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Do you have the time ? vol.3

シリーズのvol.1でも少し触れたとは思うけれど、僕が腕時計を選ぶ基準は、メカニカルな部分より直感とかデザイン、バックストーリーといったような、感性に訴えかけられる部分に依るところが大きい。

腕時計に興味を持ちだした中学生の頃、将来「陸・海・空」それぞれの分野で各一本、素晴らしい功績?を残している腕時計を、僕の価値観でセレクトして所有したいと思っていた。まあ、老若問わず、男にとってこのワードには、無意識に「世界を制する」といったような大志が、DNAレベルで組み込まれているのではないだろうか。ゆえに、まだまだ子供の中学男子が、鼻息荒く豪語してしまったのだろう。ご存じダイムラー(メルセデス)のエンブレム「スリーポインテッド・スター」が表す三本の光芒も「陸・海・空」を意味し、「モビリティがそれぞれの分野で価値あるものとなるように」という、創業者〈ゴットリープ・ダイムラー〉の願いが込められているのだ(無論同じ土俵のレベルでは無い沈)

さて、そんな大志を抱いた?少年も歳をいくつも重ね、「陸」そして「海」と手に入れ、残すは「空」のみとなった。「陸・海」の時計に関してはいずれ書くとして、今回は「空」のお話である。

昔、ロレックスのGMTマスターⅠ(赤青ベゼル ペプシカラー)に憧れていた時期があった。GMTマスターと言えば、時分秒針の他にもう一本GMT針を持ち、時差の修正や任意の二地点の時刻を読み取ることができる、いわゆるGMT時計である。それゆえ、パイロットや航空関係者、さらに世界を舞台に活躍するビジネスエリート達の御用達時計としてファンも多い。
まだ少年だったその当時に、なぜそんな時計を?と不思議に思われるかもしれないが、実は、毎週欠かさず見ていたあの刑事ドラマ「太陽にほえろ」で、ボスこと〈石原裕次郎〉の右腕に光っていたそれを見て単純にカッコイイと思っていた、ただそれだけの事である。そして時は流れ、ちょうど30代はじめの頃、ギア系の雑誌で、ある人物のストーリーを知りとても惹きつけられてしまった。その人物とは、1947年、世界で初めて音速の壁を超えた天才パイロット〈チャック・イェーガー〉である。彼がその歴史的偉業を成し遂げた時、ロレックスの愛用者であった彼の腕には、オイスターパーペチュアルがあった。その50年後の1997年、音速突破50周年の式典の場で、再び音速に挑んだ彼に敬意を表し、ロレックス社は特注のGMTマスターを彼に贈ったのだった。以降彼は同社の広告塔となり、双方にとってウィンウィンな関係が続く事となる。時を同じくして、日本のアパレルブランドであるリアルマッコイズがイェーガー氏了承のもと「GMTマスター チャック・イェーガーモデル」なるものを限定で販売した。これはロレックス社公認のコラボレーションではなく、あくまでもマッコイズ独自の企画ではあったものの、Ref.16700ペプシカラーの限定モデルは僅か50本のみの製作で、マニアには垂涎の品となったのだ。その時、勢い購入していれば現在では違った意味(希少価値)で凄い事になったいたかもしれない。ところが、当時は未だ「海」の腕時計を手に入れておらず、それは僕にとって特別なものであるため、優先順位としては「空」を先に購入という訳にはいかなかったのである。

しかしながら、後々冷静になって考えると僕自身と「航空」のイメージがどうしてもリンクしない。しかも初見では印象が良かった赤青のベゼルも、その配色からどうしても派手な印象は否めない。さらにスポーティ感が強くなるため汎用性をスポイルしてしまうような気がしてきたのだ。そんな訳でGMTマスターは候補から脱落することとなる。

有力候補が無くなり振り出しに戻ったかのように見えたものの、新たな候補が浮上するのにさして時間はかからなかった。以前からこれまた気になっていた一本なのだが、どうしてもその防水性の低さから購入に踏み切れなかった、あるモデルに白羽の矢が立ったのだ。

果たしてその一本とは?

