VIDEOTAPEMUSIC 「Revisit」 BOOK 野母崎 再訪日記(抜粋)

※「Revisit」限定版カセットブックに付属の書籍(160P)より再訪日記の一部を抜粋して公開。


二〇二三年四月十八日(火)

 朝食も食べずに九時半出発。車を借りて野母崎方面へ。目的地の野母崎の旧樺島小学校へは市内からおよそ三十km。広い国道沿いを埋め尽くしていたチェーン店が徐々になくなってくると、海が見えてくる。ひたすら海沿いの国道499号線を南下し、一時間ほどでスムーズに到着。樺島で製塩所をやっている加藤さんが旧樺島小の鍵を管理しているとのことで、まずは加藤さんに会いに行こうと電話してみると「樺島に着いたら煙があがっている所を目指してくれ、そこが製塩所だ」と言われる。ざっくりしてるなと思ったが、たしかに橋を渡り樺島につくと、島のハズレに煙の上がっている小屋が見えた。

海辺の古い倉庫のような場所を自ら改装した工房。手作りの窯で塩を精製していて、さっきできたばかりの塩の結晶を見せてもらう。調味料というか、これそのものが酒のツマミになりそうな存在感ある塩のかたまり。かたちもよく見るとちゃんと結晶になっているのがわかる。彼は絵も描いていて、自作の絵の具なども使うらしい。工房で絵を見たり、話を聞いたりし、旧樺島小へ移動。校舎に入ってみると、以前教室にあった楽器などはなく、教室はもぬけのから。楽器含め校内の備品はほとんどが数日前に急に処分されてしまったらしい。教室に残されていた楽器の音も録ろうと思っていたので、かなり残念。以前はあった図書室の本もなくなっていた。しかしガランとした音楽室の音の響きは良く、ピアニカやハンドクラップや床を叩いた音などを少し録音。静かな教室でピアニカを弾くと、確実に中庭の鳥が反応していた気がした。録音をしていると、時折校内にカタッという物音が響く。天井裏に小動物か何かいるのか、もしくは時計の分針が動く音か。


 中庭に出ると、大量の動物のフンがあった。加藤さんはイノシシのフンだろうと言っていた。加藤さんが庭で育てている野菜は最近イノシシの被害にあったそうだ。加藤さんは先に工房に帰り、ひとり残って誰もいない廃校でじっくり環境音を録音。風の音。廊下の音の響き。草の茂った緑色の校庭に、鷺のような真っ白の鳥が一羽、じっと佇んでいた。


 鍵を返しに加藤さんの工房に戻ると近所の人からもらったという刺身を捌いて食べるところだったので、混ぜてもらう。プリプリの新鮮なカワハギと肝、さらにブリカマ、雑炊、佐賀の湧水をいただく。思いがけないご馳走でどれも絶品。製塩の窯からは常に煙がモクモクと立ち、目に染みるが、それもその場の味の一部だ。食後は流れで餅つきをする。近くの山で採れたヨモギを入れたヨモギ餅。臼に混ざった木の屑とか、窯から飛んできた灰とかも気にしないワイルドなスタイルだったが、つきたてのお餅はやはり美味しい。微妙に米の存在感が残っている食感も手作りの醍醐味。何度も餅をつき、慣れない筋肉をフル稼働させ、確実に筋肉痛になりそう。


 長崎アートプロジェクトで僕のワークショップの参加者だった三浦豪介さんのお宅も近いので連絡して会いにいく。自転車、アンティークの椅子、楽器、ヨット、ラジコンなどのコレクションを見せてもらう。わかってはいたが多趣味な人だ。アートプロジェクトでやりとりをした際に豪介さんから映像を送ってもらった野母崎のお盆の祭で踊られる「ちゅうろう」の話や、地域の話をたくさん聞いた。
 野母崎はいくつかの地域を合わせた総称なので、野母崎といっても地区により文化や祭は違う。陸路が発達していなかった頃は海から船で地域間を移動していたため、それぞれの地域が違う島のような感覚で、それぞれに独立した文化があった。野母崎は漁業の町なので祭も基本的に大漁祈願。戦後は権現山の上に進駐軍の通信所があった。通信所の近くの壁には米兵が描いたと思われるミッキーマウスの落書きがあった。軍艦島から人がいなくなり、島の灯りが消えた日のことをはっきり覚えている。父に連れられて軍艦島に行ったとき、地下に飲み屋街のような場所があったのを覚えている。大きな台風が来たときは、入江になっている野母の港の中に長崎中の船が避難してきて、入江が船で埋まり、船の上を歩いて反対へ渡れた――
 豪介さんから聞く野母崎の話はどれも面白かった。
 豪介さんと別れ、送ってもらった「ちゅうろう」のビデオが撮られた海蔵寺へ。寺では何をするわけでもなく、そのビデオと同じ風景が確かにここに存在していることをただ確認。ビデオに映っていたのと同じモジャモジャの蘇鉄があり、あたりは静かで、猫が一匹いた。寺の隣にタコ焼き屋の屋台が出ていたので、タコ焼きを買う。市内へ戻る途中の海岸で堤防に座り、さっきのタコ焼きを食べようとしたら二つ食べたところで、残りをトンビに取られた。耳元を何かが通り過ぎる気配がし、気がついたら容器が空になっていた。一瞬だった。トンビが掴みきれなかったタコ焼きが数個、目の前の砂の上に無残に転がっていた。


