ハイブリッドエレクトリア第1話『愛機 リア』
「セレナ。中の様子を送ってちょうだい」
「了解」
バンの中でモニターを眺める水原ミカと工励(タクミ レイ)。
モニターにセレナの視覚情報が映し出された。
「ガレージ内中央に積まれた箱に盗難エレクトリアが監禁されているのでしょう」と励は言った。「リア。聞こえるか? そっちにも送る」
「ああ、見えたよ。エレくん」とリアは言った。リアは工励のことをエレくんと呼ぶ。「シャッター前に2人、箱の周りに5人、奥に3人。全員ライフルを持っているな」
リアはアーミーブーツでガレージ屋根の上に立ち、遠い街灯りに照らされて、身長170センチの体格にコマンドボディをまとい、海風にはためかせていた。ここは港の倉庫群の一角である。街灯りの反対側には夜の黒い海が墨汁のようにチカチカときらめいている。
「ハンドガン2丁で済む」とリアは言った。そして、こう付け足した。「私がエレクトリアだとバレてはいけないのだろう?」
「あと、ケガはするなよ。やばくなったらバリアフィールドを張るんだ」
「ふふっ、相変わらずエレくんは過保護だなあ」とリアは微笑し、「戦闘準備完了。いつでもいけるぞ」
「全員配置について!」とミカが通信機で指令を出した。
リアは両手を下に向けた。目をつむり、頭の中で悪漢たちを制圧するシシミュレートを繰り返した。下ではガレージの周囲を武装した近衛インダストリアル特別自警統括部の隊員たちが取り囲む。配置完了の返事を受けたミカがさらに指令を出した。
「包囲完了。リア。GO!」
ガレージ内の男たちは包囲されていることも知らずに取引相手を待っていた。
「ボス。あいつら10分も遅れていますぜ」
「ちっ」と、ボスらしき男が舌打ちをした。「あいつらまさか俺たちのことなめてるんじゃねえだろうな」
「そろそろズらかることも考え……」
瞬間、クリスタルガラスが割れるような音が響いた! 音は上からである。男たちが天井を見上げると、天井の一部に大きな穴が空いている。虹色の霧のようなものに包まれて落ちてくる人影がある。箱を囲んでいた男たちは一斉にライフルを構える。が、霧の中の人影が発砲し、男たちのライフルは破壊された。シャッター前の男2人が人影に向かって乱射する。が、人影は鳥のように空中を自在に動き、銃弾をかわした。
「当たらん」とその人影は言った。
そして2人のライフルを撃ち落とした。
残る3人はハッキリと見た。女である。女が上から降ってきて、あっという間に7人を無力化した。取り巻きの2人が着地した女に向かってライフルを構えたが、瞬間、同じようにライフルを撃ち落とされた。
「甘い」と女が言った。
女は両手にハンドガンを持ったリアである。
「さて」とリアが言った。「近衛インダストリアル特別自警統括部が包囲している。大人しく投降しろ」
「くそっ、近衛の犬が!」
男はライフルを構えた。リアは銃弾をかわすことを考えた。が、自分の後ろに盗難エレクトリアが閉じ込められている箱があることを思い出した。ライフルを破壊……と思った時には遅かった。発射された何発もの銃弾。リアはシールドを展開し、銃弾をすべて受け止めた。
「ははは、ざまあねえな!」と男が言った。しかし、ハチの巣になったはずの女が無傷で突進してくるのが見えた。「な、なんで、バケモノ!」
リアは男の顎先を蹴り上げた。男は回転して顔面から地面に落ちた。
「しまったなあ。これで記憶がとんでくれるといいのだが」
「確保!」
包囲していた隊員たちが次々とシャッターを開けてなだれこんできた。手を抑えてうめき声を上げている悪漢たちを次々と縛り上げていく。
「リア!」
励の声である。リアが振り向くと、励は彼女の首から腹にかけて撫でまわしながら、
「大丈夫か! ケガはないか!」
と言った。
