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僕は何でもない日と、小説が好きだった


その週の土曜日。

六本木交差点にあるピンクカラーがキャッチーなアマンド前で、ミオと花織は待っていた。2人ともショートパンツとロングブーツを合わせたコーディで、熱帯ジャングルの島からココはTOKYOだった。

「やぁ」と俺が片手を上げてあいさつをすると、花織は、「オッス」と敬礼の真似をした。ミオは、アウターのポケットに両手を突っ込んで、小さく笑いかけた。 

ミオにはあれから1度だけ電話をしていた。今日を楽しみにしているからと言うと、「ダネ?」とつまらなさそうに短く答えた。

「ヨシオくん、遅いなぁ」

花織は、渋谷方向を眺めながらつぶやいた。待ち合わせの時間は午後7時で、午後8時を少し回ったくらいの時間になっていた。週末ということもあって、この街は人熱れで埋まって行くようだ。


「きた、きた」

花織は、人熱れの中を急足で歩いてくるヨシオに向かって両手を振った。

「ごめんごめん、帰ろうとしたら、急に団体客ツアーの話しがあって・・・この通り・・・」

ヨシオが花織に向かって手を合わせると、「ゴメンナサイ」と花織は、俺とミオに頭を下げた。俺とミオは、顔を見合わせて笑った。ヨシオは、季節的にはまだ少し早いウール生地のスーツのせいもあって汗だくだった。花織がハンカチを手渡していた。

俺たち4人は、グアム行きの空港ロビーではじめて会ってから1週間が経つ。俺とミオは、電話口で1度きり話しただけだった。ヨシオが仕掛けた求愛ゲームは、少なくとも俺にとってはゲームオーバーだった。

六本木交差点の角にあるアマンド前から外苑通りを曲がると、六本木Sビルがある。地上10階建の雑居ビルのほとんどがディスコフロアだ。2台のガラス張りのエレベーターが、ディスコミュージックをイコライザするようにアップ&ダウンしていた。

俺とミオは、ヨシオと花織の後を少し離れて黙って歩いていた。俺は、ジーンズにTシャツ、古着のテーラードジャケットを羽織っていた。ココは、TOKYOだった。俺は、ふとグアムでの出来事を思い出していた。

俺とミオは、ホテルのベッドに寝そべりながら、何となくひっついていろいろな話をした。ミオの父親は、テレビドラマでもたまに見かける脇役の俳優だった。あまり存在感があるとは言えないが、たぶん顔を見ればほとんどの人が知っている。だけど、名前はと聞かれれば、ほとんどの人が答えられないに違いない。母親は、赤坂で小さなブティックを経営しているのだそうだ。

ミオと花織は、都内にある服飾系デザイン短大の同級生だった。

俺の実家は墨田区の商店街で、惣菜やを営んでいるとミオに話したらミオはほほ笑んだ。

ヨシオとは、都内の公立高校のバスケ部でいっしょだった。強豪とは言えないチームだったが、たまたまいい選手が集まったこともあってインターハイの予選で、ベスト8まで勝ち進んだ。準々の対戦相手が優勝したけど、スコアは1ゴール差だった。

ヨシオの父親は、外資系自動車メーカーのディーラーで働いている。花織の母親はシングルマザーで、麻布十番でモデルクラブを経営しているのだそうだ。そうそう、ヨシオの母親は、若い頃は有名なファッションモデルだったそうだ。

ちなみに、俺の夢は、プロのドラマーになることだ。

男と女がひっついて、スターバックスのカフェでもいいから話をすると何かとってもオモシロイ、みたいな、ピロートークは続いた。1人で乗々しても1×1=1で何乗しても1人なんだけど、2人を2乗すると2×2=4みたいに話は尽きなかった。

俺とミオは、ピロートークに飽きると、またセックスをした。


「ヒロシくんって、不良なんだ」

先を歩いていた花織が不意に振り返ると、俺を指差しながら唐突に言った。

ヨシオはニヤけた表情で、俺とミオを見返した。俺は、それには答えず、ぷいとあちらの方を向いた。ヨシオは、たぶん花織との性的な関係はオアズケを食らっているに違いなかった。花織は、自分のキモチが良いと思う愛情表現に男性との温度差を感じているのかもしれない。花織にとって、ヨシオとの関係は自分の気持ちより相手のキモチを優先させる必要はない。惚れたのは、ヨシオの方だった。

じゃあ、俺とミオとの関係は?たぶん、惚れた欲目がフィフティーフィフティーの関係だった。それを、アバンチュールというのだろう。

「フ・リ・ョ・ウ」

花織は、悪戯っぽい目つきでそう言った。

「でもね、ミオは不良が好きなんだよ」

可笑しそうに言うと、くるりと前を向いてヨシオと腕を組んだ。

「キライよ」

ミオは、ブーツの先でアスファルトの歩道を軽く蹴り上げた。

                        つづく

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