し果てた。今度は陰核をざらざらした熱い俺の舌で舐めると、二十回も舐めていないのにまた果てた。

「この淫乱二気筒女」と俺が言葉で攻めると、止めどなく彼女のエンジンオイルが溢れ出た。ようこはついに我慢できなくなり、腰を俺の顔から移すと、ピストンの上に跨り腰を振った。リズミカルで嫌らしいエンジンオイルの溢れる音が、結合部分からする。その音に感じ、ピストンに奥を突かれた彼女は、また果てた。

「直ぐに行くよなー、このドスケベ女は」と言うと、

「いや、ちがうもん」と言いながらも、腰を振り続けている。

「よし、俺が種付けしてあげる」と言うと、

「お願い、いっぱいちょうだい」といい、仰向けに寝る。俺達は正常位になり、一切の妥協なく、俺の2ストロークエンジンが激しくピストンを上下させ、エンジンオイルで湿ったようこのシリンダーに我慢せず爆発した。

「あっ、凄い。ゆずるのエンジンオイルもいっぱい出た、気持ちいい」と言いながら、中に出た精液が奥に当たる感触を味わった。

 事が終わると、彼女の横に転がり抱きしめる。

「ごめん、ドSで攻めてみたけど、痛くなかった?」とようこに聞いたが、

「あれぐらい大丈夫だよ。ゆずるは優しいんだね」と頬にキスをしてきた。

「このまま時間が止まればいいのに」と俺は思わず言った。普段の俺であれば、決して使わない言葉だ。

「嬉しい。私もゆずるから離れたくない。私が新潟に住んでいたらよかったのに」と、寂しそうに彼女は言った。

「ようこ、今夜はこっちで寝よう」と俺が言うと、

「うん」と彼女が言う。暫く抱き合い休んだ後、テレビを消し、予備の布団を敷いた。布団に入る前にようこはもう一度温泉に入ると言って、部屋を出て行った。


 俺は、旅先での出逢いに、感情を移入する事は殆どないが、ようこの事が愛おしくて仕方がなくなっていた。部屋に漂う甘ったるい空気を外へ出す為に、換気をして外を眺めると、虫が忙しく泣いている。旅館の前を通る幹線は、適度な間隔で車が通り、そのヘッドライトが放つ光の変異をボーッと眺める。旅先での出会いは、このヘッドライトと同じだ、遠くからやって来ては近づいて離れていく。そういう宿命だ。できればこの様な形で彼女と出会いたくはなかった。

 虫の音を聞きながら、ようこが戻って来るのを静かに待つが、一人では間が持たなくなっていた。仕方なく生ビールを追加で注文し、届いたビールをグビッと飲む。日本酒を彼女と二人で、四合ずつ飲み干したにも関わらず、セックスで汗をかいたせいか、喉が異常に乾いていた。彼女がお風呂上りに飲むかなと思い、ビールを半分残しておいた。

「お待たせ」と言いながら、ようこが部屋に戻って来た。

「飲みかけのビールで良ければ、半分残してあるけど、飲む?」と聞くと、

「有難う」と言い、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。

「汗かいて疲れて、お風呂に入った後のビールは格別」と笑いながら言う。

「窓を開けているから、秋の虫の音が聞こえるよ」

「私の家の周りも、夜になると大合唱になるの。田舎だから」

「うちの実家は煩い位だけど、今住んでいるアパートの周りではあまり聞けないかな」

「ゆずるの実家ってどこ?」

「佐渡が島だよ」と教えると、

「えっ、私も幼い時に、佐渡が島に住んでいた事があるの。だから、今度バイクで佐渡が島を一周してみたいと思っていたんだ」

「えっ、そうなんだ。かつて佐渡に住んでいたなんて、奇遇すぎるね。どこら辺に住んでいたかわかる?」と聞き返すと、

「両津市ってところだけど、地名までは覚えていないよ」

「俺も旧両津市だけど、俺の近所に山田って苗字の家はなかったな」と言うと、ようこはうつむいて何か考えている様だったが、

「両津も広いからね」とボソっと言った。

「その佐渡一周なんだけどさ、いつ頃来るか教えてもらえれば案内するよ」と提案した。

「本当に?ありがとう。じゃあ連絡先交換しようよ」と、お互いのラインや電話番号を交換した。


 時計の針は十時を指していた。窓を閉め、歯磨きをして寝る準備をしていると、

「もう一回、ゆずるのピストンを私のシリンダー内で上下して欲しい」とようこがおねだりしてきたが、

「飲み過ぎたし、俺は単気筒だから、一回で終わりなの。ごめんね」と申し訳なさそうに言うと、クスクス笑いながら、

「私は二気筒だから、二回出来るけど」と言った。

「バイクで例えすぎ。行為している時からさ」と俺が言うと、

「だよね」と二人で大笑いした。


 布団に入ると、ようこは直ぐに俺の布団に潜り込んできた。もう行為は出来ないが、彼女とキスを し、お互いの体に優しく触れあった。これは性交としての愛撫ではない。明日には別れなくてはいけない二人が、なごりを惜しむ様に、お互いを愛しんでいた。触れている手の心地良さから、直ぐに二人とも眠りに落ちた。


 翌朝起きると、彼女は居なかった。テーブルに「朝風呂に入ってきます」とメモがあり、朝の新鮮な空気を入れようと窓を開けると、太陽が燦々と照り、今日も秋晴れが続くよと言っていた。作務衣から着替えていると、ようこが戻って来て、彼女は既に着替え終わっていた。

「朝ごはん食べに行こうか」と言うと彼女は頷き、一緒に階段を降り、一階受付の向かいにある食事処に入って席に着いた。朝食時も館主が気を利かせ、俺と彼女の席を同じテーブルにし、向かい合って座る事が出来た。

 朝食は、普通の旅館と変わりない、温泉卵やハムエッグ、納豆とのりといった内容だったが、これから帰路をバイクで帰らなくてはならない為、俺も彼女もご飯をおかわりし、沢山食べた。俺は温泉卵をご飯に乗せて食べる事が出来れば、それで十分だが。

 朝食を済ますと、お互いの部屋に戻り荷造りをし、それが終わると俺はようこの部屋をノックした。ヘルメットを持った彼女が立っていた。「あ、ようこが帰るのか」と、当たり前の事を今更ながら思った。そして俺も帰るのだ。受付で会計をし、外まで館主に見送ってもらう。館主が、

「お気をつけて。お二人ともどういうご縁か分かりませんが、この旅館で仲良くなられて、有難いです」と言ってくれた。

 俺は足で彼女は指で、バイクのエンジンに火を入れ、見送る館主に手を振りながら、国道七号へと戻る。秋田方面と新潟方面に別れるT字路に出ると、ようこは、俺のバイクの左横につけ、ヘルメットのシールドを上げた。彼女を見ると大粒の涙を流していた。

俺は左手を伸ばし、彼女の右手を強く握り締めたが、ようこの温もりを感じたか否か、信号が直ぐに青になった。彼女はゆっくりと手を振りながら右折し、秋田方面に走って行く。俺も手を振り、二回ほどエンジンを吹かし、別れの合図を送ってから左折して、新潟方面へと進んだ。心なしか、ようこと同じ泣き顔を、遠い昔に見た様な気がした。


米沢


 俺はかねてより、一度で良いから、有名な他県のブランド牛を食べてみたいと思っていた。新潟県には村上牛というブランド牛があるのだが、気軽に手に入り、何度も食べているので、米沢牛を食べてみようと急に思い立った。翌朝直ぐにバイクで出かける事が出来るよう、前日の金曜日の夜、簡単に支度をした。

 

新潟市中央区から新・新バイパスに乗り、新発田で降りて国道七号を暫く進む。右手にある菊花酒造を通り過ぎ、加治川という大きな川を渡ったら直ぐ左折して半円状の道路を進み、加治川沿いに伸びる国道290号を関川村まで走る。

 この県道沿いは長閑な風景が広がり、菅谷不動尊 などの名所もある。何よりも混まずに国道113号へショートカット出来るのが良い。

 延々と三十分ほど走ると、113号線にぶつかる。T字路を右折し、山形県飯豊町までこの道をまっすぐ走る。途中、荒川と山塊の風光明媚な景色を眺めながら走り、この道と並行して伸びる鉄道の米坂線を走る電車とすれ違う。各々を堪能しながら走り、左手に明沢川が見えてくると山形県小国町にさしかかる。


 俺は、この小国町を始めて通った時に思った「住みたくない」。何故なら、ここは山間の町で、冬季は豪雪に見舞われる筈だ。そうなると陸の孤島と化すことは目に見えている。尚且つ、主要な都市へのアクセスが非常に悪い。新潟県の主用都市である村上市へも遠いし、山形県の米沢市へも遠い。

余程小国町への郷土愛がないと、暮らしていく事は大変だと思った。それでも、通過した小国高校には、インターハイ出場を祝う懸垂幕が垂れ下がっており、よそ者の他愛のない詮索は不要なのかな、とも思った。先程休憩した道の駅小国は、結構な人で賑わっていたので、意外と人の往来や、観光資源があるのかもしれない。


明沢川沿いに国道を進み、一キロメートルちょっとのトンネルを抜けると飯豊町に入る。飯豊町に入って少しすると道幅が広くなり、直ぐ右手に道の駅飯豊が見えて来る。この道の駅を目印に右折し、県道250号に入って行くと、この道からショートカットが続き、JR羽前小松駅前から国道287号線に合流する。

287号に入ったら、あとはひたすら南下するだけだ。米坂線も並行して走り、周辺は田園地帯となるので、長閑な景色がしばらく続く。今日の目的地は『米沢牛ダイニング米沢藩』なので、米沢駅に向けて城下町の入り組んだ道を進み、駅前でUターンし、店に到着した。


昼時を外して早めに来店したが、店は混み始めていた。俺は一人だったが、四人掛けの掘りごたつの席に通してもらえた。メニューを見るとランチメニューが三種類あったが、ネットで事前に調べ、五千円の一番高いランチを食べる事に決めていたので、早速注文した。

先に運ばれてきたカルピスを飲みながら、暫く待って居ると、お待ちかねの米沢牛が運ばれてきた。ランチのメインは、焼き肉とビーフシチュー、牛しゃぶの握りだ。先ずはビーフシチューを食す。肉がとろける様で美味しい。肉を焼きながら握りをつまむと、こちらも肉が柔らかく、甘みを含んだまま口の中へと消えて行った。

俺は日頃贅沢をしない。極めて質素な食生活をしているが、旅に出た時は思いっきり贅沢をする事にしている。はるばる米沢まで来たのなら、一番高く豪勢なものを食べた方が良いに決まっている。米沢牛上カルビとランプの焼き肉を堪能し、小鉢やお椀物、デザートと全て食べ終わった。まだまだ、米沢牛を欲していたが、美味しいものはお腹いっぱい食べ過ぎない方が良い。また来たいと言う意欲を削ぐからだ。

暫く食後の休憩をとり、店が混んで来たので、会計をして外に出た。次は、東陽という米沢の地酒を買いに、田島屋総本店に向かう為、城下町の入り組んだ道を西へと進む。

東陽という暖簾のかかった古民家が見えたのでUターンし、蔵の前にバイクを停め中に入る。店員に、日本酒を買いたい旨伝えると、販売所は別の所にあるとの事で、そこまでの道順を書いた地図を渡してくれた。お礼を言い再度バイクに跨り、今来た道を少し戻り北上すると、看板が出ていたので、駐車場にバイクを停めた。

中に入ると、かなり広いスペースに日本酒を始めとする様々なお酒が販売されていた。

俺は、純米吟醸を買う予定だったので、元酒にしようか新酒にしようか迷ったが、新酒を手に取りレジへと持って行った。店を出て、リアシートに着けている、荷物用のネットできつく四合瓶をシートに挟む。これで瓶が抜ける落ちる事は無いだろう。


時刻は夕方の二時、家に着く頃は四時半となり、ちょうど良い時間だ。特に他の目的もなかった為、この日は、ランチと日本酒の購入だけで米沢を後にする事にした。帰りは行きと同じ道を通るだけだが、道も反対方向となると、行きにインプットした目印が見えない事もある。往路と同様、ショートカットをしながら帰るので、目印や行きに脳裏に焼き付けた、周りの風景を忘れない様に走る。

米沢の城下町を抜け、国道287号を北上していると、後ろから族と思われる二十人ぐらいの集団がバイクで走って来る。「嫌だなぁ」と思いながら走り続け、米坂線の踏切で一時停止した。すると後ろの族は、爆音で真後ろにつけてきた。彼らには構わずそのまま発進し、ミラーで後ろを覗うと、一時停止線で止まったまま、先頭のバイクから一人降りて、道で何かをしている。何をやっているのだろうと思いながら、そのままバイクを走らせる。

暫く走ると、一時停止線でお別れしたはずの族が、直ぐに真後ろにまで迫って来た。俺は、囲まれない様に、少しずつスピードを上げるが、向こうもスピードを上げて来る。

絶対に逃げ切ろうと思い、更にスピードを上げ振り切りにかかる。族は約二十人、十台で車列を組んで走行している為、俺の急加速にはついて来られず、県道250号手前で捲く事が出来た。

俺は、彼らとの追いかけごっこに少し疲れ、道の駅飯豊で休憩をする事にした。バイクを駐輪スペースに停めてトイレに入り、用を足してトイレから出ると、自分のバイクちらっと見た。

「まじか」俺のバイクが族に囲まれていた。俺は急いでバイクに戻り、

「このバイクに何か用でもあるの?」と恐々聞いた。

「お兄さん、踏切でこれ落としたっすよ」と、リーダーらしき若い男が、ぶっきらぼうに東陽の四合瓶を俺に突き出す。

「落としていたなんて、全然気付くかなかったよ。ありがとう。これを渡す為に、わざわざここまで?」とビックリすると、

「この酒、俺の親父が作っているんっす」

「君のお父さん、杜氏さんなの?」

「いや、この東陽を造っている酒蔵を経営しているんす。新潟から来て、わざわざ買って帰ってくれるなんて、マジ嬉しいっすよ」と照れながら言う。

「いや、こちらこそありがとう。君の名前は何ていうの?」

「自分は陽一っす。酒の銘柄に因んで、親父がつけたっす」と教えてくれた。

「そっか、陽一君たちに何か奢りたいんだけど、何がいい?」と聞くと、陽一君達は相談をし始めた。

「いいっす。ただ嬉しかっただけっす」と遠慮するので、

「じゃあ、ソフトクリームでいい?」と聞くと、

「いいんすか?」と少し喜びながら、

「お前ら、このお兄さんに礼を言え」と陽一君が促すと、総勢二十名が俺に向かって、

「あざっす!」と大声で言った。道の駅に居た他の利用客が、全員こちらを見た事は言うまでもない。


 じゃあ行こうかと、俺は売店に彼らを連れて行き、ソフトクリームの食券を二十枚購入し、各々に渡す。白い特攻服の列は嫌がおうにも目立ち、列の後ろに並ぶ事を躊躇する人もいたが、俺は恩人達に礼をしているだけ。平然としていた。

 外に出て、俺のバイクを囲み車座になってソフトクリームを舐める。

「お兄さんのバイクって、SRっすよね」

「そうそう、良く知っているね」と言うと、康夫と言う、おそらくこの族のナンバー二が、

「陽一君と、この族から足を洗ったら、SRに乗りたいねって言っていたんっす」と教えてくれた。

「そうなんだ、SRのどこが魅力なの?」

「やはり、四十年近く愛されているレトロなバイクで、今も生産されている単気筒で、鼓動が心地良いってのが最高っすね」

「そういってもらえると、凄く嬉しいよ」

「お兄さん、新潟県のどこから来たんすか?」

「新潟市中央区だよ」

「新潟市は行った事がないっす。村上市の笹川流れには偶に行くっす」

「俺も笹川流れには偶に行くよ。バイクで流すのに良い場所だよね」

「最高っすよね!」こんな感じで、バイク好きなバイク乗り同士、バイクの話で盛り上がる。暫く話し、時計を見ると三時になろうとしている。

「ごめん、俺そろそろ出ないと、帰りが暗くなるわ」

「わかりました。ゴチになりました」とお礼を言われた。

「こちらこそ、米沢の地酒を届けてくれてありがとう、本当に助かったよ」と礼を言った。

「俺等、見送りますんで」と言うので、バイクをキックしてエンジンをかけると、彼らからどよめきと羨望の眼差しが送られてきた。手を上げて別れを告げると、彼ら独特のホーンの音色で返答をしてきた。その音色は例に漏れず「ゴッド・ファーザー愛のテーマ」だった。

 始め、族は絡まれると面倒で嫌だと思い、捲いて逃げたのだが、俺の落とし物を拾ってくれ、わざわざここまで届けてくれた、心の清い男子達だった。見た目で判断してはいけないな、バイク乗りに嫌な奴はいないものだと思いながら、山形を後にした。頭の中でゴッド・ファーザー愛のテーマを流しながら。



 俺は毎年、九月末のシルバーウイークに合わせ夏休みを取得し、最大十一連休という、休み明け仕事に行きたくなくなる様な、アホみたいに長い夏休みを取る。この休みを利用して、実家の佐渡が島に帰省するのだが、実家に十日いても親戚が帰省するわけでもなく、やる事がない。するとどうするかと言うと、佐渡市の小木港から、上越市の直江津港まで船で渡り、長野、富山方面にバイクで出かけるのだ。

