ハイブリッドエレクトリア第4話『大切な日常』

 リアは通信を起動させた。
「エレくん。バンガローにはなにもなかった」と言った。「大型エレクトリアは1体逃走を確認。残り2体は不明」
 励からの連絡を受けて、すぐに統括部の部隊がやってきた。隊員たちは大型エレクトリアの残骸と乾の痕跡を探した。
「この惨状はどういうことかしら?」とミカが言った。「どうやったら森が半分消えるのか教えてほしいわね」
 リアは小屋の外階段に腰かけて、うつむいたまま何も話そうとしなかった。
「1対3の大型エレクトリアの戦闘です」と励が言った。「敵味方、照射レーザーを何発も撃てばこうなります」
「そう。あとでリアの視覚データをもらえるかしら?」
 ミカの言葉にリアはハッとして顔を上げた。が、次の励の言葉に彼女は驚いた。
「それなんですけど、リアもかなり被弾しまして、録画データがダメになっているんです。通信も途中で途切れましたし。リアを見れば損傷が激しかったのはわかるでしょう? ナノマシンのボディがまだ回復しきっていないんです」
 ほとんどデマカセだった。ミカ達はナノマシンがあればどんなダメージもすぐに修復すると思っている。彼は「リアが酷い損傷を負ったが既にここまで回復した」と誤解させた。そして、その過程で「視覚の録画データが失われた」とも嘘をついた。リアには、励が嘘をつく理由がわからなかった。わからなかったが、少し安堵した。
 結局、統括部は大型エレクトリアの残骸も、乾の痕跡も見つけることができなかった。バンガローの周辺はほとんど燃えカスしか残っていなかった。

 本部へ戻る車の中で、リアは励に聞いた。
「エレくん。盗聴器の類はない。確認した。それで聞きたいことがあるのだが」
「ああ、視覚データのことだろ」と励は運転しながら言った。現場へは励の車で来ていた。トランクや後部座席は機材や資料でぐちゃぐちゃである。「新装備のことはできるだけ秘密にしたい。俺たちは世界で唯一のハイブリッドエレクトリアと、ナノマシン研究者なんだ。ただでさえ脅威の対象として監視されている。あんなものを持っているとバレてみろ。日常なんてなくなるさ」
「じゃあどうして……」
「俺たちの日常を守るためだ。俺たちを力で抑えて自家薬籠中の物としたい連中がいないということは有り得ない。そんな奴らが現れても俺たちは自由でいたい。ああ、つまり……、俺のわがままに付き合わせて、悪い」
「いや」――リアは微笑した。「私もレッグパーツだけではなく、早く全てのパーツを使いこなせるように特訓を続ける。あのコアを持つ3体は……(彼女は同じハイブリッドであるプロトを思い浮かべた。がプロトに関しては何も言わなかった)……また現れる。次は迅速に制圧したいからな」
 リアが励だけに渡した視覚データはアルティメットレッグの一撃を放つ場面で途切れていた。
それから数日。5体の大型オートエレクトリアによる襲撃が1件あった他はいつもの日常だった。襲撃に対してはリアが対応した。機体から引き出せる情報は何もなかった。
励は研究開発業務に戻っていた。乾の捜索には統括部と警察だけで十分だったからである。リアもデータ管理課の仕事に戻り、昼には励と共にエレクトリアカフェに行き、夕方には2人で帰宅するという生活を送った。しかし、彼女の“心”は落ち着かなかった。「本当の敵」。乾はそう言った。コアを持つ大型エレクトリアのドスは、乾とプロトを襲おうとした。
『乾じゃないとしたら、いったい誰が……』と彼女は思った。『全て乾の嘘で、何も起きなければいいが……』

「あれ、清水課長は欠勤ですか?」
 励はラボで時計を見ながら言った。
「珍しいよな」と同僚が言った。「連絡もなんにもないってさ。あんな仕事一筋な感じの人なのに」
翌日も清水課長は出勤せず、連絡もつながらなかった。
翌々日には、部署内のエース研究員と言われている斎藤主任が無断欠勤した。彼もまた連絡がつかなかった。
研究員2名と連絡がつかなくなったことに対し、近衛インダストリアルは万が一を考え、統括部で手の空いている隊員を彼らの自宅へ様子見に派遣した。両名とも独身男性である。部屋はもの家の殻だったが、荒らされた形跡はなかった。が、清水課長の部屋には猫がいた。隊員たちが自動給餌機に取り付けられているペット監視カメラを持ち帰ってきた。
映像を確認した水原ミカが、工励とリアを呼び出した。そして、こう言った。
「コアを持つ大型エレクトリアらしき者が清水研究員を誘拐するところが映っている。森で戦った機体かどうか確認してくれる?」