「ちょ、ちょっとエレくん!」と彼女は照れながら周囲の目を気にしてキョロキョロした。「大丈夫だから。あの程度の銃撃じゃ私に傷はつかないから」
「無茶しちゃったわね」とミカが言った。セレナがミカの肩にとまった。「ただ制圧するだけじゃない、守る戦い方も覚えないとね」
「ああ」とリアは励に体をまさぐらせたまま言った。「ただ、勝てばいいだけじゃない。わかっている」
「あの、隊長」と励たちを遠巻きに見ていた若い隊員が言った。「あの女は何者っすか? 1人で先陣切って制圧して、しかも撃たれたっぽいのに無傷とか聞こえましたけど。っつか、あの大学生みたいな男も初めて見たんすけど」
無精髭を生やした隊長はうーんと唸った。
「あの女については詳しくは言えん。凄腕のエージェントみたいなもんだと思っておけばいい。青年の方は工励ってんだ。近衛インダストリアルの研究員兼特別自警統括部特別顧問って肩書だ」
「特別に特別って。研究員? じゃあ見た目の割にけっこう歳いってんすね」
「いんや。18で大学卒業。19で修士号取得。20で博士号の超エリートさんだってさ」
「うわあ……」
――半年ほど前。
隊長は水原ミカ中佐に近衛インダストリアル本社最上階の会議室へ呼び出された。そこは社長室のすぐ横にある普段は重役たちの会議にしか使われない場所である。そこで隊長はミカに1枚の写真を見せられた。若い女性の写真である。
「誰ですかい、この女は? とても犯罪者には見えませんが、いや、女は見た目じゃわからないか」
「この娘の名前は、リア。」とミカは隊長の言葉を無視して話始めた。「近衛インダストリアル開発部のデータ管理課所属。……ということになっているわ」
「ということになってる?」
「ええ。これから話すことは……」と立ち上がったミカは金属探知機のようなもので隊長の周囲を撫でまわしながら言った。「重大な機密。役員の中でも限られた者しか知らない機密。録音、メモは禁止。いいわね」
「ああ、わかったよ。了解した」
そしてミカは語った。リアの正体を……。
「数年前に乾博士が起こした近衛理研事件。あれは私が単独で乗り込み解決したことになっているけど、本当は違う。当時はまだ高校生だった工励とその相棒エレクトリア。今年大学院を出て開発部に所属したあの工励博士よ。彼らが乾の操るプロトタイプエレクトリアを撃破したの」
「工励!」と隊長は驚いた。「工励といや、あのエレクトリアバトル元ワールドチャンピオンの工励か?」
「あら知ってたの」
「そりゃ知ってるさ。あれは強かった。歴代チャンピオンの中でもずば抜けて強い。どう考えてもあいつのエレクトリアが未だに史上最強さ。ただ防衛戦を1度もやらずにバトルから引退したもんだから、世間の評価はちょっとアレだがな。ミカ中佐には外部の協力者が何人かいる、と噂になっていたが、まさか元チャンピオンとはな」
「詳しいわね」とミカが微笑した。「彼の愛機の名前は憶えているかしら?」
「えーっと確か……。リカ、じゃない。リ、リ?」
隊長はここで思い至った。
「リア?」
「そう、リア。この娘よ」とミカは写真を指差しながら言った。
「いや、この写真はどう見ても人間だろ。リアはエレクトリアだろ」
「でもそのリアが、このリアなの」―隊長の訝しがる顔をもてあそぶ調子でミカは続けた。「プロトタイプエレクトリアは、当時はまだ研究途中と言われていたナノマシンを搭載した機体だった。部位を破壊してもすぐに再構成する厄介な機能を持っていたわ。それをリアはラボの大型ジェネレーターごと吹き飛ばして、大爆発を起こすことで撃破した。もちろんリアの機体もほとんど吹き飛んだわ……」
「おいおい。まさかその時にコアがナノマシンの影響を受けて……なんて言わねえよな」