 新潟市中央区から、そっち方面に向かうとなると、関越、北陸道を長距離、長時間走る必要があり、高速を苦手とする俺のSRでは、かなり厳しい行程となる。その点、佐渡の実家からであれば、実家から小木港までバイクで四十五分の距離だし、船で二時間休んでいる間に、直江津港に勝手に連れて行ってくれる。この差はかなり大きいので、俺は夏休みに実家にバイクを持っていって、そこから旅に出るようになった。


戸狩温泉


 初の長野、富山方面の旅は、長野県飯山市の戸狩温泉を目的地とした。この温泉は、川向かいに野沢温泉があり、そちらの方が有名なのだが、敢えて俺の中でマイナーなこの温泉地に行く事にした。

 実家から県道六十五号線、通称両津真野赤泊線を通らず、真野まで一気に抜ける農道を走る。この農道はアップダウンこそあれ、走行車両が殆どない為、快適に走る事が出来、運が良いと朱鷺を見かける事もある。

その為か、この道はサイクリングイベント、スポニチ佐渡ロングライドのコースにもなっている。田舎道を二十分ほど走り右手に桜の名所、真野公園を見て少しだけ進むと、T字路にぶつかる。ここを左折し、国道350号線に出て道なりに小木へと向かう。

 350号線に出ると、真野湾のきれいな景色を眺めながら暫く走る。途中、人の様に見える人面岩等もあり、観光客が車を停めて、撮影している姿を見かける。晴れた日のこの道は最高に気持ち良く、マニュアル原付バイクに乗っている、地元の高校生達とよくすれ違う。彼らは原付だが、ゆうに時速六十キロメートルを超えて走っている。どうせリミッターカットをしているのだろう。田舎の高校生あるあるだ。


 真野浜荘と言う、海鮮食堂兼旅館を過ぎると、上り坂になり、坂の途中右手にはお洒落なカフェ、やまなみがあり、観光客で賑わっている。くねくねと曲がる坂を上り、暫く走ると右手に西三川フルーツセンターがある。ここは、田舎であればどこにでもある直売所だろう、となめてかかると、痛い目にあう。季節の果物が並ぶ時期は、駐車場が満車となり店内も激しく混み、残り物しか買えない事が多々ある、熱い直売所だ。

 今日も駐車場が車で埋まっているな、と思い道を進むと、今度は急なカーブの下り坂が待っていて、ここはバイクの敵グルービング施工がなされている。このグルービング箇所は慎重に走る事にしている。下りで、カーブという条件がタイヤを滑らすのに、十分過ぎる要件を兼ね備えていて、怖いのだ。

 無事にこのカーブを走り切り、左手に酒屋を見ながら進むと、再度急な上り坂になり、これを抜けると、今後は大きなアップダウンはなくなる。

右手に尾崎紅葉の歌碑、裂織や陶芸体験が出来る「つすべ村」を見ながら通過する。この先は走りやすい道になる為、快適にバイクを転がす事が出来る。気付くと、小木の一里塚を通過していた。もう直ぐで小木港だ、左折して350号線を道なりに進み、大きな下り坂を抜けると海が見えてきた。坂を下りきって左折し道なりに行くと、越佐汽船小木港ターミナルに着いたので、航走車専用駐車場にバイクを停める。


 ネットでチケットを購入していたので、窓口で引き換える。乗船まで十分程しかなかった為、バイクに跨り待つ。周りを見渡すと、航走車両はトラック数台と観光客らしき乗用車五台、バイクが二台。少ないなと思った。そもそも、今日乗るカーフェリー、いなほは航走できる車両が少なく、何かと評判が悪い船だ。

 何故かはわからないが、越佐汽船という会社は、日本海の冬の荒波を凌ぎにくく、三次元の揺れ方をする双胴船を購入した。しかも、席は椅子席しかなく、冬の時化で船酔いする人への配慮が、全くなされていなかった。俺は時化の時にこの船に乗った事があるが、座席に座っていたら、揺れで二回連続ジャンプをした。このような船を、日本海側の航路に導入するという神経が全く理解出来なかった。まあ、このいなほと言う船は、わずか六年たらずで売却されるのだが。


 ようやく、いなほの船尾が降り、航走車両が続々と入って行く。バイクの駐車場所は航走スペースの真ん中となっており、半分ほど航走車を積んでから、中に入るように係員に促された。このいなほは、航走スペースが逆U字となっていて、他のカーフェリーの様に、後ろから車を入れて前から出す事もその逆も出来なかった。

後ろから航走車を入れて船内でUターンさせ、後ろから出す方式だった。非効率的だな。大型トラック、特に越佐汽船のコンテナを積んだ、自社トラックを乗せる為に、四苦八苦しなきゃいけないじゃん。俺は、船の乗り心地を確かめるまでもなく、いなほは短命に終わると確信した。


 バイクを置いて船室へと上がる。船室は座席指定だが、空いていれば、好きな席に座る事が出来る。まあ、新幹線の指定席の様なものだ。そこから眠りに落ちるまで景色を眺める。この日は天気が良く、凪も非常に良かった為、船は大きく揺れず、太陽の日差しを沢山浴びてキラめく秋の海を眺める、遠くには実家付近では普段見る事の出来ない、米山がくっきりと見え、海岸線沿いには、柏崎刈羽原発と思わしき施設が見える。壮大な米山に飲み込まれるかの様に、気付くとウトウト寝ていた。

 目が覚めると、いほは直江津港に入港していた。入港したので、直ぐにターミナルに着くかと思ったが、港の入口から越佐汽船直江津港ターミナルまでが長く、その間に、眠気をしっかり吹き飛ばす事が出来た。「未だ着かないのかよ」と思った時、

「車、バイクでご乗船のお客様は、車両置き場にお戻り下さい」と言うアナウンスが聞こえた。身支度を整えバイクに戻り、係員の指示があるまで待つ。五分ほど待って居ると、

「バイクのエンジンをかけて下さい」と言われたので、キックペダルを蹴るが、何故かエンジンがかからない。何度も焦って蹴るがかからない・・・。他の二台のバイク客は、俺を見てニヤニヤし、あざ笑いながら下船していく。

係員が俺を先に下ろすのを諦めて、俺の後ろで待って居た車を船から下ろし始めた。俺は原因が分からず、「まいったなー」と思いながらハンドルを良く見てみると、キルスイッチがオンになっていた。キルスイッチとは、強制的にエンジンを切るスイッチで、普段触る様なスイッチではない。

「あいつらだわ」何の根拠もないが、さっきのバイク客の表情と、あざ笑いの理由が分かった。人のせいにするのは良くないが、俺は未だ自分でキルスイッチを触った事すらない。作動させる必要がないからだ。しかも、スイッチは右か左へ軽く力を入れないと作動しない。となると、誰かがいたずらでやったとしか思えない。


 全ての車両が下船したので、キルスイッチを元に戻し、キックペダルを踏むと、今度は一発でエンジンがかかった。船から降りると航走車用の駐車場で一旦停止し、ナビで今日の宿である四季彩の宿しまみを目的地とする。周囲を見渡すと航走車両はもう移動しており、越佐汽船ターミナルでゆったりとしているのは俺だけだった。

 実は、小木港から直江津港までの海上航路も国道350号線となっており、俺は陸の350号を国道十八号線に合流するまで走った。直江津には初めて来たが、思っていたよりも静かな港町で、途中ローソンに立ち寄ったが、賑わうでもなく、閑散とするでもなく、桜で有名な高田城近辺とは違う空気が流れていた。


 十八号に乗ってからは暫くバイパスを走る。右手にホームセンターや、イオンのショッピングモールを眺めながら走っていると、やはりこのイオンのある辺りが、上越市の中心なのだなと思う。イオンの近くには、滅茶苦茶混むが美味しいラーメン屋もあり、時間が合えば帰りに寄ろうかなと思った。

 暫く道なりに進むと、左折して国道292号に入る。この道をずっと進めば戸狩温泉に着くのだが、上越市に出る幹線道路の為か混んでいて、なかなか進まない。道の両脇を見ると家電量販店や学校、警察署などの施設があり、その為に道が混むのかなと思った。

 混みあう区間を抜け道なりに進んでから左折し、長野県を目指す。三桁国道なので期待はしていなかったが、道が細く路面が荒れている所もあり、のんびり走るといった感じではなかったが、道沿いに蕎麦屋があったり、蔵元があったりし、田舎ならではの飾らない景色の中を走った。

三十分ほど走ると、山間の開けた幅のある道に出る。近くに迫る山を眺めながら、「これが長野だな」と思う。長野は本当に山が近く、対比するかの様に、山間に開けた平野には何もない。交差点を左折し県道409号に入ると、両側を山に挟まれながら走る感覚がする。新潟では、魚沼などの山岳地帯に行かなければ味わえないだろうが、長野では、常に綺麗な山を眺めながら、何もない道をバイクで気持ち良く走る事が出来るのか。少しだけカルチャーショックを受けた。

ここでハプニングが起きた、スマホの電池が切れたのだ。この県道から宿まではナビがないと辿り着くのが難しい。「まいったな―」と思ったが、なってしまったものは仕方ないので、前に見た地図の記憶と勘でバイクを走らせ、宿に行く前に寄る予定だった升口酒造店で、戸狩の酒南光正宗を購入しようと酒屋に向かった、が、この日と翌日は定休日の様で店が開いていない。仕方なく、温泉、旅館街をバイクでうろうろし、今夜部屋で飲むビールが買えそうな商店を探した。


この戸狩温泉は、冬になるとスキー場がオープンする為、細い道沿いに民宿やペンションが立ち並んでいて、方向感覚が良くないと道に迷う。そんな中、やっと営業している商店、仲間商店を見つけバイクを停めて入る。

この仲間商店は、地元のスーパーとして、ひと通りの品が揃っており、お土産品も取り扱っていた。俺は親への土産として、「とかりんとう」という、かりんとうにりんごを入れた、甘酸っぱいかりんとうを購入した。先程の酒屋で買おうと思っていた南光正宗純米吟醸も売っていたので、迷わず購入。

ビールを三本程購入すると、レジをやっているおばあちゃんが、とかりんとうをサービスで二個もくれた。

「すみません。ありがとうございます」とお礼を言うと、

「いや、この時期に来てくれるお客さんは、ありがたいからのう」と言ってくれた。このお客さんを温かく迎えるというホスピタリティーを、数十年前に百万人の観光客が訪れ、未だに胡坐をかき続けている、某有名観光地にも見習ってもらいたいと思った。

 店を出ると、次は宿を探す事にした。「たしか温泉街より高台にあるんだよな」と思い起こしながら、高台に上れそうな道を進んでみたが、宿らしき建物は現れず、元の道に戻った。暫く右往左往して、日帰り温泉が休館している事を確認したり、小学校のグラウンドらしき場所を通ったりしたが、やはり違う。小学校に出た道を引き返し、409号に戻り丘を上って行くと、交差点にやっと見付けたかった看板が現れた「四季彩の宿しまみ」。


 「はあー」と溜息をつき、看板の示す方向に従い坂を上って行く。右に曲がったり、左に曲がったりして、上りきると目の前がパッと開け、駐車場が見えた。「やっと着いた」知らない土地をうろうろしたせいか、疲れていた。やはり、分かりにくい場所に行くには、ナビと予備バッテリーか、バイク用USB電源が必要だ。

 駐車場にバイクを停め、とりあえずヘルメットだけ持って、宿に向かって歩くと、外に出て作業をしていた宿の旦那さんが、

「こっち(旧棟)に、バイクが駐車出来る様に整理するから、後で停めて下さい」と言われた。

「ありがとうございます」と礼を言い、宿に入りチェックインをする。

「わざわざ遠くから、ありがとうございます」と言われ、悪い気はしない。

「今日は偶々もう一人、佐渡の方が泊まられるんですよ。今日は佐渡の方お二人のみです」と言っていた。

「そんな事あるんですか、奇遇ですね」と答えた。兎に角疲れていたので、一階の部屋に入りヘルメットを置き、ベッドにダイブして休んだ。


 戸狩は、道が細く目的地が分かりにくい。俺は今日バイクで来たからいいが、車でナビが無かったらしんどいよなと思った。部屋の窓から外を眺めると、近くの山とその手前の田んぼに揺れる稲穂の風景に心が落ち着いた。買って来たビールを一本開け、しっかり喉奥に炭酸を染み込ませてから、部屋を出て、バイクに向かった。

 駐車場には新潟ナンバー8102の白いBMWが泊っていた。今日泊まるという、佐渡から来た客の車だろう。この田舎で盗難にはあわないだろうと、バイクに荷物を載せたままチェックインしていた。一泊二日分の小さな物なので、バイクに着けたまま手で押して、綺麗にしてもらった旧棟の玄関通路に、バイクを頭から突っ込んで停めた。

「お客さん、佐渡からバイクで来たの?」と旦那さんに聞かれたので、

「ええ、佐渡からだと船があるので楽ですよ」と言うと、

「へえー、大変なイメージがあるけどなぁ。今日はゆっくりして行ってください」と言われた。なんなんだこのホスピタリティーの塊は、戸狩温泉はホスピタリティー温泉かよ。一泊分の軽い荷物を下ろし、心地良い夕方の風を浴びながら、宿を通り過ぎて道の奥に進んだ。

「こんにちは」と乳飲み子をおんぶした、二十代後半の女性が話しかけてきた。直ぐ傍では三歳くらいの子どもが、畑で遊んでいる。

「こんにちは」と返事をすると、

「今日泊まられるお客様ですね」

「はい、新潟から来ました」

「佐渡からバイクで来られたんですよね。わざわざ遠いところから、ありがとうございます」

「しまみさんの若女将ですか?」

「そうです。嫁いで来まして」と笑って言った。

「自然豊かな所で育つのは、お子さんにとって、とても良い事だと思いますよ」と余計な事を口走ってしまった。しかし、

「ええ、旦那がラフティングのインストラクターをやっていまして、そのご縁で来ましたが、子どもがのびのび育ってくれていて」と微笑みながら返事してくれた。

「私も田舎で育ったので、この様な環境はとても落ち着きます」

「何もありませんが、ゆっくりして行ってくださいね」と言ってくれた。

 宿の裏手は、畑と田んぼの先に山が聳え立っていて、道の先は行き止まりになっている様な気がしたので、宿に引き返し温泉に入る事にした。


 部屋に戻り浴衣と着替えを持って、三階にある温泉に入る。内湯しかないが綺麗に清掃され、窓からは雄大な山々を眺める事が出来た。俺は、内湯しかない温泉での湯の浸かり方を決めている。まず、肩まで入って三十秒程経ったら、膝から下だけ湯に浸かる足湯に変える。温泉は温浴効果が高いので、足湯だけでも十分に汗が滴って来る。その後足首まで湯に浸し、体が冷めてきたら、再度肩まで浸かりそのまま上がる。せっかくの温泉の効能を、湯上り前にシャワーで洗い流すような事はしない。

 沢山の汗を流し、脱衣所の扇風機に吹かれ、体のほとぼりを冷ます。汗が引いてから下着と浴衣を着て部屋に戻り、ビール一本を一気に飲み干す。窓の外を見ると、もう夕暮れが近づいていた。六時に夕ご飯の予定だが、時間を持て余したので、館内探検と言う名目で、ビールの自販機を探す旅に出る。先ずはフロントのある一階を歩くが、目当ての機械は見当たらない。次に二階を歩くと、階段の踊り場に酒と清涼飲料水が、一緒に売られている自販機を見つけた。どうやら、三階の温泉に行く時に見落としていた様だ。俺としたことが珍しい事もあるものだ。自販機でサッポロ黒ラベルの500缶を買うと、急いで部屋へ戻り、ゆっくりと飲む。


 この戸狩温泉は、冬がピークシーズンであって、九月のシルバーウイークは閑散期なのだろう。日帰り温泉もやっていなかったし、酒造も休みだった。このような時期に、宿で酒を飲んでいようがいまいが、宿の外に出てもする事がないわけだ。長野のローカルテレビ番組でも見ようとテレビを付け、大抵の全国のローカル番組がそうである様に、大して面白くもない番組を暇つぶしに見る。

ビールが半分減った頃には、もう夕食の時間になっていた。廊下に置いてある共用冷蔵庫に、残りのビール缶を入れ、夕食会場に行く。

 夕食処は席が二つ用意され、先程外に居た若女将が立っていて、俺が部屋に入ると会釈をした。お品書を見ると、料理は戸狩の田舎料理の様だ。こういった田舎では、無理して直江津で獲れた魚介類や、由縁の無い品を無理に出す必要はない。この土地の人々が大切に守り継いだ、田舎料理を振る舞ってくれる事が、真のごちそうだ。

 席に座り待って居ると、もう一人の佐渡から来たBMWに乗っている客、四十歳位の男の客が入って来た。彼は、俺の隣に用意された席に座ると、直ぐに話しかけてきた。

「こんばんは。今日の宿泊者は、私とあなたの二人きりみたいですね」

「そうみたいですね。佐渡のどちらから来られたんですか?」

「私は羽茂です。小木の傍なので、比較的楽に来られました。あなたはどちらですか?」

「私は両津です。小木まで四十五分かかりましたよ」と笑うと、

「でも、私と違って便利な所じゃないですか」と笑った。あなたと呼び続けるのもばつが悪いと思い、

「私の名前は小原と言います」と名乗ると、

「私は風間です。よろしくお願いします」と名乗った。頃合いを見て若女将が、

「お飲み物は何にしましょうか?」と聞いてきたので、

「風間さんはどうしますか?」と聞くと、

「せっかくだから、地酒の南光正宗純米大吟醸を飲みませんか?」と提案して来た。

「いいですね。飲みましょう」と言い、若女将に注文する。すると風間さんが、

「小原さんの向かいに座ってもいいですか?」と聞いてきたので、佐渡に由縁のある者同士、特に断る理由もなく「いいですよ」と答えた。

「若女将、俺の料理を小原さんの席に移してもらっていいかな?」と風間さんは頼んだ。

「はい」と若女将は手際よく、数種の器に盛られた料理を、俺の向かいに運ぶ。風間さんの席が整うと同時に、地酒の四合瓶が運ばれてきた。若女将がお酌をしてくれ、

「こちらは戸狩の地酒になります。戸狩の田舎料理との相性は抜群ですよ」と教えてくれた。

風間さんと乾杯をし、まずは酒を一口飲んでみる、大吟醸らしい豊かな香りがすると直ぐに、酒米の金紋錦が持つ特有のコメの旨さを感じた。新潟県では、金紋錦を使った日本酒を醸造している蔵が殆どなく、醸造しても記念酒として販売する事が多い為、ゆっくり味わって飲もうと思った。ちらっと風間さんを見ると、御猪口の冷酒を、一気に喉に流し込んでいる。

