見出し画像

鎌田順也 追悼文集 【水谷圭一】

 思えば、鎌田くんに助けられてばかりの人生だった。

 二〇〇七年、この頃のぼくは、演劇をつづけることや、人間関係や、なんか色々なことにボロボロにされて精神的に弱りきっていた。
 主宰していた劇団、野鳩は活動休止。二十九歳で東京の部屋を引き払い、実家の愛知に戻り「もう演劇はやりたくない」と、なにもできない日々を過ごしていた。
 ずっと死にたいと思っていたし、夜中にゾンビ映画ばかり観ていた。たまに外出すれば、来来亭にネギラーメンを食べに行く。イオンに酒を買いに行く。街道沿いを行ったり来たり。その繰り返し。それこそ生ける屍のように、家で寝るか、近所を徘徊するしかなかった。

 それから三年後の二〇一〇年。初めてナカゴーを観ることになる。
『町屋の女とベネディクトたち』という二本立て。
 三十代前半という貴重な時間を溶かし、まだまだ実家でくすぶりつづけていた頃。劇団員の佐々木幸子が出演するというので、愛知から高速バスに乗って観に行った。

 一本目が終わったとき、そのときはまだ、そのすごさに気づいていなかったと思う。
 二本目『ベネディクトたち』。それはもう、とんでもない魅力に満ちた作品だった。
 細かな内容については他の方の文章に譲るとして、観ている間「なんだこれ」「おもしろ!」がずっと続くのだ。もうずっとだ。
 劇の終盤、ベネディクトひとりに対して、他の登場人物全員が糾弾を始める。前期・鎌田作品の終幕パターンのひとつだ。そのカオスが、怒号が、言い分が、ずっとおもしろい。人が怒っている姿をこれほどまでに滑稽に描いた作品がかつてあっただろうか? いや、ない。
 当時のナカゴーメンバーがほぼ総出演したその作品は、口汚い喧騒が嘘だったかのように、静かな終わりを迎える。
 それはこんなエンディング。全員に詰め寄られ、心を閉ざした超人ベネディクトは、その場で立ち尽くし一本の木になる……。おしまい。おもしろいうえに、美しい! その神話のような幕引きに心底しびれ、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 終演後、鎌田くんと初めて話をしたが、何を話したかはあまり覚えていない。ただ、おもしろかったことはじゅうぶん伝えたと思う。
 そして、次の日の予定が急遽空いたので、もう一度本番を観せてもらった。当然おもしろかった。

 それから、実家に帰るのだが、ナカゴーが頭から離れない。気づけばナカゴーのことを考えてしまう。寝ても覚めてもナカゴーで、少なくとも一週間は頭の中がナカゴーだった。

 もうそこからはナカゴーの公演があれば、ほとんど観に行った。ずっと観ていた。ずっと観ていたい。
 鎌田くんはいつも満面の笑みでやさしく出迎えてくれた。
 映画Tシャツの巨体が、揺れながら近づいてくる。そこから伸びたグローブのような大きな手で、そっとぼくの背中を押して宴の席へと迎え入れてくれる。
 上野で観た『バスケットボール』。終演後の客席で鎌田くんが振る舞ってくれたドクターペッパー。数年前に書いたブログを読んで、ぼくの好みを知ったうえで持て成してくれたのだ。

 鎌田くんの作品を観ることで、弱りきっていたぼくのメンタルは、東京に住んでいた頃のように徐々に回復していった。
 そしてまた、「演劇がやりたい」と思えるようになっていった。

 野鳩の再始動は、ぜひナカゴーと一緒にしたかったので、合同公演をお願いした。
 二〇一三年、野鳩とナカゴー『ひとつになれた』。

 脚本は鎌田くん、演出はぼく。タイトルもぼくがつけた。
 野鳩とナカゴーの合同公演、その本番直前のOFF・OFFシアターが作品の舞台という、メタでフェイクドキュメントな設定にたどり着いた。脚本についても最後までふたりで話し合った。普段は「こう」展開しがちだから、あえて「ああ」しよう、みたいな。
 まさか自分が、鬱の病み上がりの本人役で出演して、とんでもないセリフ量を振られるとは思いもしなかったけど。あまりにも膨大すぎてセリフを覚えきれないまま舞台に出てたけど。毎ステージ、開演直前までセリフ入れてたけど。

 鎌田くんのやりたいこと、ぼくがやりたいこと。それらを可能な限り詰め込んだ。
 鎌田くんからのプレゼントみたいな素敵な作品でした。

 鎌田くん、助けてくれてありがとう。
 ナカゴーがいなかったら野鳩の活動再開は確実になかったです。もう演劇はやめていたと思います。
 Eテレの番組に、ぼくを作家として紹介してくれたのも鎌田くんです。
 野鳩が解散して演劇をやらなかった頃、テアトロコントに紹介してくれたのも鎌田くんです。
 いつでも、鎌田くんには助けられてばかりでした。

 ぼくが鎌田くんになにかしてあげられたとすれば、それはひとつだけ。
 二〇〇六年。いまはもうなくなってしまった新宿タイニイアリスでの野鳩の公演。そこに、まだナカゴーを始める前の鎌田くんが観に来てくれていて、客席で楽しんでくれていたことです。
 鎌田くん、ぼくの舞台をおもしろがってくれてありがとう。
 ナカゴーを始めてくれてありがとう。たくさん助けてくれてありがとう。

 鎌田くんと最後に言葉を交わしたときのことは覚えています。
 ナカゴーを観劇した、あさくさ劇亭からの帰り道。劇場から駅までの道を、ちいさな自転車を押しながら鎌田くんはつきあってくれました。前年、ぼくは旅先のグアムで脳梗塞になってしまって。そんなぼくの体調を気遣ってくれたり、最近の鎌田作品で大声で言い争わなくなったのはなぜか、とか。そんな話をした。

 あれ以降、話す機会がないまま、鎌田くんは逝ってしまいました。

 鎌田くん、もし一緒に話せる機会があったら、そのときはまた、そっと背中を押して迎え入れてください。
 今度は、ぼくがドクターペッパーを振る舞うから。どうかお願いします。

水谷圭一

寄稿者一覧

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?