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トキワシノブは小鹿田焼に根を下ろすか

引きこもると家が豊かになる

近ごろずっと家にいる。家で仕事をしているからだ。

かつては週に1回くらいしか家に帰らなかったが、今では真逆で家から一歩も出ない日が週に3日くらいある。

なんだかIWGPのカズノリみたいだなと思う(IWGPのカズノリは元引きこもりで、家の外を望遠鏡で観察していた。ちなみにドラマ版では高橋一生が演じている)。

ずっと家にいるとどうなるかというと、自分の部屋を快適にしようとする。

毎日掃除機をかけたり、オフィス用品(PCモニターやキーボードなど)を買い揃えてみたり、ポスターや写真を飾ってみたり…。

こういうものはたいていキリがなく、BE@RBRICKやスニーカーも飾ってみたりして、次から次へとものが増えてしまっていた。

そして、ようやくコップの水がいっぱいになったような「これで満足です」になったのは、観葉植物を置いた時だった。

民藝の器好きが行き着く盆栽鉢

そもそも観葉植物を置きたかったわけではなく、小鹿田焼(大分の重要無形文化財)を部屋に置きたかったのだ。

きっかけは、よく聴いているPodcast「メディアヌップ」。

パーソナリティーのsasakillさんが一定程度食器を買い集めた人は、もう食器棚に置けなくなって贈答用か花器など食器以外の器を買うようになる、と語っていて、「なるほど! その手があったか!」と膝を打った。部屋に民芸の器を置くと豊かになりそうだ、と。(sasakillさんに会ったことはありません)

かつて小鹿田焼のテレビ番組を作った際にご協力いただいた陶工・黒木昌伸さんが作った盆栽鉢を迎え入れた。

トビカンナという技法で模様が刻まれていて、勢いと風情があって、しかも私にとってはテレビディレクターをしていたころの思い出が詰まっていて、家にいる時間が豊かになる。

引きこもりの私は、家にいる時間が豊かになると生活すべてが豊かになる!

着床植物は根を下ろさない

鉢に入れる植物は、近所の植物屋さんに持っていって、似合うものを見繕っていただいた。

トキワシノブというシダ系の植物で、成長するととぐろを巻く根がユニーク。着床植物というカテゴリで、土壌に根を下ろさず、他の木の上や岩盤などに根を張って生活するのだそう。つまり、盆栽鉢に土は入っているが、土に根を下ろしているわけではないらしい。(…難しい)

ずっと家にいるので葉水をしたり天気が良ければベランダに出したり、と丁寧めに世話ができる。そして、世話をするたびに小鹿田焼を眺める時間ができる。
なかなか良いではないか。

根を下ろす楽しさを、私は知らない

箱庭のような部屋で過ごし続ける豊かな暮らしのなかで、飲みにいくのは大抵、東京から知人がきたときだ。(私が飲むのはソフトドリンクだが)

先日、かつての同僚が仕事で東京から福岡に来るというのでめずらしく居酒屋にいくと、福岡の広告代理店働く移住者(私とほぼ同時期に東京から移住してきた)と同席した。

彼は東京を離れて九州で働くおもしろさを生き生きと語っていた。
東京とは仕事の進め方や役割が違うので、東京とは違う刺激や発見があるのだそう。

たしかにおもしろそうだな、と耳を傾けていると、「福岡に引っ越してきたんだから福岡の人と働かないともったいないよ」と諭された。

私も福岡に移住してから2年弱経つが、福岡で働いているわけでもなければ飲み歩くわけでもないのでなかなか知り合いは増えない。
すると、福岡に住んでいるのにイマイチ福岡に住んでいる感じがしない。

ふと、私は着床植物のようだと思った。
福岡に根をおろしているわけでもなければ、当然東京に根をおろしているわけでもない。その土地とは関係が薄い、いわばずっとよそ者なわけで、それって楽しんだっけ? と疑問がわいた。

トキワシノブは小鹿田焼に根をおろすか

小鹿田焼の鉢に入ったトキワシノブは、家に迎えて2週間ほど経つと根の先端が黄緑色になってきた。
最初は水のやりすぎて変色したのかと心配したが、どうやら成長で伸びてきたようだ。

植物は一見動かない無機物のようだが、少しずつ成長する。
このトキワシノブは根を張る先を探しているらしい。

伸びている根は盆栽鉢から少しはみ出している。
小鹿田焼に着床するのだろうか。それとも他の場所を探すのだろうか。
というか、土壌に根を張りたいとは思わないのだろうか。

豊かな部屋は、豊かな気づきを与えてくれる。


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