 ――映像は清水がビジネススーツに着替え玄関に向かうところをローアングルから移していた。黒い靴下が画面を横切った。玄関のドアを開ける音が聞こえた。すると女の声が聞こえた。
「近衛インダストリアルの清水さんでしょうか?」
「ああ、そうだが……」
 続いて聞こえたのは清水のうめき声だった。バタバタと忙しい足音。そして押し倒された清水の頭が画面に映った。口を手でふさがれている。覆いかぶさっているのはビジネススタイルAを着ているものの、黒い髪にポニーテール、間違いなくウノであった。
「声をだすんじゃないわよ。うるさくしたらこれでズブーよ」
 と彼女はスローイングタガーを1本胸元から取り出して言った。清水は必死にうなずいた。
「でもウノ姉」とトレスの声がした。「今は出勤ラッシュだよ。こんな時間にどうやってこいつ運ぶのさ」
「あなたが寝坊したからこんな時間になったんでしょう! 男ならでかいスーツケースくらい持っているはずよ」――ウノはそう言って清水に顔を向けてタガーを刺すふりをした。清水がうめいた。彼女は続けて言った「どこにあるの? 場所だけ言いなさい。それ以外のことを声に出したら……わかってるわね?」
 こうして彼は誘拐された。

「確かに……」とリアが言った。「ウノとトレス。森で戦ったやつだ」
『生きていた』と、大型とはいえ、エレクトリアを2体殺してしまったかもしれないと心配していた彼女は安心した。
『生きていたが、これは、私が乾を逃がしてしまったから起きたことではないか……。私のせいで、これ以上被害者を出すわけにはいかない』

 その夜、帰宅したリアは励に事実を話す決心をした。
「エレくん。話さなきゃいけないことがあるんだ」――彼女は励に言った。彼はノートPCに向かって何か作業をしていた。彼女は続けた。「私はエレくんに隠し事をしている」
 励は顔を上げた。
「な、なにを?」
 彼女は語った。バンガローに乾がいたこと。ハイブリッド化したプロトエレクトリアが一緒にいたこと。乾が「本当の敵」は別にいると言ったこと。そして大型エレクトリアのドスが乾とプロトを襲おうとしたこと。そして、乾とプロトの関係に自分を重ね、感情移入して過ちを犯したこと。
 励は隠し事が想像したものではなかったことで一度は安堵した顔を見せたが、すぐに頭を抱えた。リアは話ながら、途中から涙を流し、後半は泣きながら語った。
「なんてことを……」――励は机に肘をつき、頭を抱えたまま言った。「なんてことをしてくれたんだ!」
 リアはビクッとして体をこわばらせた。彼の怒声を初めて聞いたのだった。
「リア……。特殊な存在である君が、人間と同じく暮らせるのは、近衛インダストリアルという大きな組織に守られているからなんだ。俺と君は組織に従順だから守られて、いや、見過ごされている。……それが、近衛に敵対するものに協力するような素振りを見せたらどうなるか……」――彼は怒りを抑えて静かに語ったが、その声は震えていた。「乾とプロトに感情移入してしまったと、俺たちと重ねてしまったと……。乾みたいに世界を敵に回して生きるつもりなのか」
「そんな……」――彼女は目を真っ赤にして言った。「そんなつもりは」
「だったら、4人でか? そうだな、ハイブリッドエレクトリア2人に俺と乾がいれば、近衛インダストリアルなんて簡単に潰せるし、小国を力で乗っ取ることもできるな」
 リアは励の皮肉に一瞬、目を見開いて、何か言いたげに口をパクパクさせた。が、「ちがう。ちがう」と自身に言い聞かせるように小さくつぶやいた。
「まずは、その時の映像を……」
と励が言った時、彼女が立ち上がった。高熱にうなされる患者のようによろよろとしていた。ベランダへ向かい、窓を開けた。左手を前髪をかき上げるように額に添えていた。
「ちがう……。ちがう……。私はそんなこと考えていない」と彼女は言った。「ちがう。私が悪い。私がやったんだ。すまない。でも、そんなことは」
 彼女は涙を流しながら頭を振った。
「お、おい……リア?」
「すまない」――そう言って彼女はベランダへ出て風に当たった。「頭を、冷やしたい。いま、話すと、私は、ダメになる……。すぐ戻る、戻るから」
 彼女はベランダから飛んだ。
「ちょっ……なっ!」
 励は変な声を出して、ベランダへ飛び出した。彼女はものほし竿を1本分解し、フェアリーウィングに変えて夜の空に飛び去ってしまった。
「冷やすって……。CPUのことか?」
 突然のことに驚いて思考の整理ができず、彼はとぼけたひとりごとを言った。

