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なぜそんなに生き急ぐの?

どうも、つぐみです。

※今回のお話は意識高く行動してる人にとってはお節介極まりない内容となっていますので、「そういう意見もあるんだなー」程度に見ていただければと思います。

ご存知の方も
たくさんいらっしゃると思いますが
僕は2019年10月から2ヶ月ほど
東京で生活しておりました。

東京での生活は
出会いも刺激もたくさんで
日々成長している実感がありました。

しかしそんな生活の中で
僕は精神が摩耗していく感覚を覚えました

夢を追いかけ、出てきた東京
そこで出会う人たちは
みんな素敵な夢を持っていて

それに向かって
全力で進んでいる人たちばかりです。

憧れを持ち、あんな風になりたい
そう思いつつも、僕はなんとなく

なぜあの人たちは
あんなにも生き急いでいるのだろうか?

とずっと疑問に思っていました。

こうは言っていますが
僕も当時はその
「生き急いでいる人たち」の1人でした。

そして、その状況が続き
精神状態が限界に達したとき
僕は友人を家に招き、言いました。

「もう疲れた。」
「なんで頑張っているのか分からない。」

その友人からのアドバイスもあり
僕は12月から実家に帰り
人と会わなくていい仕事を

ただ、淡々とこなすことにします。

人と会わなくなると
寂しく感じるんだろうなぁ

実家に戻るまでは
なんとなく、そう思っていたのですが

1人になって考える時間や
黙々と作業する時間は悪くなかったです

両親ともよく話すようになりました。

東京であった出来事
今後どうしていきたいのか、など。

たくさんのことについて話しました。

ひとりで考えているとき
多くのことを考え続けましたが
1番考える回数が多かったのは

なぜ僕はこんなにも生き急いでいたのだろうか

ということです。

あたかも人生が30歳で終わるかのような
そんな感じでバタバタと急いで何かをして
短期間でたくさんの人と会って
膨大な情報を取り込んで

僕は何をしたかったのだろうか。

そう考えたときに
なにも、答えが出ませんでした。

今思えば、僕はなんとなく生き急ぎ
たくさんの人と会って、
膨大な量の情報収集をして

笑いたくもないときに笑って
人に気を遣って

なにより
1番してはいけないこと、と
自分自身がTwitterで発信していた

自分を犠牲にして。

何かに追われていました。

その"何か"は
今でも分かりません。

勘違いして欲しくないのは
僕の周りにいた人たちは
僕に対して自分を犠牲にすることを
強要することはありませんでした。

むしろこちらの事情を本当に
理解して、気持ちも尊重してくれる人たちです。

ただ、僕が勝手に何かに追われて
生き急いでいただけ。

理由もなく。

現状に満足している人には
何も言うつもりはありません。

でももし、
今僕と同じような活動をしていて
何か息苦しさのようなものを
感じている人はぜひ

自分はなぜこんなにも生き急いでいるのか

この問いを
自分に問いかけてみて欲しいです。

僕はこの問いに1ヶ月間向き合った結果
田舎で、のんびりライフを送りたいと
願うようになりました。

自分のやりたいことが
本当に明確になりました。

それに専念しようとも
思えるようになりました。

答えは東京以外にも
あるかもしれませんよ。

盛大なお節介を失礼しました。

みなさんの活動を応援しております。

僕はしばらくオンラインに引きこもり
やりたかったことに専念してみようと思います。

つぐみ

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