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ホル子のブラジャー紹介(5)黒

 ゴトウユキコの漫画『R-中学生』に、黒いブラジャーの副級長が出てくる。なぜかいつも黒いブラが制服に透けている。強くてカッコいい彼女はアホな男子のセクハラにも怯まず毅然とやり返す。ある男子は「中2で黒って…!!」「エロ!」とニヤけ、ある男子は戸惑いつつ胸をときめかす。黒いブラジャーというのは、単にカラーバリエーションのひとつであるはずだがなんか特別らしい。なんか大人の象徴らしい。私も10代の頃の黒ブラの思い出を書こう。

 ある日ホル子は、気の進まぬドライブデエトに誘われた。
「親父にブーブ買ってもらったから、今度どっか行こうよ!」
 と言われたのだった。バブル期みたいな台詞(既に90年代後半だったが)に、10代のホル子は気恥ずかしさを覚えた。「(親に買ってもらった車って……それに)」とホル子は思った、「(何がブーブだ、普通に車と言え、車と)」。わざと幼児語でおどけるイキり方が無性に苛立たしかった。
 それにくわえ、ホル子はビビリであった。本人には言えなかったが、免許とりたての人間の車に乗るのは避けたかった。しかし度重なる誘いに負けた。ホル子はせめて行き先として映画館をセレクトした。映画なら、観ている間は喋らなくてよいのでホル子のようなコミュ力貧弱人間には有難いのだった。

 約束の当日になり、彼のブーブでわれわれは映画館を目指した。快晴であった。上映時間よりだいぶ早く着きそうだったので、
「どっか寄り道しよう」
 と彼は言った。近くにあった小さな博物館をホル子は提案した(快晴なのにあくまで室内)。ひんやりとひと気のない展示室には仏像が並んでいた。彼は、
 
「宗教を信じるってわかんねえな。こんな像を作って、バカじゃないかって思うんだよね、神なんかいないのに。弱い人間……!」

 とか言いながら展示室のガラスをゴンゴン叩くので、ホル子はヒヤヒヤした。そういえば車の中で彼は「今、哲学の本を読んでるんだ、ニーチェ、とかさ」と言っていたので、おそらく「神は死んだ」を意識しての発言なのであろうと思われた。しかし一神教の伝統があるわけでもない日本で博物館の仏像を批判しても……とホル子は思った。また、そうして展示を見ている間なぜか博物館のおじさんが後をついてきていたので、ビビリのホル子は、今に注意されるのではとずっとハラハラしていた。

 映画の時間になった。ホル子がセレクトしたのは当時の話題作『アイズ・ワイド・シャット』であった。年齢制限が設けられていたため入口で身分証を提示した。この頃ホル子は既にハイティーンであったが、いつも中学生くらいに見られていた。そのせいか入念に身分証をチェックされた。過激なセックスシーンで話題になっていた映画であったが、夫婦の性というテーマはピンとこず、ストーリーを追うのが苦手なホル子は、中盤あたりからよく分からなくなった。しかもなんと途中でトイレに行きたくなり、そうなると頭の中は尿意のことしかなくなった。最後まで耐えるか、あとどれくらいで終わるのか。ついに我慢できなくなりトイレに行って戻ってくると、謎はすべて解けておりニコール・キッドマンがひと言「ファック」と言って映画は終わった。

 映画の後、二人はカプリチョーザに入った(ちなみにホル子は当時カプリチョーザを「敷居の高いめっちゃオシャレな店」と思っていた)。
「大丈夫?」
 彼が尋ねた。ホル子はトイレに行った理由を「おしっこが我慢できなかったから」と言うのが恥ずかしかったので「ちょっと具合が悪くなって……」ということにしていたからである。
「うん、もう大丈夫」
「いや~、それにしても過激だったね! あれはそりゃあ子供には見せられんよね~!」
 映画の感想を語り合う運びとなり、彼はおどけた様子で言った。
 性の話題となるとすぐに照れたりおどけたりしなければならない風潮を、常々苦々しく思っていたホル子は、「(真面目に映画の感想を語ろうよ、どうしてセックスの話を普通にできないの)」と山田詠美の小説に出てくる人のようなことを思った。今思えば、尿のせいで映画のクライマックスを見逃したやつが「真面目に感想を語ろうよ」も何もないものだが。そして自らも「女優さんきれいだったね」というあまり中身のない感想を述べた。
 そんな面白味のない会話をしながらライスコロッケ(カプリチョーザで最も好きなメニュー)を貪っていると、彼が何か言いたげに、ジッとこちらを凝視しているのに気づいた。

「何?」
「いや……」

 見てはいけないものを見てしまったような表情の彼は目を――ちょうど映画のタイトルのごとく――閉じ、しばらく躊躇うようであったが、やがて眉間に当てた指の下から斜めに視線をこちらへ向けて、