「そうとしか言いようがないわ。その数年後に彼女は特別な力に目覚めた。そう、ワールドチャンピオンになったすぐ後ね」
「特別な力、ね。人間になる力か?」
「そんなもんじゃないわ」―ミカは自慢気な笑みを浮かべた。「この映像を見て」
ミカは隊長に自分の通信端末の画面を見せた。そこに映っていたのは採石場らしき場所に立つリアの姿だった。
――リアはビジネススタイルAにハイヒールという恰好だった。が、瞬間、彼女の周りの岩石が虹色の霧になって消えた。霧は彼女の両腕を包んだ。霧が晴れた時、彼女の両腕にはガトリングが装着されていた。響き渡る銃撃音。画面は土煙で覆われて見えなくなった。
「今のは、ARでもCGでもないわ。現実よ。リアは物質を量子レベルまで分解し再構成することができる。エレクトリアパーツを人間仕様の大きさで再現し、使うことができる。人間大の自分の体もそうやって作り出したものよ。よっぽどパートナーといちゃつきたかったのね」
「それが本当なら、とんでもない兵器じゃないか」
隊長はミカが最後に言ったジョークには反応しなかった。
「本当よ」――ミカは少し顔を赤らめた。「そして、あなたにこれほどの機密が公開された理由。わかるわね?」
「ああ、現場での効率的な運用、そして……監視、だろ」
「合格よ。リアにはそんなつもりはないでしょうけど、彼女は1人で小さな国の軍隊に匹敵するほどの力を持っているわ。変換できるなにかしらの質量さえあれば、装備は無限に換装可能、エレクトリアパーツが人間大に置き換わった場合の破壊力を想像して。それにどんなダメージもナノマシンが自動修復。その原理も今の科学では全く解明できていない。伊勢博士と乾博士の研究データもあの事件で消失。工励とリアの2人がどんなに善人でも、脅威であることに変わりはないの。そして、我々は彼女のことを『ハイブリッドエレクトリア』と呼んでいるわ。この呼び名を考案したのは工励くんだけど」
――隊長は半年前の記憶を思い起こしながら、事件現場でいちゃつく工励とリアを見た。
「あのアベックがねえ………」
港での逮捕劇から数日後。
「エレくん!」
リアが研究室で機材を抱える励に声をかけた。いつもの昼休憩のランチのお誘いである。
「あ、リア、ごめん。今日は新パーツの耐久テストがこれからすぐ始まるんだ」
「なんだ、だったら昨日言ってくれれば良かったのに」
リアは一瞬、弁当を作る自分を想像した。
「ごめん忘れてた」
「そうか、なら、エレクトリアカフェでテイクアウト品でも買ってこようか?」
「ああ……、いや、大丈夫だ。時間ができたら自販機でなんか買うよ。ほら、今、厨房にエルニルがいるんだろ」
「そういえばそうだったな」
近衛インダストリアル本社からワンブロック歩いたところにエレクトリアカフェがある。励とリアは時間があればいつもそこでランチを済ますのが恒例となっている。
リアが店に入ると、喫茶コーナーは客が少なかったが、エレクトリアバトルコーナーは大学生たちでいっぱいだった。リアは昼食をとらずにバトルコーナーへ向かった。彼女はそもそも食べる必要がなかった。質量があればなんでも分解して取り込めばいいからだ。励と一緒のときは雰囲気で食べていた。
「リア。いらっしゃい」とメイド服姿のニーカが言った。「今日は、エレはいないのか?」
ニーカはリアの事情を知っている。前から交流のあったエレクトリアたちには隠していてもすぐにバレてしまっていたのだ。エルニル、タマ、そしてタマ経由でシオンにも。
「エレくんは仕事で昼が潰れたんだ。だから今日はバトルを見るだけだ。すまないな」
「まだエレクトリアバトルに未練があるのか? 本来の姿にはいつでも戻れるのだろう。ワールドチャンピオンの復帰をみんな待っているぞ」
「ふふ、やめてくれ。私はあの時よりもさらに強くなってしまっているんだ。普通のエレクトリア相手だと破壊しかねない」
