ハイブリッドエレクトリア第2話『出撃!G・ヘブンカイザー!』
――大型エレクトリア襲撃事件。
あれから1週間が経った。エレクトリアカフェは近衛インダストリアルの助力もあり、店は修復され、営業を再開していた。リアはいつものようにここで昼を過ごしていた。
店内のテレビモニターは下世話なワイドショーを映していた。そこでは他人の色事に難癖をつけた後、エレクトリアという存在にまで難癖をつけ始めようとしていた
クラゲをかぶったエルニルがチャンネルを変えた。モニターには動物の着ぐるみたちがステージで踊る子供向けチャンネルが映し出された。
「も~。誰ですかあんな教育に悪い番組を見ているのわ。見るなら、こういう知的な番組にしなさい」とエルニルは言った。
店内にいたエルニルのファンたちが一斉に「はーい」と返事をした。ニーカとリアは窓際の席で苦笑いしてこれを見ていた。
「あいつのファン層はちょっと変わっているんだ」とニーカは言った。「それより、やっと笑ってくれたな。あの襲撃事件以来、何かふさぎ込んでいるように見えたからな」
「ありがとう」――リアは微笑した。「別に落ち込んだりしているわけじゃないんだ。ただ、考え事をしていただけで」
……リアは襲撃事件後の慌ただしさを想った。
大型エレクトリアが襲撃してきたその日、警察と近衛インダストリアル特別自警統括部の合同捜査本部が設置された。捜査本部は研究員たちの協力を得やすくするためという名目で近衛インダストリアル本社内に設置された。その翌日には工励も現場に復帰した。工励ら研究員たちが回収された大型エレクトリア解析したところによると、大型エレクトリアの内、1体はプロトアルファと同型のもので間違いないということ、その他の機体は買ったばかりの初期装備エレクトリアにモノスコープを被せただけの装備であった。そして、コアを持っていないオートエレクトリアではあるが、その作りはエレクトリアと全く同じであること。
捜査の指揮は水原ミカが執った。
「これだけの機体を作るにはそれなりの設備と資金が必要よ。全自警統括部員は旧ROMの未発見アジト、乾の隠し研究所を捜索!」
……アジトが見つかれば――リアは思った。自分がハイブリッドエレクトリアの力を使って乗り込み、大型エレクトリアを無力化、または破壊する。きっと6体じゃ済まない。
『私はみんなを、……エレくんを守れるだろうか?』
……「リア?」
ニーカの問いかけに、リアはハッとした。また考え事に夢中になっていた。
「あ、すまない」
「これは気晴らしが必要だな」とニーカは言った。「来週、ラクロアールでエレクトリアバトルイベントがある。参加はしないだろうが、見学くらいしたら良いじゃないか? 2人が出合い立ての頃によくそこでデートしていたのだろう?」
「デートか」――リアは微笑した。「1日くらい、ただのエレクトリアに戻るのもいいかもしれない」
その日の夜。励とリアは車に乗って採石場跡地へ向かった。水原ミカが隊長に見せた映像の場所である。そこで2人は装備の試し撃ちをしていた。まず、クラブエクステンションを複数生成し、ターゲットをリア自身に設定しそれを飛ばす。リアはクラブエクステンションの攻撃をかわしながら、様々に装備を生成、換装し、相手を撃ち落とす。これがいつもの訓練であった。
「エレくん」と武装を解除し、カジュアルスタイルになったリアが言った。「今日はアレのテストはしないのか?」
「ああ、今日はな」――そう言って、励は遠くの森をチラと見た。「お客さんが来ている。盗聴器の類はないから好きに話しても大丈夫だ」
「そうか。だったらその……」
「どうした?」
「ニーカが言っていたのだが、来週、ラクロアールでイベントがあるそうなんだ。一緒に、どうかな?」
「ああ、見物か。いいね。最近ずっと仕事続きだし、ちょうど俺も気晴らしがしたかったんだ」
……遠くから2人を監視していたのは髭の隊長であった。
翌朝、隊長は最上階の会議室でミカに昨夜の監視内容を報告した。
「本当に?」とミカが報告書を読みながら隊長に言った。「リアが生成して使っていた装備はこれで全て?」
