不倫にまつわるエトセトラ⑧

〜SIDE E〜

「どうしたの?」
妻が僕を心配した様子で声をかける。

「いや。大丈夫。今日は仕事がしんどくてね。早退したんだ。」

まだ夕方だったが急いで作業着を脱いでシャワーを浴びる。
作業着はいつも妻に洗ってもらっていたのだが今日は自分で洗うと言っていつものカゴに入れる。

熱いシャワーを浴びているのに震えが止まらない。
僕は今日人を殺してしまった。

数日前だろうか。事務のおばさんが
「イケメンのお客さんが来てる。」
と仕事中の僕に声をかけてきた。事務所に行くと確かに娘が好きな韓国の…名前は忘れてしまったがアイドルグループにいてもおかしくないような美形の男が立っていた。

「お久しぶりです。先輩」

先輩と僕のことを呼ぶこの男。誰だか全く身に覚えがない。

「失礼ですが…どちら様ですか?」

と僕は返す。
その男はうすら笑みを浮かべる。よく見たらこの暑い中この男は長袖を着ていた。その腕をゆっくりとまくる。その腕を見て僕はこいつが誰だかようやく理解できた。

僕の家は貧乏だった。仕事をしてなかった親父は酒を飲んで暴れるどうしようもない奴だった。母はそれに耐えながら僕と2人きりになった時は僕をよく叱りつけた。

中学生になる頃にはそんな環境に嫌気が差して学校に行くのを辞めてしまった。
毎晩似たような境遇の奴らと遊び回って昼間に帰ってきて寝る。そんな生活を繰り返していた。人を殺す以外の犯罪はほとんどやった。バレたものバレてないもの色々あったが退屈しのぎにしかならなかった。

高校に行くことなどできるはずなく。自分で生活する為に近くのガソリンスタンドでバイトを始める。バイトした金で整備士になるための勉強や資格を取った。
5年ほど働いた頃だろうか。社員にならないかと言う話をもらって僕は正社員になった。

僕が社員になってすぐの頃。よくガソリンスタンドに来る女がいた。おそらく年上だろう。真っ赤な車が印象的な女だった。一緒に夜遊び回っていた女友達は何人かいたが大人の雰囲気を放つ彼女の事を僕は好きになっていた。

ある日洗車を待っている彼女が僕に声をかける。嬉しくてすぐに近くに行った僕は手紙を渡される。そこのいい男に渡してほしいという事づけを受けた。僕はその手紙をポケットにしまう。

その日の夜僕は奴に話があると伝え職場の近くの駐車場に呼び出した。きた瞬間に奴を殴る。蹴る。

「何するんですか?横山さん」

という奴の言葉は聞こえない。うずくまって動けなくなったタイミングで持っていたライターでタバコに火をつける。タバコに火がついたのを確認して僕はそれを吸わずに奴の腕に押し付けた。何度も何度も。

奴はうめき声をあげて泣いていた。

翌日も僕は仕事に行くと驚いた。奴は夕方普通にバイトにやってきたのだ。もう2度と会うことはないと思ったのに…。腹の立った僕は店長がいないタイミングを見計らって奴をいじめていた。これは奴がバイトを辞めるまで続いた。奴の腕のたばこの跡は数えきれないほどになっていた。

「思い出していただけました?」

男は笑う。

「ひ、久しぶりですね。」

としか答えられない。足の震えが止まらない。

「どうしたんですか?そんなに震えて。話があるので仕事終わりに時間をもらえますか。あそこの喫茶店で待ってます」

奴は近くの喫茶店を指差してそこに向かって行った。

喫茶店で奴と話をする。こいつの話とは何なのか…気になって仕事が手につかなかった。

「いやー。よかったですね。僕がバイトしてた頃よくきてたあの女性と結婚されたんですね」

こいつ…どこまで知っているのか。確かに彼女の手紙の連絡先を使って僕は彼女にアプローチを続けた。1番最初は奴にはその気がないと伝えるために電話をしてそこからは色々と理由をつけて電話をかけていた。

「娘さん。もうすぐご結婚ですか。」

手元の資料を読みながら奴は言う。探偵か何かを使って調べたのだろう。そう。若くして僕はガソリンスタンドによく来ていた彼女と結婚し娘も授かった。若くして結婚したからもう娘は20歳になる。娘はこの秋結婚する。

「僕がこの音源とこの腕の写真をお相手の家族に送ったらどうなりますかね?