 市内に戻ってきて、アートプロジェクト関連の長崎市内でのライブでも共演したタビラさんと待ち合わせして居酒屋・安楽子へ。途中で元斎も合流。刺身やビールなど。二軒目はペンギンカフェへとハシゴ。知り合いの東京のDJなどとも関わりがある店。いい感じに酔った勢いで元斎の家に行き、ギターを弾いてもらい録音した。作りかけの曲に合わせて、めちゃくちゃに歪んだギターを何テイクか録る。ライン録音だがヘッドフォンがひとつなので、自分はモニターできず、どんな音が録れているのかはいっさいわからなかったが、それはそれで面白いのでOKにした。そのあとはタビラさんも一緒に謎のセッション。途中、坂本龍一を偲び、延々と「戦場のメリークリスマス」のフレーズを。アンプをつながないままベースを弾いたり、スマホのシンセアプリをいじる。だいぶぐだぐだになってきて四時ごろにホテルにもどる。



注釈(桜井祐)


※野母崎
長崎半島の南先端部を指す名称。野母崎半島、あるいは野母半島とも呼ばれる。現在「野母崎」というと、広義にはかつて同地区にあった「野母崎町」町域を、狭義には現在の「野母町」町域を指す。一九五五年、高浜村の一部と野母村、脇岬村、樺島村が合併して野母崎町が誕生したが、二〇〇五年、長崎市に編入された際、自治体としての野母崎町は消滅。現在の以下宿町、黒浜町、高浜町、南越町、野母町、脇岬町、野母崎樺島町に分けられた。

※旧樺島小学校
かつて野母崎樺島町にあった公立小学校。一八七四年、学制公布に伴い樺島村に初等樺島小学校として創立。その後、樺島尋常小学校、樺島尋常高等小学校、樺島村国民学校、樺島村立樺島小学校、野母崎町立樺島小学校、長崎市立樺島小学校と改称を続け、二〇一〇年三月、野母崎地区四小学校のの統廃合により百三十六年の歴史に幕を閉じた。

※加藤さん
加藤笑平。一九八三年、東京都生まれ。絵画制作、インスタレーション、パフォーマンスなど芸術を軸にした活動を行う。天草市、福岡市を経て二〇二〇年より野母崎樺島町在住。同地にて野母崎樺島製塩所を立ち上げ、塩作りにも勤しむ。

※ちゅうろう
野母町で伝承されてきた旧盆に行われる奉納踊りの曲目のひとつ。中老とも書く。麦ワラで作った編み笠をかぶり、着流しに舞扇を持って円陣を組んで歌と太鼓に合わせて、ゆらりゆらりと優雅に踊られる恋唄。奉納踊りの曲目としてはこのほかに「ほこまい(鉾舞)」「モッセー」「トノギャン」があり、これら神社寺院に奉納する踊りに、龍神、恵比須神社を祀る海上浦祭を加えたものが「野母盆踊」と総称され、長崎県指定の無形民俗文化財および、記録作成などの措置を講ずべき国の無形民俗文化財に選択されている。一九七五年にはちゅうろうにつく十八曲の小歌の歌詞が整理され、そのうちの三曲が「野母盆踊り唄」として初めてアナログレコードに吹き込まれた。

※権現山
野母町にある日本最西南端に位置する標高約百九十八メートルの山。山頂には一万数千本のヤブツバキが自生する権現山展望公園と展望台があるほか、春には多くの桜が咲き、冬には渡り鳥の姿を見ることができることから写真愛好家に人気のスポットとしても知られる。
住所:長崎県長崎市野母町3290

※軍艦島
長崎港から船で十八・五キロメートルの距離に浮かび、伊王島、高島、中之島の先に位置する島。正式名称は端島で、野母崎側から望む姿が軍艦を彷彿とさせたことから軍艦島と通称されるようになった。明治から昭和にかけて海底炭鉱によって栄えたが、一九七四年の閉山に伴い、島民が島を離れて以降は無人島。全盛期には「世界一の人口密度」「日本初の高層鉄筋コンクリート造アパート」「日本一のテレビ普及率」「日本一高層の小中学校」「日本初のドルフィン桟橋」など多くの話題をはらんだ島だった。二〇一五年、国際記念物遺跡会議により、同島の炭坑を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコの世界文化遺産に登録。現在は観光名所として人気を誇り、海上で周囲をめぐるクルーズや上陸ツアーが催されている。

※海蔵寺
安土桃山時代と江戸時代をまたいだ慶長年間(一五九六〜一六一五年)に僧の善金が野母で浄土真宗の教義を布教。その後、一六六〇年に僧の以峰によって開基された寺。本願寺の十四代琢如上人から木佛尊像を下附され無量山海蔵寺と号したとされる。野母八景の屏風絵や多数の古文書を所蔵している。
住所:長崎県長崎市野母町2029