「ええ、本当です。録画もありますから映像で確かめてください。それと、いい加減に教えてくれませんか? 彼らを尾行までして監視する理由を。こんないつの時代の物かわからないような機械ばかり揃えさせる念の入れようは少し引きますよ」――隊長はビデオテープを指差しながら言った。「わざわざ骨董マニアの友人に使い方を習ったんですよ」
「彼らの前でネットワークや無線につながる機器の使用は厳禁。リアにすぐ探知されるわ」とミカは言った。彼女はビデオテープを持ち上げ、様々な角度から眺めた。「それにしても、これはどうやって再生するのかしら? 後で教えてくれる? ああ、監視の理由だったわね」
ミカは語った、工励とリアの本当の脅威の可能性を。
ミカと出会った頃の工励は普通の少年であった。勉強はできる方であったが、飛び級をするほどの才を持っているようには見えなかった。彼が突然目覚めたように勉学やスポーツの能力を向上させたのは近衛理研事件の後のことだった。彼の覚醒は周囲を驚かせた。同級生が高校3年生になる時に彼は大学へ入学した。彼が大学1年次に私的に発表した論文『エレクトリアの能力向上スキルと人工感情の関連性』は特別単位を与えられ、1年での学部卒を可能にした。
大学院修士課程ではナノマシンの研究をした。『ナノマシンによる物質再生過程の観察』という論文で修士課程も1年で終えた。
博士課程でもナノマシンの研究をするものと思われたが、彼は一転して人工感情の研究に戻ってしまった。
「我々が警戒すべきは」とミカが言った。「彼が今でもナノマシンの研究を私的に続けている可能性があるということ。この間も説明した通り、ナノマシンに関する研究は理研事件で全て消えているわ。ナノマシンをまともに研究できていたのはこの世で伊勢博士と乾博士の2人、そして工博士」
「それなら」と隊長が言った。「工博士にナノマシン研究を命じればいいじゃないですか、彼は近衛の社員でしょう?」
「彼は入社前にそれを拒否したのよ。ナノマシン研究は一人ではこれ以上の発展は不可能と主張してね。……話を戻すわ。仮に彼が秘密裏にナノマシン研究を続けていて、我々の未知の力を手に入れていたら? ハイブリッドエレクトリアであるリアが生成する装備は今のところ既存のエレクトリアパーツに限定されているけれど、これがナノマシン技術で自由にオリジナル兵器を作れるようになったら?」
隊長はつばを飲み込んだ。
「もう一度聞くわ」とミカが言った。「本当に既存装備しか使っていなかったのね?」
「ええ、保証します」と隊長は胸に手を当てて応えた。「エレクトリアバトル観戦歴10年のマニアですから!」
ミカはビデオテープを困った顔で見つめた。
ラクロアールは盛況だった。イベント参加者、エレクトリアバトル観戦者で溢れていた。
「久しぶりだな」と励が言った。「近衛に就職してからめっきり足が遠のいていたからなあ」
「そうだな」とエレクトリアサイズに戻っているリアが言った。「休日も仕事場に来ているような気持ちになるからな」
リアはニットスタイルにフェアリーウィングという恰好だった。
「だけど」――励は鷹匠のようにリアを腕に着地させて、彼女の頭を指で撫でながら言った。「このサイズだと出会ったばかりの頃みたいで、なんかいいなあ」
「あ、あまり甘やかさないでくれ……」
2人は会場を見て回った。物販コーナーでは、エレクトリアパーツ、非戦闘用の衣装やアクセサリー、エレクトリア情報誌、エレドル(エレクトリアアイドル)グッズなどが売られていた。リアは「初めてのお出かけ」でリボンをもらったことを思い出した。
励もリボンのことを思い出していた。
『そういえば、あの時のリボン、ここ数年見てないな。リアがどこかに保管しているのだろうけど……』
「リア。そういえばさ……」――彼はリボンのことを聞こうとした、が、バトル会場の方から悲鳴が聞こえ、客がバトル会場から物販会場へ逃げ込んできた。
「これは、どうしたんだ!」と言って、リアは天井まで飛び上がり、人々が何から逃げているのかを見た。
「リア、行くぞ!」
励は人の流れの中をかき分けながらバトル会場へ向かった。
そこには久しぶりに見る3人の姿があった。
「メカこそ至高!」と演説するように叫ぶ背の高い男(黒)。
「今日こそ俺たちの崇高な理念を世に知らしめてやるぜ」と言うガタイのいい男(緑)。