 リアは公園にいた。励の実家近くの、初めてシオンとタマと会ったあの公園である。彼女は東屋のベンチに腰掛けた。そして顔を手で覆い、自分の気持ちを静めるとともに、これからどうすべきかを考えた。
――今夜中に乾を逮捕する?
 統括部と警察が何日もかけてできていないことを、たった数時間で?
 ――エレくんと2人で逃げる?
 エレくんに言われた通りのことをするつもりか!
 ……顔を覆っていた手を外すと、目の前に黒い靴の先が見えた。それは明らかに男もののバイクシューズであった。彼女は、エレくんはこんな靴をもっていただろうか? と思いながら顔を上げた。目の前にいたのは励ではなかった。見上げるほど身長が高かった。黒の革ジャンに青いジーンズ、その体はフィジーカーのように肩幅が大きい。
「やあ、お姉さん。気分でも悪いのかい?」
 と、その男は言った。
 彼女は立ち上がった。男をよく見た。身長は2m。革ジャンの前は開かれていて、白いタンクトップシャツには、彼の大きく盛り上がった大胸筋の印影が公園に灯りによって彫られていた。銀髪のツーブロック。傲岸な顎に薄い頬。柔和な表情を見せているが、その濃い眉と鋭い目つきは男というよりは、野生のオスとしての攻撃性を隠せていなかった。彼女はこの男に見覚えがあるような気がした。
「何者だ」
 と彼女は言った。
「別に初めましてじゃないだろう。ま、あの時は一瞬だったけども」
『あの時、一瞬……』――リアは思い出した。アルティメットレッグの一撃を放った後で、崖の上に見た気配を。「貴様! 何者だ!」とリアはまた言った。反射的にハンドガンを生成しそうになったが、人にそれをみせるわけにはいかないので堪えた。「なぜ、あの時、私たちを見ていた」
「君と同じだよ」
 と男は言った。
「何を言っている? どういうつもりだ?」
「探しているんだろう?」――男は微笑した。「乾博士を」
「私が特別自警統括部の者であることは知っているようだな」
「乾の探し方も知っている」
「なっ……。貴様、でたらめを」
「協力しよう。君は近衛と警察の捜査情報を、俺は手段を。近衛の捜査能力じゃ永遠に見つからないぜ」
「断る。素性も明かさないような輩と協力するいわれはない。なぜあの時、崖の上にいた? 答えろ」
「察しの悪い女だ」――男はそう言って名刺サイズの紙きれを1枚落とした。「気が変わったら連絡くれや。旦那様のお出ましだぜ」
―「リア!」
 公園前に停まった車から励の声がした。彼は車から降りて東屋へ走ってきた。そしてリアと男の間に入って、
「な、ななな、なんですかあなたは?」と動揺して言った。「私は、彼女の夫です」
「いやあ、彼女が気分悪そうにしていたんで声をかけただけです。ナンパじゃありませんよ」
「そ、そうなのか? リア」
「あ、ああ、そうだ」
「旦那様が迎えに来たのなら大丈夫ですね。じゃあ、俺は失礼します」
 そう言って、男は去って行った。
 励とリアはしばらく男の後ろ姿を見守った。
「帰ろう」と励は言って。リアの手を握った。「ごめん。つい、言い過ぎた。一緒に帰ろう」
「うん……」――リアはまた涙を流した。「エレくん。ごめん。ごめんなさい」
 励は彼女を抱きしめた。
「いいんだ。俺がどうにかする。さ、帰ろう」
部屋に戻り、励はリアに渡されたバンガローでの映像を確認した。彼は何も言わなかった。諍いの後だったこともあり、2人はいつも以上に愛し合った。
 ……。

