隊長の異常な愛情 または彼は如何にして演習するのを止めて癌罪を叩くようになったか

春、夕暮れの軍港。
レジスタンス、もとい“帝国”が最後の砦とした場所。
かつて連邦との戦いが激化するにつれて昼夜問わず稼働していた人員や機械も、今ではその大部分が待機状態となっている。

最盛期は工作機械の駆動音が鳴り渡り会話すら困難だった工廠もすっかり形を潜め、外を旋回する海鳥の声が響いている。
ガムテープで補強された磨りガラスから差し込んでくる斜陽は、より一層その静けさと郷愁を湛えていた。

そんな棟の片隅、修理区画から小さな明かりが漏れている。
一人の青年が金属製デスクに腰掛け、半目開きでスマートフォンに目を落としている。
平賀 丈、それが彼の名だった。
レジスタンスがこの地に腰を下ろしてから最も長く指揮官と苦楽を共にした内の一人である彼は、艦隊が増え、戦局が優勢に傾きつつある今でもこの部隊に所属している。

「…え、もうこんな時間に」

いつしか夕陽は沈み、海鳥の声もなくなっていた。

不意に後ろのドアが開く。
「電気も点けずに画面ばかり見ていると目に祟りますよ」

「あぁ、すみません。気付いたら暗くなってて…」
部屋に入ってきた少女に対して反射的に謝ってしまうのは彼女の鋭い目付き故だろうか。

「空調も入れずにこんな場所にいるなんて、風邪でも引かれたら…」

不破 京香、彼女もまたレジスタンスの最古参の一人である。
まだ年端もいかないであろうその若さで艦隊副長の座に就き、戦況をここまで盛り返したその手腕は確かなものなのだろう。

隊の構成員の中でも特に若かった二人ゆえか、所属する課が異なってはいるがしばしばこうして話す機会があった。
実戦に感けてそれどころではない時期こそあったものの、最近では特にこういった時間は目に見えて増えていた。

「それで、何を見ていたんですか?」
「え?」
「いえ、そのスマホ」
「あぁ、いえ、そんな大した内容ではないんですが…」

そういって丈が見せたのはTwitterの画面であった。

「これは…SNS、というやつですか?私はあまり触らないので明るくないのですが…」
「はい。まぁ簡単に言うとその時の思い付き、感じたこととかを世界中に自由に発信できる掲示板みたいなものです。
「急に早口になりましたね」
「…」
「ごめんなさい、悪気はないんです」

やや気まずい沈黙が立ち込めようとしている雰囲気を感じ取り、京香は苦し紛れに話題を継続させようとする。

「それで、何かその、気になる投稿でもあったんですか?」
「え、えぇ。まぁはい。実は俺もこのTwitterやってるんですけど、仕事柄他の艦隊の隊長の投稿とか検索しちゃうんですよ」
「え、他の艦隊司令も登録してるんですか?」
「そうですね。確認してるだけでも相当数」

レジスタンスの防諜はどうなっているのかという疑念こそ湧いたが、まぁ現状大丈夫なら大丈夫なんだろうと半ば強引に自分を納得させる。
きっと上手くやっているのだろう。多分。

「それで、この投稿なんですけど」
「はぁ」

京香はこちらに向けられた画面に顔を近づけ、眉を寄せる
「がん……つみ…?で合ってます…?」
「はい。がんつみです。」

そこには”癌罪は死ね”と書かれた投稿があった。

「どういう意味ですか?」
「まぁ僕らが言うところの過剰積載艦ですね。片舷指向特化型とかあの類の。」
「あぁ、一時期隊長が狂ったように量産していたアレですか…」

京香には心当たりがあった。
2年ほど前、とある海戦に向けて隊長がひたすら片舷に155mm三連装砲を指向した扶桑を作っていたことがあった。
『扶桑』と呼ぶにはあまりにも異様であるソレは実際に戦線に投入され、敵艦を残骸も残らないほど徹底的に破壊し尽くしたと聞いている。