「風間さん、せっかくの純米大吟醸がもったいないですよ」と言うと、

「私はグビッと飲まないと、酒の味が分からないんですよ」と訳の分からない事を言う。まあ、人それぞれ流儀があるからなと思い、小鉢の郷土料理イモナマスを食べる。素朴な味で美味しく、酒も進む。他にも郷土料理の笹寿司や真手そば、地元産のみゆきポークや信州サーモンを使った、飯山ならではの食事と酒を堪能しながら、風間さんと佐渡の話や日本酒の話で盛り上がる。

 風間さんは、佐渡市羽茂地区に住んでいて、上越市への交通の便が良いため、しょっちゅう信州や北陸、関西方面に旅に出ているとの事だった。仕事は教師をしており、三十九歳で独身の為か、お金と時間は十分にあると言っていた。

「私は、なかなかこちらの方には来られないので、羨ましいです」

「佐渡も広いですからね。逆に小原さんの実家のある両津は、新潟市に直ぐに出られて、便利じゃないですか」

「でも、実家に帰る時にしか、その恩恵に預かれませんね。旅と言うと、新潟市内のアパートから、北か東へバイクで出掛けるだけです」

「では、佐渡の実家からこっち方面に来たのは、偶々という事ですね」

「そうですね。いつも山形県や福島県に行くので、たまにはこっちにも来てみたいと思い、来ました。佐渡の実家からであれば、船で楽に来られるので」

「いやー、私はいつも関西方面に出掛けるので、逆にそっちの方が羨ましいですよ」と言った。

 

俺と彼が話す通り、佐渡が島は大きく、新潟市との航路を持つ両津地区に住んでいるのと、上越市との航路を持つ南佐渡に住んでいるのでは、風土や伝統芸能が違えば、生活そのものが違ってくる。

 両津地区では鬼太鼓と言う、鬼が太鼓を叩き舞う芸能が、各集落単位で行われ有名だが、羽茂地区ではつぶろさしと言い、男性器に見立てた長い木の棒を、股に挟んだ男性の「つぶろさし」と、「ササラすり」と言う竹楽器を擦る女性と、「銭太鼓」という顔を隠して色気で迫る女性の三人組が、行為を模して舞う神事が有名だ。

 気候も南部の羽茂地区は温暖で、みかんや八珍柿、洋ナシのル・レクチェの生産が盛んだ。この洋ナシは、山形のラ・フランスよりも味が濃く、ジューシーで美味しい。もっともっと佐渡市や新潟県が、販促に力を入れるべき逸品だと思っている。

 この様に、佐渡には魅力が沢山あるのだが、バイクで走っていても車でドライブしていても、そのうち同じ景色に見飽きてしまう為、島民の多くは島外に旅行に出る。俺も風間さんも島外の景色や食べ物を求め、この戸狩温泉にたどり着いたという訳だ。

 

 風間さんと沢山飲んで、話し食事を終えると、風間さんが、

「もしよかったら、この後自販機でビールを買って、小原さんの部屋で飲み直しませんか?」と言って来た。特に見たいテレビがある訳でもなかったので、

「いいですよ、そうしましょう」と言って、若女将に「御馳走様でした。美味しかったです」と伝えた。食事処を出て、二階の自販機でスーパードライの500缶を二本買い、風間さんは黒ラベルの350缶を二本買うと、俺の部屋に移動した。

 部屋は一人泊でもツインの部屋が用意される為、俺と風間さんは、ベッドの上に向かい合わせで座った。

「風間さん、正直言ってこの宿の印象はどうですか?」と聞いてみた。

「自家栽培のコメと野菜、地元の食材をしっかり使っていて、食事は豪華ではないけど美味しかった。欲を言えば、露天風呂が欲しかったかな」と高い評価をした。

「私も、料理については言う事がありません。ここに来たのに、お造りが出てきたらがっかりします。強いて言うと、南光正宗にもうひと踏ん張りしてほしいですかね、あくまでも私の好みですけど」と地酒が自分の口に合わなかった事を正直に告げた。

「あのお酒、俺は好きだけどなー。まあ、人それぞれ好みがあるからね」と風間さんは笑いながらビールを流し込んだ。

「風間さんがこれまで出かけた中で、一番良かった温泉ってどこですか?」と聞くと、

「俺は、宇奈月温泉が良かったなー、宿の名前は思い出せないけど」と言い、またグビッとビールを飲み一缶空けた。俺はまだ日本酒が胃に残っていたので、ゆっくりとビールを傾ける。急に風間さんが俺の隣に座ると突然聞いてきた。

「小原さんは、彼女とかいるの?」

「いませんよ。それがどうかしましたか?」

「いや、ちょっと興味があっただけ」

「何でそんな事に興味があるんですか?」と俺が不思議に思って、質問の意図を聞こうとすると、風間さんはいきなり俺の股間を触って来た。

「小原さんも、気持ち良い事好きでしょ?」と鼻息を荒くして聞いてくる。

「ちょっと、やめてください」と手を払いのけると、風間さんはその重量級の体で、俺を押し倒しにかかった。俺は瞬時に右へ体を反転し、腹ばいになった風間の上に馬乗りになり、大声で怒鳴った。

「このホモ野郎、部屋から直ぐに出ていくか、ボコボコにされるか、どっちがいい!」すると風間は、

「どちらも嫌です!」と往生際の悪い事を言うので、後頭部を一発殴った。「ひぃー!」と悲鳴を上げ、

「帰ります、帰りますから、もう殴らないでください!」と懇願して来た。

「二度と俺の前に顔を出すんじゃねーぞ!」と言い、ボディに重い一発をくらわした。

「はい、もう二度と現れませんから。お願いします、お願いします、お願いします」と泣いている。

「とっとと出ていけ!」と言い、風間の体を開放すると、ほうほうの体で風間は自室へ逃げ帰った。

 一人になり静寂が訪れた。まず、ホモ野郎の飲みかけのビールを洗面台に捨て、ベッド周りをきれいにし、奴が入ってくる前の状態に戻してから、不味いビールを飲み干した。胸糞悪かったので、外に出て県道に下り、戸狩野沢温泉駅までランニングをした。かいた汗を流す為、再度温泉に浸かってから、ゆっくりと静かに寝た。

 

その晩、俺は夢を見ていた。幼少期から小学四年生にかけての夢で、過去を追体験したリアルな夢だった。

俺は、小学校を卒業するまで、実家のある佐渡が島に住んでいた。近所に住む陽子ちゃんとは年齢が同じ幼馴染で、あまり子どもの多い集落でなかった事もあり、彼女とはいつも一緒に遊んでいた。

保育園の頃、陽子ちゃんの家に遊びに行き、夫婦ごっこをして遊んでいる最中、両親がそうするのを真似て、二人で布団に入ってイチャイチャした時は、幼いながらにドキドキしたものだ。その様子を見ていた俺の母親と陽子ちゃんの母親は、

「二人は絶対に結婚するよ」と笑いながら言い、俺も彼女と結婚するものだと思っていた。

 ある日、近所の公園でブランコに乗って遊んでいる時、立ち漕ぎしながら俺が陽子ちゃんに話しかけ、彼女が俺の方を向いた瞬間、陽子ちゃんがブランコから落ちて怪我をした。幸いな事に大事には至らなかったが、背中の肩甲骨下に大きな目立つ痣が出来てしまった。俺は、この傷を作らせてしまったのは、自分のせいだと思い、何度も何度も陽子ちゃんに泣きながら謝った。でも彼女は、

「私の不注意だから、譲ちゃんのせいじゃないよ」と言って、俺を抱き締め慰めてくれた。これではどっちが怪我をしたのか分からない。そんな優しくて可愛い陽子ちゃんが、幼い頃から大好きだった。

 その後、小学校に入学しても、彼女とは変わらずに仲良く接していた。水泳の授業で、スクール水着から見える陽子ちゃんの背中の痣を、同級生の友達が何度も馬鹿にしたが、毎回必ず俺が彼女を庇った。俺が付けてしまった傷だ、俺が陽子ちゃんを守る。水泳の授業の後、必ず彼女は「いつもありがとうね」と言ってくれた。

 小学校四年の秋、ある日突然、陽子ちゃんは東京に引っ越す事になった。引っ越す理由を彼女に聞いても俺の母親に聞いても、教えくれなかった。

引っ越し当日、俺は陽子ちゃんの家の前に行き、彼女を見送る事にした。次々と家具が運び出され、大きなトラックに積まれて行くのを見ていると、寂しく泣き出しそうになった。お母さんと二人で外に出てきた陽子ちゃんは、

「これから船に乗って、東京に行くの」と寂しそうな顔をして言った。俺が、

「俺は、絶対に陽子ちゃんを見つけ出すから」と声を絞り出して言うと、彼女は俺にキスをして、

「譲くん大好きだよ。バイバイ」と言って、車に乗って走り去る。俺も陽子ちゃんもお互いが見えなくなるまで、手を振り続けた。

 過去の記憶そのままに、脚色すらなく夢に出てきたせいか、寝汗でびっしょりと濡れ、体に寒気を覚えて目が覚めた。時刻は夜中の二時だった。体をバスタオルで拭き、新しい浴衣に着替え、汗で乾いた喉を水道水で潤してからベッドに戻った。

 俺は、陽子ちゃんを見つけ出すって言ったのだよな。なのに、東京に住んでいた大学時代ですら、探そうとしなかったな。あの時は本気で思ったから言ったのにな。その気持ちは変わっていない筈なのにな。そんな事を考えていたら、いつの間にかまた寝ていた。

 朝起きると七時ちょうどだった。俺は朝風呂をしないので、七時半までに身支度を整え、時間になると朝食会場の食事処へと向かった。風間は昨夜で相当懲りたのか、もう食べ終わっており、若女将曰く「七時にチェックアウトした」との事だった。これでゆっくりと朝食が食べられる。温泉宿の朝食でこれだけあれば良いと言う品がある、それは温泉卵だ。これさえあれば、温泉卵かけご飯にして、二杯はおかわり出来る。今朝の食事にもしっかりと添えられている、温泉宿の朝食の隠れた主役だ。

 食事を食べ終わり、出された自家栽培の茶葉で煎じたお茶を頂くと、食事処を後にした。ハッキリ言ってもうこの戸狩でやる事は無い。となると、さっさと移動して、上越で時間を潰した方が得策だ。方針を決めたら、直ぐに撤収準備を行い、チェックアウトした。帰り際、

「何もない所ですが、是非またお越しください」と女将に送り出され、宿の外まで出て、バイクで発車するのを見送ってくれた。俺は珍しくバイクを走らせながら、宿の人に向かって左手を振って、別れの挨拶をした。走行中は危ないから、基本的に手を振らないのだ。


 帰路は、本当に特筆すべきものがなく、アッと言う間に上越市に着いた。昼食は、あごすきというラーメンの人気店に行くかどうか迷ったが、バイカーの聖地と呼ばれているラーメン屋、ニューチチハルで食べる事にした。バイクを駐車場に停めると、既に二台程バイクが泊っている。ヘルメットを外して入店し、午前十時後半にも関わらず、ほぼ満席のお店で美味しいラーメンを食べた。

 店を出てもまだ十一時、やる事がない。仕方ないので、取りあえずフェリー乗り場まで行く事にした。帰りの船は二時半発なので、まだ三時間半もある。航走車駐車場には俺のバイクしかないので、ホモの風間は、午前九時発の船で帰ったのだろう。何をしようか迷った挙句、上越市に三年間勤務していた後輩の、彼の名誉の為に言うが、決してホモではない風間君に、観光スポットを聞く事にした。

「もしもし、風間っち?俺だけど」

「小原さん、いきなりどうしたんですか?」と、勤務中の風間君は迷惑そうだが続ける。

「風間っち、上越に居たでしょ?俺さあ今、上越に居て暇を持て余しているんだけど、どこか時間を潰せる場所ない?」

「時間を潰せるところですか?水族館の『うみがたり』とか、高田公園とか、科学博物館とか」

「それってオススメ?」

「一人でバイク旅をしている、今の小原さんにお勧め出来るかと言えば、出来ません。どちらかと言えばカップル向けですね」

「そっか、分かった。そういえば昨夜宿で、羽茂の風間っていう三十九歳のホモに襲われそうになったんだけど、風間っちのお兄さんじゃないよね?」

「うちには姉貴しかいないのを知っているじゃないですか。それにしても、おいしいネタが出来ましたね」と笑っている。

「あははは、そうそう。今度詳細に説明するよ」

「いえ、俺は興味ないので」と、笑っていた割には食いつきが悪い。

「仕事中ごめんね。有難う」と言い電話を切った。風間君が勧めないと言うのだから、男一人で赴いても、楽しくはないのだろう。

 もうこうなっては仕方ない、出航直前まで待合室で昼寝をする事にした。等間隔に四つ並んでいる椅子の上に、無理矢理横になり、旅行鞄として持って来たウォーターバックを枕にして寝る。とても眠いが、待合室に設置されているテレビから流れて来る、無機質な音声と映像が気になって寝られない。結局ウダウダとした時間を過ごし、バイクと共に船に乗り込んで直江津港から離岸した。


佐渡が島一周


 前に、あつみ温泉で知り合ったようことは、その後、週に二、三回ラインでやり取りをし、週に一回程度、電話で会話を楽しんでいる。三月初旬、いつもの様に土曜の夜、ようこから電話が来た。

「もしもし、ゆずる。元気?」

「元気だよ」お酒を飲んでいるので、テンションが高い。

「お酒を飲んでいるでしょ」とようこは見抜く。

「うん、週末だからね」

「一緒に飲みたいなー」と寂しそうな声を出す。

「近いうちに飲もうよ」

「社交辞令はやめてよ」と不機嫌になったので、

「いやいや実はね、今度のゴールデンウイーク、ようこに新潟まで来てもらえないかなって」と突然切り出した。何の前触れもなく突然切り出すのが、俺の十発番。俺は、サプライズが大好きな男だ。

「え、行っていいの」戸惑いながら彼女が聞く。

あつみ温泉での約束事でもあり、この年明けから考えていた佐渡が島一周バイク旅について切り出した。

「うん、二人でバイクに乗って、佐渡が島を一周しようよ」

「本当に?迷惑じゃない?」

「何を言っているの、大歓迎だよ。で、どう?」

「もちろん行く、絶対に行く」電話越しに、ようこの真顔が見える様だった。

「じゃあ、俺が詳細を決めるから、新潟市で待ち合わせて、一緒に船に乗って佐渡に行こう」

「ありがとう。じゃあ、プランニングはお願いするね」

「任しておいて。一応、佐渡に実家があるからさ」

「私も住んでいたけど、小さかったから、佐渡が島の事は良く分からないの」

「わかったよ、それも踏まえて組んでみるから。あと、ゴールデンウイークは宿が混むと思うから、これから宿が空いている日に、予約を入れちゃうけど大丈夫?」

「今のところ、ゴールデンウイークには、何も予定が入っていないから、大丈夫。お願いします」

「オッケー、じゃあ予約して日程組み次第、連絡するね」と言って胸を弾ませながら電話を切った。

 

 アパートの向かいの畑に植えてある藤の花が、満開を迎えている。春風が心地よい、とあるゴールデンウイーク中日の午前中、新潟市中央区にある結婚式場の駐車場に、俺のSRを停めた。

俺の住んでいるアパートは、この駐車場の道向かいなのだが、ようこが気付き易い様に、わざと置いた。佐渡旅行の待ち合わせ場所は、公共の施設ではなく、この結婚式場の駐車場、大胆不敵な俺がやりそうな事だ。ニンジャ400のツインエンジン音が聞こえて来るのを、待ちわびている俺がいる。暫く会えなかったが、今日と明日、彼女と二人で、由縁のある佐渡が島を旅する。

待つこと五分、心地よいエンジン音と共に、ようこが現れた。今日はライディングジャケットではなく、赤のレザージャケットを着ているので目立つ。偶々、俺と同じレザージャケットを着ている、色こそ違うが、この偶然がとても嬉しい。俺の横にバイクを停め、ヘルメットを脱ぐと、

「ゆずる、お待たせ」と眩い笑顔で微笑んだ。

「お疲れ様。朝早かったでしょ、疲れていたら俺のアパートで休む?」と聞くと、

「疲れていないけど、ゆずるのアパートを見てみたい」と意地悪な顔をする。二人のバイクを駐車場の隅に移動してから、道向かいにあるアパートへ、彼女を連れて行った。

 

