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黒部峡谷・下の廊下!!

スゴいエリアがある。

富山県・黒部峡谷・下の廊下。

日本一の深さを誇るV字谷の断崖に穿たれた登山道は、毎年谷間を埋める膨大な残雪の影響で、「一応の」整備が終わり登山者が歩けるようになるのは1年でわずか1カ月程度。
しかも毎年のように転落死亡事故が発生する上級者コースであること、小屋の予約を取る難しさなどが相まって、登山者にとっては昨今、憧れの「プレミアムコース」といっても良い状況である。

ここのガイドは難しい。
ある意味ガイド泣かせと言っても良い。

剱や穂高の岩稜ルートならば、基本的にアップダウンのルートなのでお客様をロープで繋ぎ、上方から確保できる。
がしかし、このルートは基本的に「水平移動」系のルートなので、お客様にロープを繋いで歩いても、万が一後ろで落ちられたら振り子の作用が働いて止めることはできない。
じゃあ確保のための支点を取れば?ということになるが、残念ながら充分な強度のある支点は期待できない。大体、常に転落の危険性のあるルート上で常時確保をしていたら、時間がいくらあっても足りないし、前後の登山者にも迷惑だ。(もちろん、危険度のかなり高い箇所は、ピンポイントで確保はするが・・・)

したがって、常時ロープで繋ぐガイディングはここでは適さず、必然的に危険個所でのティーチング、コーチングが主体となり、その数は山行中おそらく100回は優に超えるだろう。
あとはお客様自体の登山の経験、力量も問われる。

こんな感じで、ガイドにとってはかなりリスクの高いルートなのだが、それでもお客様の「行きたい」という要望は多く、地元ガイドとしてはそれに「応えたい」というのが正直なところだ。

前振りが長くなったが、これから「ザックリと」下の廊下の紹介をしたい。

このルートが初めての方には、黒部ダム湖畔に建つ「ロッジくろよん」での前泊を強くお勧めする。
前泊した場合、翌日「下の廊下」の登山を始めるわけだが、扇沢から一斉にやって来る「トロリーバス組」から2時間くらい早くスタートできる時間的メリットがあり、そのメリットはそのまま「道中での各種トラブル」が発生した際にも対応できる心理的、時間的余裕を持つことにもなる。

黒部ダム下の架け橋を渡って、下の廊下が始まる。
内蔵助谷出合までの序盤戦は、まだ転落するような危険は低いので、今日の自分の調子をチェックしながら歩こう。

右岸から入るペンシル状の直瀑「新越の滝」は、本ルート随一の優美さだ。

通称「イチロー沢」周辺には、年によっては遅くまで大きな雪渓が残る。
今年は写真のような奇抜な形状で残り、この雪渓のトンネルを歩いて抜けるか、作業員の方々が斜面に付けてくれたロープを使って高巻く迂回ルートを取るかは、登山者の判断に任された。

大ヘツリ辺りの高巻きハシゴは、かなりの高度感だ。全部丸太で作られているので、雨で濡れている時は滑りやすく、注意が必要だ。
加えて、必要以上に怖がらない「胆力」も必要である。

黒部別山谷は「交通の要衝」だ。
ここで沢水も汲めるし、良い休憩スポットでもある。
ダムからここまでかかった時間をチェックし、16:00までには阿曽原温泉小屋に到着できるかセルフチェックをしよう。
引き返すなら、ここが最終ポイントであろう。

黒部別山谷~十字峡間は、このルートの技術的な核心部だ。
写真を撮っている暇は無い。
あと、阿曾原温泉小屋から出発した「上り組」ともすれ違う時間帯でもあり、安全にすれ違うことにも気を配りたい。
『自分達だけでなく、他パーティーの安全も意識したすれ違い』を心がけよう。(場合によってはスペースのある所まで引き返す。)

十字峡まで来ると、ホッと一安心。
名前のとおり、黒部川本流と直交するように、剣沢、対岸から棒小屋沢が交わり、美しい造形を創り出す。
これを「十字峡」と名付けた黒部の先駆者・冠松次郎氏をリスペクト。