音源には「なにするんですか?横山さん!」と言う声とともにものすごい音が入っている。僕がタバコの火をつける様子も奴が話していたせいで丸わかりだった。

「お前…」

奴を睨みつける。

「そんなに睨まないでください。僕が貴方をいじめているみたいじゃないですか。それに今更復讐しようなんて思ってませんよ。今日はお願いがあってきました。娘さんのご結婚。破談にしたくないですよね?僕の仕事を一つだけ受けてもらえませんか?」

奴の提案はとてもじゃないが呑めるものではなかった。

「そうですか。それは残念だ。仕方がないですね。では。私はこれで。娘さんの幸せを願ってますよ」

そう言って奴はそそくさと店を後にした。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

娘の顔がよぎった僕は店を飛び出し奴を呼び止めた。

こうなった以上…どちらに転んでも娘の結婚は見れないかもしれないが僕はせめて自分で何とかできる可能性がある方に賭けた。

宅配業者から小型の箱を受け取る。こんな小さなもので?と思ったが変形すると中の液体が混ざって小さな爆発が起こるらしい。説明書に丁寧に取り扱い方法が書いてある。ガソリンに引火すれば1発で車は吹っ飛ぶだろう。威力はわからないが車がぶつかって変形するか火をつけることが起爆には必要との話だった。

普段仕事で使うものとは別の作業着を着用し帽子は深く被る。普段なら安全を願って整備するのだが今日は違った。
直すことができる。つまりそれはいつでも壊すことができる。どこかの漫画で読んだセリフが頭をよぎる。指示通りブレーキに細工をしてエンジンルームの下あたりに爆弾をセットした。

不安だった。もしこの車の運転手が事故を起こさなければ僕は爆弾テロリストとして逮捕されるかもしれない。居ても立っても居られず運転手の出発を少し遠くで見張る。

数時間はたっただろうか。慌てた様子で男が車に乗り込みすぐにエンジンをかける。車は急加速して道路へと出た。

どうやらブレーキのアラートには気づいていない。車の後を追う。車は高速に入るが異変はない。奴の事前情報だと車はあと2.3キロ程で到着する次のインターで降りる。このままだと何もないまま自宅に着いてしまうかもしれない。焦った僕は猛スピードで運転手を追い越し出口手前で強引に前に入った。

そのまま減速し出口まで走る。後ろで大きな音がした。どうやらガードレールに激突したらしい。路肩に車を止めて激突した車に駆け寄る。運転手はヨロヨロとふらつきながら車から出てくる。

「き、救急車を…」

そう言って車の後ろの方へ這って歩いて行く。おかしい…爆発するはずの爆弾が一向に爆発する様子がない。事故の瞬間に爆発するはずだったのに。焦った僕は車の下へ火のついたライターを放り投げる。その直後だった。

ものすごい爆発音とともに車が炎上した。僕は慌てて車に乗りその場から離れて自宅に急いで帰った。

夕方のニュースで事故の情報が流れる。
事故…そうあれは事故だ。そう自分に言い聞かせたが夜は一睡もできなかった。

願いが通じたのか僕が殺した男は翌日事故死したとネットニュースで流れた。記事を全て読み切り僕はホッと胸を撫で下ろした。
それでもパトカーやインターホンの音に過剰に反応してしまう。事故に関して続報が出ないかニュースでチェックし続けた。

翌日、○○市の爆破事件のニュースがネットに上がった。容疑者は知らない女だったが同じ市の爆破事件。これに関連してもう一度この間の自動車の炎上・爆発も調査されるのではないかとまた不安が襲ってきた。

数日後、私服を着た刑事を名乗る男が職場に僕を訪ねてきた。2人の男の写真を見せられる。

「この男たちに見覚えはありませんか?」

1人は見知らぬ男。もう1人は1度だけ会った男だった。僕に爆弾を渡してきた男。宅配業者を装って僕宛に宅急便を持ってきた男だ。

「1人は…どこかで会ったような気も…どこだったかなぁ…」

僕は精一杯シラをきる。

「本当にあったことはないですか?」

年配の刑事が再度確認をしてきた。

「いや、本当に知らないですよ」

汗が滝のように出る。まずい。これ以上は…というタイミングでベテラン刑事の携帯が鳴る。「ちょっと失礼」と言い少し離れてしばらくすると戻ってきた。

「すみません。ちょっと野暮用ができたので今日はこの辺で。また来ます」

というと去っていった。おそらくニュースで上がっていた爆破事件の捜査だろう。重要参考人として2人名前が出ていた。もしかするとそのうちの1人が例の宅急便の業者で僕のことを話したかもしれない。刑事の「また来ます。」という言葉が頭から離れない。


僕は逮捕状を持った警察がいつ来るかと恐れ家にいる時は眠れなくなった。

外にいてもパトカーの音が気になりスーツを着た二人組や警察官が近くを通るたびに見られている気がして普通じゃない生活を送っていた。

そんな生活が続き僕の精神状態もおかしくなっていた。急に自分自身のした事の重さに涙が止まらなくなったり些細なことで妻を怒鳴ったりするようになっていた。…罪の意識に蝕まれて行く。

ある休みの日僕はどこにも行きたくなかったが娘に頼まれて妻と3人で買い物に出かける。車を出して欲しいと言われたが居眠り運転をしそうで断った。娘は文句を言っていたがバスで近くのショッピングモールに向かう。ショッピングモール内のバス停で止まった直後だった。目の前に警察官がいる。笛を吹きながらバスを止めている。

「バスを停めた。あれは僕を捕まえにきたんだ。逃げないと…いやだ…捕まりたくない」

そう思った僕はバスを駆け降りて走り出す。後ろの方で娘が何か言っていたがよく聞こえない。僕はバスの後ろを通って道路を走って横断する。その瞬間強い痛みとともに僕の体は高く舞い上がって地面に叩きつけられた。

結局…最愛の娘の結婚式は見れなかった。


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