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No.1 "次無理だったら辞めよう"

こんにちは。この記事を閲覧して頂きありがとうございます。

大学生のかじかわと申します。

この投稿が記念すべき note No.1 ということで
自身についてサラッと紹介してから本題を記したいと思います。

最後まで目を通して頂けると幸いです。

①サラッと自己紹介

先ほども記した通りですが、大学生のかじかわと申します。

大学では映像を専門的に学ぶ学部に所属しています。

実は、私が映像を学び始めてから5年ほど経ちました。

中学3年生の秋から映像に興味を持ち始め、その好奇心そのままに映像を学ぶことが出来る専門的な高校に進学しました。

高校生活を経て中学生の時に抱いていた好奇心は恒常化し、常にレベルの高い映像を学べる場を求めた結果、現在の大学に進学し、コロナ禍に揉まれながらも学びを続けています。

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映像に興味を持つキッカケとなった中学3年生の秋
進学する高校を決め、合格に向けて本腰を入れ始める時期でした。

将来やりたいこともなりたい職業も無かったその時の自分にとって、
映像に興味を持ったことは進学先を決定するには十分すぎるキッカケでした。

中学当時、社会をあまり知らなかった自分は、専門的な高校に進学することは
”将来その道で食っていく”ことを意味すると思っていました。

そのため、受験勉強を本格的に始める前に
就きたい職業、最終目標を何となく"テレビ局員"と決めました。

何となくで決めた目標だったので、決定して直ぐに
「 "テレビ局員"に!!!おれはなるっ!!!」とは思っていませんでした。

しかし、当時
『将来の夢は?』『就きたい職業は?』

と聞かれることが多かった時期ということもあり
何となくテレビ局員という職業名を具体的に言葉に出していました。

そうして言葉に出し続けた結果、
気付いた時にはテレビ局員に就くための努力をしていました。

そんなある日、目標を実現するチャンスは突然訪れました。

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②突然のチャンス到来

今となっては懐かしさすら覚える対面授業が行われていた秋学期のある日

講義を受ける教室に1人で向かっていると、
教室に向かうまでの道の途中に、いつもその講義を一緒に受けている友人達3人がたむろしていました。

友人達は私を見つけるとこちらに向かってきて

「今から映画観に行くから、次の講義飛ぼや。」

というお誘いの言葉を投げ掛けました。

春学期までの私なら、何の躊躇いもなく飛びました。
しかし、春学期の成績が満足のいく結果ではなかったことがあり、秋学期は無遅刻無欠席で頑張ると決めていたのでそのお誘いを断り、独りで講義を受けました。

お誘いを断るのに少々時間を要したため、独りでポツリと講義を受けれる様な席は残っておらず、席がまばらに残っている所に座って講義を受けました。

講義の最中、前に座っている2人が何やら面白い話をしていました。

少し耳を傾けて聞いてみると

A「昨日山本美月見たんやろ?」
B「そう、めちゃめちゃ顔小さかった。トリンドルもおって最高やった。」

(へぇー、有名人見かけたんや。イベントとか行ったんかな。)
ぐらいにしか思いませんでした。


B「"この前"の本田翼もめちゃめちゃ可愛かったけどなー。」


"この前"?
この前って何や。そんな頻繁に有名人見かけるって、何してるんや?
俺も本田翼見てみたい!

そう思ったからには聞けずにはおれず、

「なぁなぁ、俺山本美月と同じ誕生日やねん。」

というどうでもいい情報を後ろの席からぶっ込んで話に参加しました。
(その2人は当時若干顔見知りでした。)

2人の席の隣が空いていたので前に移動して話を聞いていくと、
2人は某テレビ局のアシスタントとして働いているということが分かりました。

同級生には既に最前線で働いてる人がいるという驚きと同時に、
大学生からそんな最前線で働くことが出来るということを知りました。

そして、講義が終わる直前に

「俺でも働ける?」

と2人に聞きました。すると、

「今、4回生が就職で抜けて枠空いてるから、是非来て!」

「仲間おらんくて寂しかったところやったから、来てくれると嬉しい!」

(2人は同じ局で働いているものの、別々の支局で働いていました。)

といった、応募するには十分な動機と勇気を貰った私は、その日のうちにAから貰った応募フォームから必要事項を入力し
好きな女性に送ったらドン引くであろう長さの志望動機も書いて応募し、2週間後には面接が行われてその場で採用を頂き、応募から1か月後ほどして勤務が開始しました。

あの時誘いに乗って映画を観に行っていれば、大学在学中にテレビ局で働くことはありませんでした。そう考えると、講義に出席することは講義の学び以外においても重要なことなのかもしれません。