 俺の住むアパートは、駐車場込で家賃が五万七千円の1LDK、少し古いが、一人や結婚して夫婦で住むには、十分な広さがある。部屋に招き入れるとようこは、

「外装よりも中は綺麗だね」と言ってあちこち見て廻った。

「あー、何もない。彼女の痕跡隠したんでしょ」と彼女が聞いてくる。

「そもそも、彼女が居ないけどね」

「知っているよ」と笑った。リビングに移動すると、真っ先にソファーに座り、座り心地を確かめる。彼女は気に入ったらしく、

「このソファーすごく座り心地が良いし、色合いが渋くて良い」とべた褒めした。実は新潟市でも良いものを扱う、ベター・ホーム・ストアという家具屋で、給料一か月分を支払い買った、俺の自慢のソファーだ。

「引っ越し記念にソファーを買いに行ったら、一目惚れして、衝動買いしてしまった」

「その気持ちわかる。このソファー凄く良いもん」と彼女はソファーに横になりながら言った。暫くソファーの革の匂いを堪能すると、

「次は」と言い、起き上がって寝室を覗いた。

「和モダンだね、素敵」とようこが褒めてくれた。寝室は和室なので、和のテイストを意識して、家具を厳選した。イサムノグチの照明や、こげ茶の木製衝立、祖母が使っていた裁縫箱を、小物入れとして置いていた。

 一通り室内に置いてある家具の説明をすると、彼女は裁縫箱が気に入ったらしく、

「これ凄く良いね、ゆずるのおばあちゃんが使っていたっていうのが良いよ」リビングに戻ると、ようこが

「これ、お土産」と言って、何かお菓子の様な長方形の箱を差し出した。

「いいのに、ありがとう」と言い早速、箱を開けると角館のお菓子「落ち葉かりんとう」が入っていた。

「これからお茶を入れるから、かりんとうを茶菓子にしようよ」と言うと、ようこは「うん」と言いソファーに座り、俺はダイニングに行く。

「コーヒーと紅茶と、ハーブティーどれがいい?」

「この後、カーフェリーに乗るでしょ。その間に昼寝をしておきたいから、ハーブティーが良い」と答えた。俺はハニーブッシュと言う、あまり癖のない茶葉を選び、お湯を注いで蒸らした。

「ゆずるはこのアパートに、何年くらい住んでいるの?」

「今年で三年目だよ、前はここから二キロしか離れていない、1Kのアパートに住んでいたけど、部屋が狭く感じてね。それでここに引っ越したんだ」

「この部屋は角部屋だし、東から西まで窓があるから、ずーっと日が当たるし、ゆずる、ここに住んでいると、絶対に良い事があるよ」と言い続けて、

「今、この時間を過ごせているだけも、良い事だけどね」とわざと聞こえないよう小声で呟いた。

「え、何か言った?ちょうどハーブティーが出来たよ」と、ごまかしながら、リビングのテーブルに持っていく。

「何これ、ルイボスティーじゃないの?」とハーブティーを一口飲んで彼女が聞く。

「そう思うでしょ。同じ南アフリカ産の茶葉だけど違うの。ハニーブッシュって言って、癖がないからよく飲んでいる」

「へえー、私も今度ネットで調べて買おうかな」

「ルスシアの通販サイトで、買う事が出来るよ」

「ゆずるって、センスいいよね」と、ようこはウインクした。俺は、既に彼女を抱いているにも関わらず、この不意打ちに胸がキュンとした。平然を装い時計を見ると、時計の針は十時半を指していた。

 

 ようこと昼食の相談をした。船の出航時刻は十二時四十分だから、十二時までには越佐汽船新潟港に行き、手続きをしなくてはいけない。ネットで予約していても、当日、車検証を見せなくてはいけないのだ。

俺は、彼女に何が食べたいか聞くと、俺のお勧めなら何でも良いと言う。近所にある、美味しいうどん屋を提案したら、そこにしようと言う。俺達は、直ぐ傍のうどん屋に向かった。

 店に入り、俺はCランチの大を、ようこは同じセットの中を注文した。このセットは、うどんと手まり寿司、日替り小皿一品と刺身こんにゃく、えび天のランチセットで、常連の俺がいつも食べているメニューだ。彼女に、

「地元角館の稲庭うどんみたいに、平らな細麺じゃなくコシが強くて、だし汁は優しい味だよ」と教えると、

「実は私、地元の稲庭うどんはあまり好きじゃないの。コシのあるうどんが好きだから良かったー」と言い、興味津々で、写真付きのメニュー表を物色している。

「今度来たら、力うどんを食べてみたい。私、お餅大好きだから」

「俺もお餅好きだよ。ここの出汁と餅がまた合うんだよね」

「良いね、直ぐ傍にこんな落ち着いたうどん屋があって」

「偶々引っ越して来たら、図らずも良い店があっただけ」と笑うと、うどんが運ばれてきた。ようこから先に食べるよう促すと、一口すすり汁を飲んでから、

「美味しい。ゆずるが言う様に、コシがある麺と優しい汁が合うね」と言うと、またうどんをすすり始める。俺は笑顔で彼女が食べる様子を見てから食べ始めた。二人ともアッと言う間に完食し、お茶をおかわりして店を出た。

 部屋に戻り、時計を見ると十一時半だった。ようこに、支度が出来たら出発しようと伝え、お互い身支度を整える。俺も彼女も色違いのレザージャケットに腕を通すと、どちらからでもなく、

「よし、行こう」と言った。

 

 結婚式場の駐車場の片隅に、ひっそりと停めたバイクに戻り、二人のヘルメットに付いているインカムをリンクさせると、ようこが先にエンジンをかける。俺は、キックペダルを勢いよく踏み込み、ビッグシングルエンジンに火を入れ、俺の先導で駐車場から出る。駐車場を出て大通りを進むと、信濃川に係る大きな橋「昭和大橋」がある。昭和大橋の手前を右折し、直ぐ左折すると信濃川沿いの道に出る。

 新潟市内は、幹線が分かりやすく整備され、走り易いのだが、政令指定都市という事もあり、約九十万人の人口に比例して車両数が多い為、往々にして渋滞する。急いでいる時に幹線を走っていると、時間に間に合わない事が多々ある。新潟市は、越佐汽船の手前に、大型コンベンション施設「朱鷺メッセ」があり、コンサートや大きなイベントの開催日になると、市内の幹線が大渋滞となる。

その為、ゴールデンウイークの様に人の動きがある時は、常に裏道を幾つか用意して置いて、遠回りな様でも、空いている道を走る必要もある。今回は事前に調べ、ゴールデンウイーク中にも関わらず、朱鷺メッセを始めとする中央区の主要施設では、今日と明日に限り、人が大勢集まるイベントは開催されないので、裏道は一部しか使わないで済みそうだ。

川沿いの道を走り、XSTという地方局の建物が見えてくると、万代という新潟市の一大商業区にある、百貨店や巨大商業施設を目指す車で、この道は混雑するが、十二時前という事もあってか、いつもの渋滞はなく、すんなりと万代を通り過ぎる事が出来た。

信濃川に架かる石造りの「萬代橋」の下をくぐり、次の大きな橋「柳都大橋」までの間、左手に信濃川を眺める事が出来る。ようこが、

「さすが日本一の川、大きいね。桧木内川とは違う」

「河口付近だから、水質は最悪だけどね」

「そういう事は言わないの」と怒られた。柳都大橋を過ぎると、目の前に朱鷺メッセが現れる。

「凄く高いんだね」と彼女が驚くと、

「高層部分は、事務所やホテル日航が入っていて、奥のドーム状の建物が、コンベンションホールだよ」と説明する。

「新潟って、いろいろとあるんだね」と彼女はびっくりしている。

「この先、曲がったりして分かりにくいから、付いてきて」と言い、俺は引き続き先導しながら航走車駐車場に向かう。朱鷺メッセから道なりに走り、ぐにゃぐにゃと進むと、航走車駐車場に辿り着く。

俺は慣れているので、正しい道順で到達する事が出来るが、多くの観光客は、右折すべき箇所で曲がらず、路線バスが停車するロータリーに入り、「ここじゃないな」と迷いながら、辛うじてこの駐車場に辿り着くであろう。これが容易に想像出来るからこそ、俺は常々、この動線を見直す必要があると思う。

何故なら、新潟市内から迷わず、分かりやすく船に車を乗せる事が出来るよう配慮するのも、おもてなしだ。越佐汽船新潟ターミナルに着いた時点から、佐渡観光はもう始まっている。

 

 駐車場に停車すると、係員がやって来たので、ネットで予約済みの旨と、これから手続きをすると告げ、手続き後バイクを指定位置に移動すると伝えた。ヘルメットを脱いで、隣に居るようこを見ると、

「この駐車場までの道、迷路みたいだったね。一人だと分からなかったかも」と言った。

「でしょ。俺は改善しなきゃいけないと思っているんだけど、いつまでたっても動線が変わらないんだよ」

「まあまあ、これから楽しい旅なんだから、文句なんか言ったら、つまらなくなっちゃうよ」と彼女が窘めた。

俺と彼女は車検証を持って、目の前にあるチケット窓口に入り、乗船の手続きをした。船室は二等で、カーペット敷きの広い部屋と椅子席、甲板のテーブル席を選択出来るので、乗船したら彼女の希望を聞く事にした。帰りの船は予約通り、午後四時発のフェリーにした。手続きを終えると、バイクを待機している車の前方に移動する。越佐汽船新潟港では、車より先にバイクを船に積むので、車が先に到着していても、後から来たバイクが優先される。

 バイクを指定位置に並べ、ようこと海を眺めると、カーフェリーの周りに沢山のカモメが飛んでいる。更にカーフェリーから右手を見ると、海上保安庁の巡視船が泊っている。

「あの武装した船は何?」と彼女がおっかなびっくりして聞いてくる。

「あれは、海上保安庁の船だよ。第九管区海上保安本部が新潟にあるから、巡視船も新潟港に停泊しているんだよ」

「新潟ってやっぱりすごいね」とまた驚いた。

「これから乗るカーフェリー、えっさ丸って言うんだけど、最近作られた新造船なんだよ」

「そうなんだ、じゃあ乗り心地良いのかな?」とようこが、もっともな質問をするが、俺はここでもばっさりと斬った。

「それが、意外と揺れるんだよ。喫水って言って、海に沈む容積が少ないせいなのか、良く分からないけど、先代の船と比べたら揺れる」と言い更に続けた。

「しかも、様々な要望を熟考せずに、迎合した様な船だよ。親子専用部屋が揺れる船首にあったり、子どもの遊戯室がひどく狭かったり、椅子席が増えたせいで、絨毯で横になるスペースが減ったり」と次々と吐き出る文句を彼女が制止した。

「ゆずる、私は愉しみたいの。ゆずるが佐渡の事を真剣に考えている事は良く分かったけど、文句を言うのはやめようね」保育園の先生が、園児を諭すような言葉だった。

「ごめん、つい熱くなってしまうんだよね」と謝りながら、ようこの手を握ると、彼女は強く握り返してきた。俺と彼女が見つめ合った時、

「バイクで乗船される方は、エンジンをかけてください、これから乗船します」と係員に言われ、それぞれバイクに戻り、エンジンをかけスタンバイした。

係員の誘導に従って、先頭から次々と船尾の航走車入口から船内にバイクが入って行く。俺とようこが列になって船内に入ると、船首の方へ行けと誘導され、船首右側にあるバイク置き場にバイクを入れて、俺と彼女は隣り合わせに停めた。

「ハンドクロックはせずに、ギアを一速に入れておいてください」と係員に言われるが、俺はいつもハンドルロックだけかけ、ギアはニュートラルにしているが、彼女は真面目に言われた通りにしている。ヘルメットを脱いで、必要な荷物だけを持ち、一階の航走車用フロアから階段で三階に上がる。

「ようこ、絨毯敷きで横になれる部屋がいいでしょ?」と聞く。船で昼寝したい筈。

「他にはどんな部屋があるの?」と聞かれたので、椅子席と甲板のテーブル席があると教えた。

「じゃあ、絨毯席に陣取ってから、甲板に出ようか」と彼女が提案したので、船尾の売店に寄って、かっぱえびせんを買ってから、売店傍にある小さな絨毯席に、二人が横になれる程度のスペースを確保した。

 今日は、ゴールデンウイークの中日であり、しかも、佐渡観光をするには時間が遅い昼の船なので、思っていた程船内は混んでいなかった。絨毯の上に座り暫く休み、船が出航して十分ほど経った頃、

「甲板に行こうよ」とようこが言ったので、先程購入したかっぱえびせんを持って、最上階の甲板に上がった。

「ねえ、なんでかっぱえびせんなんか買って来たの?」と不思議そうに聞く彼女の前で、かっぱえびせんの封を切り、海に向かって投げた。すると、お腹を空かせたカモメ達が、一斉にかっぱえびせんに群がり、見事嘴で挟む事の出来た勝者が、そのしょっぱい味を堪能する。

「わぁ、すごい。私にもやらせて」と彼女が袋からお菓子をつまみ、海に放り投げると、またもやカモメが大挙してやって来て、啄み飛び去る。

「これ、凄く楽しいかも」と彼女が満面の笑みで喜んでいる。カモメに餌付けをするようこを暫く眺め、気付くと、彼女は餌付けを終了して、こちらを見て照れている。

「もう、じっと見つめられたら、恥ずかしいじゃん」と言うと、残りのお菓子を袋ごと自分の口に滑らせた。カモメと戯れ、時計を見ると一時。彼女に、昼寝をしようと促し船室に戻った。今日の波高は二メートルで、時折軽い揺れがあったが、それが揺り篭の様で心地良く、気付いたら俺と彼女は一時間半ほど眠っていた。

 

 眠っている間に短い夢を見た。幼馴染の陽子ちゃんが出てくる夢だ。大人になった陽子ちゃんは、東京のスカイツリーらしき建造物から、新潟に向かって、

「譲くん」と大声で叫んでいた。新潟に居る俺は、その声の方に向かって、

「どこにいるんだよ、陽子ちゃん」と叫ぶ。スカイツリーの陽子ちゃんは次第に姿を消していき、蝶々となって、東京から新潟まで飛んで来る。ゆっくりと時間をかけて飛んできた蝶々は、俺の耳元に止まり、

「いつでも直ぐ傍に居るから。心配しないで」と囁いた。右耳に止まっている蝶々を捕まえようとすると、ふっと消えていなくなった。

 

 夢から覚め、時計を見ると二時四十五分だ。着岸まであと二十分。遅くとも五分前にはバイクの元に戻った方が良い。俺は、隣で静かな寝息を立てているようこを優しく起こした。彼女も何かの夢を見ていた途中の様で、ハッとして起きたが直ぐに現状を理解し、

「おはよう」と笑った。

「準備したら、三時には航走車フロアに降りよう」と告げると、

「トイレに行って、髪の毛とか色々直してくるね」と言い、直ぐ傍にあるトイレへと向かった。

「本船は、姫崎灯台を通過し、両津港へと入りました。およそあと二十分で、越佐汽船両津港ターミナルに到着します」というアナウンスが流れた。

 姫崎灯台を過ぎると、両津湾という大きな入り江に入る。今日は海が荒れていないので、何とも思わないが、冬の時化た日は、海の真ん中で大いに船が揺れ、姫崎灯台に到達すると、途端に揺れが収まるので、このアナウンスが流れると、ホッと安堵するのだ。トイレから戻って来たようこに、この話をすると、

「昔、佐渡に住んでいた時に、冬の船に乗ると、船室に嘔吐しても良い様に、金タライが置いてあった記憶がある」と、思い出しながら言った。

「そうなの、当時は船が小さくて、船室が地階だったから、今の船よりも揺れたしね」

「ゆずるはなんでも知っているね」と笑う。

「そろそろバイクに戻ろう」と言い、直通のエレベーターで、航走車フロアに戻ると、ちょうど係員が、バイクに括り付けていたロープを外しているところだった。

「どうぞ」と促され、ヘルメットのインカムをオンにしてから被り、バイクに跨る。ゴーと言う音と共に、船首が上に持ち上がり、薄暗い航走車フロアが日の出の様に一気に明るくなる。

「エンジンをかけて、出発して下さい」と言う係員の合図に合わせ、各バイクがエンジンをかけるのと同時に、俺もキックしてエンジンの火を灯す。

「この先、暫く俺の後ろについて来て」と彼女に話しかけると、

「うん、全然分からないから、ついて行く」とインカムを通じて返事が来た。

係員が誘導棒で、「出発しろ」と指示を出しているので、ゆっくり二速で船から佐渡が島に上陸する。細い通路を進むと、T字路にぶつかり、左車線は真野、前浜方面で、右車線は内外海府、相川方面の道に繋がる。今回、佐渡一周を時計回りにするので、左車線に移動し、信号が変わるのを待った。

 青に変わり臨港道路と呼ばれる広い道に出て、道なりに進むと、直ぐ交差点があり左折する。一本道の佐渡一周線に出て、目の前に小佐渡山地の山と、左手に海を臨む道を進む。

「この道は景色が良くて、走りやすいね」

「この道は、三年位前に出来た、原黒バイパスって言うんだよ。この道があるところは昔、海だったの」そのまま進み、十分程で俺がバイクで帰省した際に必ず通る「いつもの道」に出る。ずっと海沿いを走るわけではなく、途中二回ほど丘を越えて水津と言う大きな漁港のある集落に辿り着く。

水津集落の外れにある水津保育園を過ぎると、

「もう少しで、いったん停車するけど、エンジンは切らなくて良いよ」と伝える。

「はーい」と彼女から元気な返事が返って来た。

赤亀岩と呼ばれる岩場に作られた駐車スペースにバイクを停車し、彼女と一緒に海の方へと歩く。

「この駐車場を作るまでは、岩と陸がもっと離れていて、本当に江の島みたいな地形だったんだよ。俺等は「プチ江の島」と呼んで、よく海水浴に来ていた。あと、右手の沖に山が二つ見えるでしょ、あれは対岸の新潟にある、弥彦山と角田山だよ」と教えた。

