愛されてくれてありがとう

 実家にネコがいる。拾われてきたときにわたしがエルスという名前をつけた。エルスがいなかったらわたしは朽ちていったのだと思う。わたしは勝手に救われて生きている。

 エルスはずっと子供っぽい。いつまでも甘えん坊でいつまでもおもちゃで遊ぶ。実の息子が巣立った親たちにとって永遠の娘のような存在でいるらしい。
 そんなエルスは時々おみやげを持って帰る。ネコ好きならお分かりだろう、あの有難迷惑さ。エルスの場合はたいていコウモリだった。不衛生そのものである。手のひらに収まるほどのコウモリを持ち帰って、見せびらかしたあとで家で遊ぶ。母は『外で遊んできなさい!』と叱るが、満更でもない。夏はセミだったりするし、たまにネズミも持ち帰る。有難迷惑である。
 とはいえ、エルスのすることだから嬉しいような気もする。エルスとしては何故か狩りをしないわたしたちにお土産を持って帰っているのだ。そして褒めてほしいのである。もちろん有難迷惑であるが悪い気はしない。
 ただ母の苦手な虫を持ち帰ったときは散々だった。エルスは獲物を取り上げられた挙げ句散々叱られていた。納得の行かない顔とはこういうものだろう。しばらく拗ねてごはんも食べず甘えにも行かなかったのを覚えている。

 エルスはいいことをしたつもりなのだ。褒めてもらえるはずだったのだ。それはエルスなりの愛であり、しかし受け取れるときと受け取れないときがあった。

 愛は贈るよりも受け取る方が大事なのだと思う。いくらエルスだからって嫌いな虫まで受け取ることはできない。

 わたしは母から愛されていないと思って過ごしてきた。父からも嫌われていると思って生きてきた。身も心もボロボロになって、悪い女に騙されても縋り付くように身を尽くし、そして疲れ果てた日に主治医からカウンセリングを勧められた。27年間凍ったままの心を融かすのには時間がかかったが、生半可な心理学の知識は身を助けた。あるとき、母は私を愛していなかったわけではなかったと知った。わたしが母の愛をうまく受け取れなかったのだ。
 わたしは褒められたかったし、頭を撫でてもらいたかった。手を繋いだり、抱っこしたり、抱き締められたりしたかった。弟が産まれてからはわたしが何かするたびに否定的なコメントが向けられて、わたしは母から『いい子だね』と言われたくて必死に頑張った。しかしそんな日は一度も来なかった。わたしがいい子にしているときは特にコメントをしなかったので、わたしにはマイナスの評価だけが積み重なっていった。
 母の主観からするとわたしはとてもいい子だった。そのことを知ったのは31歳の春だった。ただ、褒めるのが致命的に下手だっただけなのだ。今思えば夫に対して素直に愛を示すこともなかったように思える。単に母自身がうまく愛されてこなかったから褒め方も知らなかったのだ。両親を東京に呼んだカウンセリングルームで『苦手だからできない』と抗弁しあくまでも自己の帰責性を否認した母の態度にとても腹が立った。

 愛することよりも、その愛を受け取ることのほうが難しいのだ。
 わたしはいろんなひとに『すき』だと言っていた。さいしょは私の思う愛のかたちを受け取らない相手に憤慨したが、高校生にもなると相手に合わせることを知った。ただ、相手に合わせすぎて自分を偽り、身の丈に合わない愛を贈り続け、友人関係でも搾取され続けて疲弊していた。
 逆に私の形に合わない愛をもらったとき、相手に同情して『うれしいよ』と言ったこともあった。こちらのほうがしんどかった。包丁を持って現れたり、警察を呼ばれたり、左翼にオルグされたり女尊男卑思考を植え付けられたりした(これは同性の『親友』だ)。

 愛は贈るよりも受け取る方が大事なのだと知ってから、私の愛の形は特殊すぎて誰にも受け取れないのだと思っていた。だから愛を受け取ってもらうことは諦めて、合理的に独りで集団に紛れて過ごそうと思っていた。

 友人の女性はよく歪んだ愛を受け取らされていた。可哀想な人が好きだという彼女は、山月記を読んだことがなさそうな可哀想な虎に追い回されていた。可哀想な虎はせっかくIQが145もあるのに妄想と事実の区別がつかなくなり、別れたあとも彼女が包丁で追い回される夢を見ては彼女に電話していた。
 可哀想な虎は自分の苦しみを解消するためなら彼女の苦しみなどどうでもいいと言い放った。妙に論理的な狂気はそれを愛だと主張するが、妄想は妄想に過ぎなかった。
 愛しているというのは狂気なのだ。だからその狂気を受け取れるのは稀有な存在であるはずなのだ。愛しているから当然受け取るべきだというのは、ネコが嫌いな虫をプレゼントしても捨てないで飾っておくべきだと主張するにも等しい言説であった。

 愛は贈るよりも受け取る方が大事なのだ。4℃やサイゼリヤを受け入れるかどうかは、世間一般の評価や規範ではなく贈られた彼女が決めるべきものなのだ。受け取れる愛なら受け取っていい、受け取れないなら受け取らなくて良い。一般的な愛などどこにも存在せず、みんなとても変な存在でありながらも素知らぬ顔をして暮らしているだけなのだ。

 みんな違う。みんなと言っている同士も違う。違うのに何故かうまくやっている。
 わたしだけうまくいかない。自分以外の生物に好かれようと必死だったわたしは、特定の生物からうまく愛情表現を引き出す方法だけに習熟してしまった。ずっと彼女が欲しかったし、合法的なセックスの相手が必要だった。わたしが欲しかったのは恋人や性行為の相手にちょうどいい相手に過ぎなかった。

 だから私の愛情を素直に受け取ってくれる人が現れたとき、すっと出てきた言葉は「愛されてくれてありがとう」だった。これまで私の愛し方は誰ともうまく合わなかった。親からもうまく受け取れなかったのだ、誰も私と交信できる存在はいないと諦めていた。そんな私の愛情を素直に受け取ってくれる人が現れたのだ。相手に合わせて自分を曲げ続けてきた私が、私をそのままを愛してくれる存在に出会ってしまった。
 何をしても可愛い月の君の、存在そのものを好きになった。人を好きになったのは生まれて初めてで、私の愛情の形をそのまま受け取ってくれたから、初めて話が通じた存在でもあった。愛をくれたひとはたくさんいたが、愛を受け取ってくれた人は一人も居なかった。

 月の君がこちらにきて、意固地に私の世話をし続けて張り切りすぎた翌朝、いつもは冷たい彼女の手が熱を帯びていたので休ませた。長く昼寝をしてもらって、寂しがったら添い寝をして、美味しい夕食をつくり、お風呂に入れて洗濯も済ませた。そのように給仕されることがなかったらしく、執事のようだと言いながら「時々体調を崩そうかな」と嘯いていた。それは照れ隠しというより据わりの悪さの裏返しで、自分はこんなに愛されていていいのかと不安なようであった。
 ただそれでも、いままで料理は作る側であって作られる側の「おいしかった」と、洗濯も掃除もする側であってしてもらったことのない彼女の「ありがとう」は、素直に私の愛のかたちを受け取ってくれた稀有な存在であった。私の愛情を拒まず貪らず、ただそのまま受け取ってくれた。

 だから、愛されてくれてありがとう。

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