それは、腕時計としてはじめて月へ行った偉大なるタイムピース、オメガの「スピードマスタープロフェッショナル」(以下スピーディ)である。要は「空」を宇宙(そら)と解釈したのであるが、些か苦し紛れの強引感は否めない笑。

ここでスピーディのストーリーに言及は敢えてしない。アポロ計画におけるスペースミッションの装備品であることはあまりにも有名であるが、登山家ラインホルト・メスナーの徒歩(スキー)による南極大陸横断のエクスペディションにも装備され、極地上においてもその性能をいかんなく発揮し、偉業達成の一役を担ったのである。あと、僕の好きな「ウルトラセブン」でも、初期モデルがウルトラ警備隊員達の腕にキラリと光っている。

果たして、スピーディは僕の腕でどのように映るのだろうか?
ブティックに出向く前は、スピーディ程の定番であれば、誰が身につけてもそれなりにマッチするから大丈夫と高を括っていたのだが、いざ腕にはめてみるとこれが、悪くはないのだが何ともしっくりこない。どうやら似合う似合わないの問題では無さそうだ(横でカミさんは首を傾げていた。さすが彼女は鋭い)なるほど僕は、クロノグラフの計器類がどうにも煩く感じてしまっていたのだ。僕にとってスピーディはお気に入り且つ素晴らしい一本であり、背後にあるストーリーも申し分ない。但しそれはあくまでも二次元的なものだった。これは僕のデザイン嗜好が完全に真逆だったことで起きた悲(喜)劇である。正に宇宙に向けローンチ、カウントダウンも終わりいよいよリフトオフって時に、まさかのクルー自己都合によりミッションキャンセレーションとなったわけだ。こんな精神状態で大気圏外へ行くわけにもいかないので、以来スピーディは僕の心のウォッチケースにしまって置くと決めたのだった。

ーやはり僕は「空」との相性が悪いのかも…。

ここでちょっと寄り道になるが、僕にそう思わせてしまうような出来事を一つお話しするとしよう。

今を遡ること四半世紀ほど前、カミさんと搭乗した国際線の飛行機で、かなり大きなエアポケットに落ちた経験がある。
その惨状たるや、今思い出しても身震いするくらい強烈なその経験は、今尚海外旅行に二の足を踏ませてしまうほどのトラウマとなっている。
ちょうど季節は10月末、その日は天気があまり良くなくて曇りの空模様だった。デパーチャーは確か19時位だったと記憶している。空はもう真っ暗で、定刻どおりのフライトだったが大気の状態はとても不安定。テイクオフして間もなく、緩やかに上昇しながらも機体はフワン、フワンと上下動を繰り返していた。

ーん〜酔いそう。何とか雨雲を突き抜ければ安定するはず、それまでの辛抱だな。

なんて思いながら揺れに耐えていた時、機体が2、3回上下に小さく揺れた。と、その直後、ドーンと激しく急降下(落下?)したのである。悲鳴が飛び交い騒然となる機内。感覚的には百メートルではなく、千メートルっていう落ち方に思えた。それもその筈、座席テーブル上に置いてあった小物達が宙に浮き、ロングヘアの女性何人かの髪は逆立ち、ダメ押しに酸素マスクが綺麗な隊列をなして落ちてきた。何と!機内はその瞬間、無重力状態になったのである。今まで、映画のワンシーンでしか見た事がないようなパニック状態の真っ只中に、僕達はいたのだった。

