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消えた女。傘が僕の愚かさを追求する

ビニール傘は知っている。
北の新地の飲み屋では、帰り際に雨が降るとビニール傘をくれる。親切心からでもあるが、また来てねと言うメッセージでもある。
一時期、僕はこぎれいなバーのユリに入れ込んだ。まさに百合の花の様に、清楚で静かな気品が漂っていた。
僕たちは、店の外で何回か体を合わせた。
ユリの体は高貴な味がした。
入れ込んで通ったため、雨でもらった傘は半年で百本を超えた。
ある日、ユリが僕の隣にいない時に、店のマスターが囁いた。
ボックス席で、ユリや他のホステスと愉快に飲んでいる恰幅のいい男を目で示した。
「一晩十万で抱いてるって噂ですよ」
僕には到底手の出ない金額だった。
ある夜、ボックス席でユリと楽しく過ごしていた最中、爽やかに笑っている彼女に、嫉妬と冗談交じりに言った。
「俺なら十万を幾らにしてくれる?」
その瞬間、山百合の花が鬼百合に変貌した。
清楚な百合の花弁に、血痕のような粒々が出現した。
瞳には涙が滲んでいた。ユリは何も言わず席を立った。
そして僕の席には二度と戻って来なかった。
半月ほどで、ユリは店からも姿を消した。
僕は本当に愚かだった。
今でも、ビニール傘を手にするとき、ユリが鬼百合になった瞬間を思いだす。
傘は僕の愚かさをいつまでも追及するのだ。




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