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歌姫2024 ② 魚住英里奈

私は自律神経失調気味でアルプラゾラムという抗不安薬を長年服用している。「気味」と書いたのは、これを疾病ではなく気質の一種だと思っているからで、根治するつもりもない。ちょっとナーバスな感じのほうが性格に深みが増し、日々刻まれる顔の皺にも滋味を感じるじゃない。あるがままに生きればいいじゃない。私はポジティブ神経質おじさんです。

魚住英里奈のライブを一度だけ観たことがある。店内の誰もが惹きつけられ、空気が一変する出色のステージだった。2019年の夏。

アルバムを聴いてみると聴き取れない箇所が多くてその都度歌詞を読んで確認する。
「お身体に気をつけて お大事に 今を持て余したいです」
「鼻唄を聴きたい街に毛の生えた様な」
「さっきより少しだけ外の匂いを 思い出すこともなくなって 安心しました」
「ここに至って何も忘れ足りないのです」
「車窓からの景色が 良くて気持ちが悪いわ」

異様な言葉のチョイスは彼女の孤立を深め、聴く者の気持ちを削いでしまいかねない。それなのになぜ私は魚住英里奈のライブに感動したのだろう。

想いを音符に乗せたくて仕方ないのに楽器を奏でることもなく何も歌えないまま死んでいく人はたくさんいるはずだ。彼女は呪縛を振り切るように生き急ぎ、混濁し、拘泥し、心身を疲弊させながら、それでもギターで瑞々しいコードをストロークして、大声を震わせた後には静かに息を整えて、自らの世界を歌う。その姿は美しい。

神経のことを神経と名付けた人は凄い。それは杉田玄白で「神気と経脈」が語源らしい。神経を文字通り神との経路だと解釈するなら、魚住英里奈に宿る神々しさに私は納得する。


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