代案の無い反対かもしれない。

https://note.com/parasatopusu/n/n7557d75abbd4?sub_rt=share_pw

 高咲侑のように、何か別のことを見て自分のやってることに活かそうとか、演者以外でもできることもあるという視点を気づかせて貰えたところには、凄く感謝しているし、アニガサキの良さ詰まっているなと思っているし、漏れが引き込まれた所も多分そこだと思う。

 アニガサキ2期では、副会長や「みんはや」で声優2択になりがちな生徒会書記()等、照明やPAなど、裏方を描写(過程等はないが)しているところも先の文と続いて良くて、“演者以外でもできること”ではなく、そもそも“演者以外がやること”や“演者と役割が違うこと”にもフォーカスを少し当ててくれているところが良いんですよね。

 ただ、タイトル下に載せた「こうき」さんの文章でも記されているように、個々の悩み等からライブへの流れ、過程が省かれていた点には、説得力は無かった。今思うと。無印、サンシャイン!、スーパースター!、蓮ノ空のように、他の人と何かをやるような物語であれば、もう少し違ったかもしれないが、ストーリーテリング的な側面の物足りなさが要因となり、離れた視聴者もいると思う。

 漏れが心掛けていることに「代案の無い反対には、あまり目を通さない、あるいは評価できるものが少ない」という事を座右の銘のようにしているけれど、今回の自分の文章には代案の提示はなく、他の人の文章に目を通し、欠陥に気づいただけで、ただただ腕を組んで「うんうん、そうだよね。」と記述しただけの文章になっただけ、かもしれない。結局、何が言いたかったんだろう。

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