「それって………ブラ?」

 と問うた。
 彼の視線の先はホル子の襟もとであった。よくあることだが広めの襟ぐりからブラジャーの端が見えていた。いそいそ直すのもカッコ悪いので、「ああ、失礼」とホル子はクールに襟もとを直した。彼は「考える人」的なポーズのまま、いかにも重大なことのように苦悩の口ぶりで言った。

「うーん……、前の彼女も、持ってない、って言ってたけどね。やっぱ、遊んでる人が着ける色だと思うんだけどね、黒………」

 ホル子はその日、黒いブラジャーを着けていた。中学生に間違われるようなホル子が「遊んでる」女性のものであるべき黒下着を着用していることに、彼は戸惑っていたのだった。「(はぁ……くだらない)」とホル子は思った。
「(黒い下着くらい普通に着けるでしょう。下着の色でいちいち騒ぐなんて、子供っぽくてくだらない。早く大人になりたい)」
 とまたもホル子は山田詠美『放課後の音符』に出てくる人が思いそうなことを思った(ちなみにこの小説は11歳の誕生日になぜかよりによっておじいちゃんからプレゼントされた)。
「黙ってるってことは、否定しないんだね……」
と彼は悲しげに言い、私は何も言う気をなくし、そんなことで微妙な雰囲気になること自体に決定的に気恥ずかしくなった。

 ところで『R-中学生』の副委員長は黒ブラが透けていても平気だが、たまたま可愛い水玉のブラを着けていた日に「乙女チック」と揶揄われてありえなく動揺し激怒する。私も、このとき着けていたのが黒いブラジャーでなく白やピンクやファンシーなやつだったらば、そして「実は遊んでるんだ」でなくて「実は可愛いんだ」「実は清楚なんだ」という逆方向の誤解を受けていたらば、もっと動揺したかもしれない。そもそもこの日に黒ブラをセレクトしたのが、一種の防衛であったのかもしれない。黒い下着はセクシーとされるが黒は防衛色でもある。この日、親に車を買ってもらったという彼を恥ずかしく感じていたが自分とて車こそ買ってもらわないものの実家住まいの親がかりであった。ニーチェ気取りの彼に苛立っていたが自分とて背伸びして難しい本を読み始めたばかりの頃だ。未熟な自分の鏡像であったからこそ、彼の未熟なイキりが気恥ずかしくて、自分は違うんや大人なんやと防衛したかったのかもしれない。
 ……と思ったけど、今でも博物館でイキられたらやはり苛々するやろからこれは別に未熟さは関係ないな。いやあるいは今でも未熟なんか。

 ライスコロッケを食ったところでもう帰ると主張したが、
「せっかくブーブで来たんだから、もっと楽しもうよ~!」
 と彼に食い下がられ、湖の周囲をドライブすることとなった。たしかにこの日、青空の下に広がる初夏の琵琶湖は絶景であった。
「音楽でもかけようか!」
 彼に言われて私は持参のCDを出した。前もって「好きなCDがあったら持ってきて」と言われていたのだ。私が持参したのは、戸川純&ヤプーズ『極東慰安唱歌』であった。カーステレオにCDをセットすると車内に「眼球綺譚」のイントロが、続いて戸川純の歌声が流れ出した。
「これ誰? へー、知らない……。好きなんだ? ふーん、いい歌だね、今度ギターで弾いてみようか」
 断っておくが、私はウケ狙いや皮肉でこのアルバムをセレクトしたのではなかった。私は好きな音楽に関しては純粋だった。「好きなCD」と言われたから、実際に当時愛聴していたものを持ってきたのだ。しかし曲が「家畜海峡」に差し掛かったとき、さすがに、「これは間違った」ということに気付いた。
 光をいっぱいに受けて乱反射する琵琶湖の水面に、エイヤサホイ、エイヤサホイ、という低い男声コーラスと、純ちゃんのビブラートが被さった。

  ひとつ 他人(ひと)のところで
  I feel like a cattle girl
  泣きながら豚のよに働く毎日

  ふたつ 風浪受けて
  I feel like a cattle girl
  極寒の海見つめては 働く毎日
  …

「琵琶湖がきれいだね、なんだか盛り上がってくるね~!」
 彼が言った。
「このBGMは合わんかったね、なんかごめん」
 ホル子は流石に謝った。
「いや、いいよぉ、いい曲じゃん!」
 彼は、いいやつだったのかもしれない。

 イラストのブラジャーはそのときのものとは別の黒ブラであるが、これも丈夫で長く使っている。だが洗濯を繰り返すうちに、真ん中についていたパールっぽい飾りが失われた。よってイラストは在りし日の姿を再現した。色鉛筆の複数色で黒を表現するのが難しかった。赤、黄、青……などを混ぜたがなかなか黒になってくれず、ある瞬間に突然黒になった。


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