「凄い、海が綺麗だし、今日みたいに天気が良いと、対岸まで見えるんだね。ゆずるはここで潜ったりするの?」

「うん、素潜りはするけど、サザエやアワビは絶対に採らないよ。潜って魚を追いかけて遊んでいる」

「素敵ね」と言って、俺を見ながらにこっと笑った。暫く岩と海と、水平線上の二つの山を眺めると、

「よし、ここはこれぐらいで。次の場所まで三十分位かかるけど、ずっと海岸線を走るから、景色を楽しんでもらいたいな」と説明すると、

「よし、行こうよ」と楽しそうに言った。

 

 エンジンを掛けたままのバイクに跨り、ギアを一速に入れ、発進して進むと、左手に大きな丘の様な、一枚岩が見えて来る。頂上に弁天様が祀られている「風島弁天」だ。彼女にそれを伝えると、一枚の岩で出来ている事に驚いていた。風島弁天を通り過ぎ、道なりに海沿いを走る。

「太陽の日差しで、海がキラキラ輝いている。綺麗」と彼女が呟いた。暫く走ると、岩首という集落を表示する白い看板が見えた。

「この先、右折するからね」とようこに伝え、細い道を上って行く。途中、川を渡り更に上っていくと、駐車スペースがありバイクが二台停まっていた。先客がいるようだ。バイクを停めヘルメットを外すと、

「この山中に、何があるの?」と彼女が聞いてきたので、返事の代わりに振り向いて指をさす。

「あー、綺麗!」と彼女は驚いた。俺の指した先には養老の滝と言う滝があり、滝の手前に赤い橋、「滝見橋」が架けられている。所謂映えスポットだ。

「一緒に写真を撮ろうよ」と彼女は俺の手を引っ張り、鳥居をくぐって滝に進んで行く。途中で、黒いライディングジャケットを着た、背が高く格好の良い男性と、彼と御揃いのジャケットを着て、手を繋いでいる背が低く、可愛らしい女性が歩いてくる。駐車スペースのバイク乗りだろう、俺達と同じ恋人同士のようだ。参考までに、今後の観光ルートを聞いてみる事にした。

「こんにちは、どちらから来られたんですか?」

「こんにちは、新潟市内です。そちらは?」

「私は新潟市中央区で、彼女は秋田から来ました」

「私達も新潟市ですけど、西蒲区ですよ」

「申し遅れました、私の名前は小原と言います。西蒲区は景色が綺麗なので、シーサイドライン等によくバイクで出かけますよ。あの、参考までに、今日この後どちらに行かれるか、教えてもらえませんか?」

「私は野村と申します。この後、赤泊から真野に行って、真野御陵と妙宣寺の五重塔を見に行き、その後佐和田で泊まります」

「そうですか、因みに野村さん達の明日のご予定を、お伺いしても良いですか?」

「明日は、相川から大佐渡をぐるっと回って、新穂の清水寺と根本寺を見てから、お寿司を食べて帰ります」

「色々と聞いてすみませんでした。参考になりました。ありがとうございます」

「小原さん達はどちらに行かれるんですか?」と野村さんの背の低い彼女が聞いてきた。

「私達は、佐渡を一周するのが目的なので、この後小木の宿で泊まり、明日はお二人と同じ様に相川を抜けて、大佐渡の海岸沿いを廻ります」

「明日、どこかで会えたらお会いしましょう」と言い握手をすると、二人はバイクに向かって歩いて行った。

 少ししか喋らなかったが、素敵なカップルである事は十分に伝わった。またどこかで会う事もあるだろう。俺達は、滝が一番大きく見える位置まで移動し、二人で自撮り写真に納まった。

「佐渡にも滝があるんだね」と言うようこに、俺はレクチャーをし始める。

「他にも、和木の大滝や真野の十郎滝など沢山あるよ。ここは市街地からは遠いけど、佐渡一周線からアクセスしやすいから、観光客も沢山来るみたい」と言うと、

「へー、知らない事ばっかり」と言う。暫く滝の醸し出す雰囲気や水の音、周囲の緑を愉しみ、バイクへと戻る。

次は、直ぐ近くにある岩首の昇竜棚田に向かう。細く急こう配な道だが、殆どの区間は舗装されており、バイクだと直ぐに最長部まで来ることが出来た。

道が狭いので、左に寄せて縦列でバイクを停め、

景色を眺めた。遠くに青い海があり、V字型の山裾から手前に向かって、海から目の前に迫ってくるかの様に棚田が広がる。最長部にはシンボルツリーの様な樹木が数本伸びている。

「この景色、絶景ね」ようこがため息交じりで言う。

「俺も、初めて来た時は天気が悪くて。こんなに良い状態で見たのは初めてだから、感動している」二人で暫く景色を眺めていると、近くの田んぼで田植えを行っていたおじいさんが話しかけてきた。

「お二人さんは、どこからきたの?」

「私は新潟市で、彼女は秋田からです」

「はあー、わざわざ秋田から。ありがとうね」

「いえ、こんなにきれいな景色が、今も維持されているなんて、素晴らしいです」と、ようこが素直に言った。

「大変だけど、いろんな人に手伝ってもらっているから、ありがたい事です。ところで、このバイクはSR400ですか?」と、おじいさんが聞いてきた。

「はい、SRの発売三十五周年を記念した、限定モデルなんです」と俺が説明すると、おじいさんは、

「俺も昔、三十年ぐらい前かな、同じのに乗っていたんだ」と言う。

「そうなんですか!彼女も前まで、SRに乗っていたんですよ」とまさかの共通点に驚きながら言うと、

「SRは鼓動が良いよね。あの鼓動が忘れられなくて、バイクを降りた今じゃ、田んぼで耕運機を使って、鼓動を愉しんでいるよ」と笑いながら言った。

「おじいさん、振動って言わないところが良いですよ」と彼女が言った。

「あの揺れを振動なんて言っちゃいかん、あれは趣だ。だから鼓動」とにんまり笑うと、休憩用に持っていた、水筒のお茶を俺達に勧めてくれた。おじいさんの水分補給に必要だからと断るが、

「もう夕方だから、そんなに頑張らないし、余っちゃうから。さ、飲んで行って」と勧めてくれるので、お言葉に甘えてお茶を一杯頂いた。普通のお茶とは味が違ったので、「何のお茶ですか?」と聞いてみると、

「イチジク茶だよ」との事。おじいさんのお家の庭に、イチジクの木があるので、葉を乾燥させて飲んでいる様だ。

「うちの祖父が、実家にあるイチジクの葉でよく煎じていました」と言うと、

「昔は、どの家にもイチジクがあったから、よく飲んだよね」とおじいさんは、遠い昔を懐かしむ様な顔をしながら話した。

三人で路肩に腰掛け、イチジク茶を飲みながらバイク談議に花を咲かせた。会話がひと段落すると、おじいさんは田植えの続きをするからと抜け、

「お二人とも、ぜひ佐渡を愉しんで行ってください」と言い、そのまま田んぼに歩いて行った。その後ろ姿は、かつてバイクを転がしていた様には見えなかったが、過疎地の棚田を守っていると言う誇りに満ちた背中をしていた。

 

立ち上がり棚田の絶景を見ながら、時計に目をやると、腕時計は午後四時半を指していた。ここでようこの希望を聞いておきたかった、

「このままどこにも寄らずに進むと、宿に五時過ぎには着くけど、もう一か所ぐらい寄りたい?貸切露天風呂を六時に予約しているから、五時半までに宿に着けば十分なのだけど、どうする?」と聞く。

「長旅で疲れたから、宿でゆっくりしたい」

「オッケー。任された」と言い、バイクのエンジンをかけ昇竜棚田を後にする。

 

 岩首を過ぎると、都会では考えられないほど細い道が続く。大型車は通行不可能で、車幅のある最近の乗用車では、二台すれ違うのがやっとと言う道だ。しかも、万が一交通事故が起きれば、最悪ぶつかったどちらかの車は、海へ転落する可能性があるデンジャラスな道。俺達は低速で進み、要所要所でクラクションを鳴らして、こちらの存在をアピールしながら進んだ。

この細い道も、松ヶ崎を過ぎて多田に入ると終わる。松ヶ崎ヒストリーパークという、公園兼キャンプ場の手前でようこに、自販機でお茶を買って、休憩しようかと提案したが、彼女は喉が渇いていないからいいと言いそのまま進む事にした。

 多田に入り、先を進むとトンネルが続く。かつては、ここ多田から赤泊の間も、海沿いの崖に作られた、幅の狭い道が続いていたが、今は多数のトンネルが開通し、狭い道は使われなくなった。十分ほどバイクを走らせると赤泊に着いた。このまま家に帰るのであれば、蟹の直売所で安くて大きな蟹を買って帰ってもいいのだが、今晩は宿で泊まるので、直売所の前をスルーした。この事を彼女に伝えると、

「今度、絶対に買いに来る!」と変な闘志を燃やしていた。

赤泊を過ぎ暫く走り、羽茂の海沿いを通過した時、見覚えのある車とすれ違った、白いBMWでナンバーが8102。ホモの風間号だ。戸狩温泉での出来事を、ようこに話そうかと思ったが、思いっきりドン引きされる事が、十分に想像出来たのでやめた。敢えて墓穴を掘る必要はない。羽茂を過ぎると、五分足らずで今日の宿「萩の湯」に到着した。

 

バイクを停め、ヘルメットを外すとようこが、

「今日は一日お疲れ様でした」と俺の頭を撫でてきた。

「えへへ」とおどけて言うと彼女に、

「バーカ」と返された。荷物を持ちながらも、手を繋いでチェックインする。女将が荷物を持ち、部屋へと案内してくれた。部屋は二階の角部屋で、小木の海が見える、オーシャンビューのツインルームだった。女将がお茶を入れながら、

「貸切露天風呂のご予約を、二名様で六時から承っておりますので、お時間になりましたら、玄関から外に出ていただいて、裏手にある浴場棟にお越しください。それと、夕食のお時間は、七時半でよろしかったでしょか?」

「夕食はそれでお願いします。貸切風呂はすぐにわかりますか?」

「この建物の裏手に廻っていただくと『貸切露天風呂』と大きく書いた看板が出てございますので、お判りいただけると思います」と女将が言い終わるか終わらないかの内に、

「ゆずる、あそこにあるよ」と、ようこが窓から貸切風呂を指さす。女将が「ありがとうございます」とようこにお礼をし、なにかあれば、気軽にお声がけくださいと言って部屋を後にした。

時刻は五時半、秋田を早朝に出発して来たようこは流石に疲れたのか、座布団を二つ折りにして枕にし、ごろんと横になった。

「お風呂に入るまで、ごろごろしていて良い?」と聞くが、駄目だと言う訳がない。テレビを付け、新潟ローカルの情報番組を見ながら、お茶をすすり茶菓子を食べた。彼女がお茶を飲む為に起き上がり、

「今日案内してくれた場所、観光スポットと言うよりも、ゆずるのお気に入りの場所なんでしょ?」と聞かれた。図星だ。

「やっぱり?わかっちゃうよね」と笑いながら言うと、

「うん」と言い、そのままお茶を飲んだ。

「俺、観光客に来てもらう為に作った施設が嫌いでさ、観光客が自然と来る場所が好きなんだよね」と、観光地に対する素直な思いを彼女に伝えると、彼女はお茶菓子の包装を取りながら、

「私も基本的には同じだけど、本気で客を呼ぶ為に作って、作った後も本気で努力している施設なら良いかな」

「そうかもね。でも、そういう施設は地方では難しいかもね。ネズミの国を地方じゃ作れない。今回はさ、佐渡を一周する事がメインなんだけど、実は一周線沿いには、観光スポットが少ないだよね」

「今日走った道や訪れた場所は、どこも綺麗だったよ。海と日差しと幼い稲の青、全部美しかった」とようこが海や滝、棚田の風景を思い出しながら言った。

「昔の記憶がよみがえった?」

「うーん、私が覚えている佐渡の風景ってさ、家の庭から見える田んぼと山、それと海水浴で行った、近くの海しか思い浮かばないの。今日見た景色は、子どもの頃毎日見ていた景気とは違ったよ」

「そっか。佐渡は、いや旧両津市は広いからね」と言うと、そうだねと俯きながら彼女は答えた。暫くテレビを見て、番組で紹介された名産品や名所を彼女に教える。テレビの右上の時計が五時五十分になったので、俺とようこは着替えをもって、貸切露天風呂に向かった。

 

 露天風呂は脱衣所の奥にあり、ようこが恥ずかしいからと、俺が先に服を脱いで風呂に入り、若干遅れてから彼女がタオルを付けず、一糸まとわぬ姿で入って来た。湯けむりと夕日にライトアップされた彼女は、ヴィーナスの様に美しかった。

「恥ずかしいから見ないで」と言うが、一緒に明るい時間に入るのだから、見ざるを得ない。

「それは無理だよ。目をつぶっていなきゃいけないじゃん」

「それもそうね」と彼女はかんねんし、湯船に浸かっている俺の隣に来る。温泉に浸かりながらようこの手を握る。すると、自然と彼女の腕や肩に俺の肌が触れ、気付くと俺の肉棒は、固く反り返っていた。彼女がそれに気付くと、

「ゆずるのを舐めたい」と言い、俺を立たせて、肉棒をいやらしく、ジュボジュボ音を立てながら舐め始めた。

露天風呂からは、小木港やその奥に広がる海が見えた。足だけ湯に浸り、海を眺めながら快楽に身を委ねている自分に、背徳心が芽生えそうにもなるが、大好きな女性とこういう場所で、こういう行為をして、何が悪いと開き直った。人とは開き直ると直ぐに行動を起こすものだ。

ようこを立たせ、後ろを向いて前かがみになり、おしりを突き出すよう指示した。彼女は露天風呂の縁にある大きな石に両手をつき、おしりを突き上げてきた。俺は、そのまま彼女のおしりを掴むと、彼女の蜜壺に肉棒を当てた。ようこは前戯もしていないのに、十分潤っていたので、そのままゆっくりと肉棒を蜜壺に挿れていく。前後に腰を動かし目を閉じて蜜壺をじっくりと味わう。彼女の中を堪能すると目を開け、前かがみで後ろを向いている彼女の背中を見る。

さっきまでは髪の毛で隠れていた、背中の肩甲骨下に、見覚えのある痣があった。脳裏に焼き付いて離れる事のなかったあの痣が。驚きのあまり自然と肉棒が抜け、俺は裏返った声で言った。

「陽子ちゃん?陽子ちゃんだ」と。ようこは、俺が何て言ったのか聞き取れなかったらしく、こちらを向きながら、

「どうしたの?抜けちゃったよ」と聞いてきた。俺は直ぐに彼女を強く抱き締め、

「やっと見つけた。俺の陽子ちゃん」と大きな声で言った。陽子ちゃんは、直ぐに状況を飲み込むと、ポロポロと大粒の涙を流しながら、

「やっと譲くんに、見つけ出されちゃった」とぐちゃぐちゃな声で言った。

 

 俺達は、そのまま暫く抱きしめ合っていたが、これまでの経緯を話した。腰まで温泉に浸かりながら、陽子ちゃんの過去を聞いた。陽子ちゃんは、お父さんが浮気をし、それに怒った母親と一緒に、佐渡から東京のお母さんの実家に引っ越した。

東京に引っ越してから、直ぐにお母さんは会社で働き、一年後には「新しいお父さんよ」と、彼女に山田さんという男性を紹介した。山田さんはお母さんと同い年で、秋田に本社がある会社の東京営業所で働いていた。母とは同じ職場で知り合ったとの事だった。

母親は山田さんと入籍し、それまで父方の苗字のままだった苗字を、菊池から山田に変えた。それから半年後、ちょうど陽子ちゃんが小学校五年生の秋に、お父さんが秋田の営業所に異動する事となり、東京からお父さんの実家のある、秋田の角館に引っ越したという。

 お父さんの職場である営業所が、角館から片道三十分の距離にあった事もあり、角館の実家近くにアパートを借り、家族三人で住んだ。その半年後には、陽子ちゃんの弟が生まれた。新しいお父さんとお母さんの子どもだ。だが、お父さんは実子が生まれても、陽子ちゃんの事をきちんと可愛がり、教育も手を抜かなかった。その事について陽子ちゃんは、今でも感謝しているらしい。

陽子ちゃんは地元の中高を卒業後、秋田大学に進学した。大学四年になり就職に際し、両親と一緒に生活したいと考え、角館に両親が建てた、一戸建ての住宅から通える企業に就職した。そして、今日に至ると言う。

「陽子ちゃんは、この前あつみ温泉で出逢った時に、俺の事に気付いていた?」と聞くとあっさり、

「うん、旅館の玄関で小原という苗字を聞いて、顔を見ただけで直ぐに分かったよ。当時と全然変わらないんだもん」と笑った。

「でもね、私からは言い出さないって決めていたの」

「どうして?」

「だって譲くん、『絶対に見つけ出す』って言ってくれたでしょ。だから、あれからずっと待っていたの」と、遠くを見つめながら話す陽子ちゃんを見て、俺は口づけをした。

「もう、二度と話さないから」

「うん、もうどこへも行かない」

 

