挿入文

【あかいびん、あおいびん】

 俺の目の前には、二つの小瓶が置いてある。
 一つには、半透明な赤い液体、もう一つには、半透明な青い液体が入っている。俺はこの二つの瓶を睨んでいた。ただ真っ白い壁と天井しかない、常識では考えられない場所で。
 俺は、ここに閉じ込められてから、この液体のどちらかを飲むことを要求されていた。
 赤い液体は、知りたいことをすべて知ることができる。だがそれを知った瞬間、俺は死ぬらしい。青い液体は、俺が持つすべての記憶を失って、ここから出て生きることができるという効果、らしい。
 普通なら、生きるほうを選ぶだろう。でも、今の俺が消えるなら、それは死ぬのと変わらないんじゃないか。
「……さて、どうするか」
 白い空間で映える、二つの小瓶。
 そして俺は二つの瓶に手を伸ばした――


「大丈夫ですか? 具合、悪いんですか?」
 ――気がつくと、俺は知らない場所にしゃがみこんでいた。「あの」とさらに声をかけられて、思わず顔を上げる。
「……谷垣、ゆかりさん?」
「え?」
 谷垣ゆかり、二十歳。大学三年生。最近できた彼氏が女性関係にだらしないから、つい束縛してしまうことを気にしていて――
「だ、誰ですかあなた!? なんでそんな、見ず知らずの人がそんなこと……!」
 ふと我に返る。俺はずっと喋り続けていたらしい。
「まさか、ストーカー!?」
「俺は――」
 悲鳴のせいで、通行人の視線が集まる。
 工藤耕太郎、桜井綾、山本卓也、広瀬匠、久下美由紀――どうして俺、初めて見た人間の顔も名前も……個人情報も知ってるんだ?
 それなのに――どうして俺は、自分が誰かわからないんだ?
(終)

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