「私にもそんな力があればな」とニーカはリアの肩にとまって言った。「あのときにオートエレクトリアを全部倒してみんなを自分の力で守れたのに」
「今は店を守ってくれよ」とリアは微笑した。
「そうだ。エレの仕事というのは新パーツの設計だろう? どんなパーツかこっそり教えてくれないか」
「だめだめ。私はもう会社員ってやつなんだ」
リアは30分ほどバトルを眺め、仕事に戻った。
金曜の夜。深夜1時を過ぎ、街の人通りも消えた頃、酔っぱらった中年サラリーマンがふらつきながら歩いていた。彼は公園の入り口でうずくまっている人影を見た。その人影は頭に深々とフードをかぶり、マントのようなコートで全身を覆っていた。彼は同じ酔っ払いだと思い、声をかけた。
「大丈夫かあ?」
人影は立ち上がった。フードが脱げた。大きな一つ目が現れ、男性は驚いて転んだ。が、よく見るとその目は大きなスコープで被り物であることがわかった。小さな顎、細い首、白い肌、金の長髪、彼はどこかで見たことがあるような気がした。酔いに思考が乱され、なんだかわからないうちに、その「女」らしき者が跳び上がった。マントの下から火が吹きだした。全身を覆っていたマントがはだけて、見えたその姿は、空中を舞うエレクトリアであった。
通報を受けた警察は近衛インダストリアル特別自警統括部へ協力要請を出した。工励とリアも緊急に呼び出された。深夜3時であった。
リアの運転する車に乗り、水原ミカとセレナ、工励の4人は人間大のエレクトリアらしきものが目撃されたという現場に向かった。
「今夜2人はずっと一緒にいたのね?」
とミカが言った。
「ええ、そうですよ」と助手席の励は眠そうに答えた。「2人きりです」
「エレ。疲れているようだな。体調がわるいのか?」
とセレナが聞いた。
「あ、そこ聞いてくる?」――励は不機嫌だった。人間大のエレクトリアらしきもの……。リアが疑われていることは明らかだった。「俺たちは若くて、新婚みたいなものだ。金曜の夜となれば……」――励は振り返ってセレナを見た。わからないという顔をしていた。運転席のリアを見た。無表情を必死に装っていた。「とにかくリアじゃありませんよ。まあ、さっさとその謎ロボット見つけますよ」
現場は工励の実家近くの公園だった。現場では捜査官が大きくへこんだアスファルトから足形を取り、ブースターの噴射物の残留物を探していた。
足形を見たリアがミカに言った。
「人間大のエレクトリアが現れたとすれば、あの足形はハードレッグだ。頭の中でデータベースと照合したから確かだ」
「私も同じ結果が出た」とセレナが言った。「リアより時間はかかったけど、一致するのはハードレッグだけよ」
「ありがとう。それにしてもずいぶんビギナーの装備ね」
「もしかしたら技術者が本格的なコスプレをしただけかもしれませんね」と励。
車の無線に連絡が入った。「大型エレクトリア」を目撃したという通報が複数同時にあったとのことだった。
「もう大型エレクトリアって呼んじゃってるよ」と励が言った。「まだわからないだろ」
「でも」とミカが言った。「これで、もうリアは疑われなくてすむわね」
「私もそう安心したかったが」とリアが端末の画面を励とミカに見せた。「似たような通報がリアルタイムでこれだけ入っている」――地図画面に通報があった地点が赤い点で示されていて、点の下に通報時刻が表示されている。「大型エレクトリアらしきものは複数体、少なくとも5体はいる」
捜査は警察と近衛インダストリアル特別自警統括部の合同で行われることとなった。当初、警察は近衛インダストリアルが開発中機体を誤って放出したものと疑った。目撃現場で見つかったジェット噴射物の残留物がエレクトリアパーツと一致したのだ。そして足跡もエレクトリアパーツを大きくしたものと断定された。しかし近衛に対する捜査は行われなかった。