 ……スリープモードのリアの視覚に映像が流れ込んできた。それは森での戦闘時のものである。ウノ、ドス、トレスの3体を相手に激しい戦闘。近接での斬り合い。ミサイル、レーザーを被弾。
『こんな戦いではなかったが……』と彼女は夢うつつに思った。
 彼女は森を抜けた。そしてアルティメットレッグ、ではなく、ギガンティックキャノンとギガブラスターと両手にバスターライフルを装備した。森に向けてそれらを一斉照射した。
 彼女はバンガローに突入した。プロトエレクトリアを迅速に制圧し、乾を拘束しようとした。プロトがハイブリッド化しているという会話はなかった。
「リア。待て」――通信から聞こえる励の声だった。「乾博士の拘束は待ってくれ……」
 ドスの急襲。映像は途切れた。

 朝、リアが目覚めると励の様子がいつもと違っていた。出勤に備えたスーツ姿ではなく、シャツにジーンズ姿で、食卓テーブルに座りコーヒーを飲んでいた。すでに身支度は終わらせているようだ。
「おはよう。エレくん」
 リアはそう言って彼を後ろから抱きしめキスをした。彼もこれに応えた。
「おはよう」と彼が言った。「リア。そろそろ人が来るから着替えた方がいい」
 彼女は下着姿に彼のYシャツを羽織っていた。これが彼女のお気に入り寝衣なのだった。その時、インターホンがなった。
「すまないがすぐに出なきゃならない」と彼は言って、金属の球を机に置いた。「これを使ってくれ」
 リアはその金属球を分解し衣装に変換した。ビジネススタイルAだった。
 水原ミカを先頭に統括部の隊員たちがぞろぞろと部屋にあがってきた。
「なんだお前たちは!」
 リアが身構えた。
「リア。落ち着いてくれ」――励はそう言って、食卓テーブルのいすを引いてミカに勧めた。いつもリアが座っている場所である。「まあ、座ってください」
 励とミカが向かい合わせに座った。ミカは無言で1枚の紙を差し出した。
「お、停職で済みましたか。ラッキーだな」と励。
「ラッキーじゃないわ」とミカが言った。「私の力よ。全く。事の次第よりも、夜中に緊急会議で招集された役員たちの機嫌をなだめることの方が難しかったわ。……でも、しばらくは本社内の施設で隔離させてもらうことになってしまったわ」
 励が立ち上がった。2人の隊員が彼の両肘に腕を回し、肩を掴んで、連行するような姿勢をとった。
「何をしている!」
 とリアが1歩踏み出した。隊員たちはリアのことを凄腕の特殊部隊員だと思っているので、彼女の声にビクッとした。
「待って!」――セレナがリアの前に飛んで入った。「私たちはエレとリアの味方よ。抵抗してはダメ」
「でも……。隔離なんて、停職とは名ばかりの拘束じゃないか」
「これが最善なの」とミカが言った。「本来なら重要参考人として逮捕するところよ。私の権限でなんとか停職にとどめたわ。確かに事実上の拘束だけど、停職が明ければ職場復帰できる」
 逮捕……。これでリアに合点がいった。スリープ時に流れてきた映像は、励が加工したものだ。それをミカに送った。彼は、乾を逃がしたのはリアではなく励である、という嘘の自白をして彼女を守ったのだった。
「いつまで」とリアはつぶやくように言った。「停職期間はいつまでだ?」
「それは……」とミカが顔をそらした。「停職事由が……なくなるまでよ」
 その瞬間、リアが攻撃的な顔つきをした。セレナが慌ててリアの肩を激しく叩いた。
「リア」と励が言った。「とにかく、乾を捕らえるんだ。それでまた日常に戻れる」
「エレくん……」
 彼女は崩れ落ちて、膝をついた。連行される励の背中を見送った。
 ミカは座ったままリアに言った。
「励くんがいない間、あなたは統括部所属で、私の直属という形になるわ。今日の出勤は午後からで構わないから」
「元気出して」とセレナが言った。「ミカも乾を逮捕するために全力だから。エレのためにも一緒に頑張ろう」
「ああ」
 リアは気のない返事しかしなかった。