ほんの一瞬の出来事なのだが、間違いなくその一瞬に「最悪の事態」が脳裏をかすめたのである。

機体と機内が落ち着きを取り戻し、アテンダント達が酸素マスクの収納に追われている中、近くで初老のマダムがベテランのチーフパーサーらしき男性に訊ねていた。

「こっ、こういう事は、よくあるの?」

「ごく稀に起きるのですが、こんなに大きいのは私も初めてです」

彼の答えがエアポケットの凄まじさを物語っていた。なるほどベテランパーサーの飛行時間を持ってしても、これほど大きなポケットは未経験だったのである。それをたかだか30時間にも満たない僕達が経験するなんて…。
その時、口籠ることなく笑顔で受け答えをする彼に、プロフェッショナルな職務遂行を見ることができとても感心したのだが、その表情には「窮地より生還した安堵感を共に分かち合いたい」といった、人間本来の部分がちょっぴり見え隠れしているような気がしたのだった。

その後、聞いた話なので真偽は定かではないが、現在の航空規定であれば、離陸後程なくしてそれ程のエアポケットに落ちた場合には、機体のセーフティチェックの為空港にリターンしなければならないらしい。どうやら当時はその規定が無かったのだろう。当機は機長のアナウンスの後何もなかったかのように飛び続けた。乗客の中にはその後の8時間あまりを、興奮と恐怖そして不安と共に空の上で過ごしたであろう人もいたかもしれない。そうは言っても当時は僕も若かったので、機内食は美味しく完食、映画も鑑賞、睡眠もバッチリでフライトを終えたのだった笑笑

それが今では…。

どうもトラウマというのは意識の深〜いところに眠っていて、タイムラグを経てやって来るようである。
実を言うとこのフライト、僕達のウェディングの為、カナダへ向かう便だったのだ。その事がさらにストーリーをドラマティックに仕立てている!?なぁんて事は断じて、ない!絶対に。

いかがだったろう?

これは実体験しないとなかなか現実味が湧かない話かもしれないが…。

それでは、話しを元に戻そう。

やはり僕は、シンプルな時計が好きなようである。センターセコンドの3針・バーorドットインデックス・ノンデイト、文字盤がスッキリしていてシンメトリーなタイプがはめていて落ち着くのだ。

いかんせん、「空」の分野でとなるとどうしてもパイロットウォッチの類いとなってしまう。もちろんそれらは計器としてのクロノグラフタイプが多い。また、GMT腕時計も、その要であるGMT針の存在やそのデザインを許容する事が僕にはなかなかに難しい。
もうこれは「空」は諦めるしか無い。やはり僕は空とは縁が無いのだ。そう思っていた僕に一筋の光明が差し込んだ。垂れこめていた鉛色の雲がパッと晴れ、目に沁みるような青い空が突如現れたのだった。

TECHNOS
BLUE SKY Automatic
テクノス ブルースカイ オートマティック

1900年創業のテクノス社はギリシャ語の「テクネー 技術」からつけられた社名らしい。現在はブラジルの企業がブランドを取得しているが、1970年代当時、同社はラドー、ウォルサムと並ぶ御三家の一つとして、その名に恥じぬ卓越した技術で時計製造に邁進、数々の傑作を生み出した。
ムーブはスイスETA社製のCal.2783。
信頼のおけるスタンダードなデイト機能付き自動巻きキャリバーである。

この時計を初めて見たとき、そのブルー文字盤の美しさに心奪われた。
このモデルは星のアイコンが目印のSKYシリーズの一つ。他にもSKYの名の下に、スカイライト、スカイイーグル、スカイビートなどのモデルがあったようだ。
文字盤の色は他にグリーン、ブラウン、ホワイト(シルバー?)があるようだが、このモデルに限ってはブルーのみの展開でも良かったのではないだろうか。
ガラス製の風防は上下左右を半円状にカットした5面構成。複雑なカット面が光を反射し、盤面の青色に広がりを与えている。このブルースカイは都合三回のモデルチェンジを行ったようだが、僕のモデルはちょうどⅡ型となる。やや大ぶりのクッションケースに20㎜のラグを備え堅牢性も高そうだ。青い空を表現する意味では、このケースデザインが最も相応しい。最終型になるとラグが引き伸ばされ、些か凡庸なケース形状となってしまっている。