その後超大和型船体を開発し、艦隊が大和型戦艦のみで運用可能になり、レジスタンス内合同演習にて一位を取った頃に、突如として隊長はこの異形の開発を中断した。

それが試験的な模索か一時のマイブームか、細かい事こそ考えなかったが、少なくともこれまでの隊長の指揮にも戦績にも問題は無かったため、気にする事も無かった。

「それで、“死ね”というのは?」
「はい、そこなんですが…」

京香が気になっていたのは寧ろその部分であった。

船、特に戦闘艦には一種の機能美とも言えるものが備わることは知っている。
自身は女性ということもあってか、そういったものに特段惹かれることこそなかったものの、俗に『海の漢』と言われる者達の中には、そういった美しさを見出したために戦闘艦に乗る者もいるのだろう。
それこそレジスタンスの中にも。

それを踏まえて考えれば、確かにあの異形は一般的な『美しい』の定義にはそぐわないのは火を見るよりも明らかである。
しかし、だからといって「死ね」と憎悪を露わにするまでに恨むものだろうか?

丈は続ける
「どうやらこの投稿、演習で件の“ガン積み艦”を編成した艦隊と当たってしまった部隊の隊長のものらしいんです」
「はぁ」
「どう思いますか?」
「どう思いますと言われても…」

言葉に詰まる。
正直に言うと、思った以上にどうでもよかった。
しかし自分から話題を振った手前、「下らないしどうでもいい」など言えるはずがない。
ましてや彼にはこの目付きのせいか、やや冷徹な印象を抱かれている節がある。
ここで突き放せば尚更誤解を解くのは困難になってしまうだろう。

「まぁ…そんな事を愚痴として投稿できる程度にはレジスタンスにも余裕が生まれたのかなとは思いますが…」
「確かにそう言われればそうなんですけど、管轄地域が違うとはいえ同じ組織内でこういった不和が生まれるのもなんかなぁって…」
「そうですね、というか、それに対する反応みたいなものはないの?」
「リプライですか?あぁ、それも問題なんですよ。見てくださいこれ」

そういって再度見せられた画面には、件の投稿に対する他の基地の隊長と思しきアカウントからの返信、引用ツイートが載っていた。

ーーーーー
見た目艦(笑)

お前の操艦が下手糞なだけだろガン積みに責任転嫁するな

嫌ならガン積み使えば?w

また燃えてる!!
ーーーーー

頭を抱える
これは思った以上に深刻かもしれない。

それに“また”とはなんだ“また”とは
いつもこんな感じなのだろうか?

「…いつもこんな感じですか?」
「そうですね、俺が見てる感じ2ヶ月に一回はこんな感じの応酬が…」

レジスタンスの隊長に問題児が多いことは以前から噂程度には聞いていた。
連絡用ハブを作ったはいいものの思想の違いで解体したとか、14cm砲を信仰している隊長同士の連合が宗教分裂を起こしたとか、ネット上に何かしらを投稿して憲兵に連行されたとか、そういった話には欠かない組織である。

しかし、実際にこうして目の前に提示された投稿から推測される民度を鑑みるに、案外その噂話も本当かもしれないという真実味を帯びてくるものであった。

「条約決戦演習ってあったじゃないですか」
丈が半笑いで言う
「アレってこういった不和の解消のためにある程度取り決め作っちゃおうってことで発足した規格演習らしいんですよ」
「それで…解消されたんですか?」
「いや、結局通常演習については規格に変更無しってことであまり根本的な解決にはなってないみたいで…」

しばらく画面を操作して表示された投稿、
投稿日時はつい先日のものであった。

ーーーーー
ガン積み
・fu○k      33.7%
・その他   66.3%
83票 最終結果
ーーーーー

見たところアンケート形式の投稿だろうか。
83票とはまた随分票を集めたものだ。
少なくとも83人の隊長がこの投稿に対して投票という形で反応したということなのだから。

「このエフユーマルケーとは?」
京香は外国語には疎い方ではないが、インターネット文化に触れていなかった分、こういったスラングには弱い。
それゆえ特に深い思慮をする余地もなく、何の気無しに尋ねたものだった。

「あぁ…えっと…まぁあのーなんだろう、すごい悪口って感じです。侮辱っていうか」
かなり苦しいながらも丈がなんとか説明の体を繕ったそれは、文字通り直球的な侮辱であった。

「この投稿をした隊長は後で失言だったと一応謝罪の投稿もしているようですが…」

「謝罪すれば終わりという話でもないでしょうに」
京香が一蹴する

「しかし、どうしてこうも争おうとするのかしら。さっきの返信じゃないけれど、ガン積み艦とやらを下したいなら自分もそれに勝てる相応の船を作るしか無いでしょう」
「そこじゃないですかね」