 お風呂から上がり、髪を乾かして外に出ると、ちょうど夕暮れ時だった。陽子ちゃんと手を繋いで敷地内を散歩すると、藤棚があり、綺麗に花が咲き良い香りがした。

「陽子ちゃん、藤は蜜を求めて虫が来るから、注意した方が良いよ」と言うと、

「小学生の時と同じ事を言うんだから」と揶揄わられ、

「陽子ちゃんじゃなくて、これまで通り陽子でいいよ、私も譲って呼ぶし」と微笑んだ。館内に戻って部屋に入り、時計を見ると七時だった。

「自販機でビールを買って来ようか?」と聞くと、陽子は化粧水やら何やらを顔に叩きつけながら、

「お願いしまーす」と元気に返事をした。

一階のフロント前にある自販機で、黒ラベルの500缶を二本買い、部屋に戻ると、陽子は髪を後ろで束ね、窓を開けて、温泉で蓄積された体内の熱を放出していた。缶を渡すと、

「譲が何故この宿を選んだか、当てようか?」とニヤニヤしながら聞いてきた。

「いいよ、当ててごらん」と、俺もニヤニヤして答える。

「高台にあって、景色、特に綺麗な海が見えて、客室が少なく、落ち着く宿だからでしょ」と、見事に言い当てられる。その通りだよと言い、乾杯をする。

「何に乾杯するの?」と彼女が意地悪に聞いてくる。

「陽子を見つけ出した事に」と俺が言うと、

「譲に見つけ出された事に」と陽子が言い、二人とも頬を朱色にして、笑顔で乾杯をした。

 

 七時半になり、部屋に夕食が運ばれてきた。事前に調べた通り、地産地消にこだわった夕食のようだ。

小皿には、牡蠣の燻製といごねり(海藻エゴを煮て溶かし固めた物)、透き通った烏賊の刺身が乗り、もう一つの深い皿には、山菜こごみのごま和えが添えられていた。

焼き物は、佐渡の人でもなかなか食べる事の出来ない、「佐渡牛」の朴葉焼き。揚げ物は、ちょうど旬である山菜のコシアブラとウド、タラの芽だ。

煮物は小木の伝統料理、子持ちヤリイカ(せいなご)の煮物。かわはぎと甘えび、あいなめのお造りが大盛で出てきた。

佐渡産コシヒカリの釜炊きご飯は、「固形燃料が消えて十分経ったら、お召し上がりください」との事。後で神馬草のお味噌汁も持って来ると言い、宿の人は部屋を出て行った。

「すごーい」と陽子は大喜びし、料理の写真を撮った。俺は飲み物に、赤泊にある酒造の北風KY19を頼み、それが来るまで、お膳に乗っていた自家製梅酒で乾杯をした。

「ここに並んでいる料理は、全部佐渡で採れる食材で作っていると思うよ。そして、かわはぎとあいなめの刺身が出るのは珍しいし、せいなごの煮物は、ヤリイカのシーズンがほぼ終わったから、食べられるのは運が良いよ。あと、佐渡牛は滅多に食べられないからね」と俺が説明した。

「佐渡の人でも、なかなか食べられない料理なの?」

「山菜は簡単に食べられるから、そういう訳ではないけど、他の品は運が良いと食べられる、って感じかな」

「ふーん、私達運が良いのね」と言い、にっこり笑った。ちょうど部屋のドアがノックされ、「はい」と答えると、地酒北風の四合瓶が運ばれて来た。御猪口に注ぎ、二人で再度乾杯をして飲む。流石佐渡を代表する名酒だけあって旨い。料理を食べながらまたうんちくを続ける。

「昔佐渡は、烏賊の島と言われていて、朝食から烏賊ソーメンが出てきたりするのが、当たり前だったけど、最近は全然獲れなくなってね。漁師さんは海が変わったと言っているんだ。だから、このお造りと子持ちせいなごの煮物が食べられるのは、ラッキーだよ」と言い、せいなごの煮物を勧める。陽子は、烏賊の身と中の卵を一緒に食べると、

「烏賊が甘くて、卵の食感が良いね。美味しいこれ」と言い、もう一度口に運んだ。陽子の御猪口が開いているのを見て酒を注ぐ。

「本当は、俺なんかが喋らないで黙っていて、陽子の舌で感じて欲しいんだけどね。佐渡の食事となると、口を出したくなってしまう」

「うん、ちょっと黙っていて」と意地悪な顔をしてから、日本酒を口に運んだ。何もかも美味しく、食事がどんどん進み、佐渡牛を焼いていた固形燃料の火が消えると、俺と陽子は佐渡牛に手を伸ばした。

「柔らかくて、脂身が甘い。このお肉、凄く美味しい」と彼女は感激していた。

「佐渡牛って、佐渡で生まれ育ち、去勢された雄と出産した事がない雌で、佐渡の稲わらを食べて育った黒毛和牛の事を言うんだよ」と説明し更に、

「佐渡は、繁殖させて仔牛まで育てて売る、繁殖農家が多いんだ。八割の仔牛は、高千集落のセリで落とされ、海を渡って、松坂牛や米坂牛などのブランド牛に、肥育農家によって育てられる」と付け加えると陽子はびっくりし、

「え、このお肉って、佐渡で育った牛さんのごく一部なんだ」と言った。

「そう、だから貴重なの。なかなか食べられないよ」と言うと、うんうんと頷きながら有難そうに佐渡牛を平らげた。

そろそろ、ご飯が蒸し終わる頃だなと思った時、ドアをノックする音がし、返事をするとお味噌汁が運ばれてきた。宿の人は、

「ご飯も美味しく炊きあがった頃ですので、ご賞味ください。後でデザートをお持ちします」と言い、部屋を去る。二人で残ったおかずでご飯を食べる。

「ごはん、美味しい」と陽子が言うのを待っていたかの様に、

「佐渡産のコシヒカリは、新潟県でも魚沼の次に美味しいんだよ。年によっては、岩船産に負けて三位になる時もあるけど」とうんちくを再開する。

「秋田こまちも美味しいけど、佐渡のコシヒカリ美味しい。私も小さい時に、このお米を食べていた筈なんだけど、このお米を食べるのが当たり前だったから、その価値に気付かなかったな」と言う。

「そこ、なんだよ」と俺は思わず大声を上げる。

「佐渡の人は、自分たちにとっては当たり前の、凄い物の価値に気付いてないの。主に羽茂で作っているル・レクチェっていう洋ナシも、全国区で勝負できる。ラ・フランスには絶対負けない!」と思わず興奮し、唾を飛ばしながら話すと、

「譲は、本当に佐渡を愛しているね」

「俺はここで生まれ育ったから、このまま沈んでほしくはないんだよね」と言うと陽子は、

「私、小学校四年生で引っ越して以来の佐渡だけど、このお宿も含めて、今日一日で本当に佐渡が好きになった」と言ってくれた。

「ありがとう。そう言ってもらえるのが、一番嬉しいよ」と感謝の意味も込め、陽子の手を握った。陽子の手は、温泉と日本酒の相乗効果で血行が良くなったせいか、ポカポカして温かかった。ご飯を食べながら、神馬草のお味噌汁を勧める。

「あ、これ初めて食べたけど、お味噌汁に合うね」と、彼女は神馬草の感想を素直に述べる。

「これはね、ホンダワラの一種だから、首都圏の人にしてみれば、江の島辺りの波打ち際で漂っている、気持ち悪いゴミ草と思う人もいるんだ。それとは違いますと、きちんと説明してから提供した方が良いんだよね」と、またうんちくが出る。

「なるほどね。秋田もそれ程汚い海がないから、そういった感覚がないけどね」

「佐渡に来る観光客の大半は、関東圏からだから、そこに気を遣う必要はあるよね」

「譲、佐渡に戻って観光関連の仕事をしたら」と陽子が揶揄う。

「縁があればね。でも、外部からの提案が出来なくなるかな」と笑う。

 デザートに、佐渡産の新潟ブランドイチゴ、越後姫が出た。

「この越後姫はぶっちゃけ高いけど、他のイチゴとは味が全然違うよ」と俺が言うと、美味しそうと言いながら、甘いものに目の無いアラサー女子は、早速一粒食べた。

「あっまーい、美味しい」と言い、パクパク食べ続ける。俺はそれを見ながら微笑む。こういった温かく微笑ましい時間を、俺は欲していたんだなと思う。デザートも食事もすべて平げて、北風を飲み干すと、

「ごちそうさまでした」と、二人で声を合わせて言った。どこに旅してもそうだが、その土地での美味しい食事に、感謝する事を忘れてはいけない。今日は、地元佐渡の自然と食材、食事に携わる全ての人に感謝した。

 夕食を食べ終わると、部屋のバルコニーに出た。満月の月光が海を照らし、水面がキラキラと輝いている。陽子は、早朝に角館を出て新潟まで来て、更にそこから船に乗って、佐渡一周の三分の一の行程をバイクで走った。口には出さないが、今日はかなり疲れた筈だ。俺は彼女を引き寄せ、優しく抱きしめると、

「陽子、今日は凄く疲れている筈、だから今夜は陽子を突かないよ」と真面目な顔で言うと、

「何、その『つか』に絡めた親父ギャグ。寒い」と見下しながらも、「ありがとう」と手を繋いできた。月光に照らされるバルコニーで陽子と二人、抱き締め合いながら、暫し五月の夜風に吹かれてから、体が冷える前に床に就いて就寝した。

 

 翌朝目が覚めると、あつみ温泉の時と同じ様にメモがあり、陽子は朝風呂に入りに行っていた。帰ってくるまでの間に身支度を整え、彼女が部屋に戻って支度が終わると、朝食を食べに一階の食事処に下りて行った。

朝食の献立は、海苔と温泉卵、ハムとサラダ等々、ベタなおかずの他に、烏賊の歯の天ぷらと烏賊の子が小皿に添えてあった。

「烏賊の歯の天ぷらは、醤油で食べて。コリコリしていて美味しいよ。烏賊の子は、わさび醤油で。あっさりしているから」と説明すると、陽子が食べ始めた。

「このてんぷら、昨日の夕食に食べたかったかも。烏賊の子は、なんて言うか、かまぼこみたい」

「俺が小さい時は、烏賊が沢山取れたから、烏賊の歯の天ぷらをしょっちゅう食べていたよ。烏賊の子は珍味って感じでしょ」

「烏賊の子は歯ごたえがあるのに、フニャってする感じ。わさび醤油が一番合うかもね」と言う。俺は、大好きな温泉卵に今朝も出会えたので、ご飯に乗せて食べる。俺も陽子もおかわりをして、今日の残り三分の二の行程に備える。「ごちそうさまでした」をすると、部屋に戻り支度をした。

 

 午前九時、お世話になった宿を出発し、宿から数分で映えスポットの矢島、経島に着く。バイクから降り、朱色の橋の前でツーショットの自撮り撮影をする。

「ここで、たらい舟に乗る事が出来るけど、乗りたい?」と聞くと、

「ご飯食べたばっかりだから、吐くと困る笑。また今度にするよ」と言った。となると、ここではする事がないので、次の目的地へと移動した。

一、二分で着いたのは、佐渡でも有名な観光スポット、宿根木集落だ。バイクを駐車場に停め、集落内を散策する。知り合いが経営しているカフェが開いていれば、そこで休憩する予定だったが、さすがに十時前なので開いていない。集落を流れる川と古い舟型の家、昭和の匂い漂う公会堂などを陽子は写真に収め、バイクに戻る。

「素敵な集落ね」

「俺は、川が綺麗なところが好きだな」

「建物は?」

「あまり興味がない」

「もう」と陽子は笑った。

「次の目的地も直ぐだから」と言い、バイクのエンジンをかける。

 宿根木を出て、沢崎灯台の手前で右折し、下って行くと江積集落に出る。海沿いを走ると、水面から少しだけ出た平らな岩が、岸から沖に向けて広がっている。道が広い所でバイクを停め、ヘルメットを外す。

「この海岸、珍しいかも」と陽子が言うと、

「ここは万畳敷といって、引き潮の時に鏡面写真と岩ノリが採れるよ。地元の人は、万畳敷とは言わなくて、観光客が命名したんだけどね」と教える。

「岩ノリと言うと、ラーメンに乗っているイメージしかない」

「佐渡では味噌汁に入れるよ。ラーメンに乗せる方がイレギュラーかな」と付け加え、岩場に向かって歩き始める。二人ともバイク用のブーツを履いており、裏の滑り止めが十分にある事を確認してから岩場を歩く。

今日は天気が良く風もない為、平らな岩の上に立ち、水面に映る自分の姿と自身が写る様に、お互いの鏡面写真を撮りあう。さすがにここでは、ツーショットの自撮りは出来ない。滑らない様気を付けてバイクに戻り、再度海岸沿いを走る。

途中、山道となっている田舎道を過ぎると、井坪集落に着く。

「ここは井坪の白浜と言って、手前は砂浜だけど奥に行くと岩場になっている、俺のお気に入りの海水浴ポイント。でも、『海水浴場』じゃないから、集落の人に迷惑のかからない様にしないと、泳いじゃダメ」と教える。

「白い浜が綺麗ね。迷惑をかけないのは当然の事よ」

「俺みたいに素潜りしていると分かるんだけど、岸から海に向かってゴミを投げる人が、結構いるんだよ。だから、俺は『一海一ゴミ運動』って言うのをやっていて、海水浴に行って浜でも海底でも、ゴミを見つけたら、必ず拾って帰るの。観光客はゴミの無い、綺麗な海を求めて来るわけでしょ」と少し怒りながら言う。

「譲っぽい」と彼女は笑う。

「でも、笑い事じゃないんだよ」と真面目な顔で言うと、

「わかっているよ。そんな真面目な譲を、私はやっぱり好きなんだな、って思っただけ」と言われてしまうと、俺はもう何も言えない。

今後はこの様に、陽子に上手くコントロールされるのか、と思いながら走っていると、また丘を上がって下り、佐渡で一番長い砂浜の、素浜海岸に出る。

風が道路に舞い上げた砂で、バイクが滑らない様に気を付けながら進み、何もない砂浜を指さし、

「ここに『飛べ!ダコタ』と言う映画の撮影で使用した、飛行機模型を展示していたんだけど、今は島外で展示されているらしい」

「なくなってしまって、残念だね」と、もったいなさそうな口調で言う。

 

そのまま海沿いの砂浜を走り、山道を登って国道350号線に出る。

「こうやって、小木からきちんと海岸沿いを走るのが、『本当の佐渡一周』だから」と自慢気に言う。彼女は察し、

「小木から、この大きな道を通って来るのは、『本当の佐渡一周』じゃないって事ね」と笑う。

しばらく国道を走ると、椿尾という地区から真野湾沿いの海を眺望する道になるが、西三川を通り過ぎると、また直ぐに丘の道へと戻る。

「もう少し進むと、西三川フルーツセンターがあるから、そこで何か買おう」と言うと、

「はい」と甘いものに目が無い、アラサー女子の元気な返事が返って来た。駐車スペースにバイクを停め、中に入ると、レジ待ちの行列が出来ていた。この時期のお勧めは、やっぱり昨夜も食べた越後姫。迷わずひとパック購入し、お昼のおやつにする事にした。

「ここのも、粒が大きいね」と陽子が言い、俺が頷きながら、パックをレジに置いてあった新聞紙で包み、俺のツーリングバックに丁寧に入れる。

「おやつが楽しみ」と彼女はご機嫌だ。

 次の目的地は人面岩。西三川から先に進み、曲がりくねった下り道の途中、左手にやまふうというお洒落なカフェがあり、観光客に人気だと教える。

「入りたい?」と聞くが、

「混んでそうだから、また今度」と言う。そのまま海沿いを少し走ると、人面岩に到着した。駐車スペースにバイクを停め、陽子は写真を撮る。

「昔は、角栄岩って言われていた様な気がするんだよなぁ」

「そう言われれば、田中角栄に似ているかもね」

「残念ながらここは、以上です」と告げると、

「他に何かないの?」と文句を言われたので、聞こえないふりをしてバイクを発進させる。

「暫く、どこにもよらないよ」と伝え、一瞬振り向くと、彼女が無言でヘルメットを下げた。

 

 真野湾沿いの道を走り、急な右カーブを過ぎて直ぐに左折し、海沿いの道に出る。この道を暫く進み、国府川沿いに出て、再度350号線に合流する。

「ここもでしょ」と陽子が笑う。

「そう、こう走らないと『本当の佐渡一周』じゃない」と力説する。合流して直ぐの川を渡ると、佐和田地区に入る。

 少し走り、佐和田の商店街に入る手前のガソリンスタンドで左折し進むと、海沿いの景色の良い道路に出る。少しだけ進むと、佐和田海水浴場の駐車場があるので、そこにバイクを停め、映えスポットである、真野湾に伸びる五十メートル程の橋の先で、ツーショット写真を撮る事にした。

撮影の順番待ちをしていると、海岸を散歩していたおばあさんが、橋にもやってきたので、撮影のお願いをし、スマホでの撮影の仕方を説明した。おばあさんは快く引き受けてくれ、直ぐに俺達の順番になり、おばあさんがシャッターを押した。橋から海岸公園に向かって歩きながら、陽子は撮れた写真を確認すると、

