改姓するということは

平成7年1月17日。
阪神淡路大震災が起こった。
激しい揺れ。倒れる家屋。燃え盛る炎。
当時、携帯もネットも一般的ではない時代。

沢山の行方不明者、死者がでた。

被災地は私の同窓生が大勢住んでいた。
電話を掛けても被災地では全く繋がらない。
被災地にボランティアに行き、救援物資を送りながら。

毎日新聞で死者、行方不明者の中に。
同窓生がいないか。知っている人がいないか。
探し続けた。

探しながら。
はっと気がついた。

次々同年代の友人から
「この度結婚致しました」
カッコ旧姓、の葉書が届いていた。

つまり。

姓が変わっていたら。
いくら丹念に新聞を読んで。
目の前に友人の名前があっても。

その人だとは分からないのだ。

報道されるのは戸籍名なのだから。
改姓すると。
名前があっても分からないのだ。

電話が繋がる人達で、分かる範囲の情報をやり取りし、
新しい姓をメモに書き、探し続けた。

震災があって半年。
次々仮設住宅が建ち、
「我々の友人知人に亡くなった人はいない・・・であろう」

であろう、で終わらせるしか無かった。

「震災で亡くなったりした人、あなたの周りにいた?」

「多分いません」

としか答えられず。

20年が過ぎた。

そして。
20年が経ったとき。

「◯◯クラスの△△さんが震災で亡くなっていた」

やはり。
結婚改姓し、それを知らせる前に。
亡くなっていたのだ。

毎日丹念に新聞を読み。
その子の名前があったのに。
20年。
殆ど誰も知らないままだったのだ。

あれだけ皆が、次々電話が繋がりだし、情報を集めても。
新聞報道で目の前にその子が亡くなったと報道されていたのに。

20年。
皆それを知らなかったのだ。

20年。
その友人の親御さんがいる場所も分からない。
どこに葬られたのかも分からない。

その場で手を合わせるしかなかった。

日本では。
その時の戸籍名のみが。
正しい名前として扱われる。

亡くなっていた事を。新聞報道されているのに。
誰も知らず、誰にも見送ってもらえず、墓参りさえ出来なかった20年。

人の名前が変わるということは。

そういう事なのだ。

「職場で旧姓を使えるから良い」

そんな軽いものではないのだ。
人の名前が。人生途中で変わるのは。






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