丈はやや目を伏せながら続ける
「京香さんからしたら本当に何言ってんだって思うかもしれないんですけど、やっぱり自分が設計した船って愛着が湧くんですよ。俺、工廠勤めだから分かるんです。」

「それが砲旋回とか出力比とか居住性とか色々考えてやっと完成した船なら尚更ですよ。所詮人殺しの兵器かもしれませんけど、親心っていうんですかね、コイツに活躍してほしいってどこか思っちゃうんですよね」

京香は黙って聞いていた。
報告書を見る限り部品修理ばかりで造船にほぼ関わってない筈だが、しかし彼にも色々と思うところはあるのだろう。
それにしても、突然自分に酔ったような話し方を始めた丈を見るのが若干面白かった。
急にどうしたのだろうか。

「それで演習にいざ出してみたら、まぁ言い方は悪いですけど…勝つことしか考えてないような、思考停止した気品の欠片もないような設計の船一方的に蹂躙されて」
「“その船に負けたのが悔しい”っていうより、“自分の船がそんな船より弱い”っていう事実を突き付けられるのが辛いんじゃないかなって」

なるほど、確かに言い分は分かる。
「えぇ、でもだからってSNSでその…ガン積み艦?を使ってる隊長を攻撃していい理由にはならないでしょう」
「まぁそうなんですけど…でも他にフラストレーション発散できる先も無さそうなんですよね」

「平賀くん的には“美しい船でないといけない”みたいな美学は持っているの?」

やや考える素振りの後
「俺は…いや、どうでしょうね。最初の方はとにかく物資も足りなくてそんな事言ってられませんでしたけど、今となっては”戦いにも美学が必要“っていう人の気持ちも少し分かる気がします。」

京香は笑う
「ふふっ、そのどちらとも取れる返答、平賀くんらしいわね。」
「そうですか…ハハ…」
「さっきどう思うかと聞かれたから、今から私の一個人としての意見を言わせてもらいます」

京香の目つきが任務中のそれになったことに気付き、丈の表情がやや緊張したものになる。

「まず、私たちが行なっているのは戦争です。スポーツでも、ましてや芸術展でもありません。演習ではともかく実戦では敗北は即ち死に直結します」

「演習や模擬戦とは実戦で想定されるあらゆる連邦艦との接触をシミュレートするためにあり、アグレッサー、即ち演習相手の編成を実戦で敵が使ってこないという確証は全く無いの。」

「事実、最近は接敵回数こそ減っているものの、当初と比べて連邦の艦は確実に武装が過剰気味になっている傾向があります。そんな中で演習結果に納得がいかないとか、船の見た目が美しくないとか、そんな事をインターネットに書き込んでいる余裕ははっきり言って怠慢です。その時間を使ってより強固な艦隊編成、造船の研究に取り組むべきです。」

「どうしても美学が譲れないというのであれば、美しく且つ過剰積載艦を下す性能を有する艦艇を開発することに全力を注ぐことね。以上が私の感想です。」

「な、なるほど…」
何故か後半から自分が怒られている気がする、丈はそんな事を考えながら京香の力説に圧倒されていた。

「あれ、もうこんな時間ですか」
気付けば磨りガラスの向こうに月明かりがぼぅっと照っている。
丈を迎えに来たという目的を忘れ、すっかり話し込んでいた。

二人で宿舎棟へ向かう途中、停泊中の超大和型戦艦が見えた。
我が部隊長が駆る旗艦であり、その様相は圧巻の一言に尽きる。

京香は不意に尋ねる
「そういえば、我々の隊長もTwitterに登録しているんですか?」

「いや、そう言った話は聞いてないですね…検索してみます?」
丈がユーザー検索を行う

「お、あった!」

京香は以外そうにクスリと笑う
「まさか本当にあるとは、隊長も意外と今時っ子なんですね」

スマホを見るために否応にも二人の距離は近付く。
京香が興味深そうにスマホを覗き込み、白い吐息が眼前で消えていく。
まだ冬の残り香故に冷たい筈の丈の顔がやや熱くなる。
「み、見てみますかとりあえず」

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📌固定されたツイート
ガン積みは死ね!!
ーーーーー

「「あっ」」

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