「海がキラキラ光っていて、神々しく写るんだね」と言った。隣にいるおばあさんが、

「お二人は、どこから来ましたか?」と聞いてきたので、

「私は新潟市で、彼女は秋田です」と答えると、

「ありゃ、うちの息子が秋田に居るんだよ」と驚き、陽子が、

「秋田のどちらですか?」と聞くと、

「花火で有名な大曲よ」

「私、隣町の角館に住んでいて、しかも会社は大曲にあります!」

「あら、偶然ね!息子の家に遊びに行った時に、角館の桜と、武家屋敷を見に行ったけど、良い街並みだったわ」

「そういっていただけると嬉しいです。大曲も花火が綺麗ですし、仕事をする上で、非常に過ごしやすい良い街です」

「あなた、秋田からわざわざ来てくれたのね」

「はい、昨日の早朝に秋田を出て、佐渡へは三時過ぎに到着しました」

「これも何かの縁だと思うから、これあげるわ。お散歩の途中で食べようと思ったけど、あなた達食べてちょうだい」とカバンから栃餅をひとパック出し、陽子に差し出した。

「いいんですか?ありがとうございます」と甘いものに目の無いアラサー女子は、すんなりと受け取った。

「気を付けて佐渡を満喫してね、それじゃあ」と言い、おばあさんは住宅街の方に去って行った。

それを茶菓子にして、少し休憩しようと、駐車場にある自販機でお茶を買い、東屋で休んだ。五月の太陽を浴び、間近に迫った夏を待ちわびている広い海を眺め、栃餅を食べた。

ひとパックに五個入っていたので、半分ずつに分け、残りの一個を彼女にあげた。

「私、食べたことがないの」と言いながら、一つつまむ。

「独特の渋みがあるけど、気にならない。美味しい」と陽子はご満悦だ。お茶を飲みながらゆっくりと食べ、完食するとバイクに戻り、今度は相川地区に向かって走り出した。

 

 佐和田の海岸から少し行くと、全国チェーンの大きなドラッグストアが右手に見える。そこを過ぎるとバイパスになり、車幅のある走りやすい道が続く。大きく右にカーブしたら直ぐに左折し、二見方面に向かう。ここから先は海に出たり丘を上がったりと忙しい道になるが、車幅はそれほど狭くないので、運転で体を消耗する訳ではない。

 二見集落を抜け七浦海岸を進むと、目当ての物が目の前に現れた。駐車スペースにバイクを停めると陽子が、

「ここって、夫婦岩って書いてあるけど、もしかしてあの岩のこと?」と聞いてきた。

「あの岩って、夫婦が寄り添っている様に見えるでしょ?だから、夫婦岩って言うんだって」と教えると、

「へー」と言う。だよね、俺はそんな事を伝えにここに連れてきたのではない。

「俺の新解釈では、夫婦岩には穴が開いているでしょ?だからあれが女性。で、夫婦岩の真横に竿の様なでっぱりのある岩があるでしょ?あれが男性。それで夫婦岩だと思うんだよね」と自信をもって説明する。

「スケベ」と即座に軽蔑された。

「でも、由来は絶対に俺の解釈通りだって。それを後年ごまかす為、寄り添う夫婦と言う美談にしただけさ」と更に力説すると、

「はいはい」と言い、

「これを説明したかったから、ここに連れて来たんでしょ」と、またもや容易に俺の行動パターンを読まれてしまった。

「そんな事ないもん」と甘えてみるも、

「甘えたって駄目だよ」と笑われた。

「実は若い頃、ファッキング・ロックって呼んでいた」と言うと、

「本当に馬鹿だね」と呆れられた。時計を見ると十一時半過ぎで、ちょうどいい時間だ。またバイクのエンジンにキックで火を入れる。相川の中心までバイクを走らせ、交番のある交差点で右折し、右手にある店にバイクを停める。ここは、相川のソウルフード「肉スパカレー」を食べる事が出来る店、パーラーはげやだ。

 

 バイクを停めると、陽子にランチの説明をする。ここの肉スパは、ゆでた麺に肉と玉ねぎを甘辛ソースで炒めたもので、麺は決してアルデンテではないが、病みつきになる。カレーは、肉スパのソースをご飯に染み込ませて食べるのが、美味しいと説明した。

店内に入ると、迷わず肉スパカレーを二つ注文し、お冷を飲んで待つ。その間に、金山関連の史跡を見たいかどうか聞いてみた。相川には、主に佐渡金山、佐渡奉行所、きらりうむ佐渡(金山紹介施設)、北沢選鉱場跡があり、「お勧めは?」と聞かれたので、「時間がないから、見るとしたら北沢選鉱場跡が良いかな」と、スマホで写真を見せながら答えると、そこに行きたいと言う。午後は、ご飯を食べたら金山遺跡を見て、その後は、外海府をひた走り大野亀と二ツ亀を見て、両津に戻る事にした。俺は、

「もし、フェリーに乗るまで、時間があったら、実家に来ない?」と誘った。

「いきなりお邪魔しても大丈夫?」

「両津から電話して、おふくろが出れば、そのまま待機してもらうから。港から十分もかからないし」

「私、手ぶらだよ」

「今日は、本当に偶々近くを通りかかるだけなんだから、気を遣わなくていいよ。ありがとう」と言ったら納得してくれた。午後の予定を決めると、肉スパカレーが運ばれてきた。

「いただきまーす」二人で声を合わせ、一口食べる。

「おいしい。この麺の、茹でてからちょっと時間を置いている感じが、逆に味に合って良い」と言って、彼女はパクパク食べていた。俺も久しぶりに食べる肉スパカレーが美味しく、あっと言う間に平らげてしまった。

彼女はまだ食べていたが、店員さんがコーヒーを持って来てくれたので飲み、ゆっくりしていると陽子が全部食べ終わった。

「なんだろうね、この美味しさ。これは、ソウルフードとしか言いようがないね」と笑い、コーヒーに口を付けた。

 暫くゆっくりとコーヒーを傾け、彼女が飲み終わると会計を済ませて店を出て、北沢選鉱場跡までバイクで向かった。

ここは、一言でいうと「天空の城ラピュタ」の様な場所だ。昔は単なる荒れ果てた場所でしかなかったが、今では綺麗に清掃整備され、佐渡金山の遺跡群の中でも映える為、一大観光名所となっている。

「さっき、写真で見た時に思ったけど、ラピュタみたいね」と陽子が笑う。俺は余計な知識を与える事にした。

「ここはね、昭和の頃はゴルフの打ちっぱなしだったんだよ。広いから」と笑うと、

「えっ、そうなの。最悪だ」と苦笑いをする。彼女は写真をたくさん撮り終わると、

「次に行こうよ」と言って来た。

「ここから先は、ひたすら海沿いを北上するからね」と言うと、

「ラジャー」とお馴染みの敬礼をして、彼女は笑った。バイクに戻り跨る。来た道を戻ると、ひたすら北上する。途中、小川集落を通る時に、

「この休耕田に、ヒマワリが植えられていて、夏になると、一面ひまわり畑になって綺麗なんだよ」と教えると、

「夏にも来てみたい、私、佐渡の自然や、そういった取り組みをする人の志が好き」と言った。俺は、そういった活動は何もしていないが、嬉しくなった。

海岸線をひたすら北上する。左手に海、右手に田んぼという長閑な田舎道が、ぞっとする程果てしなく続く。太陽が後ろから差しているので、眩しさはないが、海が光り輝いていて直視できない程眩しい。途中、高千集落を通過する時、昨夜佐渡牛を食べた時に話した、セリ市場がここにあると、陽子に説明する。暫く進むと小田集落に入った。ここには新潟大学農学部の演習林がある。

「この右手にある施設が、新潟大学の演習林で、NPOのイベントで利用した事があるんだ」と話しかける。

「それで」

「大体イベントの一部に、演習林にある千手杉を始めとする、樹齢千年ぐらいの巨木や、奇形樹を見に行くツアーが組み込まれていて、ここから一時間かけて山を車で登って見に行くの」

「一時間って結構かかるね」

「うん、整備されていない道を走るから、結構揺れるしね」

「大変そう」

「でもね、その苦労をしてでも、巨木達を見る価値があるの。霞が掛かっている中、どんと構えている巨木は神々しい、特に雨天の方が神秘的かな」

「えー、行ってみたい」

「有料でガイド付のツアーがあるから、今度行ってみようよ」

「楽しみな事が増えるね」と陽子の声は弾んだ。

そのまま、北に向かって走り、途中、岩谷口のZ坂と言われる急なカーブを曲がり、三十分程で大野亀に着いた。駐車場にバイクを停め、陽子は写真を撮る。

「六月になると、トビシマカンゾウが綺麗に咲くんだけど、今はまだ早いかな」

「佐渡って、花も豊かなのね」

「この大野亀も、時間があれば登る事が出来るんだけど、今日は時間がないのでやめるね」

「佐渡の四季を愉しんでみたいな」と陽子は呟いた。大野亀に手を繋いで歩いて行くと、何やら作業をしている人達がいる。陽子が歩み寄り話し掛けた。

「こんにちは、何をしているんですか?」

「カンゾウの苗植え作業をしています。本当は四月中に行う予定でしたが、荒天が続いて本日行っています」

「カンゾウって自生しないんですか?」

「種草なので、種から順調に育つものもあれば、上手く行かないものもあります。それで本数を多くし、景観を整える為、苗も植えています」

「シーズンになって、一面に綺麗に咲くと、ここら辺の景色は、どの様になりますか?」

「カンゾウの黄、空と海の蒼、大野亀の緑、この三色のコントラストが非常に綺麗ですよ」

「沢山の苗を植えるのは大変ですね」

「私は、小さい頃からカンゾウのタネを蒔いて、育てていました。カンゾウは大事な観光資源なんです。だからこそ、きちんと守り伝えていきたい」

「すごい。その想いが原動力になっているんですね素晴らしい。次は満開の頃に是非お邪魔させてください。作業中にも関わらず、ありがとうございました」と陽子がお礼を言うと、

「お待ちしています」と保全作業を行っていたおじさんが言った。歩いてバイクに戻りながら、

「こういった地道な努力で、観光客に来てもらおう、喜んでもらおうっていう志が好き」と彼女は熱っぽく語った。

駐車場に戻ると、「よし、行くよ」とバイクを走らせる。次の二ツ亀までは五分とかからずに着いた。駐車場にバイクを停め、ツーリングバックから西三川で買った越後姫を取り出し、自販機で紅茶を買うと、そのまま歩いて二ツ亀ロッジの裏手に出た。

すると眼下に、海と二つの亀の様な岩が鎮座し、青い海と植物の緑に彩られた岩が、海の青に映えた。ベンチがあったので座り、二ツ亀を見ながら、さっき買った紅茶を二人で交互に飲む。バイクは意外と汗をかくので、まめな水分補給が大切だ。越後姫をパックから出し、その大粒の実を食べながら、海に突き出る二匹の亀を見る。

「やっぱりこのイチゴは、酸味が少なく甘くて美味しいね」と陽子はご満悦だ。二人で紅茶とイチゴをシェアしながら、

「ここを出たら、両津港にある公園で休憩して、実家に行くよ」と言うと、

「道中にお勧めのポイントはないの?」と彼女が聞くが、残念ながら佐渡一周線沿いにはない。

「本当は、大野亀と二つ亀を見ないで、ショートカットすれば、山居の池と言う穏やかな場所と、時季が合えば北小浦にある、与六郎桜も見られるんだけど、その林道を通っちゃうと、佐渡一周じゃなくなるから」

「ショートカットは、佐渡一周じゃないもんね」と彼女がにやっと笑って言う。

「うん、一周しながら観光するとなると、見る場所は限られるんだよね。今回は行っていないけど、佐渡中央の国仲地区に行くと、社寺や順徳上皇と世阿弥、日蓮上人の遺跡が沢山あるよ」と補足する。

「その三人にはあまり興味がないけど、神社やお寺はパワーが貰えそうだね」といかにも女子、と言ったリアクションが帰って来た。

「残念だけど、今回は両津港までまっすぐ走って海を堪能して、実家に行こうよ」

「うん。わかったよ」と言うと陽子が立ち上がり、

「写を真撮ってもらおうよ」と言い、近くに居た若い家族連れに声を掛ける。二ツ亀をバックにツーショットの写真を撮ってもらい、お礼を言うと、俺達はバイクに戻った。

 バイクのエンジンを一斉に灯す。二つのバイクは佐渡一周線に出ると、両津方面へ向かい南下していった。鷲崎という大きな漁港のある集落を抜けると、道は大きく曲がったり、大きく起伏したりが続く。しかも、道幅が細い為運転に神経を使う。北小浦を過ぎ、暗く極端に短いトンネルを二つ抜けると、道幅が広くなり、黒姫集落に入ると個人的にお気に入りの橋がある事を思い出す。

「この先、黒姫大橋っていう、海の上に架かっている橋があるんだけど、バイクを停めて写真撮りたい?」と聞くと、

「譲がお勧めするなら撮りたい」と言うので、橋の中程でバイクを左に寄せて、バイクのエンジンをかけたまま停めた。左右の安全確認をして、橋の反対側に移動すると、橋の後ろにある海が綺麗に映る様に、ツーショットの自撮り撮影をした。写真を確認した陽子が、

「ここは、海が綺麗だから映えるんだよ。海に架かる橋は全国に沢山あるから」と言った。バイクに戻り、一路両津港を目指す。ここまで来れば約三十分で着く。時計を見ると午後二時過ぎだった。

 黒姫から進むと長いトンネルがある。トンネルを通行する時いつも思うのだが、何故トンネル内では、バイクはもとより、白いパイロンこと軽トラも、加速して速度を上げるのだろう。制限速度の標識がないからなのか、それとも暗闇を早く抜けたいと言う心理が働くからか。そんな事を考えていると、長いトンネルを抜けた。

暫く海岸沿いを走り進むと、もう一度トンネルが現れた。佐渡一周線は、必ずしも海岸線を走るわけではない。海から山を上がっては下り、海に道を通せない箇所は、トンネルを走る事になる。ずっと海沿いを走らない事が、逆に佐渡一周線の魅力なのかもしれない。トンネルを抜け、南に向けてバイクを走らせていると、平沢集落に着いた。ここからは、右折左折が多いので、「付いて来て」と彼女に伝える。

 平沢から少し進むと、所謂両津の中心地に出る。漁港や工場、土建屋の社屋が見える。川を渡る橋を越えると、越佐汽船両津港ターミナルが目の前に現れる。ターミナルを過ぎ少し走ると、「おんでこドーム」という、イベントで使われるドーム型の施設があり、その周辺が公園として整備されている。公園の駐車場にバイクを停め、エンジンを切ると陽子は、

「トイレに行きたいんだけど」と言ったので、テニスコートの脇にあるトイレを教えると、彼女はそっちへ向かって歩いて行った。その間に俺は、実家に電話をしようとスマホを取り出したが、何やら近くで太鼓を叩く音がする。

「そうか、今日は湊まつりだ!」湊まつりとは、両津湊集落にある八幡若宮神社の例祭で、ゴールデンウイーク中に行われる。この太鼓の音は、佐渡の伝統芸能である鬼太鼓を子どもが舞う、子ども鬼太鼓をやっている音に違いない。

 陽子が戻ってくると、湊まつりが開催されていると説明すると、

「懐かしい。小学校の頃、見に来た覚えがある」と彼女は言い、

「じゃあ、見に行ってみよう」と、音のする方に向かって歩き、運よく一、二分歩いて直ぐに、鬼太鼓を見学する事が出来た。

鬼太鼓とは、佐渡の各地域によってスタイルが全く違うが、まず、舞いの間ずっと太鼓を叩く人がいて、その反対の鼓を、鬼が叩いては舞いを繰り返し、途中で家の玄関に入り(無病息災祈願等の意味があると考えられる)、ポーズを決めてから、家を出て再度舞い叩くのが一般的だ。だが、先に述べた様に、各集落によって舞い方が違ったり、家には入らなかったりする。佐渡の鬼太鼓関係者の間では、自分達の鬼太鼓が一番だと言う、ライバル意識があると言う。これは、非常に良い事だと思う。自分達の守り抜いてきたものが、一番だと誇りに思うからこそ、伝わっていく。

 湊三丁目のあるお宅の前で、子ども鬼太鼓を見学した。鬼役は子どもが演じているが、キレのある素晴らしい動きで、力強く太鼓を叩いていた。俺は、偶に実家の近くにある神社の例大祭で、実家に鬼太鼓が回って来る(この例大祭では、朝から晩までかけて、一日がかりで鬼太鼓の一座が、集落全戸を回るのである)時に、何度か実家集落の鬼太鼓を見た事があるが、摺り足が多くあまり太鼓を叩かないので、地味だなという印象だった。しかし、両津湊集落、湊若松会が舞う鬼太鼓は、迫力があって俺の好みに合うなと思った。

 再度補足するが、自分の実家集落も含め、佐渡が島の各集落の鬼太鼓は、代々引き継がれているだけでも十分に素晴らしく、集落によって趣が異なる。

自分の心に響く鬼太鼓を見つける為、各地の鬼太鼓を見て歩く旅も楽しいと思う。運が良ければ、「飲んでいけ」と振る舞い酒、佐渡の地酒にありつけるかもしれない。

 雄の鬼と雌の鬼が交互に入れ替わって、二回舞い終わったところでバイクに戻った。

「子どもの鬼太鼓って小さくて可愛いのに、きびきびしていて良いなー」と陽子が感想を言った。俺は、各集落によってスタイルが全く異なる事等を説明した。

「小川のヒマワリ、大野亀のカンゾウ、鬼太鼓全て大きな志なのね」と彼女は感心している。

 バイクに戻ったので、実家に電話を掛ける。

「はい、もしもし小原です」とおふくろが、いつもの様に声のトーンを高くして、電話に出た。

「もしもし、俺」と言うとトーンが下がり、

「どうした」と聞いてきた。

「今、おんでこドームにいるの、昨日から佐渡にバイクで遊びに来ていて。それで、これからそっちに顔を出そうと思うんだけど、家にいる?」と聞くと、

「今日はいるから、気を付けて来いや」と言い、電話を切った。息子がサプライズ帰省しようって言うのに、つれないなと思いながら、陽子が言った。

「譲のお母さんに、私の事言ってないでしょ」

「そうだよ、サプライズ大好きだから」

「もう」と陽子は緊張した面持ちになった。

「大丈夫、俺が上手くやるから」と笑いながらヘルメットを被り、バイクに跨る。

 

