タイム・マシン・オブ・マネー(ショート・ショート)

〜〜1988年〜〜

日本銀行は危機に陥っていた。このバブルはもうすぐ弾ける。それが肌感覚としてわかっていたのだ。
どうする? どうする? と右往左往する日銀上層部。そこに天才物理学者が現れた。

「東西大学教授……ここにお呼びしたのは他でもない、タイムマシンの開発なのです」
日銀総裁が腰を低くしてそういう。
「タイムマシン? そんなものは不可能に決まっておる」
「しかし、それは実体のあるものに限られるとお聞きしました」
教授は眉を上げる。
「……私の未発表論文を読んだのか」
「申し訳ありません……」
頭を下げる総裁に対し、教授は前のめりになってむしろ楽しげに話を続けた。
「確かにそうなんじゃよ。時間を超えて質量のある物体を旅行させることはできない。しかし、『概念』であれば可能ではないか、たとえば……」

「「お金とか」」

総裁と教授は同時にそう言った。

「そうじゃ。実は完成しておる。貨幣をタイム・スリップさせる機械がな……」
「本当ですか」
総裁が勢いよく立ち上がった。他の委員たちもざわつきはじめた。

「わしの計画では、約20年後の昭和84年くらいかの。そこからちょいと信用としての貨幣を拝借するのじゃ」
「なるほど。経済成長率が5%を維持していれば、GDPは20年で2倍……その頃には1000兆円はあるはず」
「そうじゃ。20年後のGDPの一部を現代に還流させればよいのではないかと思っての。どうじゃ」
「素晴らしいです……!いますぐ起動させましょう」
「そうじゃの……では年明けの1月1日に稼働させるからの」

そういって教授は去った。
教授は1989年1月1日にタイムマシンを起動させ、2009年からの5年間の「信用」としての貨幣を1989年に送り込んだ。
結果的にバブルはしばらく持ちこたえたが、しかし崩壊してしまった。

そしてその副作用として、2009年以降の日本経済は完全に冷え切ってしまったのであった。

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