思いも寄らないチャンスが降って来たのですから。

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③知らんがな。

突然やって来た目標達成のチャンスを掴むことが出来た私は、春休みに入って本格的な勤務を開始しました。

が、この仕事が

まぁ、キツい。

仕事というものはアルバイトも含めて簡単ではないことは皆さんご存知だと思います。

そのため、普通の方は仕事を決める時はよく考えるのではないでしょうか。
時給や交通費の支給面・シフトの融通の良さ・仕事内容など。

しかし、私の場合は映像を学び始めた時から目指していた職業ということや
4年間映像を学んで得た知識とプライドもあって

「イケるやろ」

と、特に考え込むことも無く、ほぼ見切り発車で勤務を開始したのです。

これが失敗でした。

勤務先で行う仕事は報道現場の”カメラアシスタント(以下CA)
と呼ばれる仕事で、

カメラマンさんの横で荷物を持つことから始まり、
三脚を立て、時にはガンマイクを振り、時には照明を当て、時にはカメラマンさんの煙草を買いに走る。

というような仕事内容になります。

文字だけならまあ何とかなりそうな仕事内容に見えなくも無いですが
この仕事を1日行うだけで、ヘロヘロになります。
私の体力がないだけかもしれませんが。

荷物は多い時には5個。
小さめのバック(常に持ち歩くバック)と時折使う機材を入れた大きなバック
10キロ以上ある三脚に3段脚立とガンマイク。

さらに"CAたるもの常に片手を開けておくように"と言われているため基本は肩にかけたり、どこかに挟んだりして持ち運びます。

初出勤・初取材の際、初めてこれらの荷物を持ち歩いて
「(重い...)」
と思っていると、取材先の入り口のドアへの注意を怠ってしまい、
脚立をドアにぶつけてしまいました。

すると

カメラマン「💢」

と、お叱りの言葉を頂きました。

荷物持ち(CAにとっては初歩の初歩)の仕事で早速怒られたのです。

ここからしばらくの間、我慢の日々でした。

勤務して4回目まではベテランのCAさんと一緒に"研修"という形で
取材先に出向いていましたが、5回目位からは1人でカメラマンさんにつくことになります。ここでは「1人立ち」と呼ばれています。

この1人立ちの勤務の日、何回怒られたでしょうか。

1人立ちという緊張により、荷物を車に運ぶだけで汗だくになり、
取材先に着いてからは30分に1回はキツく怒鳴られた様な気がします。

この1人立ちの日だけではなく、その他の勤務でも頻繁に怒られました。

ここまで読むと私がただの仕事出来ない奴だと捉えられてしまうと思うので
(間違ってはいない)、怒られた理由もしっかりと記していきたいと思います。

ここまでカメラマンさんに怒られる理由のほとんどが

"知らなかったこと"

でした。

研修の際、CAの仕事内容はベテランのCAさんに教えてもらいます。
決して研修は少なくはなく、取材までの空き時間は全て研修を行っていました。

しかし、半年以上働いた今振り返ってみると
私の体感的には、研修期間に学んだ仕事内容はCAの仕事においては半分も無いと思います。

研修期間に学んだことはCA間では"知っていて当たり前"の内容であり、
その仕事は言わなくても出来る様になっているのが当たり前でした。

そのため、怒られることのほとんどは研修期間では教えてもらっていない、
怒られて初めて気付くことなのです。


怒られるのって、嫌じゃないですか。

怒られたとしても、その理由が納得出来ないとね。


ここで怒られるのは

「いやそれ初耳やねんけど...」

「知らんし...」

「めっちゃ怒るやん半端ないって...言うといてや...」

と思う様なことばかりです。


ひとつだけ具体例を。

普段使用している三脚は高さを2段階あげることが出来ます。
上のジョイントと下のジョイントがあり、
基本は下のジョイントから脚を伸ばした状態で立てます
(後から脚を高くしやすいため)。

その日ついたカメラマンさんは、
数多くのカメラマンさんの中で唯一上のジョイントから脚を伸ばす人でした。

CA間でそういったカメラマンさんの癖は事前に共有されるのですが、
その癖を知らされることがなかった私は、普段通り下のジョイントから脚を伸ばして「俺は上からや。」と怒られるのでした。