ペットネームのブルースカイ、それを表しているブルーの文字盤は青い空そのものである。秒針とインデックスのセンターはホワイトカラー、あたかも流れゆく白い雲のようだ。なるほどこの一本は、それらの三位一体、まさしく左腕に「青空」をハンドリングできる稀有な一本と言えるのではないだろうか。

そして極めつけは、その時計と出会った時、頭の中をある名ラヴソングの大サビがリフレインして止まなかったのだ。

「ブルースカイ ブルー」西城秀樹

初めて聴いたのは小学高学年、シングル発売時だったと思う。すぐさまお気に入りとなり、よく口ずさんでいたのを憶えている。個人的にはシングル楽曲の中で彼の歌唱力を堪能できる傑作中の傑作だと思う。今尚カラオケにいくと熱唱してしまう曲の一つである。


青空よ心を伝えてよ 
悲しみはあまりにも大きい…。

大人の女性への叶わぬ恋。結ばれぬと知りながら激しい愛をぶつけ彼女を傷つけた日々、そして別れへ。秀樹のビブラートがいやが上にも切なさを増幅させる名サッドバラード。青い空は、別離の傷みと拭えぬ彼女への想いそして再起のメタファーなのではなかろうか。

僕は、GMTマスター、そしてスピーディとは結ばれなかったが、それを忘れさせるほどの美しい「青い空」と出会うことが出来たのである。

しかし、厳密にはこの「ブルースカイ」は「空」の分野において功績を成したわけではないので、本願成就とはなっていない。ただ、時としてこのように直感的に惹きつけられたり、エレメンツにより豊かな空想世界に誘われてしまうと言った、とても魅力的な一本に出会う時がある。大体1970年代のアンティーク時計だったりするそれは、決して世界三大時計に代表されるハイクラスなものではなく(もちろんそれらをポンポン購入するなんて、ねぇ)、例の舶来時計の御三家やセイコー・シチズンだったりするからオモシロイ。なるほど、当時のそれらの腕時計をあらためて観察すると、意匠やネーミング、配色などが斬新かつ雰囲気があり、異彩を放っているモデルがあったりする。また日本の時計メーカーなどは開発ストーリーなどに魅了されてしまうケースも多い。

そんな時僕は、決して抗わず心のままに受け入れる事にしている。それは欲求を抑えられないといった衝動買いではなく、その時計が放っている波動を感じ同調した、言わば波動買い?なのかもしれない笑

こうして僕の「空」物語は、ブルーな気持ちでは無く、ハッピーエンドで幕を閉じたのだった。

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【追記】

●GMTマスターⅠorⅡチャック・イェーガーモデルは’97の1stがRef.16700(ペプシ、ブラック)、Ref.16710コークの3タイプ各50本、’99の2ndが16700ブラック、16710コークの2タイプ各150本の合計450本の限定品でした。文字盤にイェーガーとマッコイズのロゴプリントがあるため当初はリダンとみなされ、ロレックスでの正規サービスは受けられなかった時期もありましたが、現在は大丈夫のようです。今や希少価値がつきスーパープレミア価格で取引されています。
【注】通称、赤青ベゼルはペプシ、赤黒ベゼルはコークと呼ばれています。ブラックはオールブラックベゼルです。

●「情熱の嵐」と「激しい恋」の振り付けがカッコよくて、おチビの僕は秀樹のファンでした。「ブルースカイブルー」は美しいメロディーラインと高々と歌い上げる彼の歌唱力が素晴らしく、特に転調後の大サビの熱唱に魅了され、小学生の僕には歌詞の内容などわかる筈もなく笑顔で口ずさんでいた次第ですハイ
R.I.P Hideki Saijo


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