ANOTHER LIFE①

〜SIDE A〜

「ドラマみたいに遡って本当のこと 話せたらいいけど そんなの無理だよね」

某シンガーソングライターの有名な曲のワンフレーズが脳内をリピートする。
今、私は人生の大きな分岐点に立たされている。
夢を追うのか愛を追うのか。私は選べずにいた。


「早く起きなさい!」

何だろうか。このひさしぶりに聞いた声の感覚。

「うみ!ちょっとうみちゃん!いつまで寝てるの?」

目の前には母がいる。…母!?
私は飛び起きる。

「お母さん?…なんで?」

私は状況が理解できていない。

「あんた…また寝ぼけてるの?学校に行く時間でしょ!」

「学校??寝ぼけ…夢?」

いや、夢にしては意識がはっきりしてるし動いている感覚が確かにある。

何が起こったのか理解できない。とにかく母の言う事を聞き制服に袖を通す。
家を出ると懐かしい同級生の顔がある。
「つんちゃん?あなたつんちゃんなの?」
目の前には幼馴染のつくしことつんちゃんが不思議そうな顔でこっちをみている。
「何?どうしちゃったの?」

「しょうがねぇなー。頭の中がデジタル化しておかしくなったんじゃねえのか?」
隣で笑う坊主頭の男。

「え!ユウ?嘘でしょ?」

つくしだけでなくユウまで若い頃のままだ。相変わらず状況が理解できない。
ユウはニコニコしながら私に挨拶する
「おっはー!」
懐かしい響きだ…

「ユウ?今あなたなんて言った?」

「は?普通にいつもの挨拶だろ」

「今おっはーって言わなかった?」

「言ったけど…。なんかお前今日変だぞ?さてはせー…イテッ!」

「やめなさい!」

つんちゃんがユウの頭を強く叩く。

おっはー…もしかして私はドラマや漫画では定番となっているタイムリープ的な何かに遭ってしまったのだろうか…

慌てて私は携帯を探す。無い。

「ねぇ!スマホ貸して!」

私はつんちゃんに話しかける。

「スマホ…?」

つくしは不思議な顔をしている

「あ!違う携帯!ちょっと忘れちゃって」

「いいけど…やっぱあんた今日変だよ」

つくしはそう言いながらガラケーを私に手渡す。つくしのガラケーには光るアンテナがついていた。

携帯を開く。
2000年 9月15日

2000年!もしかして私は本当に…いやそんなはずはない。だって私はあの日自殺をしたのだから。

私の名は沢口海(うみ)職業は女優…と呼ばれる奴だ。高校時代に原宿で友達のつんちゃんと歩いているところをスカウトされた。
元々興味がなかったわけではなかった。スカウトされたのは有名なアイドルや女優さんを輩出している大手芸能事務所だった。ありがたいことに雑誌のグラビアをきっかけにテレビなどにも出れるようになり舞台などに出させていただけるようになった。
舞台をきっかけに演技に興味を持ち私はいろんなドラマに出るようになる。映画などにも出演し主演女優賞以外の賞も何度かいただいた。

もちろん簡単なことばかりではなかった。私がデビューしたばかりの頃は「働き方改革」なんて言うものはもちろんなくて馬車馬のように働かされた。演出家 共演俳優のセクハラ 先輩女優のパワハラ嫌がらせなんて日常茶飯事だった。

でも私は心を折れることは無かった。幼馴染も辛い思いをしながら頑張っていたから。

幼馴染の1人は「つんちゃん」ことつくし。彼女は高校を卒業して医大に入った。医者になって多くの人を救いたい。と中学の時から良く言っていた。

もう1人は同じく近所に住むユウ。彼は小さい頃から野球をやっていた。すごく上手いらしいということしか知らなかったが高校卒業後に地元のプロ野球チームにドラフトで指名された。下位指名?と呼ばれるものらしいがスター選手になるべく頑張っていた。

私たちは小さな頃から良く3人で遊んでいた。思春期というものを過ぎても私たち3人の関係は変わらなかった。…高校までは。
高校を卒業した3年後…確かバレンタインを過ぎた頃だったろうか。
つんちゃんとユウは交際を始めた。ユウはキャンプで鹿児島に行っていたがつんちゃんは休みを使って会いに行ったらしい。鹿児島からつんちゃんはわざわざ連絡をくれた。ユウからも留守電が入っていた。

つんちゃんにもユウにもちゃんとおめでとうは言えた。でも私はその日朝まで泣いた。
そんな経験が関係あるのか無いのか私は演技の仕事が増えた。

1番最初に世に名前が多く出るようになったのは私だったが次はユウだった。
下位で指名され最初の2年は2軍で猛練習したらしい。3年目に1軍に昇格するとそのままチームの若きエースと呼ばれるまで活躍をした。その数年後にはリーグを代表する左腕と呼ばれWBCで世界一のメンバーにもなった。その年のシーズン。どこからか漏れたのだろう。私とユウが幼馴染ということが各所に伝わり対談をする事になる。

