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「肩書きに、草刈りって書いてもいいよ」って言われて、俺泣いたんですよね。そういう気持ち、あなたに分かりますか。

Kさんのことはあまり好きでなかった。

ある芸能人の女性軽視発言の話題で喧嘩をしたことがあるから(詳細は書かないけれど。というか覚えてないの)。

そんなKさんと同席する機会があった。わたしもそうだけど、向こうもなんとなく居心地がわるそうだった。そんなふたりに限って隣の席になってしまうから不思議である。

隣だから、なにも話さないのも変なので、ぽつぽつ会話をする。最初は当たり障りのない会話をしていたのだけど、いつの間にか仕事の話になっていた。Kさんと私は、大きくくくれば同じ業界で仕事をしているから、仕事の話になっていくのは当然なのだけど。



「界外さんには、間違ったことは言えないんですよ。怒られますから。どうせ界外さんの言ってることが正しいですし。

今日もね、こんなこと言ったら怒られると思いながら言うんですけどね。

18時から21時の間は連絡できないっていう人がいるんです。その人は女性なんですけどね。子どもとごはんを食べて、寝かせる時間だから、その時間は無理だと。

間違ってるし、怒られるってわかってるんですけど、俺からしたら、はぁ?って感じなんですよ。この業界の仕事だと、どうしてもその時間に確認取らなきゃいけない時もあるじゃないですか。それでも頑なにやらないんだ、くだらねえって思うんですよ。

そういう時代じゃないし、間違ってるってわかってるんですよ。でも、俺はもう古い時代のやり方が染み付いてるし、それで積み上げてきたものもあるから、そう思ってしまう気持ちはなくならないんですよ。

そういうのを、界外さんには言えないんですよ。間違ってるし、怒られるから。でも、そういう気持ちの男っていっぱいいるんですよ。そして、そういう男たちって、すごく働くんですよ。だから、そいつらがいないとできないことってあるんです。

界外さんは自分で会社やって、案件でもトップに立つんでしょ。そういう男たちを、界外さんのためにって言わせて、動かすことができますか? それができなきゃ成し遂げられないこともあるでしょう?」



Kさんのことは嫌いだったけど、この会話で一気にその気持ちはなくなった。だって、Kさんの言っていることは圧倒的に事実だから。そして、これを私に言うことはKさんにとってなんの得にもならない。むしろまた怒られるかもしれないというリスクがあったのに、本当のことを教えてくれた。そういう真摯な態度には、敬意が必要だと思うのです。



「引きの絵をどれだけ作り込めるかなんですよ。寄りでいい絵づくりは、誰だってできるんです。

九州の草原でね、監督が「草がいらねえな」って言ったんですよ。そこ、ものすごく広い場所でね。

俺、自分のチーム引き連れて、現場入る前の日に、王将に行ったんですよ。飲みきれない数のビールの大瓶並べてね、なんでも食べたいものを、食べたいだけ食べてくれと。

ビールをグラスに注ぎながら、この仕事をやり切らなきゃいけないって気持ちにね、持っていくんですよ。相手もビール飲んじゃったら、もうやるしかないんです。日給数万の、割りのいい仕事だと。いろいろ考えず稼いどけってね。

そうやってね、ありえない範囲の草を刈って、俺なにやってるんだろうとか、考えたりしないんですよ。やるんです。監督が必要だって絵を作るために、自分で考えてやりきるんですよ。引きでいい絵が撮れるように。ものすごい範囲を刈ったんです。

そうやって、監督の思い通りの絵が撮れたとき、「お前、今度から肩書きに、草刈りって書いてもいいよ」って言われて、俺泣いたんですよね。そういう気持ち、分かりますか。

あり得ない範囲の草を刈り切る人を動かせないと、得られない結果があるでしょう。界外さんは、界外組を、何で魅了して動かすんですか? 正しいことだけで、引きの絵作り、できないでしょう?」



「Kさんの言う通りだと思う。私が引きの絵がほしいと思った時に、ついてきてくれる人がいなきゃ、私の役割なんて意味ないんですよ。

今の私にできるのは、率先して自分で草刈ることくらいです。誰もやらないなら、自分ひとりで全部やりきるからって姿勢を見せる。要は逃げないってこと。でも、このパターンしか持ってないんだと思う。これでは得られる結果が少ないよね。私の課題だと思う。

どうやったら、この人のためになんとかしようと思ってもらえるか。今の思想だと、男の人、ついてこないよね。男に限らず、本当に必要な力を持つ人を動かせないと意味ないよね。それ、知ってはいるのだけどね。力不足だね……」



「いや、俺、俺だけじゃなくみんな、界外さんが逃げないの知ってるんですよ。だから、もっとうまくやって欲しいと思ってるんです。

だからこそ、界外さんに本音を言ったら怒られるって思ってる奴らのことを、言いたかったんですよ」


フェミニストの友人たちは、わたしを裏切り者だと怒るかもしれない。その気持ちが分かると同時に、圧倒的な事実を掛け値なく教えてくれたKさんに、私は感動してる。そして、草を刈り切ったK組のことを尊敬してる。

つまりは、現実を動かしていくということ、というお話です。


補足
いろいろ割愛したり、脚色したり、私なりに解釈してまとめているので、実際に話したこととは乖離があるのであしからず。いやほんとは、Kさんなんていないのかもよ。はたまた、いるのかも。要は、そういうのは瑣末なことなのです。わたしが心震えた本質だけ汲み取ってくれたらうれしい。

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