 リアは午後といわず、その後すぐに出勤した。彼女は早く捜査資料すべてに目を通したかった。
『なにか見落としがあるはずだ。統括部の見つけていない手掛かりが』
 しかし、1週間かけて、リアが新しい手掛かりを見つけることはなかった。そうなると気になってくるのは、革ジャンの男が言っていた「手段」である。
 彼女には励がいない間に、他の男と連絡を取ることにためらいがあった。が、1週間経って、励を取り戻すためならどんな手段でも取ってやろうという気持ちになっていた。男に連絡した。男が要求してきたのは、旧ROMの隠しアジト一覧であった。それは近衛インダストリアルの社内サーバーにはアップロードされていない、紙資料でのみ保管されている情報であった。彼女は、男が近衛に対してハッキングをしかけて情報を抜いていることを確信した。しかし、そうだとしても、
『あとで乾とまとめて逮捕すればいい』
 と考えた。
 男とは月曜の朝に公園で会うことにした。

 そして月曜の朝。リアは“体調不良”と言い張って欠勤した。公園に行くとすでに男がいた。彼は東屋のベンチに腰かけていた。リアが書類を片手に近づくと、彼は立ち上がった。リアは書類を差し出した。彼はそれを掴もうとしたが、彼女はひっこめた。そして、こう言った。
「書類はこの場で5分以内に見ること。それを過ぎたらすぐに焼却する。いいな」
「構わないよ」と言って男は書類を受け取った。めくりながら続けた。「旧ROMのアジトと乾の私設研究所の場所くらいなら俺だって全部知っているさ。足を動かして探してはいるが、なかなか手間でね……。近衛がいつまでも乾を見つけられない理由。1つ抜けているんじゃないかと思ってね」――彼は書類を見終えてリアに返した。「あったぜ。そこにないものが。1つだけ」
 男は公園の外へ向かって歩き出した。
「な、どこに行くつもりだ?」
「どこって」――男は振り返った。「行くんだよ。今から。乾の所に」
「お前には危険すぎる! あいつのところには……」
「プロトエレクトリア。だろ? それもハイブリッド化した」
「なんだと……。お前はいったい」
「言ったろ。“君と同じだよ”ってね」と彼は言った。それでも訝し気な顔をしているリアに向かって続けた。「まあ、これでも見ろよ。俺のお気に入りなんだ」
 男が見せたのは、公園の外に停めてあったバイク、ロードエクステンションであった。リアはそれを見て、あの時と同じ、崖の上から男の視線を感じた時と同じように体が戦闘態勢に入るのを感じた。
「俺もハイブリッドエレクトリアだ。それも君が工場で製造されるずっと前からね」
「そんな、お前は男だろ! ハイブリッド以前に、男性型エレクトリアは存在しないはずだ!」

 ――男性型エレクトリア。元々軍用機として開発されていたエレクトリアの原型である。しかし、その開発は頓挫した。男性の筋肉と骨格を模した設計だと力と出力が強過ぎて、すぐに自壊してしまうのだった。初期の研究開発では爆発事故が絶えなかった。その問題は未だ解決できず、結局、女性型にして力を弱めることで妥協しているのが現在のエレクトリア技術である。  伊勢と乾の両博士でも解決できなかった問題である。

 男性型。ハイブリッド。本来、存在しないはずの2つの属性を併せ持つ者が現れた。リアは目を凝らした。確かにナノマシンの気配がある。
「何が目的だ。答えろ」
「乾を捕まえたら全部教えてやるよ。そうだ、君の旦那、工励博士にも興味がある。3人でゆっくり話そうや。今、停職中なんだろ。後ろ。乗るか?」
「ふざけるな」――リアはそう言って懐から金属球を取り出し、投げた。それは虹色の霧となってロードエクステンションに姿を変えた。「お前1人に行かせるわけにはいかない」
「さすが。貞淑だな。乾を捕まえたければ、俺についてくるんだな」
 2人は走り出した。
『こいつは警戒しなければならない』とリアは風を受けながら思った。『男性型ハイブリッドエレクトリア……。有り得ない。既存の技術を超越した技術を持つ誰かがいて、そいつが生み出したとでもいうのか?』

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