見出し画像

R4年・冬剱(早月尾根2400mまで)

「冬剱」
その響きは特別である。
他の季節とは一線を画す厳しさ。
半端な覚悟で足を踏み入れると命を失うことになるのは、歴史が証明している。

コロナウイルス禍も抜けつつある令和4年の年末は、少々の悪天では中止にしない意気込みで、12月に入ると「対冬剱用」のトレーニングを重ねた。
そして、12月下旬のクリスマス寒波をかわすために入山を2日遅らせ、12月26日に満を持して入山した。

馬場島の警備隊詰所の前のこの青い看板が、その年の積雪量の目安だ。
今年は入山時で110cmということだった。
私の昔の職場でもある富山県警の馬場島派出所にて入山の挨拶をする。
日頃見知った顔の警備隊の連中と話を交わすと、どうやら今季の早月尾根には、まだ全くトレースが付いていないようだ。
今回の我々はたった2人。
つい先日までの大寒波での積雪を考えると、前半のラッセル量は相当なものだろうと覚悟する。
登山口に眠る先輩方の慰霊碑に挨拶をし、覚悟を決めて松尾平への急登に取りついた。

今回の足回りは、スノーシュー。
12月下旬の大寒波での降雪量を鑑み、ワカンでは勝負にならないだろうと急遽購入した。
これがズバリ当たった。
ラッセルの深さは平均するとひざ下~ひざ。
もちろん急斜面では腰くらいまでくるが、もしワカンであればひざ上位までになり、相当な時間と労力を強いられたと思う。
この日は松尾平の奥でテン泊。

2日目

立山杉の巨木を合図に、いよいよ早月尾根の急登のラッセルが始まる。
数日来降り積もったあまりなじんでいない新雪を、スノーシューの浮力を頼りに激しくラッセル!
とてもねじふせたりできるような相手では無いので、一歩一歩じっくりと、自分たちのペースでラッセルを続ける。
ここ冬の剱岳では、重荷を背負ってのラッセルを長時間できる体力が必須だ。

青空が見えると、俄然テンションが上がる。
天気周り的には、若干良くなってきている。
この日は二人で10時間ひたすらラッセルを続け、1870m台地に幕営。

3日目もラッセルからスタート。

そしてやっと丸山にて剱岳本峰と相まみえる。
ここまで、ノートレースの早月尾根を全て我々2人だけでトレースを付けて来られたのは、一つの成果だろう。

そして冬剱。
ものすごい存在感。
かつ、ものすごく美しい。
やはり別格の存在だ。
しかし、頂稜には雪煙がたなびき、そこでの行動の困難さを伝えていた。
早月小屋横にてテントを張ってから上部へトレース付けへ(2400mまで)
天気は今後冬型が強まる予報。明日は荒天で行動不能、沈澱(動かず停滞すること)となるだろう。

夜半、降雪が段々と強まり、除雪を強いられる。(夜に2回)
こうゆうイヤな作業を怠ると、最悪の場合テントを雪で潰されることになる。
冬の登山者は、ある意味「働き者」でなければいけない。

冬のテント内では、結構やることが多い。
ご飯作りはもちろん、冬特有のものは、写真のような雪を溶かして作る「水作り」だろう。
今回、一般の登山者としては久しぶりの冬剱だったので、いくつかの新たな装備を試してみたのだが、写真の「sea  to  summit」の「ポットX」はとても良かった。パッキング時に折りたためてコンパクトになるのはもとより、なにより今までの金属系の鍋では必須作業の一つだった結露のふき取り作業をする必要がなくなったのだ。
このシリコンラバーのような素材を鍋に使うという発想は、革新的ですごいと思った。(強火は厳禁)

天気予報でニュースになるような強い冬型では無かったが、2日間で降り積もった雪は、早月小屋の側面で屋根とくっつきそうになるほど積もった。

雪が止んだからと言ってアタックすると、雪崩にやられる。
勝負は、さらに中1日おいてからのアタックというところだったが、元々日程を2日間遅らせて入山して、さらに予備日を1日使っていた我々には、その日程的な余裕がなかった。
残念だったが下山を決断し、我々は後ろ髪をひかれながら馬場島へと下りて行った。

冬剱。
警備隊時代には、訓練として毎年のように入ってはいたが、やはり「救助隊の一員としての」冬剱と、「イチ登山者としての」冬剱は全く違った。
どっちが良い悪いの話では全くないのだが、個人としてはかなり久しぶりに挑んだ冬剱は、とても新鮮だった。

冬剱は、難しい。
僕らのハマった日程的な問題。
特に年末年始の剱は、ほぼ毎年大きな寒波が周期的にやって来る。
チャンスは1、2日しか無い。(2019年末のような寡雪の年は例外。)
しっかりとした体力・技術(積雪期対応の)はもちろん必要だし、冬山テント泊の生活技術も必要だ。
最高の準備をしても、剱が登らせてくれるチャンスをくれない年もある。

『冬剱』
剱岳と一生関わっていくことを決めた者として、避けては通れない課題だ。
また来年、この課題に挑もう。
そして近い将来、この冬剱に挑みたいというお客様を自信をもってガイドできるよう、精進していきたい。
(山岳ガイド 香川浩士)

早月尾根登山口近くにある「剱岳の諭」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?