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④女性に優しく、男性に厳しすぎる社会

度重なる説教で、4回目の勤務の時点で私の心はほとんど折れていました。

アルバイトを掛け持ちしていることもあり、そこまでお金に困っていなかったので
「今月で辞めよう。」
と思っていました。

勤務前日になると、

「また明日も怒られるんだろうな。」
「嫌だ。」
「休みたい。」

という様なネガティブな気持ちが心を覆い尽くしていくのです。

実は私が勤務している局のCAの男女比は私が入った当時
2対8でした(現在は7対3)。

しかし、採用されるアルバイトの男女比は半々だそうです。

つまり、女性に優しく男性に厳しい社会だということです。
この事実を知った時、辞めていく男性の気持ちが痛いほど分かりました。

実際、ある日機材を片付けている時

カメラマン「今日のあれ、お前が男やったらぶん殴ってるからな。次から気をつけや。アハハハハハ。」

といった会話が聞こえて来たこともあります。

そうか、俺やったらぶん殴られるんかぁ。アハハハハハ。
ぐらいにしか思いませんでした。その時にはこの社会の仕組みにも慣れて来た時だったので。

今月で辞めよう辞めようと思い、後○回で辞めれる!と自分を鼓舞しながら
何とか気合で勤務し続け、その月最後の勤務
(今日で辞めてやる!と思ってた)時、ある言葉に出会いました。

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⑤ある一言

CAの1日は機材を準備した後、
CA間の情報共有を行うノートに目を通して始まります。

そのノートには、特殊な取材を行うときのポイントや
消耗品の補充の伝言などが記されています。

その日のノートには、数ページに渡る文章が記されていました。

目を通していくと、その文章はその日をもってCAを卒業する先輩方が書いた
カメラマンさんやCAさんに対する感謝の気持ちでした。

その中に、私が初取材の時にお世話になったCAさんが書いたものもありました。

そのCAさんが書いたある文章に心打たれました。

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最近入って来た新人さんへ。
何回も怒られて辞めたいと思う時が何回もあると思います。
実際、私も勤めた当初は怒られまくって何回も辞めようと思ってました。
でも、考え方を少し変えて

「次も無理だったら辞めよう」

と思って次、次と考えて続けた結果今日まで続けることが出来ました。
次無理だったら辞めようと思って続けてみると意外と続きますよ!

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その日は大して怒られることがなかったということもあり、この考え方を導入してみました。

ある日こっぴどく怒られた日には、

「あー。次も今日くらい怒られたら辞めよ。」

と思って逃げ道を用意しておき、いざ次の勤務になると
急に褒められたるすることが増えたのです。

この先輩CA流の考え方を導入して、気付いたら働いて半年が経っていました。

あの時この言葉に出会っていなかったら、間違いなく辞めていたことでしょう。

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⑥考察

この職業について私なりの考察をしたいと思います。

この職場にいる人は全員、紛れもないプロです。

人として欠陥している部分がある人も中にはいますが、より良いものを
世に送り出そうと必死に、真摯に向き合っています。

だからこそ、何も知らない人がマスコミを批判している人達には是非、社内見学に来て欲しいぐらいです。

私が出向いた取材ではヤラセや印象操作を行っているところは全く見ていません。

素晴らしい社会に所属出来ている実感もあります。
(次怒られたら辞めようという考え方は継続中)

しかし、人間誰しも向き不向きがあります。

その中で、まず自分を見極める際に重要な材料は

大きな社会団体が向いているのか
小さな社会団体が向いているのか

ということです。

私が勤めているところも含めて、テレビ局は非常に大きい社会団体です。

1000人単位の社会を形成して、いくつもの番組を作っています。

社会団体が大きければ大きいほど、作り上げるものも大きく、社会に与える影響も大きいのは当然です。

大きな社会団体が向いている人というのは、この作り上げた大きなものを見て
"この大きなものに携わることが出来ている"という点に達成感を感じれる人です。

一方で、小さな社会団体が向いている人にとっては、
大きな社会団体で行う仕事はスケールが小さく感じ、
自分の存在意義を見出せない可能性が高いのです。

実際、アルバイトを採用しているというのは、学生にとっては最前線で経験を
積めるというメリットがありますが、採用側からしたら言い方にトゲがありますが
"ある程度使い捨てができる"ということになります。
つまり、若ければ誰でも良いのです。

この仕事は前者の大きな社会団体が向いている人にはうってつけだと思います。

ちなみに私は中学・高校・大学と、小さな社会団体で活動し続けて来た人なので正直な所、この社会団体における存在意義を見出せていません。

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⑦最後に

ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。

長々とした note No.1 でしたが、最後に記したいのは

・チャンスは思いも寄らない所で降ってくる。
・若いうちに現場の経験を積めるだけ積んだ方が良い。
・若いうちに怒られ慣れると、後が楽(笑)。

といった感じでしょうか。

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それでは。



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