 両津港から俺の家までは約五キロメートル。海沿いを走り、市民球場に向かって山を上がると着く。途中、球場を過ぎたあたりで、左手に直ぐ傍の田んぼ上空に、朱鷺が飛んでいるのが見えたので、陽子に教えると、

「すごい、羽の色が綺麗、朱鷺色って言うんでしょ」と感動した。バイク二台で実家の庭に入り、玄関前で停めると、母親が家から出てきた。ヘルメットを脱いだ瞬間、

「あんた、一人じゃないの?」と聞かれた。

「うん、実は彼女と佐渡旅行をしていてさ。四時の船まで時間があるから、おふくろに紹介しようと思って」と言い、隣に緊張気味で立っている陽子を紹介する。

「こちら、山田陽子さん」と紹介すると、

「まあー、綺麗な女性だこと」とおふくろは笑顔になった。

「お久しぶりです。お母さま」と陽子が言うと、おふくろは不思議そうな顔をして、

「どこかで会いましたっけ?」と、懸命に何かを思い出そうとしている。俺は笑いながら、

「菊池陽子ちゃんだよ。覚えているでしょ?」と言うやいなや、おふくろはワナワナとその場に腰から崩れ、尻もちを搗いた。腰を抜かしたのだ。

「え、陽子ちゃん?何でおめーが陽子ちゃんとおるのんや」と、腰を抜かしながらも喋る。大丈夫?と、俺と陽子が支えながら、ゆっくりとおふくろを起こす。

「はい、あの後母親が再婚しまして、今は山田姓を名乗っています」と陽子が言うと、

「まあー、あの陽子ちゃんがべっぴんさんになって。全然あの時の面影がないから、言われないと分からないわ」とおふくろは感動している。

「縁があって、俺達は付き合っているんだ」と言うと、

「陽子ちゃんのお母さん、邦子さんとは、あなた達が秋田に行ってからも、少しだけ年賀状のやり取りをしてたから、おおよその事は分かるんだけど、秋田と新潟に住む二人がよくもまあ」と驚いていた。

「陽子ちゃんの住んでた家は、お父さんが相手先の家に行ってしまったから、今は更地になってるよ」と、この集落にはもう、陽子の拠り所となる場所がない事を告げた。

「それは、母の言動から薄々感じていましたので、気にしていません」と陽子が力強く言い、

「私達、本当に偶然が重なって、譲さんと良いお付き合いをさせてもらっています」とはっきりとした口調で言った。

「あなた達の場合は偶然じゃなくて、必然じゃないの」とおふくろは笑う。俺も笑いながら、

「まあ、そうかもしれんな」と言うと、陽子は恥ずかしそうに笑った。おふくろが

「上がっていけっちゃ」と、家に上がってゆっくりしていけと言うが、時計を見ると、午後三時二十分だったので、陽子と一緒に仏壇のお参りだけをして帰る事にした。帰り際におふくろが、

「陽子ちゃん、今度正式に挨拶に来てね」と変なプレッシャーを俺達に掛ける。陽子が、

「はい、近い内に」と笑顔で答えると、俺達はヘルメットを被り、両津港に戻った。

 

 両津港の航走車駐車場にバイクを停める。係員から「三時四十分までに、バイクにお戻りください」と言われたので、お土産を買いに行く陽子に付き合った。越佐汽船ターミナルビルに行き、お土産屋を物色していると彼女が、

「ぶっちゃけ、オススメってどれ?」と聞くので、

「この『金山』って書いてある、金のキーホルダーかな」とふざけると、

「もういい、店員さんに聞く」と、怒りながら店員さんにお勧めのお土産を聞きながら、店員さんの後ろについて一緒に店内を歩いている。その間、俺は店の外に置いてある椅子で一休みする事にした。

会計して戻って来た陽子に、

「何を買ったの?」と聞くと、おけさ乳業のクリームチーズ、もこじんまっこのウインナー、加山酒造の純米酒「風」を買ったと言う。

「このお酒飲むのが楽しみ」と上機嫌になっていた。お土産屋から手を繋ぎ、バイクに戻って来た。陽子はお土産を大切そうに、ツーリングバックに入れる。二人でバイクに跨ると同時にゲートが開いた。

「バイクの方から乗船して下さい」と係員が告げる。帰りの船はきんざん丸、この船はバイク用の駐車スペースがないので、両津発の場合は、船尾にバイクを並べて停める為、バイクを車よりも先に船内に入れるのだ。エンジンをかけ、係員の誘導に従ってバイクを船内に入れる。船尾の一番前に俺と陽子のバイクを並べて停め、手荷物をもって船内に上がった。

 きんざん丸は、越佐汽船がバブル期に建造した船で、所々にバブルのなごりがあるが、揺れに強く、絨毯席が充実している船で、島民の信頼も厚い。俺達は四階の禁煙禁酒席に陣取り、荷物を置いて横になった。陽子に、

「今日は佐渡の三分の二を回ったし、この後俺のアパートまで行くから、ゆっくり寝て行こう」と伝えると、陽子は瞼をこすりながら、今にでも寝そうな声で「はーい」と答えた。

 

 気付くと、俺と陽子は眠りに落ち、出航の銅鑼も聞かず、気付くと船は新潟港に入港し、信濃川を新潟港ターミナルに向けて進んでいた。時刻を見ると夕方六時十分。あと十分したらバイクに戻らなくてはいけない。まだ寝ている彼女を起こすと、陽子は身支度をしにトイレに行った。俺は、今日の夕ご飯と明日の昼ご飯をどこで食べるか考えていた。彼女が戻ってくると、

「今夜の夕ご飯だけどラーメンか、釜めしと新潟の郷土料理だったら、どっちがいい?」と聞くと、

「譲のおすすめは?」

「辛つけ麺が好きなら、ラーメンにしない?」

「私、辛いの大好きだから、ラーメンにしよう」となった。

 バイクに戻り着岸して、船尾が下がり岸壁に接岸すると、次々と指示に従いバイクが下りて行く。俺達もその列に加わり船を降り、川沿いの道を走る。しばらく信濃川沿いの道を走り、新潟ユニゾンプラザを過ぎ、左手に一戸建ての住宅街が見えてきたら信号を左折し、交差点を三つ超えて細い道を左折すると、「間食者」というラーメン屋に着く。バイクから降り、

「ここの辛つけ麵は、辛さを選べるから」と陽子に言う。

「譲はいつも、どの辛さにしているの?」

「お腹の調子が良い時はレベル七、八。いつもはレベル五かな」

「私は五にしておく」と言いながら店内に入る。七時近くなので、店内は混みあっていたが、何とか畳の小上がり席に座る事が出来た。オーダーを取りに来た店員に、

「辛、大、レベル五と、辛、普通、レベル五」と伝えた。店員は注文を復唱し、厨房に消えて行った。

「なに、その常連みたいな注文の仕方?」と陽子は爆笑している。実は、ウケ狙いも兼ねて、この言い方にしたのだ。

「いや、俺は常連だから。週末は歩いて食べに来ているしね」と言うと、

「初めて常連チックなオーダーをする人を見た」とまだ爆笑している。

「ここの麺は平麺で、チャーシューが美味しいよ」と教える。佐渡で過ごした時間をあれこれと話している内に、ラーメンが来た。つけダレに麺をつけ食べる。この辛さと担々麺の様な味と濃厚さが、何とも言えない。メンマも太くて美味しく、味玉も入っている。全てが絶妙なバランスで丼に纏まっている。

「どう?」と聞くと陽子は、

「美味しい。肉肉しているけど、このチャーシューは美味しいね」と箸を進めている。二人とも昼食の時間が早かったこともあり、あっと言う間に平らげると、会計をして店を後にした。ラーメン屋から俺のアパートまでは、いつもの裏道を使って二、三分で着いた。

 俺の部屋に入ると、どちらからともなく、

「疲れたね」と言った。玄関からダイニングに入りそこに荷物を置いて、寝室にひいてある布団にウォリャとダイブする。二人横に並んで仰向けになり寛ぐ。

「やっと帰って来たね」と俺が言うと、

「うん。楽しかったけど、疲れたね」と笑う陽子の頭を撫でる。暫く休み、呼吸が整ったら、お風呂を入れ交代で入った。彼女がお風呂から上がるのを待って居ると、今日も満月だった。こうやって陽子がこの部屋に一緒に居ても、違和感が全くない。バルコニーに出て夜風を浴び、満月を見上げぼーっとしていた。するとお風呂から上がり、髪をタオルで軽く拭いただけの陽子が隣に来た。

「髪の毛を乾かさなくてもいいの?」と聞くと、

「暫くこうしていたい」と言い、俺を優しく抱きしめてきた。彼女の髪から良い香りがする。俺が陽子の手を握ると、

「私、近々この部屋に住み着いてもいいかな?」と聞いてきた。突然の告白に一瞬戸惑ったが、二つ返事で、

「好きな時に来ればいいよ」と言った。

「ありがとう」と、彼女は満月を見上げた。俺は、そのまま彼女をお姫様抱っこして、寝室に連れて行き、布団の上に優しく下した。

「今日は疲れているから、やさしくゆっくりしよう」と言うと。「うん」と彼女が頷く。俺は、彼女にパジャマとして貸したスエットを脱がして、優しく愛撫すると、温かく潤った割れ目にゆっくりと挿れた。陽子に覆いかぶさり、キスをしながら中で果てると、彼女を抱き寄せ腕枕し、そのまま二人は眠りに落ちた。

 

 翌朝、隣を見ると陽子はいなかった。「まじか、全部夢だったのかよ」俺は焦った。寝室には陽子の痕跡がない、焦ってリビングに出ると、机の上に置手紙があり、ひと安心した。手紙には「近所を散歩してきます」と書いてあった。時計を見ると午前十時前。朝食を抜いて、早めに昼食を食べに行く事にした。コーヒーを飲もうと、コーヒーメーカーを作動させると、彼女が帰って来た。

「遊歩道があったから歩いてきた」と、息を弾ませながら言った。

朝食を抜いてブランチにする事、お店は新潟の郷土料理が食べられる店に行く事を、陽子に告げた。彼女はデロンギが、挽いてくれたばかりのコーヒーを一口飲むと、

「うん。それでいいよ」と言った。

「ちょうどそのお店が新潟中央インターの近くだから、そのまま日東道に乗って帰れば良いよ」と教えた。

「そんなに早く返したいの?午後から彼女が来るんでしょ」と拗ねる。

「彼女なんかいないし、陽子はもう俺の婚約者でしょ」と言うと、

「私達、婚約したっけ?」と驚いた顔で言う。

「昨日の『部屋に来て良い』って発言、逆プロポーズだと思ったんだけど」と説明する様に言うと、

「そういうつもりはなかったんだけど、あのー、そのー、結婚する気は満々だから、何といえば良いか、ええっと、こんな私ですが、よろしくお願いいたします」と深々と頭を下げて言った。

「こちらこそ」と深々と頭を下げて返事すると、二人とも笑い出した。

 

 お昼を食べに行く店は、「二王子の山懐」という店で、釜めしが人気だが、新潟料理の「のっぺ」や「栃尾のジャンボ油揚げ」等も食べる事が出来、非常に混むので、十一時にはアパートを出る事にした。部屋を出る前に、陽子から部屋の住所と郵便番号を聞かれたので教えた。バイク二台で新潟市中心部を店に向かって走る。道中、様々な商業施設があり、

「新潟って都会なんだね」と、彼女は再三にわたり驚いていた。

新潟市と新発田市を結ぶ、通称新・新バイパスの女池インターと、高速日東道の新潟中央インターの間に店はある。入口から入ると、開店間もない時間だが、駐車場にはそこそこの車が止まっていた。さっそく店内に入ると、四名用の掘りごたつの個室に通された。メニューが豊富なので、陽子は何を食べようか迷っていたが、結局、俺と同じ五目釜めしご膳にした。俺はそこに追加で、のっぺ二人前と栃尾油揚げの納豆入りを注文した。料理が運ばれて来るまでの間、秋田までの帰路について彼女に聞いた。

 新潟から秋田までは陸路だと、日東道を新潟中央インターで乗り、朝日まほろばインターで一旦降りる。下道を走り、あつみ温泉インターから再度日東道に乗る。まだこの区間は開通していないので、強制的に一度高速から降ろされるのだ。その後、川辺ジャンクションで秋田自動車道に入り、協和インターで降りて、国道341号をそのまま走ると着くそうだ。

陽子は往路、高速を新発田インターで下り、新・新バイパスで新潟の桜木インターまで来たが、それ以外の行程は帰路と同じとの事だった。休憩を入れると五時間近い旅になる。沢山食べて行ってもらおうと思った。今更ながら来た時の話を聞いて、秋田のバイク旅も面白そうだなと思っていたら、料理が運ばれてきた。

俺はまず、のっぺと油揚げを勧めた。栃尾の油揚げは大きく厚い。その中に納豆と細かく刻まれたネギが入っていて、上には沢山のかつお節が舞って居る。

「醤油をかけて食べると美味しいよ」と言い、陽子はかつお節に醤油をかけ、一切れ頬張る。

「美味しい。油揚げなんだけど、油揚げじゃないみたい」と驚く。

「俺は、たまにスーパーから買って来て、こうやって納豆とネギを中に入れて、良く焼いてからおつまみで食べるよ」と言うと、

「まあ、なんて贅沢な」と睨む。

「次はのっぺを食べてみて」と勧める。

見た目は普通のお煮しめの様な食べ物だが、のっぺは各家庭によって入れる具材が違うし、お煮しめの様に醤油を多く使わないので、具は薄い色しか付かない。この店は、サトイモ、かまぼこ、鶏肉、シイタケ、ホタテの貝柱、大根、ニンジン、イクラを具材にしている様だ。

「すごく出汁が効いていて、しょうゆの味が殆どしない。これも美味しい」とご満悦だ。そうこうしている間に釜めしが蒸され、食べ頃となったので釜から茶碗によそい食べる。

「もうさ、おこげって最高だよね」と俺が言うと、

「うん、私はわざとおこげを一回で食べないで、何回も食べられる様によそうんだ」と嬉しそうに言う。今にもよだれが落ちそうだ。ご膳なので副菜にタケノコの煮物もついていた。釜飯を食べ終わり、のっぺと油揚げも完食すると、コーヒーを頼んでゆっくりと飲んでから店を出た。

 

 バイクに乗る前に、陽子を引き寄せて抱きしめた。五月の陽光に包まれているからか、陽子の温もりで温かいのか、幸せで感覚が麻痺している。

「気を付けて帰ってね。着いたら電話をちょうだい」と言うと、彼女は親指でオッケーのポーズをした。ヘルメットを被り、バイクに跨ってシールドを開けると、何やら大声で叫んだようだが、マフラー音で聞こえない。

俺が手を振ると、彼女も手を振り、プッとホーンを鳴らして、インターに向かって走り出していった。その日の夕方六時ごろ、無事秋田に到着したという電話が来た。帰る前にヘルメットを被りながら、何て言ったのか聞くと、「私、幸せー!」と叫んだらしく、それを聞いて大声で笑ってしまい、こっぴどく怒られた。陽子が秋田に帰ってからちょうど十日経った日、俺のアパートに大きな段ボールが五箱届いた。差出人は山田陽子だった。

 

 

 旅は、人との出会い、その地方の食との出会い、忘れられない風景との出会い、様々な出逢いがあります。私は、偶然旅先で新婦と出会ったわけですが、旅をしていなかったら、その出会いすら生まれませんでした。

 

 私は、バイクでの旅がしたくて、バイクを乗り換えました。前に乗っていたバイクが、偶々新郎と同じで、その事もきっかけとなって、私達は自然と何かに導かれるかのように、付き合い始めました。

 

 皆さんの中には、旅なんて面倒くさいとか、お金がかかると思っている方もいらっしゃると思いますが、今日のこの場をきっかけとして、ぜひ旅に出ていただきたいと思います。旅は貴方を待って居ます。貴方を変えます。そして、かけがえのない財産になります。その事を旅が私達に教えてくれました。皆さんが素敵な旅に出られますよう、心からお祈りしております。

 

「新郎新婦作成による、動画をご視聴いただきありがとうございました。続きまして、新郎より式の最後にご挨拶がございます。新郎の譲様よろしくお願いいたします」

「新郎の譲です。本日はお忙しい中、ここ佐渡が島までご足労頂き、誠にありがとうございました。私は堅苦しい話が苦手なので、ある方の名言を引用する形で、今日の式を閉めさせて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします」

 

 アントニオ猪木 道

 

この道を行けば どうなることか

危ぶむなかれ 危ぶめば道はなく

踏み出せば その一足が道となり

その一足が道となる

迷わず行けよ 行けばわかるさ

 

「皆さん、ご唱和願います」

行くぞー、1、2、3、ダー!

 

 

 午後三時前の佐渡市椎泊温泉。ゆっくりと入浴し、日頃の疲れを癒しに、日帰り入浴に来た春日ハツ子は、日帰り入浴客専用の駐車場に車を停め、ホテルで入浴料の会計をする為に、敷地を歩いていた。

ちょうどホテルの入口に差し掛かり、自動ドアが開いた瞬間、「ダー!」という訳の分からない、大地の唸りにも似た大声にびっくりし、ハツ子は腰を抜かした。

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