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近々未来ストーリー Shall We Dance?

 203X年、12月23日午前5時、ブッチギリ瀬名裕二はガレージの電動シャッターを開けた。スカイラインGT-Rのイグニッションスイッチを回し、エンジンを始動させる。通称「アール」と呼ばれ、『羊の皮を被った狼』と怖れられた猛禽なエンジンを搭載したハコスカの末裔車だ。
 瀬名裕二は、マールボロの先に火を入れ、革ジャンの襟を立てた。足元はハイカットのバスケットシューズに、ジーンズはビンテージ。指なしのドライビング・グローブに手を入れた。それからカーオーディオに、カセットテープを挿入した。

   Born To Be Wild

 瀬名裕二は、アクセルペダルを踏み込んだ。

 しばらくは見慣れた環七から海岸通りを芝浦方面にハンドルを切った。芝浦から首都高に入り、羽田、横浜方面にドライブさせる予定だ。

 ハイウエーに入ると、高架下の街並みとは景色が一変した。ハイウエーは、大きなうねりが起こったもうひとつの都市のようにも思えた。そこは、人間と同じ時間が流れていても、人間とは断絶した自動運転車が完全に自立したクルマ社会だった。ROOMSと呼ばれる大小のコンテナ車が、人間や荷物を安全で正確に運び、人間が24時間ハイウエー上で生活することも可能だった。

 瀬名裕二はハイウエーに入った時から、AI監視システムにマークされている。スピード超過はもちろん、ブッチギリ瀬名裕二のドライビングテクニックまで危険運転として自動運転社会では排除の対象になる。
 瀬名裕二のスカイラインGTーRの真上には、追跡ドローンが飛行している。

 「チッ」
 瀬名裕二は舌打ちをして、さらにアクセルを踏み込んだ。

 羽田インターチェンジから真っ白なポルシェ911が本線に駆け上がってきた。ポルシェはスピードを落としてスカイラインGTーRと並走したかと思うと、左側の運転席のウインドゥを開けた。瀬名裕二も助手席側のウインドゥを開けた。ポルシェのドライビングシートには小泉今日子に似た女性が座っていた。

 「Shall we dance?」

 小泉今日子に似た女性の唇がそう言ったのかどうかわからないが、瀬名裕二にはそう聞こえて来た。

 「I’d love to」
 まるでリチャード・ギアじゃねえか。瀬名裕二は、しぶく笑った。


                                                                                     おしまい

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