この後も、「半月峡」「S字峡」と、断崖絶壁の見所が続きます。

風光明媚な断崖絶壁では、お客様はどうしても写真を撮りたいもの。
だが、そんな時に下の廊下ではよく転落事故が起こる。
そんな時僕は、お客様に「ランヤード」と呼ばれる落下防止用の命綱を、下の廊下の危険地帯に張り巡らされている「番線」に取ってもらいます。
この「番線」は人間の全体重を支えるほどの強度はありませんが、少なくとも「バランス崩し」を防ぐ手立てにはなると思っています。

仙人谷ダムまで来ると、ダムやトロッコの建造物がたくさん目に見え、「人間の気配」が色濃くなってきます。
写真は仙人ダムの施設の中を通っているところ。
案内掲示はこまめに付けてくれているので、その通りに素直に歩いていくと良いです。

関西電力の作業員の方々が住まう「人見寮」を過ぎて最後の急登(試練坂とかってに命名)を頑張り、水平移動をこなして最後10分ほど下降すると、ついに「阿曾原温泉小屋」に到着する。

ここのご主人さんは、今さら説明不要の佐々木泉さん。
古くは富山県警山岳警備隊員でもあられた、私の大先輩でもある。
私が泉さんのことをあれこれ説明すること自体がヤボなことなので、まずは阿曾原温泉小屋の登山道情報(ブログ)を読んでみてください。
それだけでも、泉さんのお人柄、それと黒部という場所の厳しさやこの下の廊下を通れるように毎年危険な現場で作業していただいている作業員の皆さんのことなどを知ることができます。
もちろんその年の黒部の最新情報も。
下の廊下を歩く登山者にとっては必読の「バイブル」といっても過言ではありません。

キャンプ場から5分程度歩いて下りれば、癒しの阿曾原温泉があります。
(今回は裸の男たちが沢山いたので、残念ながら温泉自体の写真は無し)
打ちっぱなしのコンクリートの浴槽にすのこと桶がいくつか。
あるのはそれだけだ。

がしかし、ここまでの長く困難な登山道を歩いてきた者たちの連帯感があるからか、お湯に浸かった瞬間「みんな友だち」のような気持ちになる。
『何もない贅沢』
そんな言葉がピッタリだ。

温泉の後は、お楽しみの夕食だ。
下の廊下が開通して混みあう時期は、基本的に「黒部名水ポークを使用した阿曽原特製カレー」だが、この写真の時はまだ開通前だったので小屋泊の人数に余裕があり、たくさんの天ぷらと炒め物の美味しい夕食でした。
地元宇奈月産の新米コシヒカリのご飯も本当に美味しい(もちろんお替り自由)
食後は、黒部の自然、阿曾原温泉小屋のことを中心とした内容のNHKのDVD放映。
これに分かりやすく、時にユーモアも交えた泉さんの生解説が入るので、一度はぜひご視聴ください。

翌日は朝弁当にしてもらい、小屋で食べた後、暗いうちから出発する。
写真は、右のブッシュの向こうに日本最大の岩壁「奥鐘山西壁」が見える。

大太鼓。
水平歩道のハイライトでもあるこの場所は、登山者が多いときはプチ渋滞も。
大らかな気持ちで行きたいものです。

最後まで気を抜くことなく欅平まで。
黒部峡谷鉄道のトロッコの切符を買って、宇奈月温泉まで1時間20分のフィナーレだ。
普通の旅行なら、このトロッコ電車に乗って黒部の自然を楽しむだけでも十分に目的となるだろう。
山中1泊2日。
この黒部峡谷・下の廊下。
あまりにもディ―プな2日間で、心に付いていた様々な垢が落とされたことを感じるだろう。
ふと思った。
『日本では、他にないな。』

一度登山を志した者なら、一度はトレースして損はないだろう。
ただし、黒部は厳しい。
毎年のように死亡事故が起こっている。
このルートに挑む心身の準備はできているか?
黒部は、厳しめのセルフチェックで丁度良い。

山岳ガイド 香川浩士
(※このブログ内の写真は、今シーズン複数回行ったなかの写真を混ぜて使用しています。)

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