「ちょっと、客が全員逃げちゃったじゃないの!」と言う女(ピンク)。
「お前たちか、久しぶりだな」――励はバトル会場を見回した。懐かしいヘルカイザーが壁一面に並んでいた。3人組はネオROMの3人であった。「まだ活動していたとは、その根性は見直したぞ」
「げえっ! タクミレイ!」と黒は言った。
「また邪魔しに来やがったな」と緑。
「ちょっと、こいつがいるってことは……」とピンク。
「ああ、私もいるぞ」――リアが励の肩に着地した、と同時に壁一面に並んでいた大量のヘルカイザーが爆発した。彼女の右手にはバスターブレードの柄が握られていた。「耐久性は、よく出来ていたと思うぞ」
緑とピンクがうろたえた。
「ボス、こ、これじゃ、また」
「まあ、落ち着け」と黒が言った。「我々には最終兵器があるじゃないか」
「そ、そうだタクミレイ! 俺たちには最終兵器があるんだ」と緑。
「あんたたちも年貢の納め時よ!」とピンク。
「そうだ! そこで待ってろ! クラッシャーコンビめ」
そう言って黒は会場の外へ走って行った。
……1分ほど沈黙が流れた。
「逃げたわけじゃないよな?」と励が言った。
「そんなわけあるか! ボスは最終兵器を取りに行ったんだ。運ぶのに時間がかかっているだけだ。あれは重いんだ!」と緑。
「そこのstaff onlyって扉を開けると倉庫になっていて、台車がある。持って行ってやればいいんじゃないか?」
「あ、そうだな。俺、行ってくるわ」
そう言って緑は台車を担いで走って行った。
……励とリア、ピンクの間に気まずい沈黙が流れた。
「あの、なんだ。ま、まだ活動してたんだな」と励。
「そ、そうなの」とピンクがよそよそしく言った。「なんていうか、再就職も考えたんだけど、職歴に空白期間があるのはやっぱり厳しくて……」
「そうなん、ですね……」
『それにしても、よくこれだけのヘルカイザーを製造したものだ』と励は思った。『1対〃〃の製造にそれなりの資材と金がかかるだろうに。ネオROMがたこ焼き屋をやっているという噂は聞いたことがあったが、それで賄えるような規模では……、あれ? もしかして』
励が何かに思い至った時、「黒」が台車を押して戻ってきた。台車の上には大きな段ボールが乗っている。
「待たせたな!」――二人の男は汗を流し、息が上がっている。「見ろ! これが俺たちの最終秘密兵器、グレート・ヘブンカイザーだ!」――段ボールの中から機体が飛び出した。それはGヘルカイザーの背部に3対6枚のアークフェザー、頭部に巨大なアークリング、脚部は巨大なフローティングレッグを装備させたものだった。「どうだ! 全長90センチの巨体。さらに、出力を最大限強化した武装! もはや兵器! エレクトリアなど目ではないわ!」
「リア」と励は落ち着いた様子で言った。「どうする? その姿のまま、戦ってみるか?」
「ああ」とリアは言って、励の肩から飛び上がった。「久しぶりに“エレクトリアバトル”をやるのも悪くはない」――彼女は会場中央の大きなバトルスポットへ降り、ネオROMの3人に向かって言った。「来い。手加減できるかわからないがな」
リアの体を虹色の霧が包んだ。霧が晴れた時の彼女の装備は以下のものだった。
ヘッド:アークリング
ボディ:プライマリボディ
リア:マルチブースター
レッグ:メタルヒール
バックパック:セイレーンカスタム
右手:アサルトライフル(黄)
左手:プロテクションリング
サブ:ハイレーザーソード
「行け、ヘブンカイザー!」
ヘブンカイザーがバトルスポットに降りた。アリーナが起動し、リアとヘブンカイザーは透明なバリアのリングに囲まれた。そのリングはグランドアリーナと同じ作りだった。
「小手調べといこうか」――リアはそう言って、アサルトライフルを構えた。相手は高速で動きながら、大量のミサイルを発射した。「当たらん!」
彼女はアクロバットな動きでミサイルをかわしながらライフルを撃った。
「そこだ!」
敵の右肩に全弾命中し、ヘブンカイザーの右手、すなわちGエクステンションのタイラントソードが白く輝く羽とともに宙を舞った。リングのバリアが破け、バトル会場の壁に穴が空いた。リアの放った銃弾はヘブンカイザーの右肩を落とし、アークフェザーを貫通し、リングのバリアをも貫通したのだった。重い右腕を失ってバランスを失ったヘブンカイザーは墜落し転がった。
