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邪馬台国オリオン座説は、瀬藤禎祥氏の研究資料から始まった

邪馬台国新論から邪馬台国オリオン座説
私はもう9年前に邪馬台国新論を発表していました。
当時、道程は仁川から仁川へと船は進んで、神河町「栗」までの陸行一月の道のりも明確に書き記していました。
SNS上にのこした内容を久しぶりに読み返して、新たに感動をした次第です。私が邪馬台国を理解する上で、興味を持った一つの情報がありました。
神奈備こと瀬藤禎祥氏のホームページでした。

魏志倭人伝に出てくる、耶馬台国の周辺国
さて、ここに挙げられた国名だが、神奈備こと瀬藤禎祥氏のホームページの解釈が非常に優れているので、引用させていただくことにする。瀬藤氏は「女王国周辺とその余遠絶国と神々」と題して、細かく神社名とその住所等を記載されているが、ここでは、国名に関する記述だけ抜き出す。
斯馬國 しま 三重県南部 志摩
已百支國 いほき 三重県 五百木
伊邪國 いせ 三重県の伊勢から鈴鹿山脈東部から北は養老山脈にあたる平地
郡支國 とき 奈良県添上郡都祁
彌奴國 みの 美濃、尾張である。
好古都國 こうち 大阪府河内
不呼國 ふこ 京都府綴喜郡、久世郡。木津川、宇治川等の合流点。ここに封戸と呼ばれる渡りがあった。
姐奴國 たな 滋賀県栗太郡、草津市と信楽町。
對蘇國 やす 滋賀県野洲郡、琵琶湖西側から越前までを考える。
蘇奴國 そう 層富。奈良市から北部、京都府相楽郡。
呼邑國 こう 滋賀県甲賀郡 信楽、水口、甲賀。
華奴蘇奴國 かんそう 奈良県添上郡。
鬼國 き 山城の紀伊郡、木津川北部から京都市の市街地付近。
為吾國 あが 三重県伊賀郡、伊賀上野、名張。
鬼奴國 きの 和歌山県、三重県南牟婁郡
邪馬國 やま 京都府 京都市北部、亀岡、園部、丹波高地
躬臣國 こし 北陸方面、越前、越中、越後、近江伊香保
巴利國 はり 兵庫県播磨
支惟國 きみ 岡山県広島県。吉備。備前、備中、備後
烏奴國 えぬ 上野、北関東
奴國 な 信濃、長野県


神社名とその住所から調査された瀬藤禎祥氏の資料がなければ、いまだ解けてないと私は思います


ちなみに、瀬藤氏の説は「邪馬台国畿内説」で、魏の使節の経路は日本海から来たとしている。

 上森は、この「周辺国」を邪馬壹国の「境界線」としてなぞって、その版図を比定した。その結果、邪馬壹国は、但馬、丹後、丹波、摂津、大和にまたがる国土であることがわかった。

 そして、行財政を司る首都は大和の纏向(まきむく)桜井市粟殿で、女王卑弥呼がいた都は、『播磨国風土記』に「埴岡の里(はにおかのさと)」と記された、現在の兵庫県神崎郡神河町と朝来市生野町にまたがるエリアだったと推定したのだ。


邪馬台国オリオン座説

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