――日曜日。
「さすが天下の近衛インダストリアル様だ。怪しいのに全く捜査されないなんて」
励はいつもの研究室ではなく、特別自警統括部のオフィスの端にいた。
「ミカ中佐! 見てくださいこれが特別顧問の特別なデスクです!」
励に用意されたデスクは、会議室から運んできた長机にパイプ椅子であった。机の上には大量の紙資料と貸し出し用の倉庫から引っ張り出した年代物の低スペックノートPCがあるだけだった。
励は荒れていた。週末はリアとデートをしていたが、それが捜査現場に駆り出されたことでお預けになったからである。特別顧問という立場で、いつもなら捜査に関するアドバイスと現場での作戦立案・指揮をするのみだった。だが今回は場合が場合なので、ミカが初動から現場に同行させていた。
「内部犯を疑っているのかしら?」とミカがキーボードを叩きながら言った。「どちらにしてもプライベートがほしかったら早く解決することね」
「今日中に大型エレクトリアを全部捕まえてやりますよ」
しかし解決できずに月曜日になった。
励とリアはエレクトリアカフェで昼休憩を取った。
閑散としていたが、店内にはシオンとタマがいた。
「お、エレ! 久しぶりだな」とシオンは言った。彼はバトルコーナーで特訓をしに来ていたのだった。「あ、リアちゃんも相変わらず可愛いな。今日はコマンドスーツBか。似合うねえ」
「人妻をナンパするなんて最低だニャー」とシオンの頭の上にいたタマが言った。
「ナンパじゃねえよ。俺は今でもミカさん一筋なんだよ」
シオンは大学生である。彼はとタマはエレクトリアバトルワールドチャンピオン挑戦者決定リーグに参加していた。リーグに所属したのは励とリアと同じタイミングであったが、未だ挑戦者になれずに燻っていた。リーグ戦は放送されている。昼食を食べながら、シオンは励に試合を見たかと聞いた。励は忙しくて見ていないと答えた。しかし試合と放送は週末に行われていたのでシオンは訝しんだ。しかしそれ以上ツッコむと惚気話を聞かされることはわかっていたので追及はしなかった。
「そうだ。最近の大型エレクトリアがどうとか話題になってるけどあれはなんだ?」とシオン。
「どこぞの技術者がひけらかしで作ったロボットだろ」と励は充血した目をさらに血走らせながら言った。「そいつを逮捕して、全部押収してやる」
「ああ、それでお前たちが捜査に駆り出されているわけね」とシオンは色々察したように言った。「もう捜査は進んでいるのか?」
「ああ、これからな」と励は微笑しながら言った。「警察も近衛の自警統括部もなんの手掛かりを得ていない。しかし、これを見ろ!」――励は端末の画面を示した。それには町の地図が表示されていた。
励の説明はこうだった。
もし「大型エレクトリア」なるものが本当にロボットまたは大きなエレクトリアであるなら、大きな熱反応を示すこと、そして徒歩とブーストの使用による移動速度に、人や車とは異なる特徴的なパターンがあること。それらを街中の監視カメラのサーモグラフィ情報から割り出し、目撃情報と照らしていけば、「大型エレクトリア」の位置が特定できるということ。
「さてと」――励はそう言って端末の情報更新ボタンを押した。「そろそろ解析が終わって、この地図上にそのパターンに当たるものの位置情報が示されるはずだ」
「お、この赤い点か?」とシオン。
「ああ、えーと全部で6体か。予想より1体多いな。ちょうど全部高速で移動してるな」と励が言った。「あれ? おい、これ……」
赤い点は一斉に彼らの現在地――エレクトリアカフェに向かって高速で移動していた。
「なんか」とタマが眉を不安そうに寄せて言った。「やばい気がする~」
