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バロメーター#6

アイルランドは感性の国です。

そんなことを書いているブログを読んだ。私と同じように留学に来ている人の文章だったと思う。

はて、そうかいね?と読んだ時は正直思った。

違う違う。この街に慣れてきて、そしてかつ自分のことで精一杯な毎日の過ごし方をしているのだから仕方がない。そんな街の雰囲気を味わう余裕が、今までの私には無かったんだ。

来てすぐの頃の観光気分のワクワク感とは違う、この街の持つ特色、歴史というか匂いというか雰囲気というか、そういうものをもっと感じたい。

ならば、最後の週末は感性を開きっぱなしにして街を歩いてみるか。

そうやって、「感性」をテーマに、昨日と今日はカメラを片手にいつもの中心街をプラプラ、公園をプラプラしてみた。

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土曜日だからか、人も多く、マーケットをやっていたり、家族が遊んでいたり、何とも平和なまち。でも今まで何度も通った道なのに、知らなかったお店や落書き、光の具合、聞こえる音、いろんな発見があった。

カメラをもっていたから、というのもひとつ大きな理由だろう。
どんな景色を切り取るか、いつもと違う視点を持つから。
でも目的地を確認しつつ、時間や誰かに縛られることなく、なんとなくの気持ちに任せて歩いてみる時間はすごく穏やかだった。

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一人でいたから色んなことを感じてはそれを忘れないように自分の脳内で独り言ちるように言語化して、さらにちょっと考え事をしながら歩いたり、また何かをみつけては頭を動かして。

そんなふうに忙しなく頭を動かしていたせいなのか、昨日も今日も、10時くらいの遅めの出発だったのに昼過ぎの16時頃にはすっかり疲れてしまった。

アクティビティやら遠出やらで、朝から夜まで出かけていたそれまでの週末に比べても、明らかに体力を消耗した。

私にとって、一人行動をして常に選択をし、感性を開きっぱなしにするというのはすごく体力(身体以上に脳みその体力)がいることなんだと思った。

感性のエネルギーがすごく消費される。

これがある程度一緒にいる人に共感したり、アウトプットすればまた違うのかな?
それとも誰かいると100%自分の見ている世界に注力しないから、(たいていその場と全く関係のない会話をしたりするものだから)そこまで消費されないのかな?

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(カフェ休憩ひとつとっても、私にとっては食べ物にありつくまでものすごーくたくさんのチョイスと思考の連続なのです。妥協できないからね)

私の好きなクリエイターさんが、「自分には外出エネルギーなるものがあって、それが0になるとどんなに楽しい会でも途中退出してしまう」といっていた。すごくわかるその感じ。
外出エネルギー(ゲームで言うHPやライフみたいな)、私もある。減ってるな~って思うもんな。

感性エネルギーのほかに、アウトプットのエネルギーがある。

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(※イメージこんな感じ)

ここ2つは少しリンクしているのだけれど、私にとって、noteやその他SNSで発信すること、自分の想いをまとめて表出することは、すごく体力がいるみたいだ。前までは、何の気なしにできると思っていたけれど、「この気持ちを理解してほしい!」「どうやったらみんなが読んで、何かを感じてくれるだろう」と考えて文字を消しては書いてを繰り返す投稿は、そういくつも連続してはできないとわかった。

前までは思いついたことをnoteにそのまま打っていた。
でも、なんでもかけるノートを作ってから、そして今回の#MyDublinChallengeからは、一度書き出したものを整理していい感じにまとめて一つのテーマについて書くようにしている。これが難しい。大変。(故に今日のnoteはまとまりが悪いですね。私のバロメーターは赤色です。)
言いたいことはいっぱいあるのに、上手に書けなくて。話す方がよっぽど楽だな、と思うようになった。前は話すより文の方が気持ちがまとまると思っていたのに。不思議。

ライターさんとか記者の人とか、それからシンガーソングライターとかクリエイターな人達ってすごいなぁ、と今更ながらより感心する。

やっとわかった。好きなことであろうとなかろうと、自分が感じたことや内にあるものを理解し、そして言語化すること、さらにそれを他の人に伝えようとすること、これらの過程はすごくすごくエネルギーを使うんだ。

理性というのは、ある意味そういう「自分」というものの消費を和らげるための働きなのかもしれない。なんでもかんでも感性のままに生きていたら、リスクも大きいしムラも大きい。目標や設定やある程度の許容を認めることで、わたしたちは日々を淡々と過ごせるようになっているんじゃないか。

感性というものは、すこし、扱いが難しいみたいだ。大事にしないと壊れてしまいそう。
閉じ込めすぎてもダメ、解放しすぎてもダメ、あ、どちらかというと解放してる方がいいかもしれない。

「自由」というのも、難しいものですね。
自由だから、幸せというわけでもないみたい。

幸せって何なんだろう。これが最後の週の大きなテーマになりそうです。


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