※タビラさん
長崎市を拠点にアンビエント制作やテクノ、ハウスのDJなどの音楽活動を行うAkito Tabira。二〇二二年十二月に日本のアンビエント・カセットレーベルである梅レコードより新作『Radio Tower』(後述)をリリース。VIDEOTAPEMUSICとは二〇二一年三月六日(土)に長崎市チトセピアホールで開かれた音楽イベント「長崎文化時間コンサート in チトセピアホール」での共演をきっかけに知り合った。

※安楽子
長崎電気軌道の本線観光通駅から徒歩一分ほどの場所にある大衆割烹。長崎の地魚を中心とした魚料理がメインで、刺し身はもちろん、焼き物や揚げ物など、魚関連のメニューが豊富に取りそろえられている。
住所:長崎県長崎市浜町7の20

※元斎
哲学者/アナキストの森元斎。一九八三年、東京都生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了後、日本学術振興会特別研究員、パリ第十大学研究員などを経て、二〇一九年より長崎大学准教授。現代哲学、アナキズム思想史を研究。著書に『アナキズム入門』(筑摩書房、二〇一七年)、『国道3号線』(共和国、二〇二〇年)、『死なないための暴力論』(集英社、二〇二四年)など。学生時代は微炭酸というバンドを結成。VIDEOTAPEMUSICも在籍していた。現在はバンド・長崎製糞社のギターとしても活動する。


RELEASE INFO


「Revisit」(Streaming)


VIDEOTAPEMUSIC「Revisit」

Label: KAKUBARHYTHM
KAKU-204
2024.6.5 Release

先行配信Single「Nomozaki 」: https://kakubarhythm.lnk.to/Nomozaki
Streaming: https://kakubarhythm.lnk.to/Revisit

限定プレス特装版 Cassette Book: ¥5000+税
Case Size:H188 × W104 × D35mm
TAPE(46min)※ダウンロードコード付属
BOOK(表紙+本文160P)
3 POSTCARDS

「Revisit」パッケージイメージ ※実物サンプルは追って公開

Tracklist

1. Tamako
2. Tatebayashi
3. Nomozaki(feat. 角銅真実)※5/29(水)〜先行配信
4. Susaki (Flotsam)
5. Shiojiri
6. Ureshino (Cha Cha Cha Dub)
7. Goujyou Jima (強情島)
8. Nomozaki (Akito Tabira Remix)
9. Susaki (oono yuuki Refloat Mix)

credit

Sound Produce / VIDEOTAPEMUSIC
Mixing (M1-M7), Mastering / Chihei Hatakeyama

Art Direction & Design / Kei Sakawaki, Hiroaki Hidaka
Editorial Direction / Yu Sakurai (TISSUE Inc.)
Still Life Photography / Makoto Oono
Documentary Photography / VIDEOTAPEMUSIC

Revisit(BOOK 160P)
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目次
序文 5

館林 10
再訪日記 二〇二三年三月二十四日〜二十七日 16
「Tatebayashi」メモ 33

野母崎 42
再訪日記 二〇二三年四月十七日〜二十日 50
「Nomozaki」メモ 62
寄稿「流れ」Akito Tabira 68

須崎 72
再訪日記 二〇二三年二月二十二日〜二十五日 78
「Susaki (Flotsam)」メモ 89
寄稿「再び漂流する音」oono yuuki 94

塩尻 100
再訪日記 二〇二三年六月十二日〜十四日 106
「Shiojiri」メモ 119

嬉野 126
再訪日記 二〇二二年七月二十一日〜二十三日 132
「Ureshino (Cha Cha Cha Dub)」メモ 138

エピローグ
多摩湖再訪 二〇二三年十一月二十四日 148

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著者・記録写真 VIDEOTAPEMUSIC
編集・註釈 桜井祐(TISSUE Inc.)
装幀・レイアウト 坂脇慶、飛鷹宏明
静物写真 大野真人
発行 株式会社カクバリズム
印刷製本 株式会社八紘美術

PROFILE

VIDEOTAPEMUSIC

ミュージシャンであり、映像ディレクター。失われつつある映像メディアであるVHSテープを各地で収集し、それを素材にして音楽や映像の作品を作ることが多い。VHSの映像とピアニカを使ってライブをするほか、映像ディレクターとして数々のミュージシャンのMVやVJなども手掛ける。近年では日本国内の様々な土地でフィールドワークを行いながらの作品制作や、個人宅に眠るプレイベートなホームビデオのみを用いたプロジェクト「湖底」名義でのパフォーマンスも行っている。
2015年の2ndアルバム『世界各国の夜』以降、カクバリズムから多数の音源作品をリリース。その他にも国内外のレーベルからリリースされた作品多数。

VIDEOTAPEMUSIC:
IG: https://www.instagram.com/videotapemusic/
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KAKUBARHYTHM
https://kakubarhythm.com/


「Revisit」POP UP & EXHIBITION


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