リアが立ち上がり、店の外へ飛び出した。クリスタルが割れたような音とともに街路樹が蒸発したように虹色の霧となって消えた。
「シオン! タマ! 迎撃システムを……」
と励が言い終わらぬ内に爆発音が響き、店の窓ガラスが砕け、店内に波しぶきのように飛び散った。辺りは煙でいっぱいになった。励は煙の隙間からおぼろにリアの姿を見た。彼女の背にクレセントビットが浮いていた。
『ミサイルを……6体分の、迎撃システムだけでは足りない、そうか、オメガレーザーで撃ち落としたのか』
「リア! 街の中だ。目立つ装備は使えない。シャープネイルだ!」
励はほとんど無意識で叫んでいた。
「了解した」
店内に散ったガラスが霧のように消え、リアの体を包んだ。
ヘッド:なし
ボディ:コマンドスーツB
リア:なし
レッグ:ブライトシューズ
バックパック:ライトブースター
右手:シャープネイル
左手:シャープネイルL
未だ煙の晴れぬ店内。励は見た。虹色の霧に包まれながら煙の奥へと走っていくリアの背中を。
爆発と衝撃で遠くなっていた耳と意識がよみがえった。客の悲鳴が聞こえた。幸いにも客が少なかったことを思い出した。
「ニーカ! エルニル! シオン! 客を裏口から避難させるんだ。私は近衛インダストリアルの特別自警統括部の者です! 指示に従って非難してください」
励は叫びながら、外で爆発音と銃声がするのを聞いた。何度も叫びながら逃げ遅れた客がいないかを確認した。そして、励は爆撃された店の正面から外に出た。何かに躓いた。すぐに体だとわかった。
「あ、すいません。大丈夫ですか」
と励は言って、倒れている体を抱き起した。彼は声を上げそうになった。彼が躓き抱き起したものは機能停止した大型エレクトリアだった。
「これは、オートか」
リアは最後の残る1体を追っていた。大型エレクトリアはアサルトライフルを捨て、レーザーソードを取り出した。リアは正面から高速で突っ込んだ。敵はレーザーソードを持った右手を振りかぶる。リアはすかさず軌道を変え相手の左懐にもぐりこんだ。
「終わりだ!」
そう言って、相手が右手を振り下ろすよりも速く、シャープネイルの連撃を浴びせた。
「リア! 大丈夫か」
励の呼ぶ声が聞こえた。
「エレくん! ああ、大丈夫だ」――そう言ってリアは武装を解いた。装備していた武器が虹の霧となって消えた。「我々の勝利だ」
辺りはサイレンが鳴り響き、煙が立ち込め、アスファルトはめくれ、破損した消火栓から水しぶきが上がっていた。警察よりも早く、近衛インダストリアル特別自警統括部の部隊がやってきた。
「励くん!」と駆け付けたミカが言った。「ここで何があったの?」
「オートエレクトリアです。大型の。本当に……エレクトリアだなんて、思っていませんでしたよ。全部、リアが機能停止させました。早く回収してください。あれには見覚えが……」――励はせき込んだ。「あれは乾博士の……」
励はさらに激しくせき込んだ。煙を吸っていたのである。
「いいわ。後で全部聞くから、無理しないで」
ミカはそう言って、隊員の一人に励を近衛インダストリアル内の医療施設へ連れていくよう指示した。リアもそれについて行こうとしたが、ミカが制止した。
「リアはこっちよ。ハイブリッド状態とは言え、視覚情報の録画はできているはずよね」
「ああ」――リアは少し不満そうな顔をした。「今、セレナに送る。最後だけ見ればわかる」
リアはそう言って走って励の後を追った。
「まったく」と、リアの態度に不満を覚えながら、ミカはセレナに送られた映像を確認した。
レーザーソードを振りかぶる大型エレクトリアが映っていた。ミカはすぐに思い至った。
「似ているわ。……乾のプロトアルファに」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?