ネオROMの3人はもちろん、励とリアも開いた口がふさがらなかった。
「リア……」と励は動揺したように言った。「銃火器の使用は、やめておこうか」
「ああ、エレくん。そ、そうだな」
リアはアサルトライフルをパージし、バックパックをセイレーンカスタムからセイレーンへと換装した。
「へ、ヘブンカイザあああ!」と黒が叫んだ。「お前は、俺たちの……、いや、至高のメカを求める者たちの最後の希望なんだ! 立て! 立つんだヘブンカイザー」
ヘブンカイザーはその声に応えるかのように起き上がった。右足のつま先を地面に突き刺して、左足を浮かせ、左側のアークフェザーで大きく羽ばたいた。
緑とピンクも叫んだ。
「ヘブンカイザー!」
ヘブンカイザーは最後の力を振り絞るかのように、ビットを射出した。クイックビット、レーザービット、4個のプリズムフェザー(羽が2枚破壊されている)。大量のレーザーがリア目掛けて発射された。
――『よかった』とリアは思った。『本当によかった。……あの時にエレクトリアバトルを引退していて』――彼女はワールドチャンピオンになった直後に物質変換能力に目覚めた。つまりハイブリッド化した。その時のことを思い出していた。『あのまま防衛戦をやっていたら、私は他のエレクトリアを殺してしまっていただろう……。本当によかった』
リアは華麗な動きで襲い来るレーザーをすべてかわした。それはいつまでも続くアクロバティックアプローチであった。
そのまま、あっという間に、彼女はヘブンカイザーの目の前まで接近した。右手に握るハイレーザーソードの柄から刃を伸ばした。
「ヘブンカイザあああああ!」
ネオROMの3人が叫んだ。その叫び声は涙声だった。その時、ヘブンカイザーのボディが輝き、リアに向かって巨大な照射ビームを発射した。ギガブラスターである。
「甘いな!」――リアの右手に力が入った。ハイレーザーソードの刃が大きくなった。「終わりだ!」
リアの振るった刃はギガブラスターの光線ごとヘブンカイザーを切り裂いた。そのまま3連撃を加え、敵機体はバラバラになって爆発した。
ネオROMの3人は膝から崩れ落ちた。
「わ、悪くない勝負……だった」
とリアが励ますように言ったが、3人には聞こえてなかった。
「リア」と苦笑いしながら励が言った。「エレクトリア同士のバトルは練習でも無しな」
「あ、ああ。私もここまで威力が出るとは思っていなかった」
直後、大勢の隊員を連れて、ミカが会場に突入してきた。
「特別自警統括部よ! おとなしく降伏しなさ……、あら? もう終わったようね。あなたたち、今日は非番じゃなかったかしら?」
「まあ」――励は頭を掻いた。「そうなんですけどね」
励はことのあらましを説明した。そして、こう付け加えた。
「これらの残骸を見てください」――彼は壁一面に並んでいたヘルカイザー、そしてバトルスポットの端に転がるヘブンカイザーだったものを指し示した。「これだけのものを揃えるにはかなりの資金と設備が必要なはずです」
「まさか、あなた」とミカも気が付いた。
「ええ、あいつらは確実に知っています。我々の知らない、乾の隠しアジトを」
――後日、3人の尋問を終えたミカが励に結果を語った。
「ビンゴよ」とミカは言って、励にメモリーカードを渡した。「旧ROMの隠しアジトから、乾の私的な研究施設まで、我々の未発見アジトがいくつもあったわ」
「ずいぶん簡単に吐きましたね」
「司法取引よ。事の重大さを鑑みて、3つも条件を出してやったわ。あの3人のこれまでの刑事上の罪を一切問わないこと、近衛インダストリアルからの民事上の賠償請求権の一切を放棄する、という破格の待遇よ」
「まあ、仕方ないですね。あれ? もう1つは?」
「そういえば、励くんは、たこ焼きは好きかしら?」
「え? いや、別に嫌いではないですけど」
「あの3人はたこ焼き屋をやっているみたいでね、ウチの社食とカフェでたこ焼きを仕入れることになったから。食べてあげてね」
それから1週間の間、エレクトリアカフェではたこやきパーティーが開催され続けた。
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