売れっ子の若手女優と日本を代表する若きエース いかにもテレビ局が好きそうなテーマだ。

対談後、スタッフの計らいで私とユウは久しぶりに食事をする。つんちゃんに悪いと思って声をかけたが仕事で休めないらしかった。
そんな食事中の時だった。

「最近どう?つんちゃんとうまくいってる?」

世間話のつもりで私は聞く。

「いや、それがさ…あいつ留学しようとしてるらしいんだよ。」

「え?そうなの?すごいじゃん!次はつんちゃんが有名になるのかなぁー楽しみ」

私は素直な気持ちで言ったつもりだった

「いや、別れようと思ってるんだ。その方がお互いのためだろ?」

ユウは複雑な表情で言う。

「はいはい。わかったわかった。すぐ仲直りするわよ」

そう言って私は明るく誤魔化した。会話も…自分の気持ちも。

食事も終わり人通りの少ない裏路地からタクシーに乗り込む。対談の前日は泊まり込みで映画の撮影だった大荷物の私を気遣ってユウがマンションの玄関まで荷物を運んでくれた。

「ありがとう。またご飯行こう。つんちゃんと仲直…」

言い終わる前に私はユウに抱きしめられる。

「海…オレお前のことがずっと…」

「ちょっと…何の冗談?だってつんちゃんが」

「ずっと好きだった。言おうと決めてたんだ。本当はプロになった時に言おうと思ってたんだけど…その時は距離が遠すぎたから。一軍で活躍して野球で飯が食えるようになったらこの気持ちだけは伝えようって。でもお前はもっともっと遠くにいっちゃったな。テレビだけじゃなくてホーム球場の看板にまで海がいるんだぜ。流石に付き合ってくれなんておこがましい事言わないよ。だから気にしないでいい。余計な事言って悪かった」

と言ってユウはわたしから離れて帰ろうとする

「待って!」

私もユウに後ろから抱きつく。

「何で…なんで言うのよ。私は昔からユウが好きだったのに…なんでつんちゃんと…」

泣きながら言葉に出す。この涙は普段の演技とは違う紛れもない本物だ。

お互いの気持ちを確かめ合うように私たちは朝まで抱き合って眠った。

翌朝、ユウは朝早く私のマンションを出た。今日も球場に行って練習をするらしい。

私も昼から仕事が入っておりその時間に家を出た。

ユウとのメールのやり取りは増えた。つんちゃんにいつ言うべきか。悩みながら私は仕事の忙しさもありなかなか言い出せずにいた。

数日後…私は事務所に呼ばれる。

「若手女優と球界の若きエース 幼馴染が実らせたお泊まり愛」

そんな見出しの入った週刊誌の原稿を見せられる。写真はマンションのオートロックに入っていく私とユウ。ユウは私の荷物を持っている。
そして翌日時間差で玄関から出てくる様子。流石に抱き合ったところの写真は無かったが証拠としては十分だ。

今と違って女優のスキャンダルはご法度。ましてや私はまだまだ若手のポッと出。マネージャーはテレビ各社や関係各社の対応に追われている。社長室に私は入る。

「あなた…どうするつもり?辞めてもらってもいいわよ。どうやら写真はこれだけじゃないようだから」

原稿には載っていなかったが玄関前で抱き合う私とユウの写真を社長は机の上に叩きつける。

「今週発売の週刊誌ではこれに差し替えた写真が出るわ。もう既にテレビにはあなたの達のニュースが流れている。あなたのトップ女優になりたいと言う気持ちはそんなもの?」

「いえ…そんな事はありません。でも私は彼が好きです。女優として頑張りたいと言う気持ちも彼への気持ちも嘘はありません」

社長の目を真っ直ぐ見て私は答える。 

「困った娘ね。でもわかったわ。正直あなたを失うのは私としても痛い。まだまだ稼いでもらいたいから。でもあなたの幸せを願わないわけでもない。私もそこまで鬼ではないわ。もうあなたも大人。自分で決めなさい。」

社長は私に2つの選択肢を提示した。

猶予は週刊誌の入稿の締切、明日の夜0時まで。それまでにユウにあって結論を出すこと。もし結論を出せずに0時をすぎた場合は社長が私の引退記者会見を開く。ちょうど明日の予告先発はユウだった。マネージャーと社長の対応などで全ての仕事が体調不良によるキャンセルとなった私はユウに会うため遠征地の大阪に向かう。

試合前、ユウに
「今日試合後に話がある。球場の出口待ってるから。頑張って。」
と連絡を入れた。

ユウからは「わかった」とだけ連絡が来た。

私はマネージャーにとってもらった球場のガラス越しのシートに座る。ニュースの件もあってスタッフにも気を遣われたのかシートに座るまで周りは誰もいなかった。

試合開始前から敵ファンのユウに対する怒号が飛び交っている。私は帽子を深くかぶって気づかれないようにする。

試合が始まって3時間が経った。開始前の怒号がうってかわって敵ファンも静まり返っている。9回に入り球場がざわつき始める…そしてユウが最後のバッターを三振に取ると大きな歓声が上がった。

