高倉健さんは、ハグしなかった(日本人だねえ)

高倉健さんの主演映画『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』(山田洋二監督)は若いころから何度も繰り返して観ている名作です。その最後のシーンで、健さんは数年ぶりに再会した奥さんをハグしなかったのです。欧米人にとっては、あり得ない - - -?

 そこに至る経緯を思えば、欧米人なら絶対にゼッタイにハグするはずの場面で、健さんはハグしなかった。欧米人にとっては、かすかなストレスを感じるに違いありません。この一場面だけ取ってみても、山田洋二監督はさすがに日本人を正確に表現しているとうなってしまいます。

フランスのハグ文化に感染して

 若い頃にフランス女性と付き合っていたことがあり、一か月ほど彼女の故郷アンジェという田舎町に滞在したことがありました。日本から客人が来た、それも近々親戚になるかも知れないということで、彼女の親戚たちが大勢集まって何度もパーティを開いてくれました。
 私が男性ですので、相手が男性の場合は握手しますが、女性の場合は、右頬、左頬、右頬と、チュッ、チュッ、チュッを3回繰り返すのです。若くて綺麗な娘たちばかりだったら、ぼくだって文句を言わずにやりますよ。でもどっしりとしたおばさんが10人集まれば、これを10回繰り返すのです。次の日も次の日も、毎日会う度に繰り返すのです。

 面倒くせーー!
 日本だったら、まとめて一礼で済むのに…。

 ところが、たかだか一か月の滞在中に、私はあっさりとフランスのハグ文化に染められてしまったのです。何しろ彼女も、彼女の妹も、彼女の母親も、おばさんたちも友人たちも、みんなフランス人。彼女たちが寄ってたかって親戚になるかもしれない東洋の青年にフランス流の振る舞いを教え込もうとばかりにやってくるのですから、私一人で対抗できる筈はありません。あっさり感染しましt。

『幸福の黄色いハンカチ』に出会う

 その私がフランスから帰って初めて観た日本映画が『幸福の黄色いハンカチ』でした。

 ふとしたはずみで人を殺してしまった勇作(高倉健)は6年間の刑期を終え、出所直後の網走から夕張の妻・光枝(倍賞千恵子)宛てに葉書を出した。「もし、まだ1人暮らしで俺を待っててくれるなら、鯉のぼりの竿に黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ。もしそれが下がってなかったら、俺はそのまま引き返して、2度と夕張には現れない」

 それを聞いた欽也(武田鉄矢)と朱美(桃井かおり)は、迷わず一緒に夕張に行くことを決心する。こうして3人は車で夕張へ向かう。

 勇作(高倉健)の心は揺れる。「やっぱり引き返そう、あいつが一人でいるはずがない」といったん引き返そうとした勇作だが、朱美の「万一待っていたらどうするの」という説得に応えて、再び夕張に向かう。

 こうして夕張に到着した三人。欽也は「もしかしたら引越してしまっているかもしれないな」と万が一のことを考える。一抹の不安を隠せない朱美も、そうよねと勇作を気遣う。

 ようやく勇作の自宅の前で彼らが目にしたものは、風にはためく数十枚もの黄色いハンカチであった。よかったー。(しかし、短期間にあれだけの黄色い布をよく集められたものだ。)

健さん、そこはハグでしょーッ!

 欽也と朱美に背中を押されて自宅に向かう勇作。数十枚の黄色いハンカチの下で、光枝(倍賞千恵子)は洗濯物を干していた。勇作に気づくと思わず涙ぐむ光枝。黙って彼女に近づいた勇作は、泣きじゃくる彼女の肩にそっと手を置いて二人はそのまま家の中へ入っていった。

 それを観ていた私は、思わず叫びそうになった。健さん、そこはハグでしょー、ハグ、ハグーっ!

 たかだか一ヶ月のフランス滞在ですっかり西洋ハグ文化に感染してしまった私にとって、そこは当然、物が上から下へ落ちるように、水が高所から低所へ流れるように、自然に、当たり前に、言うまでもなく、思いっきりハグする場面でしょう。しかし、健さんはハグしなかった。山田洋次監督はハグさせなかったのです。

 西洋人がこの場面を見ると、きっとストレスを感じるでしょうね。ハグ文化に感染していた私が微かなストレスを感じたのだから間違いない。

正気(?)に戻って

「健さん、そこはハグでしょー」と叫びそうになった私ですが、その後フランスの彼女と別れ、ようやく正気(?)を取り戻しました。(この表現、西洋ハグ文化の人々には申し訳ない、ごめんなさい。)

 申し訳ないが「正気」に戻った私は、その後三度、四度と『幸福の黄色いハンカチ』を繰り返して観ました。
 観る度に、最後のシーンで思ってしまうのです。ハグしなかった健さんはカッコいい、ハグさせなかった山田洋次監督はエライ、と。

 しかし、この感覚、今の若者に通用するものでしょうか?
 もう少し若い監督だったら、案外健さんにハグさせたかも知れませんね。まあそれも、致し方ないかも。 

ソーシャルディスタンスと日本文化

 新型コロナウイルス対策とかで、握手ハグ文化圏では、握手の代わりに肘と肘をくっ付けあったり、靴と靴をくっつけ合ったりしているようですが、まあご苦労様でございますね。

  元々、日本人はソーシャルディスタンスを適切に取る民族でありました。たとえ自分の家の真ん前であっても玄関を出たらそこはパブリックな空間です。パブリックな空間で日本人はハグしないのです。日本人は、握手もしない民族でした。

 昭和天皇が戦後各地を巡航された際に、ある人が天皇に手を差し出して握手を求めたことがありました。陛下は、日本式でやりましょうとおっしゃって、やんわりと握手をお断りになりました。

 日本式はよろしいですね。正気(?)に戻った私、つくづく日本に生まれて良かったと考えている今日この頃でございます。
 この引きこもりの間に、『幸福の黄色いハンカチ』(DVD)を本棚から取り出してまたじっくりと鑑賞してみようと思います。

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▶︎『幸福の黄色いハンカチ』

▶︎ 『 日本語は神である』                       日本語の単語(ありがとう、おかげさまで、等)に、日本語全体の構造が秘められています。私はそれをアップダウン構造と名付けました。アップダウン構造で、日本語の不思議、日本人の不思議が、スラスラと解決されていきます。

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