ヒーローインタビューを受けるユウを見て私は涙が止まらなかった。好きだ…私はユウが好き。
もう…心の中は決まっていた。

ユウから「取材がたくさん入ってる。悪いけど待っててくれ」と言う連絡が入る。もう私の気持ちは決まっていた。
ユウと会う前につんちゃんから電話があった。つんちゃんは電話越しで泣いていた。つんちゃんの涙の理由はユウの活躍では無かった。

私は電話を切る。涙は今はまだ流してはいけない。

出口で待っているとユウが走ってやってきた。周りは誰もいない。

「悪い!遅くなった!頑張りすぎちゃったよ!」
ユウはいつものトーンで私にニコニコと話しかける。私は俯いて首を振った。

「元気ないな…なんかあったのか?あ、あのニュースの件か!いやぁ…参った参った。野次が凄くてさ」

とユウがいつもの調子で話をする。私は意を決して話す。

「迷惑なの。悪いけどユウとは付き合えない」

と答える。ユウは不思議な顔で私を見ている。

「ん?事務所になんか言われたのか?大丈夫だよ。今日のピッチングみたろ?お前がいればおれはもっと頑張れる…」

「迷惑だって言ってるでしょ!」

私は大きな声で怒鳴った。周りは球場とは思えないほど静かで私の声は反響する。

「本気で言ってんのかよ…この間は俺のこと…それに…」

「何言ってるの?私…女優なのよ。演技に決まってるでしょ。バカじゃないの?写真を撮られたのもあなたと抱き合ったのももっと女優としてステップアップするためよ!もともと気持ちなんてない。ただ演技の幅が広がると思っただけ。週刊誌だって私が呼んだのよ」

私は高笑いしながらユウに言う。

「そうか…お前変わったな。もうオレから言う事はないよ。せいぜいすごい女優になってくれ」

ユウは後ろを向いてロッカールームに戻っていった。

「あなたも早く一流のプロ野球選手になるのよ。まだまだよ。あなたなんか」

私はロッカーへ歩いて行くユウに精一杯の憎まれ口を叩いた。

…私は選択肢を間違えたのだろうか。目に溢れる涙を堪えながら私は事務所に電話をかける。

時刻は23時50分を回ったところだった…

この経験があったからだろうか私はここから演技で成長したと書かれることが増え一気に「女優」と呼ばれる立ち位置まで駆け上がっていった。

数年してつんちゃんからユウと結婚する報告が来た。つんちゃんは医者を辞めて結婚を決めた。私は色んな人と付き合ったけど誰とも結婚はしなかった。取り憑かれたように色んな役の演技をする。
このまま年老いて死ぬまで演技を…なんて思っていた頃…

中国の殺人ウイルスの影響でお世話になった先輩の女優さんが亡くなった。私の唯一の拠り所だった仕事も感染症対策の名の下に自粛が続く。そこで私のメンタルは少しずつ削られて行ったのだろう。感染者対策が落ち着いた頃。復帰策として有名脚本家の書いたタイムリープというジャンルの映画に出る。

映画は絶賛された。年末の賞レースでも各賞を総なめにする。ただ一つ。主演女優賞だけは取れなかった。ネット上でも酷評に次ぐ酷評。私は評論家に落ちたと言われ仕事がどんどん無くなった。夜眠れなくなりそれがますます少ない仕事へ影響して行く。思い詰めた私は大量の睡眠薬を飲んだ…



…そうか。睡眠薬。私は夢を見ているのだ。それにしてはやたらリアルだが…まぁタイムリープでも夢でもどちらでもよかった。私の人生は終わったのだから。

夢はそれからも長く続き、私は原宿でスカウトされユウはプロ野球から指名された。そしてつんちゃんは医大に現役で合格した。

本当に長い夢だ。下積み時代の辛さも経験してきたものと変わらない。。私の人生をなぞるように全てが進んでいく。まるでレールに沿って走る電車のように。
そして私はまた週刊誌に撮られて社長に選択を迫られた。

私はまた迷ってしまう。夢の中とはいえタイムリープのような経験をしてきた私なら…今の私なら…あの作品で念願の主演女優賞が取れるかもしれない…でもあの時ユウを選んでいたら…

私はユウのピッチングそっちのけで野球場でどうするべきか悩んでいた。近くにいたスタッフからはもしかすると週刊誌のことで相当凹んでいると思われたかもしれない。

試合はいつのまにか終わっていた。ユウからメールが来る。彼がこのスペースに現れるまであと1時間半…
私はまだどちらを選ぶべきか悩んでいた  

「ドラマみたいに遡って本当のこと話せたらいいけど…」
私の中ではあの曲がループしていた…

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